課長はベッドの奥へ逃げようとするが、首輪に付けられたワイヤの先を俺がシッカリと握っている。
課長は俺からベッドの端に何度も引き寄せられ、連れ戻されていた。
「往生際、よくないですよ?」
俺は課長の細い足首を捕まえて、左右に開こうとした。
課長は素早く身体を左に
捩って膝を閉じ、ガードする。
「反射神経イイですね?」
う〜〜〜んテゴワイ。
顔では余裕をカマシていたが、俺の中で次第に膨れ上がってくる『恵理が欲しいよサイン』に黄色のハザードランプが点滅したのを覚って焦り始めていた。
早くギブまで持ち込まないと……
ええぇ〜〜〜い、こうなったら泣かせてやるうぅう〜〜〜っつ!!!
なかなかギブのサインを出さない課長に、俺は短期勝負を挑もうとした。
持久戦に持ち込まれると、俺の方が……
つか、もう暴走し掛けているのかも。
俺は手法を変更した。
ベッドに倒れ込んでいた課長の上半身を抱き起こして『命令』する。
「脚、開いてください」
「……?」
課長は『ナニ言っているのよ?』って眼で俺を見上げた。
「『イヤ』……ですか?」
俺のコトバに、赤面したままで課長は鼻白む。
俺がワザと課長から『イヤ』って言わせようとしているのを、どうやら勘付いたみたいだった。
……勝ったぁ!!!
俺の眼が笑う。
「……」
課長は
俯いて所在無く辺りを見廻した。
「どうしました?」
ほらほら、早く降参しろよ?
「……拒否すれば?」
しっとりと潤んだ瞳が俺を捉えた。
「これでお
終いです」
「……」
少しだけ涙眼になっているのが判る。
俺はグッと来て、ナンだか胸が詰まってしまった。
そんなにまでして俺とのコトを成就させたいのか?
こんな俺じゃなくったって他に誰か……『課長の処女を頂きます』ってヤツがいるだろよ?
そ、そう! 携帯のカレシ……とか?
……ソイツとじゃ……ダメなのか?
俺は数日前、課長と携帯で遣り取りしていた人物を思い出していた。
課長――白石恵理。二十五歳独身。
カレシ歴……不明。恐らくナシ。
木村工業株式会社の代表取締役、木村総司社長の三女の末娘であり、木村工業株式会社、設計統括部第三設計課課長。
地元国立大学卒業。
幼児期から父親の都合で、海外での生活を何年も余儀無く強いられていた帰国子女。
お陰で身に付いた数種類の語学は本場モノ。
社長の通訳として、年に数回の海外出張に同行している。
社長は病気で亡くなった前夫人との間に二人の娘を儲け、課長はその後に再婚した今の夫人との娘で腹違いの姉妹だ。
転々としていた海外赴任の諸事情や、課長が歳の離れた末娘だったってコトもあり、社長は溺愛していたらしい。
課長は、姉達や親類縁者の眼をいつの間にか必要以上に強く意識するようになり、一時は社長に反発していた時期があった。
結局母方の旧姓である『白石』を名乗って家を出てしまったそうだ。
……って、ココまでは席向いの鈴木主任から教えて貰った課長のプロフィール。
で、つい最近俺が知ったのは、課長が免許取得マニアだってコト。
仕事柄、危険物取り扱いの免許習得はモチロン、護身術から始まって昔の
通信や、外洋船も操縦出来る船舶一級免許等、数え切れないくらいのスキルを持っている。
加えて、少々キツイ顔立ちだが、プロポーションは細身で極上。
外見はカンペキに俺好みの美女。
そして……
俺には手出しが出来ない別の世界のオンナ……
……そのっ☆
今はイッパイ近付いて、手出ししちゃってるけど……
課長に触れたってゆー事実だけで、俺はほんの少しだけ良心が痛んでいた。
悪友からは、鬼畜ヤロウだとか一発ヤロウだとかって酷いコト言われている俺だが、俺にだって一応は人並みの良心ってぇーモンがあるんだな。コレが。
「う……」
課長は一瞬だけ躊躇すると、俺から視線を逸らせた。
そして、俺が下した命令に決心したのか、きゅっと眼をつぶって口元に力を込めた。
課長は少し震えながらすうっと両脚を倒し、横座りに揃えて引き寄せる。
……ウソ……
今度は俺が怯んだ。
体育座りで膝を立てると、純白のバスローブがススッとフトモモから流れ落ちる――
俺の頭の奥がジインと
痺れて来た。
ちょっとコレはマジでヤバイかも……
さ……触りてぇ〜〜〜っつ!!!
