新・荊姫
昔、セイラムネイト王国というところに、カナリア姫という王女さまがいました。カナリア姫は御性格のほうはまずまずだったのですが、器量のほうが少々お悪かったので、年頃になってもどこにも嫁ぎ先が見つかりませんでした。エスカルド王国の第二王子、アルフレッドさま、カンツォーネ王国の第三王子、ヴォルフガングさま、ミッテルレガント王国の第一王子エリックさまなどなど、その他数名の王子さまとお見合いしてみたのですが、いつも先方から丁重にお断りの手紙が送られてきて終わってしまうのでした。
もっともカナリア姫自身はお見合いの席とも知らずに王子さまと舞踏会で一緒に踊ったり、晩餐会で食事をともにしたりしていたので、プライドが傷つくとかなんとか、そういったことはまるでなかったのですけれども。
カナリア姫のお父さまであられるベルナルド王は、このままでは自分の娘がいき遅れてしまうと思い、彼女のふたりの兄を謁見の間に呼び寄せると、どうしたら姫が結婚できるかという相談をすることにしました。
「これまでにも、持参金ならいくらでも出すと諸国の王子には言ってあるんだがのう。やはり見合いの肖像画をもっと美人に描かせるべきだったろうか……でもそれでは実際に会った時にがっかりするかもしれんし」
「父上、何をおっしゃるのですか」と、第一王子のアルベルトさまが言いました。「結婚など、べつに無理にしなくてもいいではありませんか。カナリアは器量はいまひとつかもしれませんが、頭もいいし、何より性格が素直です。他国に嫁いで余計な苦労をさせるより、一生未婚のままでも城に置いて好きなことをやっていたらそれでいいのではないでしょうか」
「わたしも兄上と同じ意見です」と第二王子のエルベルトさまもお兄さまと口調を同じくして言いました。「カナリアはわたしたち兄弟にとってひとりしかいない可愛い妹です。正直いって、他国の王子たちが見合い話を断ってくれてわたしなどはほっとしているくらいです。カナリアの本当の良さといったものは、並の男にはちょっとわかりずらいと思いますし、見てくれだけでカナリアのことを判断するような男には大切な妹を渡しかねまする」
といっても、エルベルトさまの御婚約者であられるサイオニア王国の王女さまはその美貌でもってすっかり彼のことを魅了していたのですが……まあ、この際そのことは脇に置いておくとしましょう。
「ううむ。そうじゃのう」
王さまは玉座の前をうろうろと歩きまわりながら、白い髭に手をやってあれやこれやと考えている御様子。すると隣で三人の話を聞いていたお妃さま――アルベルト王子とエルベルト王子、それにカナリア王女のお母さま――が年老いてなお美しいお顔に微笑を刻みながらこうおっしゃられました。
「カナリアももう二十五……あなたさまが焦るお気持ちもわたしにはわからなくもございませんけれど……王はきっと、あまりに世間体や体面のことばかりお考えすぎになっておられるのじゃありませんかしら?もうこの年を過ぎてしまうと、あとは年のおいきになった男やもめの王さまか王子さまにでも嫁ぐしかありませんものねえ。でもやはり、この場合何よりも一番大切なのはカナリアの幸福のことですわ。わたしたちの意見よりも、カナリアから直接話を聞いてみませんと」
「それもそうだのう」
王さまは白い顎鬚をしごきながらとくと考え、ふたりの王子にカナリア姫の本当の気持ちを聞いてみてくれんかと頼むことにしました。ベルナルド王はカナリア姫のことを目に入れても痛くないほど可愛く思っていたのですが、やはり一国の王さまとしては見栄もあり、いい縁談を組むことでひとり娘のことを幸せにしてあげたく思っていたのでした。
その日――というか、その日<も>――カナリア姫は王宮の図書室に閉じこもりきりになって、ご自分の研究をなさっておいででした。カナリア姫は王立大学院で植物学を専攻なさったのですが、今もまだ植物の分類に深い興味を持ち、野原や山に出かけられては花や草を採取され、それらを学名別に分類することに熱中しておいででした。
