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第17話 お嬢様?
挿絵(By みてみん)

「……」
 
俺の強烈な一言が余程コタエタんだろう。
 
恵理は向かいのテーブルで立ったまま、息を呑んで呆然と立ち尽くしていた。
 
そして恵理の息遣いさえ聞えてきそうな静けさに、俺は険悪な雰囲気が漂っているのを微かに感じ取っていた。 
 
ずるっ……
 
俺が味噌汁をススッテいる音がヤケに大きく聞こえる。

「食べないんスか? ……メシ」
 
俺は恵理とは視線を合わさずに、抑揚のナイ喋り方をした。
 
顔を上げなかったから表情は見て取れなかったが、テーブルの上から見える腰の辺りで軽く握り締められていた白いこぶしが、ぐっと強く握られていた。
 
その拳が俺に向かって飛んでくるのか……? 
 
とも思ったが……

「……」
 
不意に俺の視界から、恵理の姿が消えた。

 
パタン
 
恵理の部屋のドアが閉じられる。
 
俺は口を動かしながら顔を上げ、恵理が消えて行ったドアに視線を送った。

 
……言い過ぎだ。

 
恵理のハネッカエリの性格から、何かもっと言い返して来るかと思っていたのに……
 
携帯の相手がオトコだか、オンナだかあの状況では俺に判るワケなかったんだ。
 
俺のカンで、オトコだと勝手に思っていただけだったんだ。
 
ホントに。
 
あーあ、マジで核心……突いちゃってたよ……

「課長〜? メシ、済んでないっスよー?」
 
俺は座ったまま声を張り上げた。

「……」
 
返事……ナシ。

「喰っちゃってもイイっスかぁ〜?」

「……」
 
駄目だ。
 
俺、恵理を泣かしちゃったのかなぁ?
 
俺は恵理のコトを気にしながら、テーブルに残った食い掛けの恵理の玉子焼きに箸を伸ばしていた。

 
間も無くして、恵理の部屋のドアが開いた。

「……」
 
椀を持って味噌汁を掻き込んでいた俺の手が止まる。
 
俺は恵理のガラリと変わった姿に眼を剥いていた。
 
恵理は薄いアイボリーのジャケットを腕に掛けていた。
 
純白のシャツの襟を立て、その胸元には小粒ながらも存在感のあるダイヤのネックレスが輝いている。ピアスにも同じくダイヤ。左手首には豪華なバングルタイプの腕時計と、細い金色のブレスレットがあった。下はジャケットとお揃いのタイトスカートだ。
 
こうして見ると、ヤッパリ正真正銘のお嬢様。
 
キアイが入ったそのイデタチは……明らかにドコカにお出掛け。
 
俺へのアテツケかよ?
 
今日、予定無かったんじゃないのかよ?
 
『ダメ(連れて行かない)』って言ったからか?


「今日、遅くなるから。夕飯要らない」
 
俺の視線を撥ね返すように、恵理は無表情でそう言った。
 
まるで社内に居るみたいだ。

「はぁ……」

「車、好きにしてて良いから」
 
その視線は、俺からの一切のコメントを拒絶していた。

「フィット、無いと困るんじゃ……」

「別ので行くから」
 
は? ……別の?
 
二台もあるのか? 贅沢だな。
 
車はフィットだけじゃなかったのかよ?
 
ナンで今まで隠してたんだ?
 
別のがあるんなら、ナニも一緒に会社に通勤するコトねーだろう?

「じゃ」
 
恵理はツンと澄まして俺に背を向けた。
 
……怒って……る?



洗濯機は乾燥機能があるが、基本俺は外気に晒しての自然乾燥がスキだ。

今日もP−カンだから、よっく乾くぞ!

