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その勇者、虚ろにつき 作者:パイルバンカー串山

第二話 三流記者と殺人鬼のワルツ

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血風

 音も無く剣線が走る。
 切断された指が散らばる。薄暗い路地裏を舞う血霧。くぐもった声を上げる男。足下には落としたナイフ。
 無事な左手で拾おうとした刹那、首もとに斬撃。更に派手な出血と共に崩れ落ちる。

「こうなるか」

 斬撃の速度を落とさず美女が横に一回転、背後から襲いかかる中年女を逆袈裟に切り上げ。追撃の蹴りを食らわせ、後ろの人間ごと吹き飛ばす。
 横合いから隙をついて男がタックルをかける。が、美女の反応は速く、上への跳躍で回避。そのまま空中で縦回転。男の背中を深々と斬りつけた。
 血しぶきをバックに華麗に着地。剣先は尚もひるまない襲撃者達へ。

「――そこをどけ賊共。尋問用に生かしておいてやる余裕はないのでな」

 白の軍服=ウェイルーは獰猛な微笑を浮かべたままつぶやいた。


 ミキシングらしき男が自らを尾行している。そう気づくまでに時間はかからなかった。
 高鳴る衝動を押さえながら、ウェイルーが誘い込んだ路地裏。しかしそこで襲撃をかけてきたのはミキシングではなかった。
 ウェイルーがこの中央区を一人で出歩いているそもそもの理由は、ゼントリーの手紙の呼び出しに応じるためだ。「会わせたい証人がいる」という手紙の内容。呼び出し場所はこの近く。
 だがそこにたどり着く前に試練が立ちふさがる。

――やはりこの呼び出しは罠か……? いや、ならば盗聴を教えるメリットがない。どこだ、どこから私がここにくる情報が漏れた?

 巧妙に一般市民に偽装した襲撃者。違法薬物売買の手の物としては手が込みすぎている。
 いずれにしても、今ウェイルーが襲撃を受けているということは、ゼントリーと『証人』もまた襲撃を受けているだろう。
 魔術探知警報結界を考慮して襲撃者達には戦闘魔術を使う様子がない。
 だが、ウェイルーにも中央区警察は信頼できず、ゼントリーの生存確認及び再び落ち合う算段が取れない以上、魔術探知警報結界を鳴らすわけにはいかない。また前回のように襲撃者達の情報撹乱によりパニックを発生させられては面倒なことになる。
 策は一つ。ウェイルーの剣技と接近戦特化した術式のみでこの場を切り抜け、ゼントリーと合流することのみ。
 ミキシングとの三度目の邂逅は叶わないようだ。

 商人風の青年、踏み込みながらナイフを突き出す。ウェイルーの剣先が消える。手首、首へと振るわれる。次の瞬間、手首ごとナイフが地面に落ちた。
 手首から血液が吹き出ると同時に、青年の首筋がバックリと割れる。血泡を吹き青年が無言で崩れ落ちる。
 間隙を縫って飛び込む影、腰元へ刺さろうとするナイフを反射的に剣で止めた。

「――ッ!?」

 相手の姿にウェイルーは一瞬言葉を失う。
 それは子供だった。あどけない表情の十代の少年。物売りに偽装していたらしい服装と肩に掛けたカバン。
 ウェイルーの剣とせめぎ合うナイフ。刃を持つ少年の姿に彼女の判断が泳ぐ。斬るか、斬らざるべきか。
 しかし背後には粛々と別の相手が迫る。

――いや、コイツ・・・は違う!

 左手が少年の胸元を掴む。力任せに服を引き裂いた。

「やはりな!」

 白い少年の肌は胸元までだった。シミの無い十代の肌質から、くすみがかった成人以上の肌の境目がはっきりと見える。
 偽装魔術。不老不死のような完全な老化再生魔術は現代では不可能とされているが、そう見える・・・・・技術は存在している。
 恐らくは少年に偽装できるように肉体の成長そのものを専門に調節した人間。つまり中身は大人ということだ。
 今度は迷うことなく刃を振るう。少年、らしきものの左腕が切断。宙を舞う。
 即座に後ろへ下がる少年。カバンをウェイルーへ投げつける。

――これは。

 危機本能が体を動かす。長脚を翻し、瞬足の蹴りがカバンを蹴り返す。
 一直線に元来た場所へ飛んでいくカバン。少年へ刺さるようにぶち当たる。

 瞬間、爆発の光が上がる。


 ▼ ▼ ▼ 


 潜めた息、壁際に寄り路地を見る。通り過ぎていく子供、中年の女、中年の男。年齢も職業もバラバラな街人達。
 共通項は二点。手に持つ刃と、殺意。

――やはり動きだしたか……

 紳士帽の奥で太髭に隠れたゼントリーの表情に苦味が浮かぶ。
 左肩に浅い切り傷。運良く奇襲を逃れ、襲撃者を倒し逃げ出したはいいが、どこも刺客が潜んでいる。一般市民と見分けが付きにくい分余計たちが悪い。

――……っ!

 僅かに壁を伝わる振動と空気の震えを確認。魔術警報が作動しない所を見ると、恐らくはどこかで非魔術使用の小規模爆発が起こったと考えられる。
 情報はどこから漏れたのか。
 果たしてウェイルーは生きているのか。
 目的を果たすことができるのか。
 自分達は、生き残ることができるのか。
 奔流する思考の錯綜を抑え、まずはウェイルーとの合流をするために動くしかない。

「……お前とつるむと、いつもこんなんばかりだったなあ。ゆっくり一服する暇もない」

 苦味ばしった笑みを浮かべ、傍らにいる証言者へ語りかけた。無言のまま、相棒は懐かしそうに少し笑う。
 ゼントリーは煙草を一本取り出し、壁に擦ったマッチを火を着けた。
 何十年も繰り返した鮮やかな動作。肺に染み渡る煙が思考を落ち着かせる。
 特に今まで旨いと思ったことはない。ただ軍隊にいた時代から空腹を紛らわせるのに便利だったので覚えた習慣だ。
 ただ、今日だけはやけに旨く感じる。
 恐らくは、死が限りなく近いから、本能が感覚を研ぎ澄ませているため。
 あるいは、これが最後の一服になるかもしれないというスリルのせいか。

「――ダクトのやつは煙草を吸わなくてな、最近の若いヤツはどうも余り吸わんらしい。男の煙草の吸い方でも一つ教えてやろうと思ってたんだが」

 今更、頼りない後輩の顔が浮かぶ。あの半人前には、まだ覚えさせなければならないことが山ほどある。このヤマが終わるまでは自分の近くよりはウェイルーに付けさせた方が邪魔にもならず安全かと思ったが、どうもそれほど甘くはないらしい。

――生き残れよ、若造。

 相棒とさえ呼べない半人前。だが自分の下に来た以上は一人前に育てたいと思っていた。
 だが今は一時間後の自分さえわからない。

 雑踏が途切れる。人影がまばらになるタイミングをゼントリーは捉えた。

「行くぞ!」

 半ば以上残った煙草を投げ捨て、証言者と共に動きだす。合流場所まで後少し。そこにウェイルーがくれば。
 瞬間、視界が傾く。衝撃が脳を貫く。崩れた体勢が地面へぶつかる。体が跳ねる感覚。

――……あ、あっ……

 混乱するよりも早くゼントリーの意識は闇に飲まれ、二度とは戻らなかった。
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