たとえば――野山の樹木をパッと見ただけではなかなか分類が難しいものですが、カナリア姫はどの樹も葉を見ただけでその名前を言い当てることができましたし、セイラムネイト王国内にある草花なら、知らないものはひとつもありませんでした。その日もカナリア姫は御自分の標本帳と、外国の国々の珍しい花の載っている図鑑を見比べては、絵ではなく本物が見たいと熱望していました。そしてふと、標本帳の最後のページにミッテルレガント王国の第一王子、エリックさまがくださった押し花を見て――ほう、と甘い溜息をお着きになったのでした。
実をいうとこのエリック王子はカナリア姫の初恋のお相手でした。エリック王子は幼い頃よりお体が弱く、植物と動物だけが親しい友達だったと、そのようにカナリア姫に打ち明けてくださったのでした。エリック王子はまた、カナリア姫の植物の標本帳に強い関心をお示しになり、お互いの国にない花を押し花にして送りあってもいたのです。でもエリック王子にとってカナリア姫はただのお友達でした。先月彼はエスカルド王国の王女さまと結婚式を挙げられて、カナリア姫もまた式のほうに招待されていたのですが、姫は病気を理由に欠席することにしたのでした。それまでカナリア姫は自分の容貌のことなどあまり気にしたことはなかったのですが、エリック王子の御結婚相手のユディット王女が素晴らしい美貌の持ち主だということは知っていましたから――生まれて初めて自分はどうして美人に生まれてこなかったのだろうと、悲しみに沈みこんだのでした。
「どうしたんだい、カナリア。溜息なんて着いて」
「アルベルトお兄さま」
カナリア姫はエリック王子が送ってくださった押し花のページを閉じると、顔を真っ赤にして弁解しました。
「べつに、なんでもないの。ただもっとたくさん外国の珍しい花を王宮の花壇や温室で育てられないかなって、そう思っていただけ」
「そうだね」
エルベルト王子は兄上とカナリア姫を間に挟むような形で椅子に座り、可愛い妹の横顔をしげしげと眺めました。
(カナリアの鼻がもう一センチほど高くて、目がもっとぱっちりしていれば、王子なんてよりどりみどりだったろうに……)
事実、カナリア姫は瞳が一体どこにあるのかわからないくらい、細い目をしておいででした。鼻のほうは少し低めでも整った形をしていらっしゃいましたが、その上にはそばかすが意地悪でもするみたいに散っていたのでした。
(でも口の形は悪くないぞ)と、アルベルト王子は思いました。(それに歯だって綺麗だし、額の形もいい。髪も見事な栗色で、とても艶々している。俺がもし他国の王子なら、カナリアを妃にするのだがなあ)
しかしながら、こう申しましてはなんですが、アルベルト王子のお妃であられるイザベラさまはとてもお綺麗な方でした。彼がもしイザベラさまとカナリア姫を他国の王女として見比べたら――やはり彼もまた、カナリア姫ではなくイザベラさまを選ばれていたことでしょう。
「やだわ。一体どうしたの、お兄さまったら。わたしの顔に何かついてる?」
「いいや、べつに」
ふたりの王子は声を揃えてそう言ってしまい、思わずお互いの顔を見合わせてしまいました。
「ええと、そのねカナリア。今日はおまえに聞きたいことがあってここへきたのだよ。単刀直入に言って、おまえには今好きな人はいないのかい?」
「ええっ!?」と、カナリア姫は動揺のあまり、標本帳をぎゅっと胸に抱きしめました。もしやエリック王子にはかない恋心を抱いていることがふたりの兄にわかってしまったのではないかと思ったのです。「べつに、わたし……好きな人なんていませんけれど。でもお兄さま方のことはとても大好きですわ。それとお父さまも」
予想どおりの返事が返ってきたので、エルベルト王子は兄上に向かってウィンクしました。アルベルト王子がさらに重ねて姫に問いただします。
「じゃあね、カナリアはこれから誰かと結婚したいと思うかい?」
「結婚……」
カナリア姫はエリック王子のことを思って悲しくなり、小さくうつむきました。ふたりで王宮の裏庭で花を摘んだり、温室でお茶を飲んだりしたことはカナリア姫にとって今も忘れられない大切な思い出だったからです。
「わたし、結婚なんてしたくありませんわ、お兄さま」
(エリック王子以外の誰とも)という言葉をカナリア姫は喉の奥に飲みこんで、やっとの思いでそう答えました。
「そうか。じゃあね、カナリアは何をしている時が一番幸せだい?」
今度はエルベルト王子がほっとしたようにそう聞きました。