俺は洗濯カゴを手に、ベランダへ向った。
 
洗濯物を干していると、マンションの地下駐車場から一台の真紅の車が現われた。
 
へぇ〜BMWのM6かぁ〜〜〜
 
サスガは金持ちが住んでいるマンションだなぁー。

アレ一台で家が買えるぞ。
 
俺は手を動かしながら、暢気にその真っ赤なBMWを眼で追った。
 
車が左折して、左側シートに座っていたドライバーが見えた――
 
パサリ……
 
俺の手から、洗濯したばっかりの恵理の淡いピンクのスリップが無造作に落ちる。

「えっ……恵理?」
 
俺はそんなに視力が良い方じゃない。

だけど、ドライバーのシルエットは確かに女性で、俺が毎日眼にしている女のものと変わらなかった。
 
ドライバーは、間違いなく恵理だったんだ。


  *  * 

 
虻川あぶかわのオヤジが居る修理工場に遣って来た俺は、偶然来ていた松永コウや向井達四人と合流していた。
 
久し振りの再会に募るハナシも一杯あって、暫らくは和気アイアイと盛り上がっていたが、俺がココに来た理由にハナシが及ぶと、雰囲気が一転した。
 
ココに俺が来たのは、勝手に置いてあった俺のランエボを復活させる為だったのに、オヤジの奴は俺のランエボをトックに廃車処分にしていたんだ。

「勝手にすんなよ! こンのぉ! クソオヤジ!!!」

「うるせぇ! テメェのモンなんか知るけぇ!」
 
コトが発覚して俺とオヤジは掴み合いになったが、幸いにもコウ達が俺達にストップを掛けていた。
 
ひと悶着あり、更には俺が乗って来たフィットを見るなり、皆一様にお互いの顔を見合わせて口をツグンデしまった。

「なっつ、ナンだよ? 俺がフィットに乗ってちゃワルイのかよ?」
 
チョットカッコ悪いけどよ?
 
俺の様子に、向井はいいやと首を横に振った。

「そうじゃない。司、オマエいつからフィットに乗ってる?」

「え? つい最近……だけど?」
 
俺は周りの空気が読めない状態で戸惑った。
 
ナンか深刻ヤバそうな雰囲気……?

「オマエ、隣町の八幡神社の夏祭りに行った?」

「? ああ」
 
それがどうかしたのかよ?

「……やっぱし」
 
皆から、溜め息が漏れた。

=「コイツだよ」

=「ああ……」

=「ゼッタイ」
 
それぞれが囁き合う。
 
「ナンだよ? 気味悪ィな」

「オマエ……ヤバイよ」
 
コウが眉間にシワを寄せて、キビシイ表情をした。

「ナンで?」

ハナシが読めねー。

「ナンでって……」
 
コウは呆れて言葉を失った。

「な……ナンだよぉ? ミンナして退きやがって」

ナンか、俺だけがKYでオミソ?

 
がぁ〜っははは……
 
黙っていたオヤジが突然馬鹿笑いしやがった。
 
酒ヤケした赤ら顔をくしゃくしゃにして。

「ははは……司よぉ、お前ぇ〜、そのフィットで連中のGT−R潰したんか?」

「いっつ?」
 
……ツブシタ……?
 
