挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
アイコン三国志 作者:小金沢

第六章 天下三分の計

61/125

〇六〇   空の器

~~~益州えきしゅう 成都せいと~~~


挿絵(By みてみん)
張松ちょうしょう
「曹操は関中十部の諸侯を一掃し、関中を完全に掌握しました。
命からがら逃げ出した韓遂にも追撃をかけています」


挿絵(By みてみん)
法正ほうせい
「馬超は共同戦線を張っていた
漢中かんちゅう張魯ちょうろを頼ったき。
曹操は漢中に攻め込む機会をうかがっちゅう。
漢中を落としたら、次はこの益州ぜよ」


挿絵(By みてみん)
劉璋りゅうしょう
「漢中を落としたお祝いに曹操ちゃんが遊びに来てくれるんだね!
わーい! 楽しみー!」


挿絵(By みてみん)
王累おうるい
「そんなわけがなかろう!
漢中の次は益州に侵略してくると言っておるんじゃ!」


挿絵(By みてみん)
張松ちょうしょう
「曹操は赤壁の戦いに敗れ、
多くの水軍を失った痛手からまだ立ち直っていません。
陸路で攻められる益州を落とし、
劉備、孫権を北と西から包囲するつもりでしょう」


挿絵(By みてみん)
劉璋りゅうしょう
「あ、あのとっても強い曹操ちゃんが攻めてくるの?
こ、怖いよー……」


挿絵(By みてみん)
法正ほうせい
「益州は天然の要害で兵も多いき、
そんじょそこらの連中にゃ負けやせん。
けんど相手は百戦錬磨の曹操じゃ。
益州の兵も将も戦いの経験はほとんど無いき、
もし戦ったら勝ち目はないぜよ」


挿絵(By みてみん)
劉璋りゅうしょう
「ぼ、ぼくたち死んじゃうの? そんなの嫌だよー……」


挿絵(By みてみん)
張松ちょうしょう
「そんなことにはさせません! 私どもに考えがあります。
曹操に対抗するため……劉備殿を招くのです」


挿絵(By みてみん)
劉璋りゅうしょう
「劉備ちゃんって……ぼくの親戚だけど
曹操ちゃんに負け続けてるおじちゃん?」


挿絵(By みてみん)
張松ちょうしょう
「いいえ、赤壁の戦い以来、劉備殿は力を付けています。
荊州南部の四郡を手に入れ、諸葛亮や龐統ら多くの人材も集め、
今では曹操と戦える実力を持っています。
彼を益州に招き、曹操と戦うのです!」


挿絵(By みてみん)
劉巴りゅうは
「待て。劉備を招くだと? なんという愚かな考えだ。
あの男は義人などという評判とは真逆の、野心にあふれた食わせ物だ!
奴を迎え入れれば、虎を庭に放つのと同じことだ!」


挿絵(By みてみん)
法正ほうせい
「おまんは曹操のもとで劉備殿と戦ってきたき、
色眼鏡で物を見ちょる。劉備殿はそんな方じゃないぜよ」


挿絵(By みてみん)
張松ちょうしょう
「そのとおり。劉備殿ならば曹操から我々を守ってくれます。
殿、お許しいただければ私がすぐにでも
劉備殿に援軍を乞うてきます」


挿絵(By みてみん)
王累おうるい
「そう話を急ぐな。劉備は本当に信用できるのか?
我々の懐深くに招き入れて、
もし間違いが起きたらなんとするのじゃ」


挿絵(By みてみん)
劉璋りゅうしょう
「呼んだら劉備ちゃんが遊びに来てくれるの?
わーい呼ぶ呼ぶー!」


挿絵(By みてみん) 挿絵(By みてみん)

「………………」


