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その勇者、虚ろにつき 作者:パイルバンカー串山

プロローグ 雲一つ無き、青空の下で

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プロローグ1 凶獣召喚

ぬるくない反逆系勇者を書いてみたらこうなった。なぜだ。
「主文、被告××××は……」

 音が聞こえる。

「判決……」

 特に理解した所で、意味の無い、音だ。

「……刑、……くり……えす……」

 こんなものに、意味は無い。

「……死……」

 僕にも、意味は無い。



  ◇◇◇


「……ここは、どこなんだ」

 気がつけば、男は奇妙な部屋の中にいた。
 今どき珍しい石造りの壁や床、やや不純物が入りこむガラス窓。
 そして、床に描かれているのは今まで見たことのない種類の文字と幾何学紋様の羅列。円を基軸としたその配置は、ドラマや漫画で見たいわゆる「魔法陣」を彷彿とさせる。

「……君、たちは」
 周囲には、屈強な男達。だが纏うのは洋服ではなく中世西洋の全身甲冑だ。
 目の前には、やや低めの背丈の肥満体の中年がいた。
 巻き毛の金髪に頂くは豪奢な王冠。盛大に生える太い髭。太い指にはめられる、菱形の輝く指輪。
 堂々とした態度と気風はその男が幼少より人を下として扱うものとして育てられた事を示す。
 現代日本で育った彼でも、その王冠の男がおよそ「王」であることは予感できた。

「よくぞこの世界に参られたッ! 我らが勇者よッ!」

 高らかに、王らしき男は叫んだ。
 彼は、無表情にそれを見ていた。


  ◇◇◇

「――――故に、あなたは勇者なのだ」

 広大な大広間、巨大なテーブルで王が喋る。並べられるは、何か種類はわからぬが贅を尽くしたとわかる無数の料理と酒、豪奢な燭台。子豚らしき丸焼き、大魚のパイ包み、とにかく手がかかりそうな料理の数々。

 王らしき男は、やはり王だった。
 最初にいた部屋から通された広間で、彼の質問などする暇もなく事の経緯を話し始めた。
 王いわく、この世界は魔王という存在に侵略されているという。
 魔王は手強く、現在の戦力では勝てる見込みがない。それゆえに古来より王族に伝わる「勇者召喚」の魔術により他の世界から人間を呼び寄せ、魔王と戦わせることにしたのだ。
 勇者召喚の魔術で召喚された他世界の勇者は、魔術によって強化され最強の兵士となる。この力を持って魔王を討つのだ。

 長々と弁舌を唱え、王は喉の渇きを葡萄酒で潤す。二、三度の咳払いの後、さらに喋り出した。

「さあ、勇者よ、どうか我らの願いを聞き、正しき勇者の力を示してはくれぬか!」

 魔術、召喚。フィクションの世界だけの言葉に、彼も少々面食らった。だが今、目の前の現実のみが全てだ。少なくとも今の(・・・)を騙して得をする者など一人もいない。
 ここが異世界であろうと、結局の所、彼は彼のやり方をしていくしかない。

「どんな方がくるか正直不安でしたけれど、勇者様は意外と優しそうなお顔をしているのですね」

 鈴の音のような声が、王の傍らの席から響く。
 年は十七、八ほど。折れそう程に華奢な腰が、細い肩と首筋へ連なる。纏うは絹のドレス。裾が大きく広がり、下半身を隠す。輝くティアラをつけられた長い金髪、ガラス細工のように整った容貌。
 人の美醜に疎い彼でも、少女が美人だと思った。この王の娘、つまり姫だという。

「魔王に打ち勝つ人というから、どんな恐ろしい方かと思いましたけれど、安心いたしました」

 少女の笑顔は、まるで花が咲くように輝いていた。この世にある悲劇を、一片さえしらぬ無垢な微笑み。

「……王よ、僕は何をすればいいのですか。勇者とは、何を成す存在となればいいのでしょう?」

 覚悟と決意をこめて彼は問う。ここからの王の言葉が、彼のここからの全てを決めるのだ。

「おお、勇者の業を引き受けてくれるのか! 勇者として成すこととはまず魔王の討伐」

 肥満体を揺すり、王が語る。彼はじっとその声を聞いていた。

「我ら王家に忠誠を近い、民の希望と明日を護るため戦う、それが勇者だ。……もちろんゆくゆくは、君も王族の一人として加わる道も考えている……姫の婿としてな。その時は大切にしてくれたまえよ?」

