フィットを停めていた公園の駐車場へ戻ると……
真夜中……ってぇコトで、やっぱりココでもお約束のように十数台もの車が駐車していた。
中には激しく揺れている車両もアル。
頑張ってるぅ〜。
俺は一際大きく揺れている黒いワンボックスを見て、ニヤリと笑った。
けど、課長はと言うと、不思議そうな顔で揺れている車両を見詰めている。
「……ねえ……」
「はい?」
「ドウシテ車が揺れて……いるの?」
「……」
シラフで訊くか?
ドン退きする俺。
マジでアレがナニをしているのか判らねーのか???
「ねえ、どーして?」
「……」
……答えられなかった。
つか、訊くか? フツー。
課長、アンタ一体……ドコまで純粋培養されてんだ?
けど、そんなコト、俺には訊けねー。
……訊かなくても……判る。
なのに俺は、コレからこの女にナニをしようとしている……?
「司?」
「……え?」
呆けた俺に、課長はいつもの猫の目付きを投掛ける――
その視線に、俺ははっとした。
「何してるの? ドア、開けて?」
「あ? ……ああ、はい……」
俺は持っていたフィットの鍵を手にすると、リモートでロック解除する。
……この眼だ!
この視線が俺を惑わせる……いや、狂わせる……かな?
頼むから、その視線をナンとかしてくんない?
でないと、俺のヘンなスイッチが切り替わって入っちゃうよ?
* *
「……っあ……」
マンションに戻るなり、ずっとオアズケを喰らっていた俺は、堪らなくなって玄関先で課長を背後から襲って……いや、抱き締めていた。
俺は課長の手から、素早く金魚袋を取り上げてドアのノブに掛けると、破かれて剥き出しになっていた右肩にキスを落とす。
溜め息のような声が、課長の喉から遠慮がちに漏れた。
仄かに体温で暖められた、甘い香水と課長の体臭が混ざり合って、俺を更に興奮させる。
しかも今の課長は、俺好みの浴衣姿だ。
浴衣が着物の中で一番色っぽいように思えた。
これって昔のパジャマか下着みたいなモンだろう?
「駄目……」
吐息のように囁く。
「どうしてです? これはさっきの続きですよ?」
「え……?」
公園でのコト、もう忘れたのかよ?
それとも忘れたフリして逃げるツモリか?
「課長、独りだったらあの連中から逃げるコト出来ました? ね? 俺にご褒美くださいよ」
課長は俺に後ろを取られながら、軽く抵抗して来る。
俺は課長の両腕を後ろ手に捕り、片手で抑え付けた。
「こ、こんな……コトして……ゆっ、許さな……いっ……」
「なんで? 俺、許してくれなんて言ってないッスよ?」
少し汗ばんで湿った栗色の髪に、俺は課長の耳元で聞えるように、ワザと音を立てて何度もキスをした。
そして髪から見え隠れしていた
耳朶を軽く甘噛みすると、課長は身体を
撓らせて、強く反応する。
「止め……アタシ、汚れて……」
「コトバになってないですよ? 『ハッキリ言え』って、いつも課長俺に言っているじゃないッスか」
多分、それは課長がまだ風呂に入っていないってコトを言っているんだろう? だけど俺にとって、課長は十分過ぎるホド、キレイだよ?
浴衣の上から課長の体温を感じ取っているように、俺の手がゆっくりと這っていく……
課長は堪え切れずに甘い吐息を漏らした。
浴衣の懐へと俺の手が分け入り、強張らせていた課長の身体がビクッと跳ねた。
その反応は、まだ課長の身体が何も知らないって言う証みたいに思えた。
「あ、あれは上司として……ン!」
俺はそれ以上、喋らせないように、課長の顎を掴んで後を振り向かせると唇を塞いだ。
「ふ……ん……」
持ち上げるようにして掴んでいた顎から、更に手を深くして、今度は下顎の方へ向かって両頬を軽く押し下げると、課長は簡単に唇をホドイた。
いつの間にか、恥じらいながら頬を染めていた課長の全身が熱くなっている。
そして自分から眼を閉じて、俺に総てを委ねているように見えた。
もお、噛み付きはゴメンだよ?
