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その勇者、虚ろにつき 作者:パイルバンカー串山
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治療

 魔術による光球が部屋を照らす。その光を浴びながら、細い体がもがく。

「痛い、下ろして! 下ろしてって! 助けて!」

 じたばたと足をふる少女、ゆっくりと下ろす。

「――ここには君一人なのですか?」

 今にも泣きそうな少女が、恐怖の視線で男を見上げる。

「う、うん、ここにはあたし一人しか……あ、あの」

「何か?」

「鼻……鼻血、出てる……」

 勇者の端正な顔、その鼻下から一筋の赤。先ほど少女に蹴れられたからだ。

「問題はありません」

 即座に血が止まる。パリパリと血が乾燥、皮膚から剥がれ落ちた。魔術による自動高速治癒だ。

「……魔法使いの人?」

「質問に答えてもらいたいのですが、あなたはなぜこんなところにいるのですか? 保護者はどこに?」

 怯えながら、少女は口を開く。その表情には、痛みが満ちていた。

「……隣の国が無くなったの、知ってる?」

「ええ、存じています」

 滅ぼしたのは、他ならぬ彼だ。

「あたしは、その国の貴族の奴隷だった。父さんと母さんも奴隷で、貴族の鉱山で働きながら生きてた」

 鉱山奴隷、奴隷の中では特に過酷な種類だ。

「あたしは体が小さかったから、鉱山で削った石を穴を通って運ぶ係だった。奴隷だから、ずっとそうやって生きるしかないって思ってた」

 奴隷であれば、生き方はほぼ一本道だ。もしこの娘が器量良く育てば、娼館の道程度はあったかもしれない。

「でもある時、国の人間を誰かが片っ端から殺されているって噂が流れた。この国の『人間』を皆殺しにするまで止まらないってみんな怖がってた。
でも、『人間』じゃないから、奴隷は殺されないらしいって噂もあった」

「『人間』じゃないから……?」

 彼の意図とは少し違う。彼は奴隷が『国民』ではないから殺害から外した。断じて『人間』外扱いしたのではない。

「それから、奴隷全員で鉱山から逃げ出そうって話になった。貴族はそっちに大忙しだったし、……主人は酷いやつだったから、みんなキライだった。
悪いことをしていなくても鞭を打たれるし、見せしめに処刑される人だっていたから」

 少女のいた環境は、地獄だった。

「でも逃げ出す途中、貴族の兵士が来て、みんな散り散りになった。父さんは、その時に死んじゃった……」

 顔が沈む。幼い瞳の中に、血溜まりに倒れた父親の姿が浮かんだ。

「母さんと国境を越えた山小屋、ここに逃げたんだ。でも、母さんも……元々肺が悪かったからすぐに病気で死んじゃって……」

 細い肩が、震える。少女にはこうして落ち着いて話が出来る相手自体が久しぶりだ。

「うぇ……一人で、暮らしてたら、昨日、ご、五人組の、山賊がやってきて、ひっく……殴られて、た、食べ物盗られて」

 徐々に泣き声が混じる。打撲痕は勇者がつい先ほど殺戮した男達につけられたものだろう。

「あたしを踏みながら、あ、あいつら、嗤いながら、あたしに『奴隷は踏まれて死んでいけ』って……えっく、な、なんであたし、奴隷なんだろ……なんで、父さんも母さんも人間に生まれなかったんだろ……う、うう」

 すでに泣くしか少女にはできなかった。無力な子供には、抗うことさえ許されぬ不条理と、世界の残酷さが彼女を叩き潰していく。

「……奴隷とは、人ではないのですか?」

「ど、奴隷は人じゃないって、みんな言ってるよ……」

「では奴隷であることの条件とは?」

 男の言葉に、少女は一瞬驚く。泣き声が止んだ。

「え、だってうちはずっとずっと奴隷の家系で……」

「奴隷ではなかった先祖だっているでしょう。戦争などで奴隷の身分になったのなら、それ以前は違うことになる」

「だって、奴隷は人間じゃないんだよ……」

「僕には、君が人間にしか見えません。君が奴隷だというのは世界のどの人間なのですか?
どの人間が否定すれば、君は人間で、どの人間が肯定すれば、君は奴隷なのですか?」

「に、人間、あたしが? え、え、」

 初めて、他人から人間だと認められた。家具として、所有物として扱われ続け、家族以外の人間から、初めて人だと言われた。
 それは、少女の中で最大の驚きだった。

「だって、あたし奴隷だから、人じゃないから……」

「自分が『誰』かを決めるのは、他人ではなく自分自信なんですよ。例え世界中に否定されても、君は君のなりたい物にならなくてはいけません」

「だって! それでも、あたしは奴隷なんだ、この焼き印を入れられた日から、あたしは……」

 不意に男が片膝をついた。しゃがむ勇者の左手が、少女の右手首を掴む。右手は顔の打撲痕へ。

「な、なに?」

「動かないで」

 柔らかな青い燐光、ジワリと手の当たる所に優しげな熱。治療魔術だ。

「……治ってる」

 男が手を離すと、右手のアザがきれいに消えていた。おそらくは顔のそれも消えているだろう。
 そして、右手が首筋、焼き印に当てられる。再び燐光が灯った。

「……この傷が君を奴隷にしているなら、無くせばいい。それでもなお、奴隷でいたいなら、好きにすればいいでしょう。
でもほんの少しでも『奴隷でいたくない』と思うなら」

 手が離れる。少女には、見なくても傷が消えていることがわかった。

「君は自分の意志で『人』でいるべきなんです」

「……あ、ああ、あ、」

 再び、嗚咽が漏れる。だがそれは残酷への嘆きではなく、再び『人』として生まれたことの喜びの産声。 『人でありたい』、涙と共に、少女は生まれて初めて強くそう願えた。

「あ、ありがとう、お兄さん。あたしはミトスっていうんだ……お兄さんの名前は……?」

「僕は、ソウジ。カゲイ・ソウジといいます」

 表情を変えず、質問を返す。
 勇者は、初めてこの世界の人に名乗った。
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