IF:第六話 ユージと掲示板住人たち、人里を探す新・探索班を結成する
「え? 俺たちだけで人里を探す?」
「そうだ、ユージ」
「え、でもだって、住人証明がないと街に入れないってケビンさんが」
「そう言っていたな。だがアリスちゃんから話を聞くと、村ではそれほど厳しいチェックはしていなかったと考えられる」
「あ、そうなんだ。でも、一ヶ月ちょっと待てばケビンさんが戻ってきてなんとかしてくれるんじゃ」
「そうだな。だが、情報源がケビンさんだけというのは避けた方がいいだろう」
「え? え?」
領主との面会を手配するため、ケビンが街に帰った翌日。
いつもであれば、トリッパーたちが各班に分かれて作業をはじめているはずの時間。
今日はまだ、全員がユージの家の庭に集まっていた。
ユージもアリスもコタローも、30人のトリッパーたちも、全員である。
ケビンを待つ以外にも、自分たちで森を探索して人里を探す。
そんなアイデアをユージに提案しているのは、クールなニートだ。
「ユージ、いまのところ、俺もケビンさんを信用していいんじゃないかと思ってる」
「あ、うん」
「ケビンさんがアレな人だったらユージはここにいなかっただろうしね!」
「監禁コース? おっさんに監禁されるのはちょっとなあ。美少女なら……」
「そもそもケビンさんじゃなかったら冒険者たちの口止め忘れて襲撃されてんだろ」
「だがユージ……本当に、街に入るには住人証明が必要なのか。教えてもらった物価は正しいのか。騙されてないと証明できるか?」
クールなニートの質問に、ユージは答えを返せない。
ユージ、理解はできるようだ。
10年間引きこもっていた男だが、高校は卒業して大学中退の頭はあるので。
「領主、つまり特権階級の人間に会う前に、いまの『情報源が一つ』という状態を避けたい」
「言ってることはわかるけど……」
ユージの言葉に、何人かのトリッパーが目を剥く。
え、ユージなのに理解できたのか、と。
失礼な男たちである。
ユージの足下のコタローも驚いた顔をしていたが。ゆーじ、わかったの? とばかりに。
失礼な女である。犬なのに。
「でも、場所がわからないんじゃない? それに森にはモンスターがいるんだし」
「ユージ、場所は問題ない。人里を探しに行くとなれば、一人は決まっているからな」
「俺が行くよ。森を歩くのは慣れてる方だと思うし、銃もあるから」
「ドングリ博士……え、でも、場所は問題ないって?」
「有史以来、人里は水場のそばにある。インフラが発展していないからな」
「いやだいたいの場所ケビンさんから聞いてたけどな」
「四大文明! 俺でも知ってるよ!」
「ほうほう。では、文明と大河の名前を答えなさい」
「中学校かよ! エジプトでナイル川、黄河で黄河、インダスでインダス」
「おっさんになってからそんな知識を使うことになるなんてなあ。メソポタミアでチグリス-ユーフラテス」
「あれ? ドナウ川のヤツは?」
「マンガかよ!」
物知りなニートの発言を受けて騒ぐ外野をよそに、クールなニートが話を続ける。
「ユージ、西に行けば川があるんだったな?」
「あ、うん。それは俺が見つけたから間違いないよ」
「そうか。ならばその川をたどれば、人里は見つけられるだろう」
「はあ、そういうもんなんだ」
クールなニートと物知りなニートの言葉をなんとなく聞くユージ。
ユージ、30歳を過ぎた男の発言とは思えないレベルである。
ひょっとしたら妹や頼れるトリッパーたちが来たことで、ユージは緩みきっているのかもしれない。
もしずっとこの状態であれば、さすがにこの世界では生き抜けないだろうから。
「ということで、探索班を組織し直す。人里を探す探索班と、家の周辺を見まわる巡回班に分ける形だな」
「わかった。もう班分けは終わってるの?」
「いや、最終決定はユージと話してからと思っていた。本人にOKはもらっているんだが……」
「え? 誰だろう?」
「ユージ、俺が行くってさっきも言ったろ? モンスターが出るんだ、俺なら銃があるからね」
人里を探すための新・探索班。
すでに決まっている一人はドングリ博士だ。
森を歩き慣れていること、いざという時は銃を使えること、食料に困った時は森から調達できること、かつてはサラリーマンで普通に人と会話できること。
この男、他人に虫食を勧めることを除けば優秀な人材なのである。
「俺も立候補した。撮影班がついていかないとな!」
もう一人、カメラおっさんも決まっているらしい。
道中も、人里を見つけてからも撮影する気満々である。
家のまわりの様子は、検証スレの動画担当が残って固定カメラも使いつつ一人で撮影するつもりのようだ。
「ドングリ博士とカメラおっさんかあ」
「ああ。もう一人か二人、かんが」
「はいはいはーいっ! アリス、アリスもいきたい!」
