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依頼掲示白



「レンガ賊?」


あたしはおうむ返しする。

突然訪問してきた爽助さんの差し入れであるたこ焼きを火傷しないように食べながら雑談をすれば、思い出したようにそれを話題に出した爽助さん。


「蓮呀賊。蓮華の蓮、口に牙の呀でレンガ。んで賊!」

「ネットのカラギャンですか?」

「いや、蓮呀賊は違う。一応サイトがあるけれど活動的なチーム」


首を傾げるあたしだけが知らないみたいだ。うむー。それなりに情報を集めて知識をつけてきたつもりだったのに。足りなかったな。


「チーム、つうか賊?カラギャンじゃなくて賊!とにかく賊!」

「暴走族?」

「違う違う!賊!」

「盗賊、海賊の賊の方」

「……泥棒ですか?」

「違う!…くない?」

「どっちですか…」


相変わらずうざいなと思いつつ、たこ焼きをまた一つ食べる。

爽助さんは今日も元気だ。


「喧嘩好きのチームで、カラギャンに喧嘩売っては正々堂々戦って潰すんだ」

「……喧嘩好き…のカラギャン潰し?」

「んで勝ったら負けたチームから金品を戴くんだよ!」


そこが泥棒か?いや、賊か。


「蓮呀賊にはルールがあってさ、喧嘩を売るけど相手が受けなきゃ手を出さないんだって。喧嘩のルールに必ず蓮呀賊は負けた方は所持金を出すって決めてんだ。カラギャンを続けるか否かは相手次第。ほとんどは懲りて消えたけどね。まじ喧嘩好きでさ!街中で出会したヤンキーともおっ始めんの!いや、俺は見たことないんだけど。情報たくさんでさ。赤色のピアスを左耳に、牙剥き出しの口が描かれたネックとか背中に赤い蓮の花を描いた服の連中が蓮呀賊な。分かりやすいから目撃情報いっぱいなんだよ。ん、蓮呀賊のロゴ」


携帯電話を開いて爽助さんが見せたのは、一面赤い画像。その中に蓮の花が咲き誇って、下にはニヤリ笑うように牙が並ぶ月形。

それも招待制みたいだ。


「誰でも入れるよ、下にあるチャットルームで入りたい理由を書けば。直接蓮呀賊のボスから連絡くるんだ。だけど裏切りは許さないチームなんだって、蓮呀賊のボスってかなり見る目があってどいつもこいつもすごいらしいよ」


爽助さんの話し方がいいのか、それとも魅力を感じるのか。興味が惹かれる。


「数は少ないんだけどさ。狐月組の数人も掛け持ちしてたりするんだ」

「へぇ…。なんか興味あるな、入ってもいいですか?」

「それはだめ!」


散々興味を惹かせておいて、入ることを即座に却下する爽助さん。

狐月組は掛け持ちありなんだろ…?


