廃屋にてPDFで表示縦書き表示RDF


私の日常とは違った怖さでしょうか? 怖いと思ってもらえたら幸いです。
廃屋にて
作:れんじ


 タダシ君の家の近くには、古びた廃屋がある。
「なあ、シンヤ。あの廃屋に一度探検に行ってみないか?」
 タダシ君がこんな提案をした。僕も前からあの家は気になっていた。一度、中を見てみたいとも思っていたから、この提案を断る理由はなかった。
「いいよ」
 僕は二つ返事でこたえた。
「じゃあ、5月14日の正午に侵入することにしよう」
 タダシ君が日時を細かく指定してきた。
「どうして? 明日とかじゃダメなの?」
 僕は疑問に思い、尋ねた。
「うん。ちょっと、俺、塾とかで忙しいし……」
 タダシ君がほとんど毎日塾に通っているのは知っていたけど、5月14日よりも前に塾が休みの日が何度かあるはずだったから僕は納得できなかった。けれど、僕は「ふーん」と返事をしておいた。
 この時、僕の中にある計画が思い浮かんだからだ。
それはタダシ君より先にあの廃屋に忍び込んで、中の様子を探っておいてタダシ君と一緒に侵入するときに、何か用意しておいて、おどかしてやろうというものだった。
 数日後の夕方。
 僕は学校の帰りに、廃屋に立ち寄った。タダシ君の家の近くにある廃屋だから、見つかる可能性も考えて、ゆっくり、あたりの様子をうかがいながら、廃屋へ向かった。
 廃屋はどこにでもあるような平屋だった。
窓がいくつかついているが、シャッターで固く閉ざされている。ずいぶん長い間、ほうっておかれたらしく、平屋は寂れた姿になっていた。門は閉ざされたままだったので、僕は塀をよじ登った。雑草だらけの庭に、どすんと飛び降りた。足の裏にじいんと痛みがひろがった。
 玄関のほうに行くと、玄関の扉は開けっ放しになっていた。
そこから、僕は中へ入ることにした。
 薄暗い屋内は、歩くごとにみしみしと音がたった。僕は少し怖気づいたけれど、タダシ君より先に廃屋に入れたことが嬉しくもあった。内部は、重い空気と妙な臭いが充満していた。僕は廃屋の中に入っているとあらためて、実感した。
 廊下がまっすぐつづいており、僕は、右方にあった和室を調べることにした。
僕は和室を廊下から眺めてみた。和室はふとんらしきものが乱雑に散らかっていたし、ずいぶん汚れていた。埃だらけだった。暗い中、和室の床に、白っぽいものが転がっていることに気付いた。
僕は何だろう、と思い、慎重な足取りで、それに近づいた。暗くて見ているだけじゃよく分からない……。僕はそれを触ってみることにした。
……冷たい。小さくて、できの悪い球形。ざらざらする。気味の悪い感触が僕の手に伝わった。得体の知れないものに対する抵抗もあったが、僕はそれがなにか知りたかった。タダシ君を驚かすのに使えると思ったからだ。
両手でつかんで、ゆっくりともちあげた。小さいのに、ずっしりと重かった。僕はそれを自分の顔面に近づけて、ようく、見た。
―――猫の首だった。
 目がある場所はぽっかりと穴が開き、その周りが黒く染まっている。二つの黒い穴は僕のほうを恨めしそうにじいっと見ているように思えた。痛みに耐えているかのように顔をゆがましている。口をぎゅっと閉め、その両端から、血のあとと思しき黒い筋が下に伝っていた。
 瞬時、恐怖で身を固めていた僕は、すこしの正気を取り戻し、両手で持っているものに嫌悪感を覚えた。
「っ……!!」
 僕は慌てて、それを放り投げた。叫び声をあげたかったが、声にならなかった。ぜいぜいと息が荒くなり、体中がガタガタと震え、冷たい汗が全身から吹き出る。白い猫の固まった苦悶の形相とは違い、僕の顔面は、口は、震え続けていた。
 すぐに廊下に出て、僕はもうこの廃屋から出ることにした。
玄関のほうをみると、開いていたはずの扉が、―――閉まっていた。さっきまで玄関は開いていたはずなのに……! 僕は玄関を開けたままにしておいたのに……! 