考えている、と続けようとしたクールなニートを遮ったのはアリスだ。
片手を挙げて、勢いよく。
「アリス? でも、森は危ないよ?」
「ユージ兄! アリス、さがしたいの! おそとにいくなら、アリスもいく!」
「アリスちゃん……そうだよね、家族がまだ……」
「そっか、そうだよな、探したいよな」
懸命にアピールするアリスの意図をいち早く理解したのは、ユージの妹のサクラだ。
あとユージの足下にいたコタロー。
ユージ、保護者のクセに気付くのが遅い。
「うん! だれかいたら、アリス、みんなをしりませんかってきいてみるの!」
「そっか…………うん。クールなニート、俺も行くよ」
「ユージ?」
「二人のジャマになっちゃうかもしれないけど……俺とアリスも、人里を探しに行く」
「ユージ、いいのか? さっき自分でも言ってたように、森にはモンスターがいるんだぞ?」
「でもほら、ケビンさんは一人でここまで往復できるんだし。それに俺は何回も位階が上がってるし、アリスは魔法が使えるし、大丈夫。自分の身は自分で守って、迷惑かけないようにするから」
義妹の希望に、ユージは探索班に加わることを決意する。
ちなみにユージはトリッパーたちの中で最もこの世界にいた経験が長く、敵を倒した経験が多く、位階が上がっていて、森も歩き慣れている。
ユージはケビンが提供した服を着て、短槍と盾を使って戦えるのだ。
本来、一番探索班に適している男であった。コミュ力以外。
「お兄ちゃん……」
「サクラがいるから、俺が留守にしても家は大丈夫だしね! みんながいるから、掲示板への報告も問題ないし」
そう言うユージの足には、わたし、わたしもいっしょにいくわ! ふたりじゃしんぱいだもの、とコタローがまとわりついている。面倒見のいい女である。犬なのに。
「ユージ、アリスちゃん、コタロー、ドングリ博士、カメラおっさん、か」
「クールなニート、そんなもんでいいんじゃない? どんな言い訳にするかアレだけど、あんまり多くても話を作りづらいし怪しまれるしょ?」
「くっ、ボクも行きたいのに!」
「落ち着けルイス。俺たちは俺たちでやることがあるだろう」
「アリスちゃんが危険な森に……? これは私も行かなくては!」
「黙れ! お前みたいな変質者を森に放つ方が危ねえんだよ!」
「獣人……まあ人里が見つかってからでいいか」
「まあそうだな。なぜ住人証明がないか、どこから来たのか、カバーストーリーを作る必要がある」
「それならアリスちゃんがいる方がラクかもね! 森で保護して、知り合いを探してるって言えばさ!」
「……たしかに」
アリスが住む村は盗賊に襲われて、家族が行方不明になった。
森に逃げたアリスはユージに保護されて暮らしている。
どちらも本当の話だ。
行方不明になった家族を探すため、近くの村や街をまわっているとでも言えば、少なくとも訪問理由としておかしくはないだろう。
アリスが「行く」と言い出したことは、新・探索班にとって僥倖だったのかもしれない。ユージはともかく。
「んじゃメンバーは決まりかな? この世界の服はある。保存食の利益と、ワイバーンの皮を売ってお金もある。あとは銃とカメラを怪しまれないようにカモフラージュするぐらい?」
話をまとめに入ったのは名無しのミートだ。
ユージとアリスとコタローが行くと決まって、他に立候補する人が出てこないうちにまとめてしまおうと思ったのだろう。
ロリ野郎やケモナーや、実は戦闘狂な男やファンタジー狂が出て来ないうちに。
まあ思考が物騒なクールなニートは、人と物が揃ったこの地に置いておく方が危なさそうだが。
「よし。では情報収集班と新・探索班は打ち合わせを、それ以外の各班は、いつもの作業をはじめることにしよう。ユージもそれでいいか?」
「うん、わかった。いいと思う」
「ねえねえユージ兄、いついくの? きょう? あした?」
「アリス、今日はまだ出発しないよ。明日も難しいんじゃないかなあ」
「よーし、んじゃ俺たちは作業開始ね! はい、かいさーん!」
探しに行けるとうれしそうなアリスとなだめるユージ、二人のまわりを跳ねるコタロー。
塊になる二人と一匹をよそに、名無しのミートの掛け声で、各自行動をはじめるのだった。
ユージがこの世界に来てから三年目の春。
トリッパーたちに驚きつつ、ケビンは領主との面会を取り付けるため王都に向かった。
残されたトリッパーたちは、面会の準備を進めながら、一方で他の情報源を見つけようと行動するようだ。
ユージ、アリス、コタロー、ドングリ博士、カメラおっさんを、人里を探す探索班とすることで。
四人と一匹のパーティである。
おっさん三人と幼女と犬のパーティである。
ユージ、まる二年を過ごしても、30人のトリッパーを迎えても、女性には縁がないらしい。
次話、1/28(土)18時更新予定です!