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その勇者、虚ろにつき 作者:パイルバンカー串山

第二話 三流記者と殺人鬼のワルツ

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乱戦

――やってくれたな……!

 もうもうと上がる煙の中、ウェイルーの視線が走る。
 左手には首をつかみつり下げられた青年の体。爆発の瞬間、とっさに斬り伏せた刺客の一人を盾にして爆風を耐えた。
 青年の背中はズタズタに千切れ朱に染まる。周囲の壁に突き刺さる破片=対人を想定した爆発物の証拠。

――魔術ではなく、純粋な化学爆薬か!

 魔術ではないため、当然キャナリアは鳴っていない。周囲には爆発に巻き込まれ刺客達が転がっている。ほぼ自爆に近いやり方。
 火薬の量は少なかったために威力自体は低いが、さすがに破片をまともに食らっては危なかった。

「手こずらせ……!」

 ウェイルーの言葉が止まる。左手にぶら下げた青年、その両手がウェイルーの左手を掴んでいる。
 背中と首の傷跡から立ち上がる水蒸気=急速に行われる細胞分裂による熱の証。

――こいつら、再生術式付与者リジェネレイト……!

 倒れていた他の襲撃者達もゆっくりと立ち上がる。やはりその全身から水蒸気が染み出ている。ミキシングよりは遅いが、確実にその傷ついた身体を修復していく。
 多少の傷は自動で再生できるからこそ、あの自爆紛いの方法を行えたのだ。
 とっさに右腕を動かす。傍らにいる立ち上がろうとする中年女めがけ突きを放った。

――っ!?

 しかし中年女は突きを回避せずまともに胴に受けた。背を貫通する剣先。そのまま身体を押し込み、ウェイルーの右手を掴む。

「ッチィ!」

 両腕を二人に拘束されたウェイルー、舌打ちを吐く。その周りを他の襲撃者達が詰め寄る。
 このままでは前後より無防備のまま刺される。

――……いいだろう、

 美女の牙が鳴る。どうやら今度こそ左腕の使いどころらしい。
 人間二人を持ち上げながら、踏み込みをかける。飛び込むように、襲撃者のいる前へ。

魔力起動ブート……」

 言葉と同時に左腕が瞬く。スパークする光、魔術の燐光。

「――術式始動スタンドっ!」

 左腕を掴む青年、その身体が一瞬で崩れる。人体構造を無視して走る無数の切断線。瞬く間に二十六分割された肉片が地面に転がる。
 右腕を掴んでいた中年女はすでにいない。中年女だったものは突撃するウェイルーの背後へ肉塊として四散していた。

「な、あっ!?」

 驚愕に声を上げる、少年に偽装していた襲撃者。すでに子供の演技を忘れている。
 ウェイルーの左腕は消失していた。代わりに、彼女の周囲を銀色に光る線が幾筋も波打っている。それがなんなのか、理解できない。
 理解より速く、ウェイルーの牙が届く。耳を撃つ高周波振動ヴゥーンの異音。死神の鳴き声。
 初めに手首が飛んだ。続けて左腕、肩、胴、首、腰。巻き上げられる花吹雪のように何人分もの人体が空へ吹き上がる。
 ウェイルーは剣を振ってはいない。彼女に触れることも出来ず、銀の光が線を描く度に襲撃者達は解体されていく。
 彼女はただ、真っ直ぐに突き進んでいくだけだ。
 銀線の数だけ切断が起こり、切断の数だけ死者が増える。何人も止められぬ地獄の機械。
 やがて、彼女の脚が止まる。白騎士が振り向いた先には、路地の壁や地面にばらまかれた血と肉と骨と臓物の海。
 十数人の人間が、たった二十数秒で無数の肉片と化した。この状態では、再生など叶うはずもない。

「――思ったよりはいい動きをするな」

 興奮も無く、静かな声で消失した左腕を見つめる。
 否、その左腕は消失してなどいない。
 左肘より、五本の銀線が伸びていた。
 伸びる銀線がウェイルーの周囲を球状にたゆたいて、煌めいている。
 それは超極薄に鍛え上げられた特殊鋼による金属のリボンだ。
 材質は魔量により硬度を変えるアダマル鋼と液体金属の合金。それにより極限のしなやかさと切れ味を両立させている。
 さらに一ミリ以下という薄さは、相手に向ける面により視認性を低下させ、ウェイルーの特性による高周波振動と合わせることにより更に切断能力を高みへと押し上げる。
 これが、ウェイルー・ガルズの新しい左腕の真なる姿。正式装備名「銀光ライラ
 本来、この義手は人間の腕の形をしていない。腕の神経と接続された長さ十五メートルに及ぶ極薄の金属帯五本を巻きつけるように圧縮して、人の腕の形をさせているに過ぎないのだ。

