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その勇者、虚ろにつき 作者:パイルバンカー串山

第一話 勇者は少女を救えない

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第一話 「勇者は少女を救えない」 泥

 血肉が跳ねた。皮鎧が割れて散る。骨が砕け、人の形が歪む。叫びさえ、上げられない。
 わずか十時間前、蒸留酒を飲み、赤ら顔を浮かべて、ゲスな会話をしていた仲間の一人――――禿頭の髭男、それが瞬く間に挽き肉となり、宙を舞う。
 その肉と臓物の雨を浴びながら、山中で武力による強制徴収を生業とする職業――山賊の頭目は驚愕で声が出ない。

 獲物として目をつけたのは旅人の青年。黒髪に黒目、育ちの良さそうな顔つきから金目の物があると予想。それなりの見た目から奴隷にも売れると値踏み――禿頭の髭男は性的な意味で青年を求めたいた。
 簡単な仕事だったはずだ。こちらは五人、あちらは一人。
 すぐに済む仕事だったはずだ。青年は剣を持っている、こちらは全員持っている。
 楽しめる仕事だったはずだ。いつだって、何も知らない者を地獄へつき落とすのは楽しくて仕方ない。
 だがそれは仕事ですらなくなった。忘れていた濃厚な恐怖と死の臭いが脳を突き刺す。

――ッひ、

 叫ぶより早く、右側の仲間の一人――新入り、たしか傭兵崩れの男が消える。次の瞬間、赤黒い肉塊が泥を跳ねながら地面をバウンドしていた。

――な、ん、だ、……?

 理解できない。青年が、素人の様に剣を持つ腕を振った直後、人が肉塊に変わっていく。
 長身だが痩躯の青年、彼の握る剣が輝く。魔術の類いではない、剣術でさえない純粋なただの腕力だ。
 もう一人、人が消え、もう一個、肉塊が増えた。既に個人の判別などどうでもいい。
 更に一人、人が崩れた。肉塊が完成した。それを知るより早く、跳ねた。その場より逃走する。

――じょ、冗、談じゃ……ぐっ!

 首の後ろを直接掴まれた。痛みに身が硬直する。背後から、感情の無い声が響く。

「僕は世界を良くしたいのです」

「グ、が、あっ!」

 もがく、だが振り払えない。持ち上げられて、足が宙を蹴る。

「良くするにはやり方が二つあります。悪い部分を治すか、切除するかです」

 ミチリと、青年の指が皮膚を破る。

「だから僕は決めたんです。『女に話かけられたら、前者、男に話かけられたら、後者を選ぶ』と」

 指が筋肉にズブズブと沈む。

「グ、グ、ガアアアアッ!」

 絶叫、だが指は止まらない。やがて、中心を掴む。

「ありがとうございます。あなた達のおかげで、僕は決断ができた。本当にありがとうございます」

 和やかな、礼の言葉。頸椎を掴む指に更に力がこもる。男はもう声を上げられない。失禁と脱糞、臭気が舞うが、青年に態度の変更は見えない。
 理由を聞かれたならば、「そんなことをしても、人の価値は変わらない」そう青年はいうだろう。

 最初から無価値な物の価値が、その程度でどう変わるというのだ。

 やがて腕が引き延ばされる。ブチブチという肉、腱が千切れる音、ボキボキと折れる骨、溢れ舞う血。
 男から、ズルリと背骨が引きずり出された。ぐにゃりと骨を抜かれた体が崩れる。

 曇天の空の下、骨柱をしげしげと掲げる。

「――失敗したなぁ」

 もはや聞く者がいない、山中の泥地で呟く。脊椎を垂らした背骨は、半ばで千切れていた。

「綺麗に最後まで抜けなかったよ――」

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