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どうも、ヒロユキです。
ちょっと更新が遅れてしまいましたね。今まで約五日間隔だったので、そのペースが乱れてしまい、少しショックです(もし、「まだかー?」と待っていた方がいらっしゃいましたらすいません)。
こういう時、週刊雑誌の漫画家さんとかって締め切り大変だよなーって思います。
第五部 時雨川ゆずり編
79 目覚めない少年
 目を瞑り、意識を集中させながら、ゆずりは正座をしていた。
 横たわった春臣の後頭部にある呪符を、優しく持ち上げるように触れつつ、何事かを呟いている。

「……っと、これくらいでいいか」

 そしてしばらくすると、肩ひざを立て、手の甲で額の汗を拭った。
 作業を開始して、十分ほど。
 ようやくそれで春臣の呪符に組み込まれていた妨害の力を分解することが出来たのである。
 ふう、これでやっと一息つけるな。
 安堵の思いでゆずりは足を崩す。
 それはゆずりにとって、別段難儀な作業とも言えないものだったが、人の命がかかっているだけあって、やはり気を抜けるものではなかった。はふん、と緊張が押し固められたようなため息をつく。
 目の前の少年は未だ意識の闇の中で、目を覚ます気配はない。おそらく、当分の間は目覚めないだろうというのが、ゆずりの見解だった。
 すると、肩に乗り、固唾を呑んでゆずりの動きを見ていた小さな少女が訊いてきた。

「お主、これで春臣は助かるのじゃな?」

 その深刻そうな青い顔からは、不安の気配を色濃く感じ取ることが出来る。
 ゆずりは首を振った。

「いや、今は応急処置を済ませただけだ。私のお守りを上から貼り付けて、呪符の効果を一先ず封じ込めただけに過ぎない」
「ふ、ふむ。ではどうする?」
「そうだね、この呪符を安全に剥がし取るには、さらにこの呪符の性質をよく調べる必要があるな」
「しかし、それでは時間がかかるのではないのか?」

 少女は不満そうだ。

「まあ、そうだろう。でもだからといって呪符を強引に剥ぎ取ってしまうと、少年の魂まで一緒くたに抜き取られてしまいかねない。どういう意味か分かるだろ? ゆえに、今は落ち着いて対処するべきだ」

 ゆずりは明らかに焦っている彼女を宥めるように言う。呪符や護符に関してはプロフェッショナルであるゆずりから見れば、現時点で何よりも優先されるべきなのはミスを犯さないための慎重さであり、リスクを背負った性急さではないのだ。
 その考えが伝わったのか、少女は春臣を見ながらゆっくりと頷いた。

「そうか。分かった。では、きちんとした手順を踏めば、春臣は助かるのか?」

 その言葉には大いに頷く。

「もちろんさ。私はこれでもお守り商人。こんなかび臭い呪符の処理なんて、お茶の子さいさいだぜ」

 すると、少女はようやくほっと胸を撫で下ろしたようで、強張っていた表情を緩める。小さいせいもあってか、力の抜けた彼女はずいぶんと可愛らしく見えた。思わず、頬を突いてみたい衝動に駆られるが、とはいえ、今はそんな場合でもない。
 ゆずりはパン、と一度手を叩くと、

「じゃあ一先ず、少年を安全な場所まで運ぼうか」

 と提案する。

「安全な場所?」
「いつまでもこんな場所で少年を寝転がしておくわけにはいかないだろ? 少年の家はどこだい?」

 そう訊くと、

「ああ、それならば問題ない。わしが案内する」

 と彼女は答えた。
 だが、その後で、急に険しい目つきになって睨んでくる。

「それは良いが、お主。時雨川ゆずりよ」
「なんだい?」
「どんな客は知らんが、とんでもない土産をもらってきたものじゃの」

 どうやらそのことにはとことん呆れられていたようで、ゆずりは苦笑した。

「ハハハ、時雨川もまさかこんな嫌がらせをされるとは思ってもみなかったよ」
「笑い事ではないぞ!」

 すると、少女は可愛らしいリスが急に牙をむいたような表情で怒鳴った。

「春臣はその側杖を食ったのじゃ!」
「あ、ああ。すまない」

 ぴしゃりと言われ、ゆずりは自身の軽率さを反省する。

「ちょっと不謹慎だったよ」
「むう……」
「元々、この呪符は私を狙った物だということは明白だよ。それが、まさか何の関係もない少年がとばっちりを食らうことになるなんてね。本当に申し訳ない」
「……お主、それほどまでに客を怒らせたのか?」
「ああ、まあな」

 言いながら鬱蒼と木々が茂る暗い林の方へ目を向けてしまい、すぐに何か寒気のようなものを感じて目を伏せる。数日前の老人の穢れの感覚が思い出されて、記憶の奥にそれを押しやったのだ。

「得体の知れない気持ち悪い奴だったし、妙なことを聞いてきたからさ。ちょっと、がつんと言ってやったのさ」
「妙なこと?」
「神の力を使役できるような代物はないかって」