――やはりあの職人、ただ者ではなかったか……

 ウェイルーの脳裏に義手を作った職人の顔が浮かぶ。年若いそばかすが目立つ女性だったが、なるほど能力は確かなものだった。少々性格はアレだったが。

「で、お前らどうする?」

 眼前、未だ残っている襲撃者達を見る。
 一瞬、彼らに見える戸惑い。生命危機への本能的な逡巡。しかしすぐに動き出す。
 ウェイルーを仕留めるため、前へ。

「……いいな、気に入ったよ。だったら、」

 牙獣がじゅうが動く。高周波振動を最大限で解放。ライラより放たれる圧力を持った異音が壁を叩き、地面をかき回す。人体の破片が、再び空へ舞い上がる。

「――たっぷりと死んでいけ!」

 美しき肢体を振りかぶる。左肩から銀の光が奔流する。鞭の如くしなやかな動きで、超速のライラが放たれる。
 もう一度、惨劇が始まる。


 ▽ ▽ ▽

 アシュリー市。中央区。中央区ロドシー街の裏には一軒の煙草屋、《キャメロット》がある。
 小さな小屋程度の面積の店内だが、その歴史は古くアシュリー市が成立した以前から営業を開始していた。
 古いだけはあり、その店主であるキニアン・キャメロット婦人は御歳九十を超える老婆だ。痴呆がかなり進んでいるため、今では安楽椅子に座り日がな一日老人一人だけでウトウトと微睡むだけである。
 なので、客は勝手に商品を持って行きカゴに金を置いていくのだが、一日一回様子を見にくるキニアンの曾孫曰わく勘定をごまかす客は一人もいないという。アシュリー市八大不思議の一つと数えられている。
 単純に考えれば、馴染みの客だらけでいい人ばかりだから。という結論なのだろうが、今日だけは話が違った。


 飛び込むようにドアを開け人が入る。ベルの音を背景に長身の人影は穏やかな口調で店主に語りかけた。

「――ああ、すいません。ちょっと困ったことがあったもので思わず入ってしまいました。用を済ましたらすぐ出ますので……」

 そこまで言って言葉が止む。彼は店主が寝ていることに気づいた。

「寝ているのに起こすのは忍びないですね……」

 彼のコートには血がついていた。肩口に刺さったナイフが一本。無造作に引き抜くと、覗く傷跡が瞬く間に塞がる。僅かにあがる体温上昇による水蒸気。
 彼、カゲイ・ソウジは静かに息を吐く。
 同時に、数人の人間が店になだれ込んで来た。
 年齢も性別もバラバラ。しかし皆手にナイフと殺意を抱く。

「あの、ここおばあさんが寝ていますから、できれば別の所にしませんか?」

 ポツリと呟いたソウジの言葉に答える者はいない。だがそれを合図に、いっせいに襲いかかる。

「――ああ、これは残念です」

 ソウジの両腕が動く。ワシの爪のように歪めた指、空間を切り裂くように引き絞る。静寂を突き破るように、腰を回し腕を振り下ろした。
 ヒュルリとした軽い風切り音の後、先頭にいた女の首が飛び、天井にぶつかる。
 男の胴体が腕ごと切断、無残に転がった。
 少年が頭頂高より股間部まで両断。臓物を床に放出。体温により湯気を立てる小腸と大腸。
 中年女の体が横に三等分され、宙を飛ぶ。
 店内の空間を致死の切断が駆け抜けていく。
 声を上げる間もなく人が無慈悲に肉塊へと変わる。
 やがて、店主とソウジ以外に動く物がいなくなった室内。鮮烈な赤と血の臭気が部屋を埋め尽くす。
 店内には幾重にも張り巡らされた超多重にして細さミクロン単位の鋼線。黒鋼分断線術式ブラック・サバスによって形成したものだ。部屋に入った時点で、彼らの命運はすでに決していた。
 惨劇の後にも、変わらず老婆は寝こけている。ただ顔の左側に血がべっとりとついていた。

「ああ、だから止めようといったのに……店内を汚してしまったじゃないですか。ごめんなさい、おばあさん」

 老婆の顔を自らの袖で優しげに拭きながら、勇者が囁く。
 その姿だけを切り取れば、老人に慈愛を向ける聖者にも見えただろう。

「……まあ、せっかくの材料が出来たので利用させていただきますかね」





 
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