「なんで蓮呀賊の話をしたか忘れた?狐月組はまた蓮呀賊に喧嘩を売られたんだ!」


爽助さんは威張ってそう言った。

それは事情が変わる。


「喧嘩…つまり、狐月組を潰そうとしてるんですか…」


興味じゃなく敵意が沸き上がった。

そんなあたしの心情を察したのか、狐月さんが肩に手を置く。


「違うよ。蓮呀賊が喧嘩売るのは毎度のことなんだ。応じなければなにもしてこないし、今まで何度も断ってきた」

「え?…ああ、そうなんですか。……紛らわしいです、爽助さん」


落ち着いた声に敵意は沈下されていったが、標的を爽助さんに変えて睨み付ける。てっきり非常事態かと思ったではないか。


「いや、だってさ!蓮呀賊は狐月組と喧嘩したがってる連中なんだよっ?狐月と戦って勝ちたがってる連中の仲間になるのは流石に裏切り行為っしょ?」


あ、そっか。狐月さんの敵になるのか。

確かに裏切り行為だ。狐月さんの裏切り行為になる。


「狐月組と蓮呀賊を掛け持ちしてる人はどうなんですか?」


しかめて問えば、狐月さんが答えた。


「情報を得るために入ってるだけで、こっちには手を出してないから強制排除はしない。礼儀はあるから」

「情報を流されてるのは問題があるんじゃあ……」

「まぁ、たった二人だし、狐月のことは知らないから、問題ないさ。…でもまた断るのか?狐月ぃ」


いい情報サイトとして利用されているだけではないのか。

狐月さんが問題ないと判断したならあたしが口を挟むことはできない。狐月組のリーダーは狐月さんだ。

すると爽助さんが頼み込むような声を出して、狐月さんに上目遣いを使う。

……キモい。


「断るよ。彼女と戦う理由はない」

「彼女?彼女って…蓮呀賊のボスは女なんですか?」

「女顔の男だって噂があるし、男装した女だって噂があるよ。中にはマッチョな筋肉小男だって噂もある。俺みたことないから見たいんだけどなぁ」

「……女性だと思うけど」

「狐月さんは会ったことあるんですか?」

「うん。よく東京に顔を出してるから見掛けたり見付かったりする」


素性バレてんじゃん!


「喧嘩を売られるけど…普通に"喧嘩しようぜ"って話し掛けられるだけ。断れば素直に引き下がるほとんど仲間連れてるからすぐわかる。帽子とネックをしたのがボスだ」


狐月さんは淡々と答えた。

気軽に喧嘩を売って、買われたら戦う。買われなければ潔く引き下がる。本当に喧嘩好きだな連中みたいだ。

今回の喧嘩は狐月組に入っている蓮呀賊の一人がサイトを通じてメールで喧嘩を売ったのだ。

それでも応じないのに卑怯な手を出さないなら、喧嘩を売るのは蓮呀賊の挨拶のようなものなんだろう。


「俺見てみたいんだけどぉ。その蓮呀賊の奴にメールしたらさ、"ボスに会いたきゃタイマンしろ"って言うんだぜ?もうなんでもかんでも喧嘩、やれやれだよねー」

「東京に出没するなら探しにいけばいいじゃないですか…。目立つ人達なんでしょ?」

「えー?俺そんな暇じゃないんだけど」

「なんの仕事してるんです?」

「いや、無職だけど」

「暇じゃん」


冷めた目を向ける。そうすれは爽助さんは慌てて弁解した。


「いや、先週までコンビニで働いてたけど、お客と喋りこんで、クビになっちゃってさぁ」

「そうだ、狐月さん。あたし、アルバイトしようと思うんですか、何かオススメの店ってありませんか?」

「え?スルー?スルーなの?中ちゃーん!」


思い出してあたしは狐月さんに笑みを向ける。


「え…どうして、アルバイトがしたいの?」


狐月さんは驚いたようで目を丸めた。

いや…驚かれても反応に困ってしまう。


「お金がほしくって……短期で構わないんです」

「……いくら必要?」

「いや、いやいやっ!」


答えれば狐月さんは自然な動作で自分の財布へと手を伸ばした。あたしは激しく首を振る。


「現金は貰えませんから!」

「いや、でも……」

「狐月……甘えん坊な娘に好かれようと金を出す父親みたいだよ」

「え…」


爽助さんの言葉にショックを受けた様子の狐月さん。


「ちょ、自分で、稼ぎますから!」

「…でも」

「お金は借りません!」

「返さなくてもいい」

「貰えませんから!」

「でも、お金がいるんだろ?」

「中ちゃんは何がほしいの?」

「お金です」

「いや、お金じゃなくて、欲しいものがあるからお金が欲しいんでしょ?」

「お金が欲しいだけです。」


財布を持ったまま困った顔をする狐月さんに必死に断るあたし。いや、困っているのはあたしですからね!