オーバーホールは免れねーとは思っていたけど、やっぱお釈迦にしてたのか。

=「ヤバイよ司ぁ〜」
 
なおも豪快に笑うオヤジを後目しりめに、コウが小声で諭す。

「ヤバイって、ナニが?」

「乗っていた連中、成和せいわ会の奴等だぞ?」

「……ってえ?」
 
背筋に冷たいモノが奔った。
 
成和会――この辺り一帯の暴力団だ。

しかも国内でも屈指であり、海外にも支部を構えている強力な。

「連中、その時の白いフィット、マジで捜してるぞ?」

「お前ンだろ? あの車」
 
向井がフィットに向けて顎を杓った。

「……」
 
い、いや、俺のじゃナイケド……

「見付かったらタダじゃ済まされないぜ?」
 
コウが青ざめた顔で俺を脅した。

「そう、ビビルな。白いフィットなんかザラだ。そこいらで走っとる。ナンバーさえ連中が覚えていなけりゃーな?」
 
オヤジは軽く受け流すが、多分それはきっとムリ。
 
追いかけっこは二十分以上もしていたんだ。
 
ゼッタイ連中にナンバー覚えられてるし。

「ま、見付かりゃあそれはそれで振り切って逃げるまでよ?」
 
オヤジはそう言って不器用にウインクを遣した。
 
カルク言うなよ。

「……キモイ」
 
俺はボソリと呟いた。
 
オヤジのウインクなんか欲かねーや。

「あん? ナンか言ったかぁ?」
 
オヤジはヒヒヒと笑って、俺に擦り寄って来た。
 
キモイよオヤジ。

「うわ、オヤジ酒臭ぇ〜〜〜」
 
俺は鼻を摘んで顔をロコツにしかめた。
 
再びオヤジが馬鹿笑いする――

 
オヤジとの遣り取りは、ピットに入って来た赤い車で中断された。
 
う〜〜〜ん、久し振りに聞く高級車のクリーンなエンジン音。

「うわ、すっげ〜〜〜」

「フル装備のBMじゃん?」
 
振り返ったコウ達が感動モノの声を上げた。
 
赤いBM……???
 
ナンだかイヤな予感が……

 
ガチャッ☆
 
勝手知ったる様子でピットに停まったBMWのドアが開いた。
 
真紅のドアから、白いスニーカーを履いたほっそりとした女のオミアシがスラリと現われる。

「おお〜っ」
 
コウ達のドヨメキが聞こえ、俺はゴクリと喉を鳴らした。

「いっつ???」

「……」
 
BMWから降りて来た女は、サングラスをおもむろに外すと、一瞬だけ俺と視線を絡めて来た。
 
猫のようなキツイ視線で一瞥をくれるが、無表情を決め込んでいる。
 
……恵理っつ???
 
な、ナンでココが判ったんだよ?
 
だけど、今のお嬢様姿の恵理は、俺の眼には『触れるコトさえ叶わない遠い存在の女』に映っていた。

恵理は俺を見ても、顔色一つ、表情さえも全く変えずにスルーして、工場の主人であるオヤジに向き直った。

シカトかよ……
 
居心地が悪くなった俺は、ソッポを向いて軽く舌打ちした。


「お待ちしていましたよ。お嬢さん」
 
オヤジは急に営業口になって、丁寧に頭を下げた。

「お世話になります」
 
恵理はオヤジに軽く会釈をすると、ニッコリと微笑んだ。
 
どうやら俺を捜してじゃなくって、偶然ココに来たみたいだ。
 
しかも、恵理がオヤジに向かって頭を下げてるし!!!


  *  *


恵理は始終俺を無視していやがった。
 
BMWのオイルとエレメントの交換に寄っただけだったんだ。
 
呆気にとられていた俺を後目しりめに、数十分後。

恵理はサッソウと工場から消えて行った。
 
俺は、そんな恵理のBMWをボンヤリとしたまま見送った。
 
恵理のコトをスッカリ忘れていたらしいコウと向井達は、彼女が去った後、カワイイとか、脚がキレイだとか、胸が大きいとかイロイロ……つか、殆んどがエロ談内容で盛り上がっていた。

 
一人俺を除いては――


「司ぁ、チョイと来いやぁ」

「……?」
 
俺は片付けが終わったオヤジから、奥の事務所へと呼び出されていた。

 
四畳半ホドの狭い事務所内には、古びたスチール製のボロ机にそれとセットの錆び掛けの椅子が二組ずつ、向かい合わせになって中央に置かれていた。
 
何でも昭和からずっとそこに置いた、価値のある年代物だとオヤジはヌカシやがった。
 
そのボロ机のセットにどれだけの価値があるのかどうかは知らねーが……
 
その一つに、オヤジはどっかと腰を下ろした。
 
スチール製の小さな椅子がギギイッ! と音を立てて軋んだ。

「どしたい? ず〜っとあの嬢ちゃんを見とったが……知っとんのか?」
 
オヤジは意味ありげな上目遣いで俺の様子を窺った。

「別に……」
 
俺はソッポを向き、口を尖らせて否定する。
 
オヤジと視線が合わせられねー。

「嘘コケ!」
 
オヤジは俺の頭を掠めるようにして乱暴に叩いた。

「って〜〜〜な! ナニすんだよ?」

「ちゃ〜んとテメェのツラに書いてんゾ?」
 
ムッとなる俺。

「ナニを?」

「知ってます……ってな? ツイデにあの娘とデキてますってよぉ?」

「なっ……」
 
俺は頬を赤らめてオヤジに向き直った。
 
……ナンで判るんだよ?