けどっ、だっ……ダメだっつ!
これ以上触れれば俺のナケナシの理性がフッ飛んじまう。
ココはガマンだあぁあああ〜〜〜!!!
「手、出して?」
「?」
俺は課長の両の指先に、たっぷりとジェルを付けてやった。
「な、ナニするの?」
『これ以上どうするのよ?』 と言わんばかり。
マジで今にも泣きそうだ。
でも、ジレンマに陥って俺の方こそ泣きたいよ〜。
『鬼畜ヤロウ』の汚名返上だなこりゃ。
俺は顔で笑って心で泣いて……それでも俺の方からのリタイヤは絶対に遣らねーぞっつ!!!
「ふっ、ふっ、ふっ、それはですね……」
そう言うなり、俺は課長の指先を押さえると、ソレを課長の中心に導いた。
課長の身体がビクンと震え、顎が仰け反る。
たちまちジェルだけじゃない別の音が聞こえ、軽くベッドが軋み始める。
「こんなコト、やったコトありませんか?」
俺は荒い息を吐きながら、そっと課長に耳打ちした。
「あんっ……んな、ナ……イわよぅ」
「ウソ。ゼッタイにあるし」
幾ら課長が処女でも、ソレはあり得ねーな。
……と思う。
違うのかな???
課長との遣り取りに再び軽く興奮しながら、薄い
耳朶にそうっと吐息を吹き掛けて甘噛みしてやる。
「あっ、あっ……あん……も、ナンとでも言って……」
次第に課長が大きく揺れ始める。
「じゃ、止めましょう?」
「アタシ、そんなコト言って……んっ、なっつ、ふううん!」
課長の甘い声が鼻から抜けてる。
んもー、ホントーに強情だなぁ。
「自分の手でカンジちゃってるじゃないですか」
「そ、そんな……コト、あん……な、ナイ……」
あー、そーですか。
まだ未開発だけど、十二分にカンジテおりますが?
だけど、俺の方もヤバイかも……
俺は
逆上せて鼻血が出そうになった。
「課……恵理?」
「ふぅん……つ……かさ」
耳元でそっと低くササヤく俺の声に、課長――恵理が微かに反応して応えた。
トロンとした瞳で俺を見上げてはいるが、その実、焦点が定まっていないので俺を見ていないのと同じ状態だ。
俺よりも年上なのに、この時の恵理の表情はずっと幼く見えた。
俺は恵理の首筋や
項、そして頬に何度も何度もキスをした。
恵理は軽く眼を閉じて、俺のキスを受け容れながらカンジテいる。
「んっ……」
そして柔らかくて艶やかな恵理の唇に、深く、優しくキスをする。
俺は恵理の背中に手を廻して、スローモーションのように押し倒した。
恵理が自分から手を離そうとする。
「手を離しちゃダメです」
「ううん……」
「ダメだって。ほら、しっかり押さえて?」
唇を奪いながら、恵理の手を押さえて徐々(じょじょ)に手の上から強い刺激を与えてやる。
次第に恵理の反応が強く、鋭くなって来た。
恵理のフトモモが自然に閉じて、絶え間なく伝わる快感からガードしようと無意識に動く。
「閉じちゃダメです!」
強く手を押さえ付けた。
何度か逃げ出そうとしたが、その度にワザと俺は刺激を強くして触れさせてやる。
乱れて細い身体を
撓らせる恵理に、俺はドンドン欲情し、興奮して来る。
「あぁっ、も……ダメ……いや、いやあ!」
遂に恵理がギブのサインをコールした。
恵理の恍惚とした表情に快感を覚え、俺は無意識に自分の相棒に触れていた。
「……恵理ッ」
……イッショにイク……
俺は再びシャワーを浴びると、眠っている恵理の傍で携帯を掴んでいた。
恵理と抱き合ったのに、まだナンだか満足出来ねー。
……当たり前か。
最後までイッてねーのに。
結局、お預け状態になった俺は欲求不満でイライラして、どうにもガマンが出来なくなっていた。
誰かナンとかしてくれぇ〜〜〜。
―「……はい?」
多分、眠っていたんだろうな。
少し眠そうな、不満げな声。
彼女は七回目のコールでヤット出て来た。
「三浦さん? ……俺」
―「司? どしたの?」
「今からソッチに行ってもイイ?」
このアト、俺は有紀と逢って心置きなくえっちが出来た。
でも、外見が似ている恵理と有紀だ。
俺は途中で二人を混同しちゃって、あろうことか有紀に向って『恵理っつ!』って口走ってしまった。
そして、俺は有紀から手痛い平手の洗礼を受けるハメになってしまった。
「痛ってぇ〜〜〜☆」
ナニも殴るコトないだろよ?