~~~荊州~~~


挿絵(By みてみん)
劉備りゅうび
「曹さんから守ってくれと劉璋さんが頼ってきとるじゃと?
益州まで行くのはめんどいのう。断っといてくれ」


挿絵(By みてみん)
龐統ほうとう
「そいつはいけませんなぁ。
これは見逃す手のない絶好の機会でさぁ。
断るってのは無しでお願いしやすぜ」


挿絵(By みてみん)
劉備りゅうび
「龐さんにはなんか考えがあるようじゃな。
ほんなら張さん、関さんに行ってもらおうか」


挿絵(By みてみん)
諸葛亮しょかつりょう
「馬鹿め。劉璋は貴様の虚名をあてにして助けを求めているのだ。
貴様が自ら行かずにしてなんとする。この依頼、受けろ」


挿絵(By みてみん)
劉備りゅうび
「ええー? わしが?
益州くんだりまで? わざわざ? 人助けに?」


挿絵(By みてみん)
簡雍かんよう
「世間的にはいちおう義の人で通ってる御仁の言葉とは思えんな」


挿絵(By みてみん)
諸葛亮しょかつりょう
「この遠征は貴様にとっていい機会だ。
余はもちろん張飛、関羽、趙雲は置いていけ。
新戦力を鍛えるとともに、貴様には自立心を養ってもらう」


挿絵(By みてみん)
劉備りゅうび
「ち、ちょっと待て亮さん!
張さん関さん龍さん亮さん抜きじゃ……と……?」


挿絵(By みてみん)
龐統ほうとう
「そんなら、やつがれがついて行きやすよ。
諸葛亮と比べたらちぃとばかし頼りねえですがね」


挿絵(By みてみん)
黄忠こうちゅう
「べ、別に殿が心配なわけではないが、儂もついて行くぞ!」


挿絵(By みてみん)
楊儀ようぎ
「ギヱンの新武装を実戦で試したい。我々も同行しよう」


挿絵(By みてみん)
張飛ちょうひ
「ほらほら、ちょっと前とは違って戦力もそろってるじゃないの。
アタイらがいなくても大丈夫よ」


挿絵(By みてみん)
劉備りゅうび
「わ、わしが曹さんと戦っとる間、
亮さんたちはなにをしとるんじゃ?
わし抜きで遊んどるのか?」


挿絵(By みてみん)
諸葛亮しょかつりょう
「つくづく話の通じない男だ。まず戦う相手から訂正してやろう。
貴様が戦うのは曹操ではない。劉璋だ」


挿絵(By みてみん)
劉備りゅうび
「へ? だって、劉璋さんを助けに行くんじゃろ?」


挿絵(By みてみん)
張飛ちょうひ
「諸葛亮はね、これを機に益州を乗っ取れって言ってんのよ。
せっかく劉璋がアタイらの軍を招き入れてくれるのよ。
大助かりじゃないの」


挿絵(By みてみん)
龐統ほうとう
「益州を獲り、曹操、孫権と鼎立する
天下三分の計……ってヤツでさぁ」


挿絵(By みてみん)
劉備りゅうび
「おお! 亮さんがはじめに言ってたヤツじゃな!
……でも、劉璋さんはわしを頼ってきてくれたのに、
騙し討ちするようで気が進まんのう。
ほら、わしっていちおう義の人ってことで通っとるし」


挿絵(By みてみん)
簡雍かんよう
「面倒くさいという理由で援軍を渋ってた御仁の言葉とは思えんな」


挿絵(By みてみん)
諸葛亮しょかつりょう
「たしかに義人という虚名は、
無能の貴様にとって大きな武器であった。
だが今の貴様に必要なのは、虚名よりも実利だ。
益州を獲り、曹操に対抗しうる本当の力を手に入れよ」


挿絵(By みてみん)
劉備りゅうび
「むう…………」


挿絵(By みてみん)
諸葛亮しょかつりょう
「貴様の軍を囮にして、余は張飛、趙雲を引き連れ
南から益州に攻め込む。益州の首都・成都せいとで落ち合うとしよう」


挿絵(By みてみん)
龐統ほうとう
「そのためにはまず、劉璋の信頼を得て、隙を作らにゃいけやせん。
そのあたりの機微はやつがれが引き受けやしょう」


挿絵(By みてみん)
諸葛亮しょかつりょう
「劉璋のもとから来た使者――張松と法正と言ったか。
彼奴らは冷遇されていて、
劉備を新たな益州の主として迎え入れたいそうだ。
劉璋に曹操に対抗する力はなく、益州が蹂躙される前に
主をすげ替えたいと考えている者は他にも多い。
主の劉璋自ら庭を開放し、家の中には協力者もいる。
余が出るまでもない楽な戦だな」