 玄関が閉まっていることで、僕はとても混乱した。窓はすべてシャッターで閉ざされていたはずだ。玄関しか外に出る方法はない。でも玄関が閉まっている。……外に出れない!
 そこで気づいた、―――玄関に誰かが座り込んでいることに。
そして、その座り込んだ人は、こちらのほうを向いているような気がした。僕は恐怖で身を固めた。手も足も顔も動かせず、玄関のほうを凝視した。
座り込んだ人影が動かないことに、ほんの少し安心し、人形かもしれない、と思った。どうして、そんな場所に人形がおいてあるのか、誰が置いたのか、そういうところまでは、頭が回らなかった。しかし、ほんの少しでも安心できたことで、僕は自分の固まっていた体が動かせることに気づいた。
 僕はゆっくり、本当にゆっくりと一歩あとずさった。人影は微動だにしなかった。暗かったから、僕に気付いていないかもしれない。ひょっとしたら、本当に人形なのかもしれない……。
 僕はゆっくりと玄関に背を向け、廊下を奥のほうに進み、一番奥の部屋に向かった。和室には入りたくなかったし、和室の反対側にある部屋は扉が閉まっていたので、やめておいた。
 廊下を歩くと、みし……みし……と音がたったので、僕の心臓は早鐘のように打った。後ろを振り返ろうと思ったが、僕にはその勇気は無かった。もし、人間だったら、気付かれただろうと思った。こっちを見ているかもしれない。もしかしたら、もうすでに、僕のすぐ後ろに息を潜めて立っていて、こっちをじいっと見ているかもしれない。その表情は、無表情だろうか? 笑ってるんだろうか?
 僕は抑えようのない震えをどうにか止めようと震える両手で体を押さえた。もう、奥の部屋を目指すしかなかった。機械的な歩調で一歩一歩、廊下の奥へと進む。その歩調とは裏腹に、僕の表情はひきつり、扉の開いた奥の部屋、そこに広がる暗闇をじいっと見つめていた。汗がだらだら流れ落ちる。背後には誰もいない。誰もいないんだ。僕はそういい聞かせた。あの人影はじきにこの家を出て行く。それか、あれはやっぱり人形なんだ。そう思い込もうとした。
 奥の部屋に入ると、空気が少し軽くなったように感じた。心もほんの少し軽くなったらしく、ゆっくりと振り返り、背後に誰もいないことを確認できた。ただ、玄関のほうは暗すぎて、あの人影がどうなったかは確認できなかった。
 中央にテーブルがあった。僕はとりあえず落ち着こうと思い、テーブルの下に潜もうと思ったときだった。
 みしみし、と足音が聞こえた。僕は慌てて、けれど音は立てないようにして、テーブルの下に潜んだ。みしみし、と聞こえた。人形じゃなかった……! 人間だ! あれは廊下のきしむ音だ。玄関にいた人間? 僕を追いかけてきているのかもしれない、と思った。暗闇の中、こちらに向かって歩く足が、廊下に見えた。近づいてきている……! どうしよう! 僕はテーブルの下でできるだけ後ろのほうに体を動かした。
 そのとき、廊下の足がくるりと左を向いた。和室ではないほうの部屋だ。その部屋の扉がギイイィっと音を立てて開いた。足はその中へ入っていった。また、ギイイィっと音が響いた。
 僕はふうっとため息をついた。助かった。今のうちに逃げ出そう。玄関まで一直線だ。
「今度、来ますよ」
 誰かの声が聞こえた。どこかで聞いたことのある声だったけれど、今、思い出すことができなかった。
「いや、もう来ているみたいだよ」
 違う声がした。大人の声に聞こえた。
 何のことだろう……? 来ているって、もしかして僕のことだろうか……。
そんな、まさか……? 僕のことを知ってるのだろうか? そんな訳ない! もっと冷静になろう。そうだ、冷静に。僕がここに来ることなんて、誰も知らないはずだ。
「おかしいな。5月14日に来させるはずだったのに」
 タダシ君! 声の主は、タダシ君だ!
