IF:第八話 ユージと掲示板住人たち、人里を探して森を探索する
「みんな、止まれ」
ドングリ博士が小さな声で指示を出す。
それを聞いたユージとアリス、カメラおっさんは足を止めた。
ドングリ博士とともに先頭を歩いていたコタローは、すでに足を止めてスンスン匂いを嗅いでいる。
「どうしたの? 何かいた?」
「まだわからない。葉擦れの音が聞こえた気がするんだけど……」
ささやき声で会話を交わすユージとドングリ博士。
先頭のコタローは、顔を上げてピクピク耳を動かしている。まるで、異常を感じ取ろうとしているかのように。
ユージたち四人と一匹は、真・探索班として行動を開始した。
ケビン以外からもこの世界の情報を仕入れるため、人里を探しに出たのだ。
アリスは家族を探すという目的もある。
ユージの家を出てから一日が経って、いま一行は川ぞいを南に下っていた。
ケビンから街はこっちにある、と教えられた方角である。
探索初日はモンスターとの遭遇もなく順調に進んだ。
初日で特筆すべき出来事は、このまま長期の旅になった場合、野草や虫を食べる可能性があるとユージが気付いてビビっていたぐらいだ。
なにしろこの班には、虫食に抵抗がないドングリ博士がいるので。
「コタロー、どうかな? 何かいる?」
警戒をはじめたコタローに近づいてそっと声をかけるユージ。
犬に話しかけても応えは返ってこない。
いかに賢くても、コタローはしゃべれない。犬なので。
だが、毛を逆立てて一点を睨むコタローを見て、ユージも異常を感じ取ったようだ。
「ドングリ博士、どうする?」
「隠れて待機。クロスボウの準備を」
簡潔に指示を出すドングリ博士。
ユージとカメラおっさんは、指示に従ってクロスボウの準備をはじめる。
ついでにカメラおっさんは低い位置に三脚をセットしてカメラを準備する。撮る気満々である。こうした事態を想定して、撮影班として同行することを決めたので。
「ねえねえ、モンスターだったら、アリス、まほーでばーってやる?」
「アリス、まずは待機ね。お願いするときは言うから、いまは静かに」
クロスボウを持たない幼女・アリスは、いったん待機らしい。
アリスの火魔法は強力だが、いくら川ぞいでも森の中でほいほい火魔法を使えるものではない。
小さな手で自分の口をふさいで、アリスは「んー!」と返事をするのだった。
「ユージ、カメラおっさんも。もしこれがモンスターだったら……気付かれなさそうならそのままやり過ごす。こっちを狙ってきたらクロスボウで静かに倒す。そのつもりで」
「わかった」
「了解」
木陰に隠れてささやき合う男たち。
なぜかアリスも口を押さえたままコクコクと頷いている。幼女アリス、保護される対象ではなく仲間気分であるようだ。
しゃがんで隠れたまま静かに待つユージたち。
ガサガサという音が聞こえても、たがいに目を合わせるだけで言葉は交わさない。
ゲギャグギャとユージにとってはおなじみの声が聞こえてきても、そのまま。
低木からわずかに目を覗かせたドングリ博士が、いままでよりさらに小さな声でささやく。
「ゴブリン。おそらく三匹。こっちに来る」
コタローとドングリ博士が聞きつけた音は、ゴブリンだったようだ。
ゴブリン三匹と聞いて、ほっと胸を撫で下ろすユージ。
この世界で二年間暮らしてきたユージにとっては、ゴブリン三匹は不安になる相手ではないようだ。
元引きニート、ずいぶん異世界に慣れたものである。
「ルート上だ。合図をしたら射て」
「わかった。その後、俺とコタローが行くよ」
「頼んだ。まわりに仲間がいるかもしれない。できるだけ静かに」
ドングリ博士の注意にコクリと頷くユージ。
家の外に出ることを怖がっていた男とは思えないほどの勇ましさである。
あるいは自分の価値を低く見積もっているのか、他人が傷付くことを恐れたのか。
ところでユージ、コタローを戦力としてカウントしている。犬なのに。
まあこれまでもコタローはゴブリンを殺してきたのだ、いまさらである。
「3、2、1、いまだ!」
ドングリ博士のカウントダウンに合わせて、クロスボウを構えて立ち上がる三人の男たち。
なぜかアリスも立ち上がる。
不測の事態にはアリス得意の火魔法を使おうという考えだろう。なんとなくノリで立ち上がったわけではあるまい。きっと。
「ゲギャッ!?」
突然ニンゲンが現れたことで、ゴブリンは驚いたのだろう。
奇妙な声を出したゴブリンへ、クロスボウのボルトが飛んでいく。