挿絵(By みてみん)
龐統ほうとう
「だから諸葛亮じゃなくやつがれでも務まると?
ははは、そこまでコケにされちゃあ、少しはやる気が出ますや」


挿絵(By みてみん)
張飛ちょうひ
「ところでこの荊州は誰が守るのよ。
遠征軍に名前が出てなかったから、関羽かしら?」


挿絵(By みてみん)
関羽かんう
「………………」


挿絵(By みてみん)
関平かんぺい
「荊州の留守はこの関羽が引き受けた。安心して参られよ!
――と父は言いたそうです」


挿絵(By みてみん)
諸葛亮しょかつりょう
「孫権とは同盟を結び、曹操は遠征軍を率いて関中にいる。
当面はこの荊州が攻められることはないだろうが、
益州の平定後も引き続き関羽に任せるには不安が残る。
このものぐさ男は無口すぎて交渉も満足にできぬからな。
そこで腹心をつけてやる。余の知人の馬良だ」


挿絵(By みてみん)
馬良ばりょう
「…………………どくせ」


挿絵(By みてみん)
孫乾そんけん
「え?」


挿絵(By みてみん)
馬良ばりょう
「…………めんどくせ('A`)」


挿絵(By みてみん)
趙雲ちょううん
「じ、自己紹介とは思えない言葉が聞こえたのは気のせいッスか?」


挿絵(By みてみん)
黄月英こうげつえい
「馬良は真性の面倒くさがりです。
面倒くさがるためには命も惜しまないです」


挿絵(By みてみん)
糜竺びじく
「ははは。それはいろいろと間違っている気がしますな」


挿絵(By みてみん)
関羽かんう
「………………」


挿絵(By みてみん)
馬良ばりょう
「………………」


挿絵(By みてみん)
伊籍いせき
「あ、握手を交わしましたよ。
面倒くさがり同士でなにか通じるものがあったのでしょうか」


挿絵(By みてみん)
簡雍かんよう
「でも、この男にも交渉役は務まらん気がするのだが?」


挿絵(By みてみん)
諸葛亮しょかつりょう
「心配無用だ。関羽と違い馬良は、
面倒事を避けるためには全力で職務に励む。
交渉は彼奴に任せよ」


挿絵(By みてみん)
張飛ちょうひ
「……アンタの友達にはこんなのしかいないのかしら?」


挿絵(By みてみん)
諸葛亮しょかつりょう
「無駄口を叩いている暇があったらさっさと遠征軍の編成を進めろ。
遅れれば関中を制圧した曹操も益州の攻略に乗り出す。
その前に決着をつけねばならん」


~~~益州~~~


挿絵(By みてみん)
楊懐ようかい
「ようこそいらした。
劉備殿の護衛と案内役を務める楊懐と高沛という者だ」


挿絵(By みてみん)
高沛こうはい
「御用があればなんなりとお命じくだされ」


挿絵(By みてみん)
張松ちょうしょう
「劉璋がお待ちかねです。
長旅の疲れを癒すためにささやかな宴席を用意しています」


挿絵(By みてみん)
劉備りゅうび
「おお、益州の名物は何かのう? 楽しみじゃな!」


挿絵(By みてみん)
龐統ほうとう
「やつがれと法正殿は遠征軍の配備について相談していやす。
ごゆっくりどうぞ」


挿絵(By みてみん)
劉備りゅうび
「悪いのう。そんなら行こうか簡ちゃん、孫さん、黄さん」


挿絵(By みてみん) 挿絵(By みてみん) 挿絵(By みてみん)

「「「はッ」」」


挿絵(By みてみん)
龐統ほうとう
「……さて、法の字。今後の方策について話しやしょうか」


挿絵(By みてみん)
法正ほうせい
「おう。おまんらの軍は涪城ふうじょうに布陣してもらうことになるき。
漢中の張魯にも、曹操にもにらみを利かせられる要害ぜよ」


挿絵(By みてみん)
龐統ほうとう
「張魯は落ち延びてきた馬超を使って、
曹操に攻撃を仕掛けてると聞いてまさぁ。
しかし当面は大規模な戦いには発展しそうもないようだ」


挿絵(By みてみん)
法正ほうせい
「張魯と曹操の間の均衡が崩れるまでは、
おまんらの出番はないじゃろう。
――けんど、均衡が崩れる前に蹴りをつけにゃいかんぜよ」


挿絵(By みてみん)
龐統ほうとう
「張魯や曹操が介入する前に益州を乗っ取らないといけやせんな」


挿絵(By みてみん)
法正ほうせい
「……ワシはこの宴席で劉璋をたたっ斬れば話が早いと思ってたが」


挿絵(By みてみん)
龐統ほうとう
「はは。それはちぃとばかし急ぎすぎでやしょう。
たしかに劉の字は義の人という看板を下ろして
益州を乗っ取るつもりだが、
宴席で主人をたたっ斬ったお方にゃ、誰もついてこないでしょうや」


挿絵(By みてみん)
法正ほうせい
「はっはっはっ。言われてみりゃそらそうだ」


挿絵(By みてみん)
龐統ほうとう
「のんびりする気はありやせんが、
数年がかりで事を進めるつもりでさぁ。
まずは法の字や張松さんのような、
味方になってくれるお人を徐々に増やしやしょう……」