そしたら横から爽助さんが訊いてきたのでキッパリ答える。

買いたいものがあるんだ。

狐月さんとお揃いのストラップが欲しい。

それを爽助さんに言うつもりも、狐月さんに言うつもりもない。

あたしが稼いで、プレゼントしたいんだから。


「じゃあこうしよう!俺と依頼を引き受けよっ!」

「依頼?ああ、依頼掲示板のですか」


様々な依頼を取り扱う、狐月組の掲示板。中には報酬もある。

どうやら爽助さんはそこから臨時収入を得ているようだ。

「それなら手っ取り早く金を得ることができる」と狐月さんはやっと財布を手放してくれた。

狐月さんも爽助さんも定職にはつかず、ここから生活費を稼いでるらしい。職業ギャング。

盗みや暴力をしてないからギャングなんて言えないか。

でも、これが新しいギャングかもね。

ネットギャングも殆どが犯罪はやらないってルールを持っているからな。


「俺探すよ、一緒にやろう中ちゃん」

「いえ、一人でやります」

「え、でも、初めてじゃん。一緒がいいよ」

「いえ、一人でやります」

「一緒の方が」

「一人でやります」

「でも」

「一人でやります」

「…な」

「一人でやります」

「ハイ…」


一人でやるの一点張りに爽助さんは白旗を上げた。

狐月さんは心配そうな顔であたしを見つめながらなにかを考えている。

勿論、狐月さんにも一人でやると言い張るですよ。


「…俺にきた依頼をやる?」

「狐月さんのですか?」

「ただ届ける仕事なんだ」

「簡単そうですが、狐月さんに任されたものをあたしがやってもいいんですか?」

「信用できるなら大丈夫。知り合いだから貴女がやると知らせておく。……だけど一つ、問題が」


問題?

それが狐月さんに心配な顔をさせていたらしい。

その問題とは、届け先が狐月さんの地元だという点だった。

なんだ、そんなことか。

なら大丈夫だって。

あたしは笑って言い聞かせた。

 狐月さんの地元だと絡まれる危険性があるが、顔を覚えられている可能性は低いしなんなら地元にいる狐月さんの仲間の不二崎さんに連絡すればなんとかなる。

駅までついてきた狐月さんを宥めてあたしは初アルバイトをやった。

依頼掲示板。

信用されていることがすごい。何年もやってやっと築き上げる信頼は、狐月さん達の武勇伝や魅力で補ってしまってる。

やっぱり狐月さんってすごいなぁ。

ほのぼの思いながら狐月さんが書いた地図を頼りに、依頼者の岩神(やがみ)さんのお宅に向かう。

物を届けるだけのアルバイトだ。

…。狐月さんのことだから、届ける物が白い粉なわけないよね。

ちょっと不安に半笑いをした。

狐月さんの地図はわかりやすく、絡まれることもなく迷わず着くことができた。多分、絡まれにくいルートを書いてくれたんだろう。

心配性だな、あの人は。

クスリと笑う暇はなく、あたしは呆然と見上げた。


「でけぇ……」


立派な門に、立派な表札。

表札には岩神と書かれている。

屋敷を囲む塀は、趣ある木製。

随分前からそこに建っているような大きな家のようだ。名家かなにかなのだろうか(名家の意味をよく知らないが)はたまたヤクザかなんだろうか。

ヤクザなら引き返していいだろうか。

ヤクザの家に狐月さんが送るはずないと信じよう。

てか、どうやって入ればいいんですか?

 カンカンカン。

鉄を叩く音を耳にしてから、門が少し開いていることに気付いた。

それを片手で押しつつ、中を覗いてみる。


「すみません…」


声をかけても、返答はない。

音の出所を探すと、正面玄関ではなく左側にある玄関からしているみたいだ。

そこの扉は入れと言わんばかりに開いたまま。


「すみませーん。狐月組の者です」


聴こえるように中に声をかけた。

漫画やテレビでみた、焼き物を作るような空間。最も作ってるのは焼き物ではなく、刃物。ここは鍛治屋、みたいだ。

音を出していたのはトンカチのような物で鉄を叩く中年の男性だった。見るからに頑固そうなおじさんだ。白髪混じりの黒い髪に髭。睨み付けるような鋭い目を向けられた。


「来たか」


彼が岩神さんか。

もう一人、柱で視えないが誰かが椅子に座っている。白いズボンの裾は中にいれてあり、黒いお洒落なブーツ。その大きさからして男物。男の人だ。

なにか違和感を覚えたが、足を踏み入れて岩神さんに歩み寄る。


「あっれぇえ?」


甘えたよなうな陽気な声が聴こえて、あたしは白いズボンの人に目を向けた。

白い人がいた。

白く跳ねた髪。白いポロシャツ。

両手にはアクセサリーがじゃらじゃら。白いズボンに黒のブーツ。

キョトンとした顔がやがてにんまりと笑みを作り出す。口元をつり上げて、目を細めて笑った表情はチェシャ猫を連想させた。


「つばちゃんとぶつかった女の子だぁ」


この人は。

あの駅にいた人だ。

山本椿。レッドトレインの被害者で、あたしは加害者だと推測した彼女。駅で肩をぶつけた彼女と共にいた白い人だ。


「あ…どうも…」


戸惑ってあたしは軽く会釈をする。

彼はひょいっと椅子から腰を上げて、あたしの目の前に立った。

にこりと笑みで見下ろされる。

ひょろりとした細身は弱そうには見えず、俊敏そう。狐月さんより少し身長が高くて、見上げるのが少し辛かった。


「!」


 つん。と人差し指でつつかれた。彼の意図がわからず、キョトンとする。

彼はまたつんつん、とまた額を人差し指でつつく。

な、なんなんだ…?

