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その勇者、虚ろにつき 作者:パイルバンカー串山

第二話 三流記者と殺人鬼のワルツ

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新聞社

「……で、どこまで聞いてきたって?」

「ええ、まあ全てお話しますと長くなるんですが……」

 奇妙な青年、ソウジからとりあえずは話を聞こうとエクセルは新聞社へ彼を招き入れた。

 男だらけの新聞記者共がひしめく事務所、その奥側の古びたソファーに腰掛ける青年。カゲイ・ソウジはとつとつと情報を喋りだす。

「とりあえず聞いた範囲では商人区の商人らしき人物が買いに来たという事実は無いみたいですね。
主な客は希望街の人達、あの二人組はせいぜい二、三回分の薬を売るまさしく小売り業の方のようでした」

 先刻は寒空の下、半裸だった青年は今は紺のコートとズボンを纏っている。繊維売買が興りであるアシュリー市の特徴の一つは服の安価流通であり、新品や中古問わず服は標準よりかなり安い。
 その中でも格安、なおかつ丈夫さに定評のある軍服のお下がりのコートとズボン、ついでに帽子をエクセルは買い与えた。

「……無いみたいって、そりゃ顧客の事なのよ? 普通は聞かれても無いっていうでしょうよ、飯の種の話なんだから」

「いえ、この場合の『無い』は信用出来る『無い』ですよ、どうか信じて下さい。念のため、エクセルさんのメモに書いてあった人全員の名前も聞いてみましたが、そちらも覚えが無いようでして……まあ怪しい薬を買う時にわざわざ名前を告げる人はいないと思うんですが」

 ポリポリと頭をかくソウジ、今の所は空振りしかない。

「まあ、そりゃ名前を告げるなんて……あの、ソウジ?」

 一瞬会話に流されそうになりながら、ふとした疑問に気づく。

「あたしが被害者のメモ見せたの二人組の殴られる前の一瞬だけだったよね? ……それでどうやって名前を全員分知ってたの?」

 眉根を寄せるエクセル、どうもやはりこの青年は言動がよくわからない。

「ああ、覚えましたから。僕、一目見た書類とか記憶するの得意なんです。一字一句そのまま覚えてますよ」

「……何? その特技?」

 本当にそんなことが出来るのか、すでに記憶力が良いとかそういう領域の話では無い気がする――とりあえず、ソウジの発言が少し妙なのはわかっていたし、情報の追い方自体は真っ当な聞き込みだ。

「エクセルさん、とりあえずは大元の薬の売り手も聞いてみたんですが、こちらはどうもはっきりとしたことがわからなくてですね」

 ソウジが「質問」したのはあくまでも小売りの密売人、そこから遡れば元締め役の中心的密売人に行き着くはずだ。

「薬や金の受け渡しは他の小売り役からや、もしくは特定の場所に置いたカバンの交換で行っているそうで、とにかく徹底的に元締め役との接触が断たれているそうです。情報を最小限出さないよう注意しているようですね」

 都市の闇、まだその病巣の全貌を掴むことは出来ない。

「あの、ソウジ、今は被害者の商人と薬の接点を探るのが先で、薬の元締め役を見つけるのは別に本題じゃないから」

 エクセルはソウジの行動に牽制をかける。そこまで深入りするのは、流石にソウジの身が危なすぎると彼女も感じていた。
 売買組織の全貌を詳しく掴めれば、それはそれで大々的な記事になるかも知れないが、――この男、止めねばどこまで無神経に深入りするかわからない。

「ええ、今後は商人との売買があったかを中心に他の売人から『聞き込み』をしてみますよ。薬を所持していたのであれば、どこかから入手したでしょうし」

 つらつらと、やはり冷静にソウジは言葉を返す。

「それならそれでいいけど……あのね、推測したり考えるのはあたしの役目なんだから、あんたは余計な事考えずに黙ってとにかく情報もってくるの。今度はもっとまともな情報もってきてね?」