僕は訳がわからなかった。どういうことだろう……? 僕は再び、恐怖にとらわれた。生きた心地がしなかった。
 とにかく、もう逃げなければ、きっと、大変なことになる。
僕はゆっくり、テーブルの下から、這い出た。
「僕たちは、もう小動物じゃ物足りないんだ……」
「そうですね。だから、シンジを呼ぶんですよ」
 ゆっくり、廊下のほうへ向かった。
 廊下を一気に走ろうとする。みしっ!みしっ! という大きな音がなった。僕の耳にはそれが廊下の音なのか、背後から追いかけてくる音なのか、もう理解するだけの余裕は無かった。玄関はもうすぐだ。
 玄関のところで、暗闇にぶつかった。
それで僕は倒れてしまった。何にぶつかったんだろう? 壁なんて無かったはずだ。顔を上げると、見知らぬ男が、立っていた。
全身に電撃が走ったようだった。二人の会話は廊下の片側の部屋から聞こえた。三人目がいるなんて、まったく考えてなかった。
 僕は、あとずさりをした。玄関が見えない。男が邪魔して、外に出れない。こんなことになるなんて……。どうして僕がこんな目に……。
震えながら立ち上がり、男を凝視したまま、さらに後ずさる。男は特に僕を捕らえようと襲いかかってこなかった。なぜだ?
 そのとき、背後に人の気配を感じた。ばっと振り返る。大きな人影がいた。その人影が横に移動すると、後ろからひょこっと子供が顔を出した。
 タダシ君だった。暗闇に浮かぶ笑顔のタダシ君……。暗闇が笑顔に陰影をつけている。和室で見た猫の顔が思い浮かんだ。あれを無理やり笑わせたら、こんな感じだろうか。僕は心底ぞっとした。
「タ、タダシ君……、な、なに、やってる……の?」
 僕は震えた声で、なんとかそれだけしぼりだすことができた。悪い冗談を思いついたんだろうか? タダシ君は僕と違って頭がいいから、大人を使って僕を脅かそうと、それで僕がこんなに驚いてるからそれで嬉しがって――
「シンヤさ、冗談でもなんでもない、まじなんだけどさ」
 僕は今、思ったことを口にしてしまってたんだろうか? それとも、タダシ君が僕の心を察したんだろうか? 分からない。何がなんだか分からない。
「まあ、誰でも良かったんだけど」
 さっき奥の部屋から出ようとしたときに聞こえた会話。そのときは逃げることで精一杯で意識しなかった会話が、頭の中によみがえった。
『僕たちは、もう小動物じゃものたりないんだ』
『そうですね。だから、シンジを呼ぶんですよ』
 猫の苦しそうにゆがんだ顔が脳裏をよぎった。
 僕は目を大きく見開き、はあはあと息をしていた。汗がだらだらと流れる。全身が震える。
「おまえ、ずいぶん前にさ、国語の点数、俺より良かったろ? あれ、パパに怒られて、むかついてたんだよなぁ……」
 粘ついた口調。ますますタダシ君の顔が歪んでいくのが分かる。笑顔なのか、怒りの表情なのか、その両方が混ざったものなのか、分からなかった。タダシ君の言葉を理解しようと必死になった。
 一度だけ、本当に一度だけ、母さんに勉強するようにせがまれ、しぶしぶ机に向かったことがあった。いい点数を取って、母さんも喜んだ。タダシ君もあのとき、笑顔で、僕をほめてくれた……。
 僕は生まれて初めて、心の底から叫んだ。
「そんなことで――っ!!」
「嘘だよ。シンヤ」
 腹のあたりを、えぐられたような気がした。包丁の柄が逆向きに、僕の腹から生えている。刺されたのか……、僕は気分が悪くなってきた。ふらふらする。だんだん腹部が熱くなってくる……。僕はぜいぜい息をしながら、その場に崩れるように倒れた。腹にやった両手がごぼごぼと溢れ出す液体で濡れていく……。床も同じように僕の腹から出る液体で濡れていく。口からたくさんの血が出てくる。息がしづらくなってきた。だんだんと意識が遠のいてきた。耳元で声がした。
「嘘だよ。シンヤ。そんな理由でおまえを殺すかよ。」
 タダシ君の……声だった。
朦朧とする意識の中で、僕はタダシ君の言葉を聞いた。
「理由なんて要らない。ただ、おまえを殺したかっただけさ」
僕は、廃屋の汚れた廊下の上で、冷たくなっていった。


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あと、「私の日常」とどちらが怖いか教えてもらえるとありがたいです。













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