「植物とお話している時が一番楽しいですわ、お兄さま。この間エリック王子がシナ国の珍しい花を送ってくれたんですのよ。キクっていうとっても綺麗な可愛らしい花ですの。温室に鉢が置いてありますから、是非ご覧になってくださいな」
カナリア姫の顔がぱっと明るく輝いたのを見てとると、ふたりの王子は妹と連れだって王宮の中庭にあるガラスの温室まで歩いてゆきました。そして遥か遠き国、神秘の東洋から運ばれてきた黄色い『キク』という花を観賞すると、彼らはお互い同じ感想を胸に抱いたのでした。
(薔薇のような派手さはないけれど、どこか控え目で高貴な気品のある花だ。エリック王子はたぶん、この花の雰囲気がどことなくカナリアに似ていると思って送ってくださったに違いない)
実をいうとふたりは、妹がエリック王子に仄かな恋心を寄せていることを知っていました。そこで彼にカナリア姫をもらってくれまいかと打診したのですが、色々な政治的状況から自分はエスカルド王国のユディット王女と結婚せねばならないだろうとのお返事が返ってきたのでした。しかしながら、自分にとってもカナリア姫は一番気の合うお友達なので、これからも仲良く交遊を深めたいと、そうエリック王子は言っておられたのです。
アルベルト王子とエルベルト王子はカナリア姫が陶器の水差しで嬉しそうに花に水をやっているのをご覧になると、妹のことはやはりここの温室と同じく自国の城で守ってやるのが一番だとの結論に達しました。何しろ王宮というところは権謀術数の渦巻くところ、自分たちの目の届かない遠い土地で彼女がどんなにつらい思いをすることになったとしても――一度他国へ嫁いでしまったらもう、どれほど助けてあげたいと願っても、それには限度というものがあるからです。
その年の秋に第二王子のエルベルトさまはサイオニア王国のシンシア王女と結婚の儀を執り行われました。シンシアさまはカナリア姫よりも五つ年下でしたが、義理の妹である彼女のことを「お姉さま」と呼んでとても慕っていらっしゃいました。またカナリア姫は長兄アルベルト王子のお妃であるイザベラさまともとても仲が良かったので、時にこのふたりの義理の姉が取りあいを演じるほど、彼女は両方から深く愛されたのでした。
カナリア姫の人生は特にこれといって波風が立つということもなく、平凡で静穏そのものでした。彼女は植物百科の編纂にその生涯を捧げ、周辺諸国からも手に入れられるだけの草花や樹木をとり寄せてはそれをスケッチし、実物そっくりに色をつけていきました。またカナリア姫は当時としては画期的な園芸書を何冊も書いておられますし、自国にない花を採取するために何度か外国へ旅行もされています。
そのようなわけで、カナリア姫が八十歳で生涯の幕を閉じようという時、彼女には何も思い残すことはありませんでした。彼女は先々代の王であったお父さまのベルナルド陛下、またお母さまのアリシエさまの心の支えとなり親孝行に努めましたし、ふたりの兄上にとっても年老いてなお可愛い妹であり続け、また彼らのふたりのお妃さまとも終生強い友情で結ばれていました。さらに全員で七人いた甥や姪にも慕われ、その他城を守っている警護兵、下働きの侍女にいたるまで――カナリア姫のことを愛さなかった人はひとりもいなかったくらいでした。
カナリア姫は晩年、城の中庭の温室のそばにある小さな塔でお暮らしになっていましたが、それは植物学に熱中するあまりのことで、王城にいずらくなってのことではありませんでした。事実、王権がアルベルトさまの息子のジルベルト王子に引き継がれると、王は一日に一回は必ず彼女の元を訪れて、様子を伺うようにしていたくらいなのですから。
そしてふたりの兄もそのお妃さまも長寿をまっとうされて亡くなられると、次にカナリア姫の番がやってきました――カナリア姫は灰色の石造りの塔のてっぺんで寝起きされていたのですが、彼女はその夜、すやすやと眠るように息を引きとったのです。
ところがカナリア姫が息を引きとろうとするその間際、妖精の国の花精たちが自分たちの王さまとお妃さまにこう願ったのでした。