 立ち上がるエクセル、小柄な体はやはり頼りなく見える。

「それから、せっかく服買ってやったんだから汚すんじゃないわよ」



 ▽ ▽ ▽


「このソルトビーフサンド一つ下さい」

「あいよ!」

 威勢のいい返答。禿頭に鷲鼻という肉屋の店主からサンドイッチを受け取り、ソウジは中央区の並木道を歩く。
 具はシンプルに牛肉の塩漬け煮のみ。煮凝り状に固まった肉が豪快に切り分けられ、固めのパンへ溢れんばかりに挟まっている。

 ――うん、これは当たりだ。

 噛み締めると熟成された肉汁、歯ごたえのあるパンの味が口中に広がる。シンプルで飽きのこない味付けだ。店の混雑ぶりからの予測通りの美味。
 エクセルから渡された情報代はこれで使いきった。服代をさっ引かれたため残った額はサンドイッチを一つ買える程度しか無い。

 ――さて、どこから攻めるか。

 まずはまた小売りの売人を探して「お話」をするしかない。それを繰り返せば、元締め役がこちらへコンタクトを取る可能性も出てくる。
 そうなれば、情報の入手はより容易くなるだろう。

 ――だがもし別の可能性、『商人が外区の売人から薬を買っていない』パターンになるとすれば……

 通常の売買ルート以外で薬を入手したのならば、導き出される答えは一つしかない。エクセルは、その答えの発想にたどり着くのか。

「……どうやら、この街は相当腐っているみたいですね」



 ▽ ▽ ▽

「エクセルのやつはまた外へいったのか」

 太い声と共に、男は新聞社事務所を見渡した。
 西日が差し込む部屋には、相変わらず乱雑な資料とむさ苦しい男共がいる。
 高い身長に、隆々たる体躯を着崩したスーツが包む。右額に傷跡=荒事を潜り抜けてきた証、両頬の不精ヒゲがさらに男の荒っぽさを彩る
 四十近い年齢に合わぬ、力に溢れた眼差しは相対する者を飲み込む。
 ロエルゴ・ブーン、N&R社の敏腕記者にしてエクセルの師匠役。そして一児の親である。

「ああ、早めに帰ったみたいだな。最近は毎日遅いんだ、今日ぐらいはいいだろ。――何か細い色男をエクセルが連れて来てたが、案外男でも出来たのかあの小娘?」

 隣の机、太い腹周りを揺すりながら巨漢の同僚バドレドが答える。机に腹がこすれ、載せられた体重に椅子が悲鳴を上げた。

「色男ねぇ、ああいうのが好みなのか? ……騙されてなきゃいいんだが」

 一応は一人前の判を押して巣立たせたものの、端から見るとやはり頼りない。どうにもロエルゴには親バカな癖があるのか、一度面倒を見てしまった彼女の様子がついつい気になってしまう。
 自分も帰りが遅いたちなので、そろそろ早めに帰ってみるかとの考えが胸をよぎった。

「ああ、ロエルゴ、ついさっき警察から殺人事件が一件入ったそうだぞ、場所は外区。外区のボトリ川から船に引っかかったのを漁師が引き上げたんだと」

 バドレドの声に現実に引き戻される。やはり簡単には帰れないか。

「外区……また薬か金目当ての強盗か? マッコイの爺様に訪ねにいかんとな」

「……いや、違うようだな」

 資料をめくりながら、バドレドは顔をしかめる。

「被害者は売人二人組、死因はおそらく喧嘩じゃない。体の末端部を中心に拷問の痕があったそうだ。耳や鼻も削がれてるとよ……賭け場の借金でも踏み倒して見せしめにされたのか?」

「いや……見せしめならまず晒すことが目的だ。見られるのが不確定な川の中には捨てないだろう」

 外区の知識はロエルゴの方が深い。今回の殺され方は今までの外区のパターンとは微妙に異なる。
 資料を引き寄せ、自身も目を通す。

「手足は指先からほぼ五分刻みにされているのに、口内や喉には外傷無しか……なにか聞き出す目的があったのか?」

 単純に痛みを与える拷問なら、歯や舌、顔面などが有効である。口内を温存したということは、喋らせる必要があったという事。
 だがそれ以外に、なにか染み出す狂気をロエルゴは感じる。

「売人共はここまでされるほど何を知ってた――――犯人はここまでして、何を知りたかったんだ?」

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