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その勇者、虚ろにつき 作者:パイルバンカー串山

第二話 三流記者と殺人鬼のワルツ

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対峙

 ドアが軋む。ドアノブがコトリと音を立て回転。やや立て付けの悪い、かしいだ音と共にドアが開く。同時に、チリンと来客を知らせるベルがなる。
 開かれるドア。午後一時四十五分のアシュリー市、中央区を照らす太陽の光が、やや埃っぽい店内へ差し込む。

「いらっしゃいませぇお客様。お一人様でよろしいですかぁ?」

 間延びした出迎えの声を上げるウェイトレス。逆光を背で受ける来客者はコート姿の男装。だが背丈は小柄。左腕に腕章。

「……あ、待ち合わせなんですけど」

 言葉と共にぐるりと店内を見渡す。やがて店奥に視点が固定。
 壁側の席、狭い窓ガラスから更に見えにくい最奥の席に、一人佇む女性がいる。
 短い金髪。白の軍服。傍らには晴天にも関わらず婦人傘。
 透明感のある美人。脚を組んで座っているだけで一枚の絵になる逸材。
 彼女の視線が来客者を捉える。優しげな微笑みを浮かべた。魂を溶かす、魅惑の表情。

「突然呼び出してすまないな、エクセル女史」

 静かな、それでいて張りのある声質。美女――ウェイルーはコート姿――エクセルへ声をかけた。



 早朝、エクセルが聞いた第一の情報は、薬の密売をしていた商店が、昨夜の内に焼失したという一報。
 ソウジを引き連れ、急いで現場に来てみれば、担ぎ出される無残な死体に吐き気を催し、証拠も掴めぬ程に焼け焦げた、かつて商店だった残骸に呆然とする。
 予想以上に速い惨殺者の手の回り様に恐怖を覚える。自分が追っている事件は、死者によって形作られていると否が応でも再確認した。
 掴みかけた手掛かりは無くなり、再び密売役を探さねばならない。しかし、犠牲者に密売役の商人が多いという事実は、犠牲者となる商人達自身も自覚しているはず。ということはより身辺を警戒し、それだけ見つけにくくなると予測できる。
 八方塞がり、半ばそうと表現出来る状態のエクセルが戻った新聞社に、一通の伝言が届いていた。
 差出人は、ウェイルー・ガルズ。呼び出し先は、アシュリー市中央区の喫茶店ケイニータイム。
 そして伝言の内容は、「頼りたい事がある」という一文。



「それで、どういうご用件で……?」

 席につき、恐る恐る用件を問うエクセル。ウェイルーに頼られる理由というものに心当たりがない。

「まあ、そう硬くならないでくれ。呼び出したのはこちらなんだからな。昼食はまだかね? 良かったら好きなものを頼んでくれ。払いはこちらが持つ」

 メニューを渡すウェイルー。彼女のテーブルには程よい焼き色の骨付きグリルチキンと付け合わせに山盛りのマッシュポテト、トマトとハムのサンドイッチが二人前、山の様なフライドポテトにタラのフライとマヨネーズが乗るフィッシュアンドチップス。そして、端には空になったサンドイッチが乗っていたと思われる皿が二枚重ねられている。
 既に並ぶ数種の料理は、エクセルを歓迎しての物ではない、ウェイルーが全て一人で食べる予定の物だ。
 魔術を使いこなす職業軍人は皆総じて大食いである。別に魔力はカロリーに依存している訳ではないのだが、やはりそれだけ体力を使用し、即回復出来る心身のタフさが必要な職業なのだ。

「い、いえ、あたしは余り食欲が……」

 今朝の死体を思い出し、げんなりとする。

「そうか、若くても食わなければ保たないぞ? 今朝の事件現場を見た後ではさすがに食欲がわかないかもしれないだろうが」

「……え? なんでそれを」

 ウェイルーの言葉に一瞬呆ける。なぜウェイルーはエクセルの動きを知っているのか。

「君が去った後に入れ替わりで私も現場に来てな。現場の人間から聞いたよ。まあそれは今回の本題ではない。ダクトから聞いたんだが、君はロエルゴ・ブーンという記者と師弟のように親しいと言うのでね、1つ君のつてからロエルゴと話が出来るように伝えて貰いたいのだよ」