 横を向く王の視線、頬を赤らめる姫。

「……それが、勇者として成す全てですか?」

 今の内に、全てをしっかりと聞いておかねばならない。

「ああ、これが全てだとも! では早速魔王討伐のための支度を……」

「空は」

 王の声を遮る。これが最後の質問だ。

「この世界の空は、青いのでしょうか?」

「ん、……ああ、空が見たいのか、勇者殿よ。さあ姫よ、彼を中庭へ案内してあげなさい」

 王にうながされ、少女が立ち上がる。立つと細い体がより細く見えた。白魚のような長く白い、美しい指先が彼へ伸びる。

「さあ、こちらへ勇者様。今日はとても晴れた空なのですよ」

「……そう、なのですか」

 勇者はゆっくりと、立ち上がった。



  ◇ ◇ ◇

――まさか本当にやるとは……!

 戦士長、オウタは駿馬を走らせる。追従する馬は部下十二名。
 林の街道を抜け、ただひたすらに王城を目指していた。

――勇者召喚、そんなことが……

 魔王軍とは現在膠着状態にある。まともにぶつかれば魔王軍が優位だが、犠牲を考慮すれば魔王はそれは選択しないだろう。
 そもそもの戦争の発端は異人種を迫害する王国側と、異人種を纏める魔王との対立にある。民族紛争である以上、最終的な決着は利害ではなく、どちらかの消滅か国交を断ち互いに無視をするしかない。
 オウタは異人種に対し差別感情は無い。戦場において、人と異人種に大して差は無いとわかったからだ。
 だが王は違った。王には異人種とは排除すべき獣としか見えていなかった。
 故に、選択は排除しかなく、その度合いも加減は無い。

『勇者を召喚し、魔王を討つ。三百年前に使われた方法をもう一度試すのだ』

 二月前、突如王はオウタにそう言った。
 歴史書の記述によれば、確かに三百年前に勇者を召喚、外敵の撃退に成功したと記されている。
 だが、もう一度それを繰り返すということは終わり方も同じということだ。
 召喚された最初の勇者は、善良な男だったという。当時の王や民の声を聞き、戦うことを承諾、見事に勝利した。
 そして、役目を終えた勇者は邪魔者として暗殺されたのだ。
 オウタとしては、別に使い捨てにされた勇者に同情する気はない。だが今回の召喚で、前回と同じタイプの勇者が来るという保証は無かった。
 何か犯罪者に近い人間が召喚されれば、強化された勇者の力はそのまま脅威になる。オウタはそれを危惧したが、王はそれを軽視していた。魔術には悪心を持たぬ者を召喚するよう設定されている事、前回の成功が根拠だった。

――王は召喚を甘く見すぎている。

 王は良き意味でも悪い意味でも王族だった。責としての王権を振るうことを厭わず、決断を進める。そして王として末端や下々の事には認識が甘い。恐らくは可愛がられている娘もそれに輪をかけたものだろう。
 それでも、今までは問題なかった。
 この程度なら、近隣諸国の王族と比べても普通の認識だ。

――だが今回は、今回だけはどうにも胸騒ぎがする……

 オウタは齢十六にて剣を持って王に仕え、以後二十年間、兵士として一線に身を置き功績を立て続けた剛の者である。その戦士として自らを生かし続けた直感と経験測が胸の奥で叫んでいた。――――危機である、と。

 駆け抜ける街道には、輝くような新緑が栄え、彼の予感とはまるで無縁な、突き抜けるような雲一つ無き青空があった。
 余りにも汚れの無い何かに遭遇した時、人はいい知れぬ不安を抱く。透き通るほど純粋な存在に、心が耐えられないからだ。
 オウタがこれから遭遇する存在は、純粋過ぎるが故に、人の理解を超えた怪物である。
 そしてオウタは知るだろう、この世でもっとも恐ろしいものとは理解できぬ存在ではなく、理解されることを求めぬ存在だということを。


   ◇◇◇

――な、んだ、これは……

 郊外にある王城、到着したオウタ達が見たものは地獄の光景だった。
 削られ、破壊された壁や床。儀式で撒かれる聖水のように散乱する血液と骨混じる肉塊。それが城で働いていた人員の成れの果てだと理解するのに時間がかかった。

――何を、召喚した……ッッ!?