『セイラムネイトという人間の王国に、カナリア姫という心の清らかな、とても美しい姫がいます。この人は生きている間、たいへん植物を慈しみ、わたしたち草花や樹木の精にとてもよくしてくださいました。ですから王さま、どうか彼女に魔法をかけて、百年の眠りののちに生き返らせてください。きっとその間にカナリア姫はわたしたちの力によって若返り、人間の世界の中では見たこともないほどの美姫となっておりましょう』
妖精王国の王さまは、アイリスの精やスズランの精、薔薇の精や百合の精、水仙の精、ラベンダーの精、わすれな草の精、ジャスミンの精、矢車草の精、ポピーの精、フリージアの精……などなど、数えきれないほどの花精たちが順番に同じことをお願いするのを聞いて、とうとう彼らの願いどおりにしてあげることにしたのでした。そしてセイラムネイト王国のジルベルト王の枕元に夢の精を使わせて、これからカナリア姫が百年の眠りに陥ること、そして百年後の定めの時に彼女の伴侶が現れて目を覚ますことを予言したのでした。
ジルベルト王がその夢を見た翌日、王城の中庭にある石造りの塔は壁一面、荊の蔓で覆われていました。それで王さまは夢がまことであったことを知り、そのことを心に留めて自分が王位を譲る時はその息子にこのことを言い伝えたのでした。
やがて百年がたち――とうとうカナリア姫が目を覚まそうという時、噂を聞きつけた周辺諸国の王子たちが次々と運だめしにやってきました。ところが塔の荊の蔓は、それ自身がまるで何かの意思を持っているように蠢き、相応しくない侵入者を次々と絞めあげては傷だらけにしてしまうのでした。
ある時、カナリア姫の目を覚まそうと、ミッテルレガント王国からエリック王子の曾孫であるその名も同じエリック二世がセイラムネイト王国へやってきました。彼は曾おじいさまであるエリック一世の日記や、彼が終生仲の良かったお友達であるカナリア姫からの手紙を読んで、彼女に強い興味を持ったのでした。彼の曾おじいさまであるエリック王は波瀾万丈の人生を過ごされ、外敵の侵入にくわえ、内にあってはお妃さまのユディットさまとの不和がありと何かと気苦労の多い人生を八十歳で終えられていたのでした。
エリック王はカナリア姫に自分の王国の状態やユディット王妃に対する不満などを、すべて包み隠さずお手紙の中でお話になり、カナリア姫に何かと助言を求めておいででした。エリックさまは手紙の中に直接そうお書きになったことは一度もありませんでしたが、ユディット王妃との不和が長引くにつれ、無理をしてでもカナリア姫と結婚していればよかったと、後悔するようにさえなっていたのです。
エリック王子はカナリア姫の手紙の文字が美しいのはもちろんのこと、その機知に長けた言いまわしやユーモアのセンス、優しくエリック王のことをお慰めする口調にとても心を惹かれ、こんな女性となら是非結婚したいと思ってセイラムネイト王国へやってきたのですが、表面上はそのことには一切触れませんでした。
実際エリック王子はとても内気で、自分も結局は他の王子たちと同じく、荊の蔓に身を傷つけられて姫のいる塔のてっぺんまではとても上っていけないだろうと思っていましたので、夜にこっそり王城の貴賓の間を抜けだすと、中庭のカナリア姫のいる塔へと向かったのでした。
王子はカナリア姫の眠る塔の前までくると、まずは膝をついて荊の蔓の精にこう願いました。
「どうかもし、ぼくがカナリア姫に相応しい王子であったとしたら、無傷でここを通してください。ぼくはカナリア姫の友達だったエリック王の曾孫なのです」
すると、一面にびっしりと階段や壁を覆っていた荊の蔓が左右に分かれ、『どうぞお通りください、エリック王子』と荊の精が現れて言いました。『わたしたちはあなたがやってくるのを、百年の間待ち続けていたのです』
エリック王子は荊の精の言葉にすっかり気をよくして、石造りの階段を一段一段ゆっくり上っていったのですが、生来が内気な方なものですから、だんだんに自信がなくなってきました。
「もし美しい姫がぼくのことを見て、がっかりしたとしたらどうしよう」
それで引き返したほうがいいのではあるまいかと、階段のほうを振り返ってみますと、再び荊の蔓が一面に階段を覆って王子のことを帰らせなくしていたのでした。
「うん、それじゃあここはひとつ運だめし。もしカナリア姫がぼくのことを気に入らなくても、曾おじいさまのお話でもして、友達になってもらうことにしよう」
