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その勇者、虚ろにつき 作者:パイルバンカー串山

第二話 三流記者と殺人鬼のワルツ

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追求

 細いウェイルーの指が深くラウスの手に食い込む。獲物に食い込む捕食獣の牙のように、白い指先が浅黒いラウスの肉を噛みしめた。鬱血する肌は、より黒さを増す。

「ふ、ふぅぅうっ! ぐっ!」

 もはや外分もなくラウスの巨体がもがく。左手で無理やりにでも引き剥がそうとするが、ウェイルーの指を一本とて剥がせない。
 魔術強化された職業軍人の腕力と、一般人の腕力はここまで違う。

「ウェイルー捜査官!? 何をして……」

「お前はそこで石になれダクト! 一切手出しはするな!」

 制止しようとするダクトを、ウェイルーが怒鳴って止める。声の気迫に飲まれダクトが中腰でピタリと動かなくなった。
「握手一つで、そこまで喜んで貰えるとはありがたいなラウス主任長。そんなに喜んで貰えると思わず力がこもってしまうよ。
――いいか、血痕の分布状況は事件現場捜査の初歩だ。
私の部隊では新入りでもある程度の推測する訓練は積んでいる。
そもそも私の元々の専門は国境警備や辺境地の事件捜査だ。その私が気づく程度のことが、都市事件専門の・・・・・・・この街の刑事共が気づかぬわけが無い」

 ウェイルーの声が凍る。すでに彼女の中では、ラウスとの対話は国境地帯の不審者への尋問と大差はなくなっていた。
 つまり、喋らせるには手段を選ばないと決定したということだ。

「つまりこの街の刑事共、中央区警察は意図的に現場証拠を無視し、隠蔽している疑いがある。さらに私に配布する資料にまで手を加えてな。
鑑識課が設立間もないから、などとガキの言い訳以下の戯れ言もいい加減にしろ。阿呆のふりも過ぎると相手を罵倒しているに等しいものだぞ」

 恐らくラウスは表面上はミスを認めつつこの場を流し、あとはなあなあで逃げる腹積もりだったのだろう。だが相手が悪すぎた。

「わ、私共は、けっして、そ、そのような事件を操作するようなこと、は」

 蒼白な顔面で弁解を重ねるラウス。激痛のためか口の端には泡を吹いていた。

「そうか、まだ足らんか」

 握力が更に高まる。ボキボキと異音が鳴った。

「■■ッ!、■■■ッッ―――ッッ!!」

 すでにラウスの悲鳴は人の言葉にならない。動物のように吠えている。
 反射的にラウスの体が動く。跳ね上がる左腕、狙いはウェイルーの顔面。

「おっと、」

 拳が到達するより早く、ウェイルーの左手が手首を掴む。そのまま腕を下げ、テーブルを挟み両腕を交差する体勢になる両者。ウェイルーには変わらず余裕の表情。
 次の瞬間、ラウスの表情が変わる。必死の状態から、目を見開き驚愕の顔へ。
 巨漢の丸い腹部に、食い込むようにウェイルーの膝が入っていた。膝打ちを放つモーションさえ捉えられない、コマ落としのような超速の蹴り。

「――う、が、は、」

 膝を付き崩れ落ちるラウス。しかし両腕は以前ウェイルーが捉えている。

「ついでだ、先ほどの爆発事件の概要も教えて貰おうか? お前の見解を言え、大方の絵図は描いてるんだろ」

 絵図、推測や予測ではなく、絵図だ。現場に残されている物証を無視し、万人に通りの良いストーリーを組み立てている誰かがいる。

「……爆発事件、は、男女の別れ話のもつれで、元軍隊の男が、女を巻き込んで自爆したから」

「ほう、まだ今の状況がわからんか」

 激痛に、ラウスが悲鳴を上げのけぞる。

「いいか、私もあの現場には鑑識が来る前にいたんだよ。確かに自爆した男の死体はあった、だが女の死体が不自然過ぎる。自爆の威力に対して損傷が激し過ぎる、縦から潰されたような状態なんだぞ?
その上で爆風を受けて黒こげになっている、更に頭部は別の場所で明らかに拷問の痕がある男の死体の近くで見つかった。
それからな、普通の自爆魔術であそこまで極端な威力は出ない、なんでも軍出身者に押し着せるのは止めろ、不愉快だ」

 ウェイルーは爆発現場から何らかの存在=ミキシングとの戦闘を男女がしたと推察した。事実、女からはミキシングの独特な気配のする殺し方の匂いがする。離れた場所の死体も、ミキシングが何らかの情報を聞き出そうとしたなら状況が合う。
 ミキシングか、男女か、どちらかがどちらかを先に襲ったのか、まだその辺りの結論は出しにくいが、少なくとも死体の男女はマトモな一般市民と考える線はとうに捨てた。
 だが、このラウスは事件をよくある痴情のもつれで通そうとしている。先ほどまで現場を訪れていながら、事件のストーリーを既に作っていた。デマが錯綜する混乱状態であるにも関わらずにだ。

「答えろ、ラウス。誰がお前に事件の隠蔽を命じている? お前は誰の命令で、己の職分を放棄しているんだ?」

 追求に逃げ場は無い。確実な事は、時間と共に苦痛が増すだろうという事実。

「が、あ、あ、う、上の、命令で」

「上? どこまでの上だ? 鑑識のトップは貴様だろう」

「しょ、署長だ! ここじゃ鑑識は言うことを聞くしかないんだ! 子飼い揃いの刑事課の下でしかない!」

 序盤の顔を合わせた刑事共の反応が悪すぎるのにやっと合点がいく。どうやら署長トップの方からは顔も合わせる前より嫌われているらしい。

「なるほどな」

 両手を離す。歪む右腕を庇う巨漢。
 軍服の痩身を翻り上着を掴む。
ウェイルーの瞳にはすでにラウスへの興味は失せている。

「もう動いていい、帰るぞダクト」

「あ、え、はい!」

 呆然とした状態から、刑事が動きを取り戻す。うずくまったままのラウスと帰り支度を手早く整えるウェイルーを交互に見つめ、一瞬の迷いの後にウェイルーへ続く。

「……これは後で問題になりますよ?」

「私には特別捜査官としての特殊権限が付与されている。鑑識だろうが三下程度どうとでもなるさ」

 ミキシングはこの街にいる、だがこの街の警察と別の何かがその道筋を阻んでいる。目的はわからず、規模も不明。ならばウェイルーのやることは決まった。
 いぶり出し、おびき出し、えぐり出す。徹底的に、容赦なく。首をつかみ白日の元に、己が眼前へ。

「どれ、メシでも食うかダクト? そういえば昼食がまだだったな」

「ウェイルー捜査官、危な、がっ!」

「……ン?」

 振り向いた矢先、横へ流れるダクトの体、床へ転がる。いつの間にかすぐ近くへ迫っていたラウスの巨体が見える、左手には折り畳み式の短い警棒。
 ダクトはウェイルーを庇って一撃を喰らったようだ。

「■■■――――ッ!」

 浮き上がる血管、血走った目でラウスが吠えた。

「ほう、存外に根性があるじゃないか? 見直したぞラウス」

 変わらぬ口調、ウェイルーが一歩踏み込む。次の瞬間、左腕が消える。
 ラウスの太い顎へ、吸い込まれるように金属の拳がめり込む。脳が揺れ、崩れる姿勢。瞬く間に昏倒。

「それに比べてダクト、お前はもう少し鍛えろ」

 平然と、床に倒れる男二人を見下ろす女軍人の言葉に、

「……ふぁい、がんばひまふ」

 刑事は力無く返事を返した。

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