大丈夫……かな?
俺は後ろ手に捕まえていた課長の両手首を放すと、浴衣の帯に手を掛けて解こうとした。
どきどきどき……
俺の心臓が高鳴った。
浴衣とはいえ、これも着物だ。
女性の浴衣がどんなになっているのかは知らなかったが、これって多分、大昔に時代劇で見た悪徳代官と生贄にされる生娘……のノリだよな?
で、俺が悪徳代官かぁ?
生娘……うーん、それにしてはチト年齢が……って、まあいいや。
『いやあああ! お止め下さいまし! お代官さまあぁ!』……ってなノリにも……なってナイけどよ?
「……」
あ、あれ???
ナンだ? 帯って簡単に解けるじゃんか。
何重にもぐるぐる巻きにされていると思っていた浴衣の帯は、思っていたよりも短かくて、ハラリってカンジで解けてしまった。
こんなのって、反則だぁ!
俺は長い帯をイヤラシク解くのを想像して興奮していたのに……
俺は盛装の和服と単衣の浴衣とを、どうやらごっちゃに混同していたみたいだ。
……チョットがっくし。
「どうしたの?」
課長が不思議そうな顔で俺を見上げている。
いかん!
つい理想……つか、妄想を追いすぎて俺の手が停まってしまっていた。
しかも、せっかく熱く火照っていた課長の身体はもうクールダウンしてしまってるし。
「え? ……んな、ナンでもないデス」
「その帯、シワにならないようにしてね?」
「はい」
……ってぇ、また素直に返事してしまった……
俺はその場をゴマカそうとして、再び強く課長を後ろから抱き締める。
「あん! ……もお! 司シツコ……?」
いやいや、こういう場合はシツコクしないと。
勢いで課長を壁に押し付けてしまい、
序に俺の股間も一緒に課長に押し付けるコトになってしまった。
「や……?」
『ナニこれ?』ってカンジで、たちまち課長の顔色が変わる。
まあ、男兄弟のイナイ姉妹で育った課長としては、珍しいモノなんだろうな。
くうう〜〜〜っつ! 今の課長の表情イタダキ!
「ベッドに行く?」
俺は赤くなった課長の耳元で囁いた。
「……」
課長は壁に
凭れ掛かったままで戸惑っているようだった。
「イヤならここでヤッちゃいますよ?」
俺はイヤらしくそう言うと、後から両手で課長の胸前の衿を掴んで引き上げた。それを今度はぐっと左右に引き下ろす。
桜色にのぼせて火照った細い両肩と背中が現われる。
「きゃあっ? な、何すんのよっ?」
案の定、課長は恥ずかしそうにしながら、イマイチな反応をしてくれる。
まだ理性が課長の大部分を占めているからだ。
「やだぁ……」
課長は恥ずかしさに耐えられなくなったのか、壁伝いに座り込んでしまった。
「もー、しょーがないなぁー」
俺は課長をお姫様抱っこで抱き上げる。
慌てて課長は両手で胸を隠した。
課長の身体は思っていたよりも軽くって、勢い、俺の腕の中でふわりと浮いた。
「きゃ? きゃあ! は、放してぇ!」
俺の両手が使えなくなったのをイイコトに、課長は一層真っ赤になって、近付いた俺の顔を片手で押し遣り、身体をくねらせてジタバタと暴れた。
「痛てて……落っことしちゃってもイイんですか?」
俺は嬉しそうにニコニコしながら、意地悪く言う。
「う……」
トタンにテイコウしなくなった。
あれ? もう観念しちゃったのか?
「はい」
「きゃっつ?」
どさり!
俺は少々乱暴に課長をベッドへ降ろした。
課長は上半身を起こしたまま両腕を後につき、膝を段違いに立てると身体を
捩った。
大きくハダケた胸元から、
華奢な身体とは少しアンバランスな白い胸がハズンで揺れる。
浴衣の裾が乱れて白いフトモモがチラリと見えた。
俺の心臓が爆発しそうになる。
慌てた課長は左右の手で胸元と裾をササッと隠し、右膝を引き寄せて俺の視線をガードした。
うん???