~~~関中~~~


挿絵(By みてみん)
曹操そうそう
「ふむ。劉備君が僕らの侵攻に備えて益州に入ったと」


挿絵(By みてみん)
荀攸じゅんゆう
「はい。もっとも劉備の本当の狙いは益州を守ることではなく、
乗っ取ることにあるでしょう」


挿絵(By みてみん)
鍾繇しょうよう
「全くいまいましいことじゃて!
漢中の張魯が邪魔で攻め込めない間に、
益州を劉備めにかすめ取られるのを、
指をくわえて見ているしかないとはな!」


挿絵(By みてみん)
劉曄りゅうよう
「いっそのこと電撃作戦で張魯を平らげ、
劉備より先に益州に攻め込むか?
そうしたら劉備は我々と戦うのか、
それとも一緒になって劉璋を攻めるのか見ものだぞ」


挿絵(By みてみん)
賈詡かく
「冗談はやめなされ。張魯のもとに逃げた馬超の攻勢によって
押し込まれているのは小生らのほうだ。
制圧したばかりの関中の情勢が定まらぬ隙をつき、
馬超は熟知した地理を利用して効果的に攻めてきおる」


挿絵(By みてみん)
曹操そうそう
「そもそも漢中は険阻な土地で、容易に落とせるものでもない。
……どうやら引き際のようだね」


挿絵(By みてみん)
婁圭ろうけい
「ひ、引き際というともしや……」


挿絵(By みてみん)
曹操そうそう
「関中十部を平らげ、制圧は成った。遠征の戦果は十分だ。
長らく都を留守にしてしまったし、そろそろ帰るとしよう」


挿絵(By みてみん)
楊阜ようふ
「待たれよ!
関中十部は壊滅的な打撃を受けたとはいえ、馬超は生きている。
馬超は生きている限り、我々の、
いや丞相の首を狙ってくるに違いない!」


挿絵(By みてみん)
曹操そうそう
「しかし馬超君の敵は僕だけだが、僕の敵は馬超君だけじゃない。
東からは孫権君が不穏な動きを見せていると急報が来ているし、
都でも反乱が相次いでいる。
いつまでもここにはいられないんだ」


挿絵(By みてみん)
鍾繇しょうよう
「……お言葉じゃが、ワシも楊阜と同じ懸念を持っておる。
ワシらは身をもって馬超の恐ろしさ、しつこさを知っておるからな」


挿絵(By みてみん)
曹操そうそう
「韓遂君を討つまでは夏侯淵君や曹洪君は残しておくし、
十分な備えはする。いずれは張魯君も討たなければいけないし、
必ずすぐに戻ってくるよ。それで勘弁してくれないか」