 これには少女も驚いたようで、

「むむ、そんなことを考える人間がおるとは!」

 と驚嘆した。

「そうだな。昔であればそんな恐れ多いことを考える人間もいなかっただろう。神と人との地位の差は、天と地よりも違いがあったんだ。神の前で人は誰もがひれ伏すのが道理で、その絶対的な力には誰も文句などはなかった。でも、時代も変わったってことだよな」
「……」
「神々の力は衰え、人々の信仰心は陽が差し込んだ路面の水たまりのように、急激に干からびていっている。今の子供たちにとって、神は敬うべき存在というより、一種のキャラクター的存在と言った方が正しいのかもしれない。かつての繁栄から思えば、神々にとっては物悲しい時代さ……」

 喋りながら、ゆずりは肩に乗っている少女が切ない顔で俯いているのを見た。その様子があまりにも深刻そうで、ゆずりは思わず言葉に詰まり、話を変える。

「……おそらく、あの客は私が呪符に取り付かれ、どうしようもなくなって泣きついてくると思ったんだろう。そして、呪符を取り除くことと引き換えに、私が知っている情報を聞きだそうとした。きっとな」
「……傍若無人とはこのことじゃな。自らの利益のために、いとも簡単に他人を苦しめようとする」
「ああ、全くだ」

 ゆずりは横たわっているじっと春臣を見、しばらくしてゆっくりと立ち上がると、辺りに散らばっていたお守りを荷物の中に収め始めた。そして、ようやくその作業が終わったところで、お手製の神の木から作ったお守りの板に再び何かを呟いた後、傍の茂みの辺りにそれをさっくりと立てる。さらに、その茂みに重たそうな荷物を隠した。

「さて、こうしておけば、後から取りに来たときにすぐに分かる、と」

 お守りに特別な印をつけ、自分だけが感知できるようにしておいたのである。

「準備は整ったか?」

 少女が訊く。

「ああ、後は少年を時雨川が背負っていけばいいんだが……ええと、少女」
「わしは、緋桐乃夜叉媛じゃ」

 誇らしげに彼女は胸を張る。

「そうか、夜叉媛さん。肩に乗られると移動に不便だ。あんたはここに入ってくれ」

 と、媛子の服を指でつまみ、装束の布が交わる胸元にぽすんと入れた。ひゃ、という小さな悲鳴が聞こえ、すぐに、彼女がそこから顔を出す。

「どうだい。座り心地は?」
「も、問題ない」
「そりゃあよかった」
「しかし」

 すると、彼女はなにやらゆずりの胸元でもぞもぞと動き、

「お主。わしよりずいぶんと、お、大きいのう」

 と頬を赤らめ、ぼそりと言った。

「あん、何がさ」
「う……いや、こっちの話じゃ。気にするでない」

 ゆずりは小首を傾げたが、まあ、さして追求したいほどのことでもない。

「ともかく、今は一刻も早く春臣を助けてくれ」
「そうだな。全部こっちの責任だし」
「もう一度聞くが、春臣は本当に大丈夫なんじゃな?」
「まあ、心配しなさんな。なんといってもプロがついてるんだからさ」

 自信満々に言って、少年を抱えようと、ゆずりは腰をかがめる。そして、今は気を失っている、少年の静かな表情を見た。
 先ほど、

『あんた、何者だよ』

 と、凛々しい顔つきで言い放った彼だったが、現在はその荒々しい敵意もなく、歳相応のどこか幼い顔をしていた。
 自分のような者と対峙しても、逃げなかった、な。
 底知れぬ勇気のある少年、そして、どこか不思議さも兼ね備えているようにもゆずりには思えた。
 いったい、彼とこの緋桐乃夜叉媛に何が起こっているのか、実に興味深い事である。
 さて、これからじっくりと聞かせてもらおうか。
 そう心中でひとりごち、ゆずりは春臣の体を軽々と持ち上げる。腕を引っ張り首の前に回し、背中に寄りかからせると、

「よっと」

 何とか背負うことに成功した――
 と、
 その時だった。

「うん?」

 ゆずりはまるで体が一瞬浮遊するような、妙な重力を感じた気がした。地面に引っ張られるのとは違う……背後の方向からである。

 何だ?
 少年、か?
 まるで、魂を引っ張られているような……。
 瞬間、ゆずりの中にある予感が生まれた。

「――!」

 すると、ゆずりの異変に気がついたのか、少女が問いかけてくる。

「どうしたのじゃ?」
「いや、それが……」

 言いよどみ、

「少し考えて、後から話すよ」

 と答える。

「う、うむ……そうか」

 彼女は明らかに納得していないようだったが、とりあえず頷いて前を向いてくれた。
 場に沈黙が下り、ゆずりが一歩一歩進むたびに聞こえる鈴の音と、背中の春臣の呼吸音だけが規則的に耳に届いている。その度に、一筋ずつ嫌な汗が流れるようだった。

 この少年、まさか。
 まさか……な。

 ゆずりは自分の予感が当たらないようにと祈りつつ、足早に歩いていった。


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