よくは見えなかったケド、裾から中途半端な下着……つか、頼りない布みたいなモノがあったような……???
「もお! ナニ見てるのよぉ!」
俺の視線をカンジて、完熟トマトみたいに真っ赤になった課長は急に怒り出す。
「チョ、チョット待って。今のナニ?」
俺は課長を横向きのままで押し倒すと、スカート捲りの要領で一気に浴衣の裾を
捲り上げた。
裾からチラリと見えたモノは、頼りない布幅の下着だった。
「……」
がぁ―――ん!!!
かなりショック。
ナンでこんなオクテの課長がAV女優みたいな下着を……???
日頃の
鬱屈したナニかが、課長をこんなに過激に奔らせたのかぁ?
「ちょっと……」
俺が課長の下着を眺めて呆けていると、課長はムッとなった。
「着物用の下着がそんなに珍しいの?」
はいぃ?
『着物用』……です……か。
「てっきりアダルトサイトで購入したモノかと……」
衣料品は殆んどネット購入してるって言ってたし。
確かにそう言われればレースの部分が少なかったよーな……
「思い出さないでよ! 馬鹿ッ!」
「課長がどんな下着でも、俺は全然構わないッスよ? もっとエロイ下着でもゼンゼンOKです」
まあ、これ以上Hな下着もそうはナイと思うが?
「な……」
課長は更に真っ赤になって言葉を失ってしまった。
その様子だと、どんな下着がエロイのか想像ついてるってコトだよな?
オイオイ、知識はあっても実戦がまだかよ?
う〜〜〜課長、オモイ……オモ過ぎるぞ〜〜〜
俺は退いた。
いつもならビシッと決めているユルフワの栗色の髪は乱れ、意思の強そうな(ホントに強い)パッチリとした瞳は、俺とのザレゴトでまだトロンとしている。
頬は上気して桜色に染まり、ぷるんとした唇は口紅を差していないのに、赤い果実のように旨そうだった。
退いたけど……やっぱ課長はオイシイ……よなぁ。
乱された浴衣姿の課長に、俺は無条件でソソラレル……
俺、課長の罠に嵌ったのかなぁ……???
俺は無表情で課長の顔に自分の顔を近付けた。
「課長、俺……」
「……な、ナニ?」
「……」
『恵理ノコト……手放シタク……ナイ……』
そう言い出しそうになって、つい黙り込んでしまった。
言葉に出して言ってしまえばラクになるのかな……?
だけど、今は言えねーよ。
だって、それは課長の今の『外見だけ』に惑わされている……だけだから。
……多分。
「俺……」
「あ、ゴメンちょっと……」
どうしようかと悩んでいたら、イキナリ課長の方からブチ切られてしまった。
しかも俺からするりと逃げ出して行ったし。
「……」
……雰囲気ブチ壊し……
しかも、長いトイレだなと思っていたら、さっさとシャワーに行ってやがんの。
もおいいよ。
思いっ切りシラケタ俺は、携帯で片っ端からオンナ友達に連絡を取っていた。
とっくに夜中の一時を過ぎていたが、俺には何人かのキャバ嬢の友達が居る。
丁度この時間帯ならかえって連絡がつき易い。
「あ、
真帆? 俺、司。久し振り〜」
「ああぁ〜ん、司ぁ? うん、もおドコ消えちゃってたのよぉ〜〜〜?」
携帯の向こうで、真帆の甘えた声が聞こえた。
「今からいい?」
「ええ〜っ?」
ナンだよ? その迷惑そうな返事はぁ?
俺は真帆の反応で、すぐ傍に誰かが居るのを勘付いた。
「ゴメン。邪魔した。じゃ」
「あ、ちょっと待って……」
俺は真帆が何かを言いかけていたのを無視して、携帯を一方的に切ってしまった。
何人かに連絡を取ったが、結局はムダだった。
……ナンだかムナシイ……
課長に出逢う前……つか、事故る前の俺って、こんなのじゃなかったのに……な。
ドウシタ俺?