クエスチョンマークをたくさん浮かべる。


「やめろ、白の小僧。その娘は表の人間じゃ」

「うひゃひゃ、わかってるよぉ。試してみただぁけ」


岩神さんが制止の声をかければ、白い人はくるりと背を向けた。

表という言葉に反応する。え、じゃあこの人達は裏社会の人間なのか?


「おい、娘。来るのは青年じゃなかったのか?」

「えっ…。あ、えっと…あたしに代わりました。すみません、連絡届いていませんでしたか?」


思考を中断して岩神さんに答える。可笑しいな、狐月さん連絡するって言ったのにな


「今日は孫にあっておらんからな…。まぁよい。少し待て、今用意する」

「はい」


岩神さんの孫は、狐月さんの友人。というか狐月組の幹部の一人である。

大人しく立ち尽くして待つ。

白い人を意識しつつ。

まさか、こんなところで会えるなんて。山本椿さんについて、訊いてもいいだろうか。それは危険、だよね。


「ねぇ、てっちゃぁん」

「何度言われても駄目だ」

「お願いだよぉ」

「断る」

「えぇーいいじゃぁあんっ」


どうやら何かを交渉中のようだ。

なんだろう?


「白い刃に椿の花を描いてくれればいいんだよぉ。なるべく早くぅ、プレゼントなんだ」

「生憎、絵心はないんじゃ。刃に描くなどわしはやったことがない。図案を用意するなら、考えてやらんこともないが」

「うぇえーデザインもてっちゃんがやってよぉ。てっちゃんならできるお」

「ならば断る」


武器を作ってほしいと頼んでいるようだ。

プレゼント?椿の花?

山本椿さんへのプレゼントなのか。

白い刃に咲き誇る椿の花。

なかなかセンスがいい人だな、この人は。

ぶーぶーと唇を尖らせる白い人に、あたしは恐る恐る口を開いてみた。


「あの……よろしければ、あたしが…デザインを描きましょうか?」


あたしが口を開くのは予想外だったようで、彼はぽかーんとしたがやがてパァアと笑みを輝かせた。


「ほんとっ?」


おお、子供のように無邪気な人だ。そんな反応に癒されてたり。


「てっちゃんてっちゃぁん!この子がぁデザイン描いてくれるって!ねっねっ、いいだろ?作って作って!」


立ち上がりあたしの肩を掴み、はしゃぐように言う白い人とは真逆に岩神鉄蛇(やがみてつだ)さんは余計なことを、といった感じにあたしを睨み付けて舌打ちをした。よほど乗り気ではないようだ。