挿絵(By みてみん)
鍾繇しょうよう
「勘弁などと……丞相にそこまで言われては帰す言葉もござらぬ。
しからば長安の守りはこのワシと楊阜に任せていただこう!」


挿絵(By みてみん)
曹操そうそう
「もちろんそのつもりさ。
涼州りょうしゅう刺史の韋康いこう君とも
協力して事に当たってくれたまえ」


挿絵(By みてみん)
韋康いこう
「はい。鍾繇殿と連携を密にいたします」


挿絵(By みてみん)
曹操そうそう
「それじゃあ少し気が早いけど、みんなご苦労だったね。
荀彧君も待ちくたびれてるだろうし、都に帰ったら、
次の戦いに備えて英気を養うとしようか……」


~~~許昌きょしょうの都~~~


挿絵(By みてみん)
王朗おうろう
「こたびの遠征も大成功! 丞相は間もなく凱旋してくるそうだ!
いやはや、どうにか無事に都を守ることができたましたな!」


挿絵(By みてみん)
荀彧じゅんいく
「あはは。少し気が早いですよ王朗殿。
遠征軍はまだ戻ってきていません。
殿の顔を見るまでは安心できませんよ」


挿絵(By みてみん)
王朗おうろう
「それはそうだが……荀彧殿もようやく気が楽になるだろう。
今回、私は初めて留守居役をやってつくづく思い知ったぞ。
荀彧殿はいつもこんな大変な思いをしていたのか!」


挿絵(By みてみん)
荀彧じゅんいく
「そんなことはありません。
いろいろと王朗殿にも助けていただきましたし、
殿に比べたら、私にできることなどたかが知れたものですから」


挿絵(By みてみん)
王朗おうろう
「そう肩肘を張りなさるな。
せっかく丞相が我々へのねぎらいにと、
関中の酒を贈って下さったのだぞ。
ささ、王必殿も一杯飲みなされ」


挿絵(By みてみん)
王必おうひつ
「言われずともお。もうたあくさんいただいてます。ヒック」


挿絵(By みてみん)
荀彧じゅんいく
「あはは。お二人はごゆっくりなさってください。
私は少し夜風に当たってきます」


~~~許昌の都 外~~~


挿絵(By みてみん)
荀彧じゅんいく
「殿……。私は酒などいりませんよ。
荀彧ご苦労だったなと、一声かけてくだされば十分なのです。
私はただそのためだけに、働いているようなものなのですから……」


挿絵(By みてみん)
魏諷ぎふう
「ここにいらっしゃいましたか、荀彧様」


挿絵(By みてみん)
荀彧じゅんいく
「……魏諷か。悪いが、今はお前の顔を見たくない。
下がっていてくれないか」


挿絵(By みてみん)
魏諷ぎふう
「そうつれないことを言われますな。
せっかく、丞相からの贈り物を預かってきましたのに」


挿絵(By みてみん)
荀彧じゅんいく
「殿から? なぜお前がそれを持っている」


挿絵(By みてみん)
魏諷ぎふう
「さあ。使いの者が間違えたのでしょう。
とにかくお渡ししましたよ。それでは失礼します」


挿絵(By みてみん)
荀彧じゅんいく
「…………。
まあいい、殿はわざわざ何を贈って下さったのだ。
そんな気を遣われずとも、私は――。

空の……器?」


挿絵(By みてみん)
魏諷ぎふう
(つまり、あなたは丞相の信頼を失ったのですよ)


挿絵(By みてみん)
魏諷ぎふう
(都を任されたといえば聞こえはいいですが、
あなたは丞相に利用されているだけなのでは?
儒者との争いが面倒で、あなたを生贄がわりに
差し出しただけではないですか?)


挿絵(By みてみん)
魏諷ぎふう
(私はあなたの身の上を案じているだけです。
あなたほどの俊英が使い捨てられないかと、ただ心配で――)


挿絵(By みてみん)
曹操そうそう
(――荀彧君、もう君の力は必要ないのだよ)


挿絵(By みてみん)
荀彧じゅんいく
「…………あはは。
疲れているのだな、私は。
疲れているから、そんな馬鹿なことを……」


挿絵(By みてみん)
曹植そうしょく
「おーい飲んでるか荀彧! どうしたそんなところで」


挿絵(By みてみん)
荀彧じゅんいく
「こ、これは殿下……」


挿絵(By みてみん)
曹植そうしょく
「おいおい、酔ってるのか? 足元に杯が砕けて散らばってるぞ。
危ないから動くな。誰かを呼んで片付けさせてやる」


挿絵(By みてみん)
荀彧じゅんいく
「いえ、大丈夫です。
――それより、すこしお顔を見せてくれませんか」


挿絵(By みてみん)
曹植そうしょく
「僕の顔を? やっぱり酔ってるだろお前」


挿絵(By みてみん)
荀彧じゅんいく
「このところ、ますます殿に、御父上に似てこられましたな。
こたびの遠征にも同行され、本当に立派になられた」


挿絵(By みてみん)
曹植そうしょく
「よせよ。僕は遠征軍に兵糧を届けただけだ。
それも長安までだぞ。
都から長安まで行って帰っただけを従軍なんて言うものか!」


