目に映るものは、黄金の空。
ここは、世界の始まりなのか。
それとも、終わりなのか。
もしくは、そのどちらでもない、
虚無と混沌の海なのか。
体がひとところに留まることなく、
ただたゆたっている心地がする。
揺れる波が打ち寄せ、
乾かすことなく、
頬を濡らす。
目に映るは、あの、高き空。
美しすぎる、黄昏の空。
自分は、いつかあそこに行けるのか。
それを、自分は許されるのか?
それを思うと、いつだって胸が苦しくなる。
恐怖と、焦燥。
怒りと、諦め。
悲しみと、孤独。
いつの間にか、
声を、出していた。
声を出して泣いていた。
それが自分だと分かる。
耳に、その声がかろうじて届いている。
世界は、生きていた。
世界を、生きていた。
揺れている、自分。
意識が鮮明になり、
鳴り響く自分の声が、
空で弾けた。
燃えている。
そこは、海ではなかった。
全てを溶かしつくすような、
鮮やかな深紅。
それが、体を覆っていた。
緋桐乃夜叉媛ははっと身を起こした。
どうやら、転寝をしていたようである。
また、あの夢、か。
夜叉媛は顔を俯け、額の汗を拭う。
と、
自分の姿を見て、一瞬言葉を失った。
目に飛び込んできたのは、赤。
「――!」
途端に、先ほどの夢がフラッシュバックした。体を覆う、あの、一面の、無垢なる焔……。
茫漠たる心もとなさと共に、押さえようのない悲しみが蘇る。
が、
しかし、それは違った。
以前に椿に作ってもらった、ドレスという着物だったのである。何でも元々日本ではない外国の服だということで、珍しいものだと夜叉媛はかなり気に入っていた。
なのに、それで思い出してしまうだなんて。
「……」
夜叉媛は絶句する。
そのことは、もう忘れようと決意したではないか。前向きに生きると、決めたではなかったのか。
肩にかかる自らの髪を、一束、手で掴む。
「これは、わしの誇りのはずじゃ。誇りの色のはずじゃ」
しかし、そう言った声はあまりにも力なく、儚げだった。
心がとても、寂しかった。
この世界に来て、色々と楽しい物を発見したが、最近は、そのどれもが夜叉媛に対してこぞって背を向けたように、何をしても楽しくない。満たされない。
詮無いこと。
いつか全ては、こうなると、分かりきっていたことだったはず。
けれど。
それは当初、夜叉媛にとって、良かれと思って選択していたことだった。それが、こうして心の枷になってしまうなどとは。
少し、この世と交わりすぎたのか。
原因はそこじゃな。
見上げた時計の針はもう十一時を示していた。静かな夜は深まる一方だ。
夜叉媛をいつも気遣ってくれる優しい少年の姿は、傍にはない。いつもは気づかないそのぬくもりがない寂しさを夜叉媛は、今、ひしひしと感じていていた。
不覚なものじゃな。
この世に舞い落ちて、あのような人間のことをこんなにも強く想っている。
自分はこれからどうすればいいのか。答えはまだ見つからない。
彼と離れたくはない。
しかし、
その選択は、
彼を『傷つけてしまう』かも、しれない。
それに、それ以前に、自分は今、彼に……。
いや、もう止めよう。夜叉媛は思考を中止する。
これ以上考えていても、名案は浮かびそうもない。しかし、我ながら、この世界に来てずいぶん弱気になったものだ。情けないことだ。
ばたり、とその場に仰向けに寝転がる。無造作に転がした手足が重かった。
するとふいに、
「ただいまー!」
階下から聞き慣れた少年の声が聞こえた。
「はる、おみ」
待ちに待った、この家の主の帰宅だった。
どうも、作者です。
今回は物語始まって以来、初の夜叉媛視点ということで、かなり注意して書きました。元々彼女の話を書くつもりはなかったのですが、どうしてもストーリーの進行上、重要且つ、避けては通れない道でしたので、まあ、仕方ないかな、と。
いかがでしたでしょうか。
またしても内容が少し短いので、近いうちに続きを更新しますね。それでは。
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