 すぐさま部下に散開を指示、生存者の捜索に当たらせる。まずは王の生存を確認をしなければならない。どれほどに絶望的でも、王政が国の起点である以上、それだけはしなければ。

 侵入した大広間で、オウタはそれを発見した。
 王と来客が晩餐を取る巨大なテーブル、その中央に肉の芋虫が転がる。
 両肘、両膝から先は無い。切断部には火傷後、恐らくは止血によりショック死を防ぐため。
 全身には切り傷。致命傷を避けた浅い傷跡。両の目は切り裂かれ、血と水晶体が見えた。
 局部に突き立てられるは、精緻なる細工がされた燭台、侮辱と陵辱の証。
 破壊が激しく、顔の判別はつかない。長い金髪は引きちぎられ、血に染まっていた。胴体から、女性であることはわかる。口元には、数本の切断された指が押し込まれていた。明らかに男とわかる太い指には菱形の豪奢な指輪が装着されている。
 オウタには、その肉塊と指の持ち主、それぞれが即座に思い当たった。

――姫と、王の指……ッッ

 かつて麗しい少女だった、その面影さえない肉塊の芋虫。その周りには血が撒き散らされ、薄い胸には短剣が突き立てられていた。この心臓を突いた短剣が、致命傷となった。
 心臓を貫いて派手な出血が発生する。それはつまり、この拷問が終わるまで、姫は死ねなかったというおぞましい事実を意味する。
――これを、やったのか、勇者がッ!?

 喉が震え、身が凍える。同時に脳裏に浮かぶ疑問――なぜ勇者がそれをする必要があるのだ?
 王は少なくとも勇者を懐柔するつもりでいた。高圧的に接しようとはしないはずだ。そもそも勇者はこの世界に対する知識が無い。最悪、王の思惑がバレたとしても、わけがわからない環境である以上、普通は逃げるか言うことを聞く。
 ここまでする必要など、無い。

――召喚は悪心を持たぬものと設定されているはず、極端に凶暴な者や制御しがたい者は呼び出されない……はずだ。

 自信が持てない。魔術設定構築理論はオウタには専門外である。ただ一つ言えることは、拷問を行った勇者らしき存在が、城にいる可能性がある。
 すぐさま呼び笛を鳴らす。鳥声のような高い音が、残骸だらけの城中に反響。さ迷う生者達を呼びよせる。

――……来るか、勇者は?

 勇者が来れば集合する部下で挟み撃ちが出来る。この場で倒す、最悪でも勇者の情報を持って帰らねばならない。

――勝てるか……?

 剣において、国では自らと並ぶ者無しとオウタは自負している。十二名の部下もまた相応の手練れ。魔王に打ち勝つ勇者と言えど、多少は持つはず。

 ピチャリ。

 響く水音に、身が跳ねる。足音だ。

 ピチャリ。

――部下ではないな

 室内戦闘で、相手の所在がわからぬ内から移動音を出すなどという愚行を部下達がするわけが無い。ということは、生存者か勇者の二択。

 ピチャリ。

――構わん。

 確かめずに、斬ると決めた。迷う時間が惜しい。王の生存が絶望的な以上、誰が生きていようと同じことだ。

 やがて、ロウソクで照らされる薄暗い廊下、死者と残骸が舞い散る道よりそれは姿を表した。

 身長は高め、オウタと同じ程度。痩身で穏やかな雰囲気の若い男だ。
 面長で、柔和な顔は街にいるような平凡な若者にしか見えない。
 その全身を滴る血の赤に染め、王の生首を携えていなければ。

「……お前が、勇者か?」

 問いかけに、男は応えない。王の首は驚愕と恐怖の表情に固まっていた。まぶたの肉がむしり取られ、二度と目を瞑れぬようにされている。その様は、死して後の安寧すら許されぬ。
 そして、オウタは気づく。勇者が血に濡れている事、血が固まっていないという事実に。つまり、あの血は新しい。そして、右手に持つ長剣は部下の物だ。

「十二人、いた。あなたの仲間か」

 オウタは、部下が全て死んだ事を知った。
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