ツキが堕ちたのか?
急にモテナクなっちゃったぞ?
まあ、事故ってその後、皆にはサンザン迷惑掛けちゃったからなぁ……
背後で課長の気配がして、缶のプルタブを開ける音が聞えた。
振り返ると、アタマに真っ白なタオルを巻き、同じく真っ白なバスローブを羽織っている課長が居た。
両手に一缶ずつ五百のエビスビールを持っている。
片手で開けた右手の一方を自分の口に押し当てて、旨そうにごくごくと喉を鳴らした。
「司も飲む?」
課長はビールのCMモデル並みににっこりと微笑んで、左手に持っていたビールを俺に差し出した。
ゴクリと俺の喉が鳴る。
「……うん」
俺は素直に手を伸ばす。
……?
ナンだか課長の口元が一瞬笑ったヨウナ……???
カシッ☆
その瞬間、シェイクされて膨張していたビールは、勢い良く音を立てて噴出した。
「う、うわあああ!」
俺は慌てて缶の口を押え付け、キッチンへと駆け込んだ。
「きゃーっつははは! 引っ掛ったぁ!」
「……」
ムカッツ!
久し振りに、あの馬鹿笑を聞いた。
気を許すと、すぐコレだ。
俺は課長のペットじゃねーぞっつ!
おちょくって遊ぶなっつ!!!
つか、ペットだってコンナにヒドイ扱い方されてねーだろよ?
俺はビールを飲み損ね、深夜にせっせと床掃除をするハメになった。
「ね〜え?」
「はい、はい、ナンですか?」
俺は『忍』の一字で、不機嫌になりながら課長の部屋の床を掃除中。
「ソレ、後でいいじゃない?」
ベッドに入って
気怠そうに話掛け、課長はナンだか俺を誘っているみたいだった。
「ナニのアト……ですか?」
社内に居るように、俺はワザとそう言った。
俺は無心に拭き掃除をして、課長の方を見向きもしなかった。
頼むから、そうやって誘わないでくれる?
半分キレ掛けている俺だ。
今、課長に応じればナニをするのか判らないし、自分を抑えられるかどうかも判らなかった。
けど、俺はゼッタイに課長の開通式には参加したくないし、遠慮するっつ!!!
『処女』自体俺はキライじゃないし、全然ダイジョウブだ。
だけど、幾ら俺がいいオンナだって思っても、課長のは重過ぎるんだよっつ。
『社長令嬢』の肩書きに、俺は思いっきり退いているんだ。
……?
いや、それだけじゃない……のかな?
「……」
微かに課長が反応したのが判った。
「明日……じゃないや。今日会社でしょ? 眠っておかないと就業中に居眠りしちゃいますよ? ……課長?」
小さな寝息を立てて、課長はバスローブの格好のままでうつ伏せになり、右腕をベッドからだらんと垂らして眠っていた。
俺はベッドから出ていた課長の腕を戻してやる。
無邪気に眠った課長の顔は、ナンだか俺よりも幼く見えた。
髪も乾かさずに……起きた時に困るだろうが。
こんなコトまでダラシねーのかぁ?
よく独りで自活する気になったよな……
「……」
ヤレヤレ……
俺は軽く肩を落として溜め息を吐くと、課長が飲んだビールの空き缶を持って課長の部屋から出て行った。
……ナンだよこれはぁ?
キッチンを改めて見回して驚いた。
さっきは噴出すビールで慌てていて気が付かなかったけれど……床には結構な数の空き缶が転がっていた。
ダストボックスもちゃんと置いてあるのに、そこから入りきらなくて転がり出てしまったらしい。
それは全部課長が独りで飲んでいたモノだ。
俺は知らねーもん。
俺の目が覚めるまでの数日間、課長はカップラーメンとビールで食い繋ぎ、俺を待っていてくれてたのか?
ずっと……?
……待ってくれていたと思うのもナンダかな。
やっぱり課長はオモ過ぎるよ。
一途なトコロが……さ。