「ほぉ〜〜〜? 大当たりかぁ?」
 
かっつ……カマ掛たのか?

「っせーな!」

「そうじゃろう?」

「つーか、オヤジうぜ〜し」
 
俺はオヤジの口車にマンマと嵌められたみたいだ。
 
気が付いたら、口を尖らせ、ムキになって否定している俺がいた。

「この馬鹿タレがぁ……くくく……ぶわ〜〜〜っはっはっは……」
 
オヤジはガマンしていたのか、一気に吹き出して大笑いし始めた。

「ん、ナニがおかしいんだよ!」
 
俺は鼻白んで噛み付いた。

「いやぁ〜〜〜、まだまだケツの青いクソガキだと思うとったが……そーか、そーか」
 
オヤジは独りで納得してうんうんと何度もうなずいた。

ナニを納得したんだ???
 
しかも、ダレがケツが青いって? 

いつまでもガキじゃねーんだけど?

「あーあー、勝手に笑えよ……」
 
俺は腐った。
 
オヤジは俺のコトバにフンと鼻を鳴らすと、引き出しからサラダ煎餅の個装パックを取り出して、「ほれ」と俺に勧めた。

「要らねーって」
 
俺に無下むげにアシラわれ、オヤジはヤレヤレと肩を落とした。
 
そしてガサガサと煎餅のパックを開けて、勝手に食い始める。

「お前ぇ、あの嬢ちゃんがダレの娘か知っとるんか?」
 
ばりばり……
 
うるせーなぁ。ン、なモン喰ってる場合かよ?
 
俺はオヤジのこういうデリカシーの欠片もナイ所が嫌いだ。
 
人がマジに……

「……知ってるよ」
 
ポツリと答えた。
 
オヤジは「ほう」と微かに反応した。

「……」
 
ばりばり……
 
オヤジは椅子から立ち上がると、部屋の隅に置かれている小型の冷蔵庫から、缶ビールを取り出していた。
 
プルタブを開けると、旨そうに喉仏を動かしながら一気にぐびぐびとあおった。
 
ごく……
 
思わず俺の喉が鳴る。
 
昼間っからビールかよ……客は居ないケド、仕事中じゃないのか?

「……」
 
俺は、オヤジからの次のコトバが予想出来て、胸が締め付けられたような気がした。
 
多分、次の言葉はこうなんだ。

『止めておけ』……って。
 
判ってるよ。
 
恵理とは金目当てで付き合っているワケじゃない。
 
家賃こそ無いが、生活費はお互いに割りカン。
 
以前はヒモの生活をしてたコトあったけど、今の俺はソコマデ最低なヤツじゃないよ。
 
俺だって身の程くらいわきまえているツモリだ。
 
だけど……


「っぷはぁ……司よぉ……」
 
一気にビールを飲み干したオヤジは、口元を片腕で無造作に拭うと、俺の方へと向き直った。

「なに?」
 
俺は、そのコトバに身構えた。

 
一瞬の間が開いた。
 
オヤジは油ヤケしたイカツイ右のこぶしを俺に見せると、ぐっと親指を立てて見せた。
 
そして、またしても不器用なウインク……
 
キモイから、それ、止めろ。

「まぁ……フラれんようにガンバレや!」
 
ニッツ! と口元を歪める。

「☆んな……? はああ???」
 
一気に気が抜けた。
 
ナンなんだ??? 
 
俺の聴き間違いか?

『ガンバレ』だって?
 
このオヤジが?
 
俺の顔を見るなり、オヤジはまたガハハと豪快に笑った。

「ナンぞ? この馬〜鹿、怒られるとでも思うとったんか?」

「べ、別にそんな……」
 
自然と頬が赤らみ、緩んで来る。

「あの通りの嬢ちゃんじゃ。苦労するぞ? まあ、嬢ちゃんもヨリにもよってお前ぇなんかを……物好きな」
 
オヤジはそう言うと、また肩を大きく揺らせて笑った。

「ほ……ほっとけ!」
 
軽口を叩いた。
 
俺の気持ちが、ホンの少しだけ軽くなっていた――
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