左、正面、右。
事前に打ち合わせていた通りに、それぞれのターゲットにクロスボウを放った男たち。
ユージはすぐにクロスボウを置いて、短槍を手に駆け出す。
コタローは三人が立ち上がった瞬間に敵に向けて走っている。血気盛んか。
「右、ドングリ博士のヤツは死んだっぽい。真ん中は腹、隣のヤツは足か。じゃあ左に……」
走りながら状況を確認するユージ。
戦い慣れたものである。
そのままユージは10メートルほどの距離を駆けて、傷が浅かったゴブリンに短槍を突き込む。
勢いと体重が乗った一突き。
槍の穂先はゴブリンの体に深く差し込まれた。
ゴボッと血を吐いて声を出さなくなったゴブリンは、一撃で絶命したのだろう。
だが、勢いのままに突いた槍が抜けない。
腹に傷を負っていたし放置しても死ぬだろうが、まだ動けるゴブリンはいる。
焦るユージ。
振り返るユージが見たのは、ゴブリンの首に噛み付くコタローだった。
「コタロー!」
「ユージ、落ち着け。まだ静かに」
歓喜の声を上げるユージを止めたのは、ドングリ博士だ。
ここは森の中。
騒いでほかのモンスターに見つかるのを恐れたのだろう。
「あ、ごめん」
謝るユージだが、そもそもこの状況で冷静なドングリ博士の方がおかしいだろう。
実際、カメラおっさんはクロスボウを射った後、カメラを構えることなく立ち尽くしている。まあ三脚にセットして動画モードで撮影をはじめたため、手持ちする必要はないといえばないのだが。
「……よし、ひとまずほかに音はしない。トドメは……必要ないか」
周囲を警戒して、敵が死んだか確かめるドングリ博士。
狩猟免許を取って狩りにでれば現代日本人でもみんなこれほど冷静になれるのか。
そんなことはないだろう。
現代に生きる日本人としては、ドングリ博士が異常なだけである。むしろ異世界の方がなじんでいる。
「その、この後どうしよう」
「森でモンスターに遭うことは想定されてた。この程度なら続けてもいいんじゃないか?」
「そっか……うん、まあ家にいてもゴブリンが出ることはあったしね」
ゴブリンの死体を前に会話するユージとドングリ博士。
この後の行動予定であり、必要なことは確かなのだが、カメラおっさんは「マジかよコイツら」とでも言いたげな目で二人を見つめる。
おっさん、動揺が隠せないらしい。
ともあれ、遭遇した敵は排除した。
ユージたち真・探索班は、そのまま探索を続ける。
だが。
「ドングリ博士、さすがにこれは」
「そうだなユージ、数が多すぎる。いったん帰ろう」
探索を続けたユージたちは、すぐに中止して帰ることを決める。
ドングリ博士が言うように、数が多すぎたのだ。
モンスターの頭数ではなく、遭遇する回数が。
ゴブリンはひとグループあたり三〜五匹で、武器を揃えたユージたちが苦戦するような数ではなかった。
それでも、川を南下するわずかな間に四回目の遭遇である。
やり過ごせたのは二回、倒したのは二回。
二日目の午前中だけで四回も遭遇すれば、探索の中止も妥当な判断だろう。
「ケビンさん、無事に帰れたかなあ」
「ほらユージ、ケビンさんは行商人なんだろ? モンスターも盗賊もいる世界の行商人なんだ、きっと問題ないだろ」
「そうだね、きっと大丈夫。ケビンさん、『私、こう見えて強いんですよ』って言ってたし」
自分に言い聞かせるように呟くユージ。
足下のコタローは、ユージに同意するようにワンッ! と鳴く。けびんはだいじょうぶよ、じつはつよいもの、とでも言っているかのようだ。
「よし、じゃあ引き返そう!」
「はーい!」
「ああ。それとユージ、アリスちゃんも。できるだけ静かに移動することにしよう」
「あ、うん、そうだね、今日はよくゴブリンに遭ったし。了解」
勢いよく宣言したユージ、返事をしたアリスに、すぐに注意が飛ぶ。
また口に手を当ててコクコク頷くアリス。
人里を見つけて家族を探すことができなくなったが、あまり残念そうな様子は見せていない。
おかーさんが言ってたの、もしみんなで逃げられなかったら、逃げられたひとは、一人でもしあわせになるのよって、である。
アリス6才、物わかりがいい幼女である。
ともあれ。
ユージたち真・探索班は、二日目にして探索の中止を決めるのだった。
ゴブリンが頻出したことを報告して、今後の方針を決めるために。
クールなニートが、好都合だ、みんなで殲滅しよう、などと言い出さないか不安なものである。
次話、2/18(土)18時投稿予定です!