「あぁ、つまりロエルゴさんと会いたいと?」 

「まあ、そうことだな」

 実際、ロエルゴの名はそこそこ有名である。外区の貧民への公的援助を横領した役人への追求記事や鉱山奴隷への違法な労働虐待の調査記事など、ロエルゴの活躍は多い。
 だが、エクセルにはウェイルーがロエルゴのファンの類いにはどうしても見えない。

「どのような、用件で?」

「ロエルゴの持つこの街の情報収集能力に期待をして、と言った所かな」

「……ウェイルーさんも、今おきてる連続殺人を調査してるんですか」

 ウェイルーが、エクセルと同じ現場に行ったということは、同じ事件を追っている可能性がある。

「話が早いな。その辺で上手いこと情報交換が出来ればな、と思っていてね。記者には情報が命だろう、私の持つ情報は必ず彼の書く記事の良い材料になると思うが?」

――あたしはただの伝言役の使いっぱしりを期待されているだけか……!

 エクセルの頭の上で、話が進もうとしていく。誰もエクセルを見ようとはしない。当たり前の話だろう、彼女は未だ半人前だ。未来性以外を期待出来る人材ではない。
 だが、この状況は、『舐められている』状況だ。エクセルは記者ではなく、ロエルゴの付属品と見られているに過ぎない。
 ならば、記者として、ロエルゴと対等となり独立するために必要な行動とは。

「……ウェイルーさん。ウェイルーさんは商人街連続殺人事件に対してどんな情報を持ってるんですか?」

「それはこの場では言えないな。だが、絶対に君達の持っていない情報を提供出来ると約束しよう。それも犯人に関する情報をな」

 エクセルから見て、ウェイルーは美しかった。人並み外れた美貌も、自信に満ちた言動も、鮮やかに奮われる暴力も、獰猛かつ理知的な生き方スタイルも、全てエクセルが持ち合わせない能力だ。
 憧れることさえ躊躇するほど、同じ女とは思えないほど、ウェイルーはエクセルとは違う。
 それでも、対峙しなければいけない。このまま彼女の言うことを聞く訳にはいかない。

「ウェイルーさん、ロエルゴさんとではなく、――あたしと、情報を交換しませんか」

 場に流れる沈黙、空気が鉛に変わる。

「――悪いが、エクセル女史、私は君とではなく、ロエルゴと交渉を……」

 微笑を保ったままのウェイルー、だが声に僅かな曇りが見える。

「私は、新聞社の記者の中では最も事件の情報を持っている記者です。ロエルゴさんより、私と交渉した方がウェイルーさんにも得です」

 視線はウェイルーの眼へ。一ミリも逸らさずに眼を合わせたまま話を続ける。一度逸らせば、二度と合わせられない気がした。

「なかなか言うじゃないか。度胸のある若者は嫌いじゃない。だが、嘘をつく人間と、それに騙されるマヌケも私は嫌いでな。私の見立てでは、君がロエルゴより情報を持っているとは思えないが」

 ウェイルーの眼の奥は、けして笑っていない。冷酷に、エクセルを値踏みしている。
 だからこそ、エクセルは彼女に自らの最大価値を示さなければならない。

「……私の情報が信用ならないのであれば、私がウェイルーさんの情報をお金で買い取るという手段も提案できます」

 ウェイルーへの表情を崩さず、エクセルは頭の中で家計の再計算を始めた。今月は赤字どころではない。だがここで降りる訳にはいかない。

「買い取り、か。軍人の私にタレコミ屋の真似事をしろとは、なんとも豪気なお嬢さんだ。ふふ、」

 ウェイルーが笑う。穏やかな微笑ではなく、至らぬ新兵を笑う表情。

「エクセル、年上からの忠告だ。情報を扱うものなら情報の取り引きを金で行うという発想は二流のものだ。最も自らを二流と宣伝したいなら話は別だがな」
 
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