挿絵(By みてみん)
荀彧じゅんいく
「あはは。それでも都を一歩出れば常に危険は付きまといます。
御父上も誇らしく思われているでしょう」


挿絵(By みてみん)
曹植そうしょく
「お前は酔うとおべんちゃらを言うたちなのか?
僕なんて曹丕兄さんや曹彰兄さんと比べたら、
ぜーんぜん父上の役に立ってない。
兵糧を届けたくらいじゃ、父上だって褒めてくれやしないよ。
文学仲間の陳琳ちんりんでさえ、見聞を広めたいと
無理言って従軍してるのに、僕は――」


挿絵(By みてみん)
荀彧じゅんいく
(曹植殿下や学者の陳琳でさえ、殿に必要とされて従軍した。
それなのに私は……。
今回に限って王朗殿を都に残されたのは、
私には留守番も荷が重いと考えられたからではないのか?)


挿絵(By みてみん)
曹植そうしょく
「それはそうと荀彧も詩作をやってみないか?
お前くらい頭が良かったら、
そっち方面でも力を発揮しそうだと思うんだ――」


挿絵(By みてみん)
荀彧じゅんいく
(曹植殿下にはお褒めの言葉一つ掛けなかった殿は、
どうして私には空の器を贈られたのだ?
王朗殿らには、私が飲めない酒を贈られておきながら、
どうしてわざわざ……)


挿絵(By みてみん)
曹植そうしょく
「そうそう、陳琳のヤツが手紙を送ってきたんだよ。
なんでも関中の花は――。お、おい。荀彧? 荀彧、どうしたんだ」


挿絵(By みてみん)
荀彧じゅんいく
「………………」


挿絵(By みてみん)
曹植そうしょく
「まずい、顔が真っ白だ。誰か! 誰か来てくれ!」


~~~関中~~~


挿絵(By みてみん)
曹操そうそう
「どうだい陳琳君、危険を冒して従軍した甲斐はあったかな?」


挿絵(By みてみん)
陳琳ちんりん
「私は後方に控えて安全圏にいましたが、
それでも馬超に追い回されて肝を冷やしました。
おかげさまでいい経験になりましたよ」


挿絵(By みてみん)
曹操そうそう
「曹植君に送る前に手紙を見せてもらったけど、
その経験が何気ない筆致にも活かされていたね。
あれを読んだら曹植君も、自分も従軍したかったと悔しがるだろう」


挿絵(By みてみん)
陳琳ちんりん
「ありがとうございます。
ところで丞相も荀彧様に杯を贈られていましたな。
しかし、荀彧様はたしか酒をたしなまれないのでは?」


挿絵(By みてみん)
曹操そうそう
「もちろん知ってるよ。この遠征の間、
僕もいい年だから節制して飲酒はしなかったんだ。
だから都に帰ったら久しぶりの酒を、
荀彧君とゆっくり飲もうと思ってね。
下戸と一緒に飲めば、そんなに深酒しなくて済むだろう?」


挿絵(By みてみん)
荀攸じゅんゆう
「それで酒とは別に、荀彧にだけ杯を贈られたのですな」


挿絵(By みてみん)
朱霊しゅれい
「関中の名物の青磁器だったな。あれはいい物だ!」


挿絵(By みてみん)
曹操そうそう
「そろそろぎょうに新しい都もできるし、
銅雀台どうじゃくだいの完成も間近だ。
妻たちや荀彧君にも会えるし、酒も飲める。
都に着くのが待ち遠しいよ……」


~~~~~~~~~


かくして劉備はその野心を胸に秘めたまま益州へ入った。
一方、都では稀代の俊英が誤解を抱えたまま生涯を閉じ、曹操は悲嘆に暮れた。
その頃、あの男が復讐を誓い蠢動を始めていた。

次回 〇六一   関中の女たち
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