どうしてだ?
……顔も容姿も似ていると、ヤルコトが同じで凶暴になっちゃうんだろうか???
* *
「課長? もう起きてくださいよ。掃除、デキナイじゃないスか」
「うう〜ん……」
気だるそうな生返事が返って来た。
早く起きてメシ食って貰わないと片付かないし、俺の予定が狂っちまう。
「朝食、冷めちゃいますよ?」
「今日はナニ?」
消え入りそうな声で囁く恵理。
寝起きの顔が、ミョーに艶かしい。
「和食です。鮭に、ダシ巻きタマゴ、トーフとワカメの味噌汁。納豆はご随意に」
「お味噌汁、お揚げ入ってるの?」
「いえ」
「お揚げも入れてくれないと起きない……それに、鮭はいい。朝から欲しくないの」
ひく……
俺の顔が引き
攣った。
恵理は地元特産の油揚げをこよなく愛す和食派だ。
ヒジキの煮物や炊き込みご飯なんかにも入れるようにと、強い
拘りを持っている。
「はいはい。入れておきますから……いい加減に起きてくれませんかぁ? 九時半過ぎてますよ?」
「今日は予定ナイもの」
恵理はベッドの中でモソモソと動いて、起きるのを嫌がった。
こンのぉ〜〜〜今度こそ犯すゾ?
ベッドの中の恵理は、まだ真っ
裸だ。
チョッと眼のヤリバに困る俺。
「課長の都合でしょ? 俺、行きたい所があるんです」
「ドコ?」
「……修理工場」
「……修理……工場? 行って見たぁい!」
恵理は瞳をキラキラさせて、急にガバッと起き上がった。
そして、自分が昨夜の俺とのゲームでそのまま寝ちゃったってコトに気が付いた。
白い肩から胸元にかけて付けられた幾つものキスマークが、昨夜、俺との関係がウソじゃないってコトを物語っていた。
傷にならないようにと注意して結んでいた両手にも、薄っすらと……見ようによってはアザが付いているみたいだ。
その姿はまるで強姦されたアトみたいだった。
って、やっぱし『みたい』じゃなくってそのまんまなのかな?
恵理は自分の姿に真っ赤になって、慌ててシーツを手繰り寄せる。
その仕草に、妙に『女の子』らしさを覚えて、俺は軽くソソラレタ。
けど……
「ダメです」
俺は甘えてナツク恵理を、不本意にもムリに拒絶した。
「どぉしてぇ?」
そんな眼で見ないでホシイ……
結局理由は言えなかった。
行き先は
虻川のオヤジのいる(車の)修理工場だ。
俺が車を覚えたのは十七の頃。
トーゼン、無免許。
呆れるホドの度重なる補導に、俺は親からトックに見放されていた。
代わって未成年の俺の面倒を見てくれたのが、アブ(虻川)のオヤジだった。
子供の居ないオヤジは、俺の身元引受人を何度も遣ってくれたし、ホントウの親子みたいな付き合い方をしてくれてた。
木村工業に就職が内定した時は、親以上に喜んでくれたし、コレを期に『峠』から卒業して、車も其れなりのに換えろと説得されていた。
オヤジの意見に素直になれず、逆らって……あン時は何度も殴られたっけ……柔道の締め技で、堕とされたコトだって一度や二度じゃなかった。
俺にとってのイチバンの拠り所的存在のオヤジだったから、入社式での事故のコトも、退院後の悲惨な生活も、逆に一切知らせてはいなかった。
つか、言えねーよ。
音信不通はこれが初めてじゃなかったが、これ以上、オヤジの頭を心配で真っ白にさせたくはなかったから。
なのに恵理は一緒に連れて行けと言う。
ムリだよ……
オヤジは見た目ヘンクツそうなクソジジイだが、中身もやっぱりヘンクツなクソジジイだ。
けど、仕事となればハナシは別だ。
見た目まんま……ヘンクツさならではの職人技。
オヤジの腕を頼って遠方からワザワザ遣ってくる奴も居る。
意外と顔も広いし、人を見極める眼もスルドイ。
店構えはボロイくて今にも店舗兼自宅が崩れそうだったから、この第一印象から、オヤジに修理依頼をしようと言う無謀な初心者は滅多にお目にはかからない。
だが、縁あってオヤジが手懸けた車のオーナーは、その殆んどがリピーターになっていた。
その車のエンジンのベスト回転数を微妙な音と振動で聴き分け、同じ車種・年式と言えどもドライバーのクセを見切って微調節が出来るオヤジだ。
『ワシは車と会話が出来るけんのぉ?』
そう言って、誇らしげに笑うオヤジに、俺は尊敬の念を抱いている。
だからこそ、俺は恵理を連れては行けなかった。
連れて行けば、多分……
今、俺が思っているコトをズバリと見透かし、言い当てられそうだったから。
『その女(恵理)には手を出すんじゃあねぇぞ?』って。
……判ってるよ。
自分で判っているコトを、自分以外の者から改めて言われるホド辛いものはナイと思う。
ましてや、ソレが自分の力ではどうするコトも出来ないのなら、尚更だ。
* *
「……」
遅い朝食を摂ろうと椅子に座った恵理の視線が、向かいに居る俺の左頬で止まった。
「ナンです?」
「その顔……」
「え?」
俺は慌てて利き手で頬を押さえた。
俺の頬には有紀から喰らった昨夜の平手の名残があったんだった。
マズイ……
「それ、ヤッタのアタシ?」
「……」
へ?
