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その勇者、虚ろにつき 作者:パイルバンカー串山
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遭遇

「ところでさ、ソウジ」

 昼日が差す雑踏、中央区商人街のメインストリート。ノル国や周辺国の繊維商人でごった返す道を歩きながら、エクセルは後ろのソウジへ問いかける。

「ここ二、三日ぐらい外区の売人へあんた聞き込みへ言ってたじゃない?」

 最初の報告をエクセルへ伝えてから、ソウジは引き続き外区の売人達への聞き込みを行っていた。
 飄々とした声が、エクセルの後ろから聞こえる。

「ええ、ですが最初の売人の方々と同じであまり新しい情報は聞けませんでしたよ」

 ゆえにエクセルは外区への情報収集の限界を感じ、再び商人街を探ることにした。

「……あのさ、最近は殺人鬼の事件はないんだけど、外区の売人が次々と拷問されて死んでるんだよね」

 キャメラ・マシンで撮影した被害者の光学画像を思いだし、エクセルやや顔をしかめる。やはりブーンに見るなと制止されたのを無視するのではなかった。

「それはエクセルさんも忙しくて大変でしょう、書く記事が増えましたからね」

 ソウジの気遣いの言葉に、彼女は複雑な表情を浮かべた。

「担当はロエルゴさん――あたしの先輩記者が中心でやるからあんまり関係ないんだ。ただ、その、ソウジ……」

 足を止め振り向くエクセル、憂いの瞳にソウジの顔が映る。

「……お前が聞き込みをした売人達が殺されてるみたいなんだ。つまり……」

「――つまり?」

 動く雑踏の中、二人だけが止まる。

「――ひょっとして、お前が聞き込みをして情報を漏らした売人を、その、大元の薬を売ってるやつが消してるんじゃないか?」

 エクセルの言葉に、しばしソウジは沈黙。両の黒眼でエクセルを見る。

「だ、だからあんたももしかしたらそいつらに襲われるかもしれな……」

「――ああ、そうですか、そういう考え方もありますねぇ。その発想はなかったです」

 無言を破り、感心したような声を上げるソウジ。

「いやぁ、もしかしたら『お前が売人達を消して回ってるのか』とか言われるのかと思いましたよ」

「……お前なんかがあんな恐ろしいこと出来るわけないだろ、冗談にもならない」

 改めてソウジを観察する。気優しい顔をしたこの青年が、人間の四肢を正確な間隔で切り刻みながら延命処置を施し、拷問の末に死体を川に沈める。その様をどうやっても想像出来ない。

「まあ、何かに襲われたとしてもその時はその時でなんとかしますから。エクセルさんに迷惑はかけませんよ」

「迷惑とかそういうんじゃなくて、気をつけろって話なんだけど……」

「さぁ、エクセルさん、早く行きましょう。時間は有限ですよ」

 彼女の心配をかわしながら、ソウジが歩みを再開する。押される形で前にいるエクセルも歩きはじめた。

 その様は、自らの意志で歩いているようにも、誰かの意志で歩かされているようにも見える。


 ▽ ▽ ▽

――って言ってもなぁ……

 衣類問屋、「アイネクリア商店」前の路上。彼女はそこで店内を伺っていた。
 エクセルはソウジと別れ、個別で商店へ聞き込みを開始した。これはソウジの提案である。

「前に聞き込みした時も大して情報なかったんだよな」

 そもそも商人街で情報が得られないから外区に来たのだ。そこでまた外区に戻っても仕方ない。

――でもあいつに外区いつまでも探らしても危ないしなぁ。

 彼を中央区に伴ったのも、襲われる危険性を危惧して外区への聞き込みを止めるためでもあった。
 幸いソウジは聞き出すのが上手い――らしい。もしかしたら彼なら商人街から新しい情報を引き出せるかもしれない。

――……これじゃあたしが記者やってる意味ホントにないじゃ……

「きゃっ!」

 軽い衝撃に声が出る。考え事をしていたら通行人にぶつかってしまった。

「――おお、これはすまないお嬢さん(フロイライン)。お怪我の方はありませんかな?」

 大仰な仕草、シルクハットにスーツ、丸メガネをかけた髭の紳士が声をかける。

「い、いえ大丈夫です、考え事をしていて……すいません」

「私もこの街についたばかりでして、何分不慣れなもので。お怪我がなくて何よりです。では失礼」

 優雅に一礼、紳士は雑踏に消えた。

「……はぁ、何やってんだろ、あたし」

 紳士を見送りながら、ため息を吐く。
 ともあれ、今はもう一度聞き込みに行くしかない。

「おい、なんだアレ!」

「アブねぇぞ、刃物だ! 刃物持ってるぞ!」

――……えっ?