「名前、なぁに?俺はハクル。白に王に留めるの瑠だよぉ」

「あ、えぇーと、あたしはマイナカヨゾラです。舞う中にひらがなのよぞら」

「じゃあソラちゃんだねぇ!」


ゾラ…ですけど。

その呟きは彼・白瑠さんには届かなかった。


「じゃあよろしく頼むよ、そーらちゃん!つばちゃんをイメージした、咲き誇る椿の花にしてね!」


山本椿さんのことをつばちゃんと呼んでいるのか。

てか、彼女が山本椿だって隠してない?あたしが気付いてると、わかってるのかな。少しヒヤリとしたが山本椿さんをイメージした花を思い浮かべる。


「はい。描けたら岩神さんに渡せばよろしいですか?」

「うんっ!あ、そーらちゃんの報酬はなにがいい?そんなサバイバルナイフより、てっちゃんのナイフの方が切り味がいいよぉ?てっちゃんのナイフでいいかぁなぁ?」


さらりと笑顔で言われた言葉に、冷たいものが身体を通過する。


「…え………サバイバル…ナイフ?」

「そぅ、サバイバルナイフ。君のパーカに隠してあるそれのこぉとぉだよ?」


白瑠さんは変わらない笑みで言う。

あたしは右手でパーカの裾を掴む。護身用のサバイバルナイフが、確かにそこに在る。当然だ、あたしがそこにいれてたんだから。


「な…んで…」


なんで、わかったんだ。


「入ってきた時からわかっておるわい。わしは武器に関しては鋭い。この小僧は化け物だ」


岩神さんが言う。

化け物と言われても大して気に留めていない彼は、変わった笑い声を上げた。


「うひゃっひゃっひゃ。俺は見えただけだよぉ。それにしてもそーらちゃん、なんでサバイバルナイフ持ってんの?殺しにいくの?」

「狐月組っつーうギャングじゃよ。ただの護身用に持ち歩いてるんだろ」

「ギャングぅう?日本にまだギャングがあったのぉ?」

「ギャングと名乗っていますが犯罪集団ではなく、ネットワークで繋げて依頼やらを引き受けたり、チャットなどを楽しんでるんです。じいちゃんは役に立つからと商品を届ける仕事を時々依頼してるんですよ」


殺しにいくの?と問われてぎょっとする。すると狐月組の話になり、若者の声が聴こえてきた。

振り返れば黒髪の青年。


「あー、てんくん、おっひさぁ」

「お久しぶりです、破壊屋さん」


岩神鉄志(やがみてつし)。岩神鉄蛇さんの孫であり、狐月さんの友人で、狐月組の幹部。

彼は挨拶してきた白瑠さんに深々と頭を下げた。

この人(白瑠さん)のネーミングセンスはいつもそんなのなんだろうか。


「鉄志!何故青年ではなく娘がくるという連絡がわしに届かなかったんだ!」

「そうがねーじゃん、電源切ってて気付かなかったんだ」


悪気もなく鉄志さんは祖父にそう答えた。


「護身用なら隠しやすい小さい物がいいんだよぉ、そーらちゃん」


狐月組のことはもう興味がなくなったのか、白瑠さんはくるりとあたしに向き直り話題を戻した。


「護身用って言っても、どうせ誰かを傷付ける武器だ。殺傷能力はある方がいいから、てっちゃんよろしくねぇ。うひゃひゃ、前払いにしとくよ。じゃあそーらちゃんも、まったねぇ」


なんでもないようにそう言い退けてから、あたしの頭を撫でて白瑠さんはその場を後にする。

どんな反応をすればいいのかわからず、見えなくなった背中をいつまでも見ていた。


「……もう、あの人に会わない方がいい」


口を開いたのは鉄志さんだ。


「え?」

「あの人は危険だ」

「………そのようですね」

「狐月を悲しませない為にも、やめた方がいい」


危険だってわかってる。

戦慄が走る冷たい笑みの持ち主。殺人鬼かもしれない。少なくとも一般人ではないだろう。

あの山本椿の手がかり。

その言葉に従うつもりはない。

だってあたしは。

とてつもなく今、ワクワクしているんだもの。

 あたしは依頼を遂行するために荷物を受け取り、届けに向かった。

荷物は刀だ。それをバッドケースに入れて運ぶ。

銃刀違反だろうけど、まぁ警察にバレることはないよね。

…悪いことしてる感が…。


「ま、いっか」


これはこれで非日常で楽しい。

狐月はあたしがこう感じるとわかって、この依頼を回してくれたのだろうか。

狐月さんってすごいな。

すごい、与えてもらってる。

あたしも些細なお返しとして、ストラップをプレゼントしないと。

白瑠さんの登場で忘れかけていた。

御揃いのストラップ買わなきゃ!