そう覚悟を決めると、エリック王子は思いきって鉄製の頑丈で重い扉を開けました。するとその先には――天蓋つきのベッドの上に眠る、見るも美しいお姫さまがいらっしゃったのでした。
「なんという美しい人だろう」
エリック王子は誰にともなくそう呟き、ただ呆然と、カナリア姫の美しい寝顔に見入っていました。艶々とした蜂蜜色の髪に、透きとおりそうな白い素肌、唇は薔薇のように赤くて、まるで接吻してくださいと王子さまに懇願しているようでした。
「いいや、やっぱり駄目だ、そんなこと」
エリック王子はカナリア姫のあまりの美しさに思わずも、姫の体の上に身を屈めてキスしそうになりましたが、彼女が目を覚ました瞬間にがっかりするのではないかと思って、直前でやめてしまったのでした。
実をいうとエリック王子はこの時、自分の弟の第二王子、カルロさまのことを思いだしていたのでした。カルロさまは幼少の時分よりとても賢く、スポーツも万能で病弱だったエリック王子は弟に対していつもコンプレックスを抱いていたのでした。家臣の中にはエリック王子をではなく、カルロ王子を王にとの声もあり、自分はもしかしたら王さまにはなれないかもしれないという思いがいつもつきまとっていたのです。
「そうだ。王になれないかもしれない者が、このように美しい姫に接吻するのはフェアではない。先に弟のカルロを呼び寄せてここへきてもらってはどうだろう」
エリック王子がそう荊の精に話をしにいこうと思ってベッドの上から立ち上がりますと、窓辺に一羽の綺麗なカナリアがやってきて人間の言葉でこう言いました。
「いけません、エリックさま。あなたこそがカナリア姫に相応しい唯一の王子さまなのですから。カルロ王子がやってきたところで無駄なこと。むしろあの方は少々無鉄砲なところがありますから、力づくで荊の蔓に立ち向かい、そのお命を落とすことにもなりかねません」
エリック王子はカナリアの言葉に勇気づけられると、思いきって姫の薔薇のように赤い唇にキスしました。するとたちまちカナリア姫は目をぱっちり開けて、体をベッドの上にお起こしになられました。
「まあわたし、一体どうしちゃったのかしら。なんだか百年もぐっすり眠っていたような気がするわ」
カナリア姫は以前、眠りにつかれるようになるまで、凄い近眼だったのです。それで朝起きるといつもしていたように、眼鏡のありかをまず探しました。ところがその手がエリック王子の手にぶつかり、彼女が顔を上げて見てみますと、相手の顔がはっきり見えるではありませんか!
「まあ、エリック王子!」
実をいうとこのエリック王子は、曾おじいさんのエリック王に瓜ふたつといってもいいくらいそっくりだったのです。カナリア姫はどぎまぎするあまり、どうしてよいかわからず顔をきょろきょろさせました。
「おはよう、カナリア姫。お目覚めの気分はいかがですか?」
エリック王子はカナリア姫の長い睫毛に縁どられた、大きな青い瞳から目を逸らすことができませんでした。それでカナリア姫の白くてほっそりした手をとってその甲に口接けると、彼女にプロポーズしたのです。
「カナリア姫、どうかぼくと結婚してください。あなたがもしぼくの支えとなってくださるなら、ぼくはきっと立派な王になれるでしょう」
もちろん、カナリア姫はすぐに慎み深く「わたくしでよければ」とお返事をしたのですが、内心では夢を見ているのではないかしらと思っていました。何故といってそれまで姫は夢の中で若かりし頃のエリック王子と過ごし、こう約束をしたばかりだったからです。
「もしも来世というものがあるなら、その時こそぼくたちは結ばれましょう」と。
エリック王子がカナリア姫の手をとって塔から出ていこうとすると、すぐに荊の精はまだ蔓を左右にさっと開いてふたりを通しました。そして「おはよう、カナリア姫!御婚約、おめでとう!」と言ったのでした。王宮の中庭の花という花の全部が、夜明けとともにふたりの婚約を喜び祝い、祝福の歌を歌いました。
こうして先代の王、ジルベルトさまに告げられた夢の予言は成就し、カナリア姫はミッテルレガント王国の王妃となり、八十歳まで長生きして、夫のエリック王だけでなくたくさんの人々に愛されたということです。
終わり