 突如後方で上がる声、振り向いた先では雑踏が固まりになっている。

――今、刃物って……?

「どけあ"あ"ぁぁっ! どけよあぁぁっっ!!」

 狂ったような怒声が、その固まりの中心から響く。

――何? ……乱闘?

 記者の本能、人垣へ走る。明らかな事件の予感に血が沸く。
 やはりというか、人垣の中心にはぽっかりと開いた半径五メートルほどのスペース。
 占拠をしているのは二人。
 一人は巨漢の男、太い腹周りに太い腕、ハゲた頭には血管が浮き出る。両手に握られる二本の鉈。時折ブンブンと豪快に振り回している。

「おめぇぇだろ! おれのあたまン中に虫を打ち込みやがったのはおめぇだ!」

 挙動不審気味に頭を振る動き眼下に浮いたくま。痙攣したように震える血走った眼球。
 男は、まさしく。

――薬物中毒者……それも人格に異常をきたすほど重度の……なんでそんな危険な人間が中央区に?

 もう一人、どうやらその一人は、巨漢から執拗に狙われているらしい。被害妄想によって加害者だとロックされているようだ。

「頭の中に虫か、なかなかユニークな冗談を言うやつだな。欠点は笑えないことだが」

 相対する一人――軍服の女は片手に持った傘を掲げる。その動きには、一片の焦りも恐怖もない。

――すごい、綺麗な人……

 同じ女であるエクセルが嘆息するほどに、金髪の女は美しかった。鍛え抜かれた一振りの剣のように、一切の余分が削ぎ落とされた美しさ。

「ちょ、ウェイルー捜査官! 危ないですってば! 応援を待って……」

「黙って見ていろダクト。――ちょうどリハビリがしたかった所だ」

 女――ウェイルーが嗤う。紅の唇が歪み、牙を覗かせた獣の笑み。

 その表情は、危なくも、儚く。


 ▽ ▽ ▽

――いやぁ、そう来るとは思わなかったなぁ。

 雑踏を歩きながら、ソウジはエクセルの言葉を思い出す。疑われることは考えていたが、まさか心配されるとは思わなかった。

――新聞社だから、エクセルさんも知ってるかなとは思ってたけど。
 あれから六人以上の売人達と接触、そのことごとくを捉え、拷問と尋問の末に殺害し、死体は全て川に捨ててきた。
 恐らくは見つかっていない死体もあるはずだが、時間の関係で確実に死体を処分しなかったのは反省するべき点だった。

――魔術探知警報結界……キャナリアか。めんどくさいものがあるもんだなぁ。

 人一人を完全に焼却する魔術は使えるが、威力が有りすぎて屋内では使えない。屋外で使えばキャナリアが作動して警報が街に鳴り響く。

「ちょっとちょっとお兄さん! お進めの商品あるんだけど、買ってかない?」

 雑踏の中、横合いから伸びた手がソウジの袖を掴む。ぐいと引き寄せた。

「いえ、僕は今日は買い物は……」

 袖を掴んだのは女性だった。二十代ほど、長い黒髪以外はこれといって特徴の無い容姿。商人街によくいる強引な売り子だ。

「まあまあちょっと見るだけでもさぁ、サービスするよ!」

 ぐいぐいとソウジを路地へ引っ張る。そこに店があるらしい。

「僕はこの辺に詳しい人に話を聞きにきたんですよ。買い物は別に……」

「じゃあうちの店の爺様に聞きなよ! 古株だからなんでも知ってるよ!」

「はぁ、そうですか……」

 ソウジは女性に逆らうのを諦めた。



「で、お店はどこなんですか?」

 案内されたのはメインストリートの路地裏。建物の壁が並ぶ狭い空間に、ゴミ箱や塀が並ぶ。

「すぐそこですよ。もうちょっと進んで」

 後ろから売り子女の声。言われるがまま足を進める。

「……だから店どこなんですか? 全然見え」

 突き刺さる衝撃、ソウジの体勢が崩れる。

「……ぐっ」

 細身の胴、右脇腹裏、俗にいう肝臓刺しの部分にナイフが突き立っていた。握っていた柄を捻ると同時に離す売り子の女。刃が更にソウジをえぐる。

「……が、あ」

「ッフッ!」

 女が短く息を吐く、体を捻り回し蹴りを一閃。よろめくソウジを蹴り飛ばした。
 鈍い音を立て無言でソウジが地面を転がる。明らかに魔術強化された肉体の蹴りだ。

――あぁ、そうか。

「やったか?」

 女の背後から二人の男が現れる。
 女は売り子だった時の笑みをもう浮かべていなかった。 氷のような声で男達に答える。

「仕留めた」

 端的に、結果のみを口にする。
 地を伏せたまま、ソウジは三人を見上げた。

――これ、罠だね。

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