…でも。白瑠さんと会えたのは嬉しいな。

次会ったら、椿さんのことを、訊いてみよう。デザインも提出しないと。

 嗚呼、すごく楽しい。

 楽しいなぁ。

ついつい、笑みを洩らしてしまう。

狐月さんのおかげだ。

全部、狐月さんのおかげ。


「おい」

「おめぇ、早坂が連れてたガキだよな」

「……」


あたしより背の高い男三人を見上げてあたしはきょとんとする。


「面貸せよ」

「………………………」


どうしよう。

本当に絡まれてしまった。

路地裏に追い込まれ、狐月さんを呼べと急かされる。

チンピラ風情が睨み付けて待っている。

あたしはケイタイを手にして、少し考えた。

狐月さんを呼ぶことは考えてない、すぐに駆け付けることが出来る不二崎さんを呼び出せば必然的に狐月さんにも連絡が入るだろう。

駅までついてきて心配していた様子から、依頼遂行を一人でやることをもう許されないかもしれない。悪ければ、この依頼も狐月さんが駆け付けて中断させられるかも。

ならば自分で解決しないと。

あたしは開いたケイタイを閉じてポケットにしまった。


「ああっ?」

「おいっ、呼べつってんだろ!」

「嫌です。」


呼び出した仕草を見せなかった為チンピラは怒鳴るが、あたしはさらりと言う。


「あなた方ごときに狐月さんの手を煩わせるのはごめんです。あたしは急いでいるので、そこ、通してください」


ナイフがあるせいか、大量殺人鬼と会ったせいか、あたしはそう言いたいことを吐き捨てる。

単細胞の彼らは当然、ぶちギレた。


「生意気なアマだ!」

「ケイタイを奪え!」


三人がかりで飛び掛かる。

あたしは直ぐにサバイバルナイフを掴んだ。しかし、目の前に転がってきたそれを見て思い止まる。

何処から来たかわからないサッカーボール。

あたしは、ニヤリと笑みを漏らした。

 バシュン、ダン、ドッ。

思いっきり蹴り飛ばしたサッカーボールは、狙い通り壁にぶつかって跳ね返りチンピラの一人に当たった。


「!?」

「てめっ何しやがる!」

「くそっ」


コロン、と転がって戻ってきたボールを踏みつけて止める。


「三人かがりで襲ってくるんです、襲われる側としてはなにがなんでも抵抗しないと……死んじゃうでしょ?だから…」


あたしは微笑みを向ける。


「──暴力を振るうなら、あたしの反撃を受けてください」


優しげなんかじゃない。

狐月さんに向けるような穏やかな笑みでもない。

冷たい微笑だ。

貼り付けた笑み。

異常に気付いたのか、チンピラ達の顔色が悪くなる。

守られてるばかりの女になるつもりはない。

あたしは気丈に振る舞う。

非日常には、強いみたいだ。

こちら側が、あたしのいるべき世界なのかも。なんて戯言か。自嘲。


「なにごちゃごちゃ言ってんだ!」


一人が殴りかかる。

当然、小柄なあたしが三人の男に勝てるわけない。冷静な判断をするならそうだろう。

だから、向かってくる。

全く。喧嘩早い連中に是非とも訊きたいものだ。

相手が凶器を持っていると考えずに殴りかかって死にかけたことはないのかと。寧ろ恐怖は感じないのかと。

殴りあいの喧嘩したことのないあたしには、到底理解できないのだろう。

 ガッ。

ボールを顔面に向けて蹴ろうと構えた瞬間だった。殴りかかろうとしたチンピラの腕を、背後から誰かが掴み止めた。


「てめえら……女相手に暴力とぁ…随分と卑怯じゃねぇか」

「!!、おっお前はっ」

「鈴樹さん…!」


狐月さんの好敵手の鈴樹さんだ。

チンピラみたいな格好は端から見れば彼らを連れた兄貴って感じだが、どうやら知り合いでも仲良しの知り合いではなさそう。


「なんでてめーが…!」

「おいっ行くぞ!」

「ちっ、覚えてやがれよ!」


捨て台詞を忘れず、鈴樹さんから逃げ去るチンピラ風情の三人組。

救世主のおかげで無傷にすんだ。

お礼を言おうと鈴樹さんを見上げれば、じっと見られていた。

なにか観察するような、問い詰めるような眼。


「舞中さん」


どうかしたのか、あたしは首を傾げて訊こうとしたら呼ばれた。

見てみれば、なたく君。それともう一人、なたく君よりちょっとだけ背の高い子がそこに立っていた。


「大丈夫か?怪我は?」

「え、大丈夫だよっ」


どうやら一部始終を見ていたらしい。


「全くー。可愛い女の子を三人がかりで囲むなんてなっさけねー野郎共だよな」

「七校の餓鬼に……小僧じゃねぇか」

「ういーす!鈴樹さぁん!」


怒った感じではなく、陽気に笑う子を鈴樹さんは"小僧"と呼んだ。それが定着しているらしく、にぱっと笑みを返す。

