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その勇者、虚ろにつき 作者:パイルバンカー串山
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『この最低の世界を創ったのは、
形而上学的な超越力じゃない。
子供を殺したのは神じゃないし、
その死体を犬に喰わせたのも運命なんかじゃない
俺たち人間だ 人間の仕業だ』

(ウォッチメンより/ロールシャッハ)
「……うぅ、ん」

 鳥のさえずりと、壁の隙間から差し込む朝日で、ミトスは目を覚ました。
 粗末なベッドと毛布、荒れ果てた部屋。普段と変わらぬ小屋の中で、一つだけ違うものに気づく。

「……あった、かい」

 小屋の中には、暖気が満ちていた。弓帝月、冬も近い今の季節では朝は身も凍るほど寒いはずだ。今までも、朝起きるたび震えながらミトスはマキに火を付けていた。
 あの青年、ソウジの使う気温調節の魔術により、常に小屋の中に暖かい空気がある。初めて少女は寒さに身を凍えさせず目覚めることが出来た。

――あの人は、どこ……?

 部屋を見渡す、誰もいない。昨日と同じ、がらんどうの空間。
 だがテーブルには木皿と木のさじが確かにある。夕べ、青年が作ってくれた穀物粥を口内を火傷させながら食べたのを思い出した。「元は君の食料だから遠慮は入りません」そういいながら、やはり彼は無表情だった。
 不意に、寒々しくなる。

――あの人、どこに行ったの……?

 彼のいた痕跡は確かにある。だが彼が幻ではないかとも思う。それほどに、自分を人として扱ってくれたのはあのソウジだった。
 不安が胸を刺す。『ひょっとしたらもうここにはこないのではないか?』、そんな思いが湧く。
 あの青年は笑わない、泣かない、怒らない。どこにでもいそうで、だがどこにもいないような無表情な男。そして、ミトスにとって初めて他人でありながら自分に優しかった人だ。

「ソ、ソウジ! ソウジどこなの!」

 ベッドから立ち上がり、裸足のまま歩き出す。早く彼に会いたかった、居なくなってほしくなかった。
 ギシリ、とドアが軋む。そして開く。
 朝の光を逆光にし、長身、だが細いシルエットが現れる。

「――僕に何か用でしょうか、ミトス?」

 何か荷物を抱えたまま、笑いもせず、怒りもせず、カゲイ・ソウジはミトスへ声をかけた。

「ど、どこにいってたの……?」

 恐る恐る尋ねる。

「麓の村の市場までいってきたんです。色々買うものが有りましたから」

 粗末な布に包まれた荷物は、かなり大きいが、青年は苦もなく持ち上げている。

「食料や調味料、あとは毛布と服ですね。さぁミトス、まずは」

 荷物を床に下ろす。ミトスの肩に手を当てた。

「まずは風呂です」



  ◇◇◇

「……では、この虐殺の実行者の分析結果を続ける。王宮を出てからの実行者の行動だが」

 団長の声と共に、映像が切り替わる。場所は王宮近くの城下町。
 点々と散らばる赤黒いシミや塊。死亡してから放置された大量の死体だ。

「虐殺方が変わるのはここからだ。
王宮内では強化された肉体のみだったのが、ここからでは中位の攻撃魔術の使用が確認されている」

 街の建物や石畳、それらについた焦げ痕や破砕痕。死体の状態も変化、焼死体や感電死した犠牲者もいる。

「街に進入してから、一般人を虐殺。その後、警護である魔術士や剣士などの軍人との戦闘を開始。
戦い方が変わり、中位魔術を使用し始めるのはこの後だ」

 明らかに奇妙。事前に何らかの策を仕掛けることなく、正面から街を襲い、軍と敵対している。
 国を消すという狂気の行動、だがそれは狂気のみで出来ることではない。
 それが実行され、成されたということは、なんらかの軍事知識を持って作戦立案がされたはずだ。そうでなければ、彼らは一体何を(・・)相手にしているのか。

「そして、虐殺が終盤に向かうほど、実行者の魔術はより複雑かつ高度な物になっていく。
調査団の意見では、魔力に節約を狙い初期に大規模な魔術を使わなかったのでは? という意見が主流だ。
……だがな、ここからは私の所見であり、あえて混乱を恐れずに正直に言うならば、
実行者は、『成長』している、私にはそう見えるのだ」

 事実、行動の不自然さを成長と捉えると、疑問が消える。単純に「虐殺をする」という目的から、徐々に方法を選択、より効率よく変化しているように見える。

「……団長、では実行者は知識も作戦も無く虐殺を開始し、なおかつ、たった一人だと……?」

 隊長の一人の問いに、団長は凍った表情のまま頷いた。

「もちろんこれは私一人の考えであり、調査団の意向ではない。
というより、国全体という虐殺の範囲が広すぎて統合的な判断が未だはっきり出来ないのが現状だ。
一部の情報のみで全てを判断するのは危険である、だがいつまでも判断の保留が許される状況ではない以上、どこかで区切りをつけねばならない。
我ら国境警備を主任務とする第三騎士団の課題は、実行者を国内に入れず、または即座に排除する。その一点だ」

 声が会議室に響く。計り知れぬ怪物の予感が、兵士達の脳裏を貫いていく。

「では、団長。実行者が、その、……いわゆる、『勇者』であると……思いますか?」
 発言者――一番年若い隊長職の青年の発言に老兵は静かに答えた。

「……分析によれば、召喚魔法陣は動作した後だそうだ。
成功していれば、勇者はこの世界に現れているだろう。
そして、勇者らしき死体が発見されていない以上、実行者が勇者である可能性は十分にある。
しかし、我らの成すべき任務は『国防』だ。
そのために命をかけ敵を抹殺する覚悟が私にはある。その前には、勇者であるか、そうでないかは大した違いではないはずだ。
それにな」

 初めて、老兵が嗤う。それは、歯をむき出した肉食獣の笑み。

「他の世界から来た人間如きに、この世界でデカい面はなおさらさせたくはないだろう?」
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