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その勇者、虚ろにつき 作者:パイルバンカー串山
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先客

「月夜に悪魔と踊ったことはあるかい?」

バットマンより/ジョーカー
「と、いうわけで材料は揃ってきたけれど、あともう一歩踏み込みたいのよね」

「あともう一歩、と言いますと?」

 夕暮れの新聞社事務所。赤光が窓ガラスから差し込む。赤がエクセルの金髪を染め上げ、強く輝く。
 簡素なついたてにより区切られた空間
二人が腰掛けるは、年代の浮き出たボロソファー。ついたての向こう側には、夕方でも活気溢れるベテランの先輩新聞記者達が見える。

「そ、あと一歩。薬を売っている人間は見つかったから、後は薬の大元をどう掴むか。下手すると薬を売ってる商人を先に消されるかもしれない以上、掴んだ手がかりはできるだけ早く情報を収集していかないと」

「そうですね、保険として薬を売っている商人をもう何人か抑えておきたい所なんですが、ひょっとしたらそんなことをしている余裕はないかもしれません。やはりあの商人から情報を貰いたいですね」

 とっかかりは出来た。だがまだ危うい。
 殺人鬼の標的は恐らく『薬を密売していた商人』、しかも薬を扱っていた証拠である薬そのものも持ち去っている。

「おう、なんだお前ら、こんな所で逢い引きか? 若いなぁ」

 快活な中年の声が響く。焦りの表情で振り向くエクセル。視線の先には着古したスーツに包まれる厚い胸板。見上げれば無精髭の目立つ顎が目に入る。
 ロエルゴ・ブーン、エクセルの師匠役の新聞記者。

「ロ、ロエルゴさん、どうしたんですか? 何か用でも?」

 やや強ばるエクセルの口調。ロエルゴが明るく言葉を続ける。

「どうしたもなにも、お前が色男の助手雇ったってみんな騒いでてな。冷やかしがてらに見物にきたんだ」

「別にあたしは顔で助手を選んでいるわけではありません!」

「自分はカゲイ・ソウジです。よろしくお願いしますロエルゴさん」

「おう、よろしくな青年。俺はロエルゴ・ブーンていうんだ。エクセルが駆け出しの頃……正直今でもあんま変わらんが、その時にあれこれ世話したのが俺でな。青年、文字が読めるなら文章でも練習で書いてみるか? 意外と才能があるなら、ウチで記事書きでも手伝ってみる道もあるぞ」

 笑いながら差し出されたソウジの手と握手を交わすロエルゴ。分厚い掌が、筋張って白いソウジの手を包む。

「申し出はありがたいのですが、今はエクセルさんの手伝いで手一杯ですのでそれはまた後でお願いしたいのです」

「そうかい、まあ、気が向いたら何か書いてもってきな。売り物になる文章かみてやるからさ」

「ロエルゴさん、用が済んだならもういいでしょ! こっちは事件調べるので忙しいんですから」

 エクセルが慌ててロエルゴを止める。その慌て方は、まるで教師に失敗を隠す生徒に見える。

「なんだエクセル、水臭いな。なんの事件調べてるんだ? また前みたいな『アシュリー市菓子店特集』とかじゃないよな?」

「違います! 今度こそ大手柄になる事件を追ってるんです! ロエルゴさんこそ弟子の追っかけてるネタ横取りしようなんて止めてくださいよ」

 エクセルの言葉に、ロエルゴの豪快な笑みが強まる。

「おうおう、言うようになったなエクセル。師匠として嬉しいぞ。ただな、最近じゃ希望街どころか中央区まで危なくなってきてるから、あんまり一人で出歩くのは止めとけよ。俺はこれから商人街の爆発事件の調査に行くから、お前も余り暗くならない内に今日ぐらいは早めに帰っておけ」

 颯爽とドアへ向かうロエルゴ。師匠の広い背中を見送りながら、弟子が息を吐く。

「はあ……あたしはまだお嬢さん扱いか」

「エクセルさん、こういう場合は、ロエルゴさんとも情報交換をしながら事件調査をしたほうが効率的ではないですか? 恐らくは記者として経験の長いロエルゴさんの方が僕達よりもこの街での情報の集め方は上でしょう」

 ソウジの提案は正しい。それはエクセルでもわかっている。

「それは駄目。それは駄目なんだよソウジ。ロエルゴさんの手を借りないで、あたしはこの事件を追いたいの。そうじゃなきゃ、あたしはいつまでも半人前の弟子でしかないんだ」

 時には正しくない行動も、成長の為には必要となる。自らの価値を計るため、そして自らの価値を自らで信じるために、師の手を借りない。そうエクセルは決めていた。
 たかが小娘の意地と笑う者もいるだろう。だが何よりもエクセルはきっかけが欲しかった。自分自身で打ち立てた、自分を信じるためのきっかけを。

「だからソウジ、この事件。絶対あたしが記事を書いてみせる」

 卵の殻を少しずつ破る雛鳥の嘴のように、頼りない自らを叩き当てながら自らの手で明日をこじ開けるしかない。それが、この街で見つけたエクセル自身のやり方だ。

「……はい、それじゃあ、僕も及ばずながら手伝いましょう」

 けれど、エクセルはまだ知らない。カゲイ・ソウジが、この街で彼女のために犯す罪と与える罰を。


 ▽ ▽ ▽ 

――と、言ってしまった手前、これはいきなり失敗したなぁ。

 昼間にした自らの発言を振り返り、ソウジは考える。
 割れた窓から入る薄明かりは、深夜の店内を照らすにはあまりに心許ない。夜の街の黒は、誰かを飲み込もうとする人喰いの怪物の口腔のよに、寒々しく忌々しい。
 商人街、薬を売っていたあの店の中でソウジは立ち尽くしていた。
 殺人鬼の手がいつ来るかわからない以上、ソウジには最初から機会を待つ気は無い。深夜の内に店内へ侵入、店主を拘束。拷問により情報を吐かせ、周りに気づかれないよう朝の時間帯までの約五時間の時間設定の内に死体の処理までをシミュレート。隙の無い計画を練った。
 しかし、店に一歩入った段階で、ソウジは計画が水泡に帰したことを知った。

「先客に先を越されましたか」

 散らばる書類。砕けた床。開け放しの金庫。
 そして、かつて店主だったらしい赤黒い肉塊。

「――へぇ、ターゲットが合うなんて、僕ら結構相性いいのかな『ミキシング』さん?」

 肉塊の傍らには、長身の人影。顔さえ見えぬ濃紺の軍用レインコート。魔術変換により性別や年齢を特定しにくくした甲高い声。そして、どこかふざけたような態度。

「そう思わない?」

 歓喜を味わう飽食者。『吊し切りケリーストレンジ・フルーツ
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