帽子を深く被っていてよく顔が見えないし、声も女の子っぽく聴こえるから性別がわからない。おまけに身体のラインがわからないサイズの大きい服だから…。

小僧と呼ぶなら男の子なのだろう。

なたく君も、女友達と歩くような性格じゃないしね。


「探してたんだぁ、ちょっと頼み事あって。今からいい?」

「はぁ?変な頼みじゃねぇよな」


鈴樹さんは彼に歩み寄って嫌そうな反応をするが、本音は嫌ではなさそう。多分鈴樹さんからしたら、可愛い弟みたいなのかな。

愛想のいい気さくな少年、みたい。


「蓮真は舞中ちゃん?を送れよ。一人にしちゃまた絡まれちゃうだろ?まっ、頼りないがいないよりはましだろ」

「一言多いんだよ!アンタは!」

「ははっ、じゃあまたな!」


少し離れた場所に立つあたしを覗くように身体を傾けて、帽子の少年はなたく君をからかってから気さくに笑い、鈴樹さんと歩いて行ってしまった。そんな彼をなたく君は不機嫌そうに睨み付ける。

むすっと、かなりむくれている。


「レンマって…あだ名?」

「え…ああ…うん」


なたく君は妙な様子であたしから目を逸らしてから、またあたしに怪訝な目を向けた。


「一人で何してんだ?」

「ああ…ちょっとおつかい」

「…ふぅん」


あたしが肩にかけたバッド入れに目を向けたが何も言わない。そう言えばなたく君もバッド入れを持っているな…。


「どこまで?送る」

「え、いいよっ!」

「また絡まれたらぼくはアイツにいじられるんだよ…ほら」

「え、えぇっ!?」


断ったのになたく君はあたしの背中を押して路地裏から出す。とても嫌そうな顔だ。アイツって帽子の子かな?

仕方なく届け先へと足を進める。


「友達なの?」

「友達じゃない」

「…………」


物凄く強く否定をされた。


「えっと……嫌いなの、かな?」


気さくで明るい感じだから、嫌われるような悪い子には見えないけど。


「アイツはただのストーカーだ!!」

「ストーカーっ!?」


意外な言葉が出てきて吃驚する。


「最近…付きまとわれるんだ……」


なたく君はすごく疲れてるようで肩を落として額を押さえた。どうやらまじで付きまとわれるみたいだ。


「はは…どんまい…」


あたしはポンポンと肩を叩いてやる。

人生色々だ……ははは。









 疲れた。

あたしは重い疲れを肩に感じつつ、狐月さんの家に帰ってきて倒れる。ばったりとクッションに。

依頼は何の問題もなく遂行できた。

うん。何の問題もなく、ね。

ただ、届け先が────ヤクザだった。

毅春風(きはるかぜ)組。

黒い着物の中年男が、机に座っていた。彼が何者かなんて全然訊いていないが、彼が組長だってことはわかりきっていた。

右頬から唇にかけて大きな傷があるせいか、威圧感を感じる。

白瑠さんを初めて見た時とは違うタイプの戦慄を味わう。

 結局ヤクザが絡んだ。

ああ、疲れた…。うん。疲れた。

あ、でも。ちゃんと報酬を貰ったからストラップを買って、プレゼントしないとな。忘れちゃいけない、うんうん。あっ、デザインもまたしかりだ。

俯せたあたしは顔を上げて、鞄からファイルを取り出す。無地のルーズリーフを一枚取り出して、考えてみる。

彼女をイメージした椿の花。

可憐に咲き誇る椿花がいい。

頬杖をついて、しっかり頭の中でイメージする。

ああ、楽しい。

自然と鼻歌しながらシャーペンを走らせる。

いつしか足もパタパタと揺らす。


「それは君の才能だと思う」


びくぅうっと震え上がる。


「…驚かせて、ゴメンナサイ」

「い、いえっ」


帰った時、狐月さんがいなかった。(人ん家に帰ってきてぶっ倒れて寛いでた)

帰ってきたことに気付かなかったから、いきなり声をかけられてびっくり。

あたしはあははっと笑って首を振る。


「おかえりなさい、狐月さん。…才能って?」


恥ずかしくて頬を赤らめつつも、言われた言葉の意味がわからなかったので訊いてみる。


「作曲。君には音楽の才能がある」


座り直したあたしと向き合うように座った狐月さんは、そう告げた。

きょとん。

とする。


「えっ…?」


声が裏返る。


「ぞらは歌が好きだし、俺はよくわからないけどメロディを作ってるみたいだから…作曲してみたらどうかな?」


そんなことを言われてあたしは。

やってみようかな。

と思った。


「…挑戦、してみようかな」



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