一瞬の間があった。
「え? ……え、ええ。パンツ
穿いたネコに……」
ヨカッタァ……気付かれてナイみたいだ。
俺はコレ幸いと、不敵に笑って見せる。
恵理は俺がアレから夜中に出て行って、有紀とヨロシク遣っていたのに気付いていないんだ……
そう思うと、自然と頬が緩んだ。
「……ネコ?」
恵理は小首を傾げてくすすと笑った。
俺もつられて愛想笑いを浮べる。
「んな、ワケないでしょっつ? 知ってるんだから。司が昨夜出て行ったコト」
「う……」
恵理の豹変振りに一瞬怯んだ。
「夜中に起きたら居なかったじゃない?」
うわ……またしてもバレバレかよ?
「んな、ナンのコトっスかぁ〜〜〜?」
「惚けるの、止めてよね? 大体アタシの目の前で堂々と……」
言いかけた恵理の顔が強張った。
恵理の部屋から携帯の着信音がカワイらしい音を鳴らし始めたからだ。
「……」
「? ……課長?」
俺は恵理の様子を窺った。
「……」
恵理はそのままフリーズしている。
あの呼び出し音は、確か以前聴いたような……???
時間で切れても、再び同一らしい人物からの着信音が鳴らされる。
中々鳴り止まない携帯と、中々動き出さない恵理に、俺は首を傾げて訝った。
「鳴ってますよ? 携帯」
「う……わ、判ってるわよ?」
『恵理が出て来るまで鳴らしてやる……』
何度も掛かって来る着信音には、そんな相手の執着心みたいなのが見て取れた。
「出た方がいいと思いますが?」
「わ、判ってるってば」
口を尖らせた恵理は、俺との遣り取りを中断した携帯の相手に不満そうだった。
「はい……」
チラリとダイニングで座っている俺の方を一瞥すると、恵理は俺に背を向けて自分の部屋の奥へと姿を消した。
内容まではハッキリとは聞き取れなかったが、時間や場所の確認をしているらしい。
声の具合からして恵理はソワソワと落ち着きが無いみたいに思えるが……?
ナンだよ……恵理だって『オトコ』とナンノ約束だぁ?
人のコトが非難出来る立場かよ?
ハナシを終えて戻って来た恵理に、俺はヘーゼンとシカトする。
「……ね?」
「はい?」
「さっきの相手……気にならない?」
覗き込むように、恵理は黙って玉子焼きをパクついている俺を低い目線で見上げて来た。
「……別に?」
俺は内心穏やかじゃなかったが、表面上では、俺の様子を面白がって窺っている恵理の視線に、却って冷静で居られた。
俺は携帯の相手なんか全く興味が無いように振舞う。
=「別に……別に……って」
俺のコトバを小声で
反芻し、恵理は少しだけガッカリと肩を落とした。
「俺が課長のお相手に、ヤキモチ妬いたらイイんですか?」
俺の何かしらの
反応をネコの瞳でワクワクと期待している恵理を見ていたら、急にナンだかムカついて……無性にハラが立って来た。
恵理と俺とがソコマデの仲だとは思われたく……ナイ?
俺の本心って……そうなのか?
それとも単なる意地悪……か?
「そんな……」
「いいですか? 俺は課長の『カレシ』にはなれませんし、なりたくナイ! ですから」
俺は、自分でも驚くホド冷淡に言い放っていた。
ああ〜〜〜っつ、俺、ナニ言ってんだ?