IF:第四話 ユージと掲示板住人たち、ふたたびケビンと話し合う
「そうですか、領主様と交渉する道を選びますか。……私が言っておきながらなんですが、そうですよねえ」
「ええ、ケビンさん」
「では私は街に戻って、領主様に面会できるよう手配しましょう」
「ありがとうございます、ケビンさん!」
「ケビンおじちゃん、ありがとー!」
「ケビンさんがいなければ、スムーズに領主と面談できなかったでしょう。ありがとうございます」
「いえいえ、いいんですよ。私はユージさんから教わった保存食で利益を得ているわけですしね。それに、みなさまが領主様から許可をいただけたら……これだけの数の稀人です。何を開発するにしても、私にも声がかかるかもしれませんから!」
ユージとトリッパーたちは方針を決めていったん話し合いを終えた。
いまはクールなニートが、ケビンに方針を報告したところだ。
この地を治める領主に稀人だと明かして、何らかの利益を提供する代わりに好きな道を勝ち取る。
何を目指すか、誰が交渉するか、どんな利益を提示するかはまだ決まっていない。
だが、貴族である領主に会うにはケビンに動いてもらう必要がある。
ユージとトリッパーたちは、ケビンに動いてもらっている間に諸々を決めるつもりらしい。
「ケビンさん、領主に会うのはいつ頃になりますか?」
「伝手を活かすために、私は一度王都に向かいます。ここから王都まで片道10日ほど。面談はおよそ一ヶ月後か、それ以降でしょうか」
「けっこう遠いんだなあ」
「そうねお兄ちゃん。でも、距離より移動手段の問題だと思うよ。こういう時代だと、歩きか馬なんじゃないかな? 魔法の乗り物があるかもしれないけど!」
「ふふ、サクラさん。私は、街から王都まで馬車で行く予定です。船はありますが、船旅は危険ですから。みなさまがいた世界ではどんな移動手段があったか、お聞きしたいものです」
そう言って微笑むケビン。
ところでこの男、自己紹介してきた人間の名前を一度で覚えている。さすが商人。
まあこの場にいる女性はユージの妹のサクラとアリスだけなので、覚えやすかっただけかもしれない。
「移動手段、か。ありかもしれないな」
ケビンの発言に、チラッと車に目を向けるクールなニート。
ワイバーン戦に使った一台は動かなくなったが、ここには三台の車がある。
カメラおっさんが乗ってきたハイエー○、名無しのSUV、バッテリー交換と整備の結果動くようになったユージの母親の軽自動車だ。
「え? クールなニート、車を作るつもりなの?」
「ユージ、車は無理だろう。俺たちの世界でさえ、車がいまの形になったのは歴史的には最近だと言えるほどだからな」
ユージの発言に首を振るクールなニート。
当然である。
トリッパーたちが乗ってきた車もユージの母親の車も、電子制御されている。
そこまでいかずに機械式であっても、この世界で車を再現するには膨大な時間がかかることだろう。
「ユージ、そのあたりはまた今度話し合おう」
「クールなニートさん、覚えておいてください。移動手段はいつだって商人を悩ませる問題です。もし有用であれば、領主様を説得できるかもしれません。それに領主様は、騎士でもありますから」
「……なるほど」
「え? え? 二人ともなんかわかり合ってるけど……」
「お兄ちゃん、後でね? いまは邪魔しないでおこう?」
ユージ、あいかわらずのポンコツっぷりである。
新しい移動手段。
もし実現すれば、恩恵を受けるのは商人だけではないだろう。
たとえば領主が所属する騎士団であれば、兵站や部隊の移動に使えるはずだ。
「ケビンさん。領主との交渉の前に一度相談できませんか? それまでにいくつか案をまとめておきますから」
「そうですねえ、その方がいいかもしれません。みなさまにはどうやら広めたくない物もあるようですし」
「はい。おそらくケビンさんも同じ考えではないですか? でなければ、ユージに求めた知識が『保存食』というのは……」
「いえいえ、私は単に『身に合わない物は扱わない』だけですから」
ニッコリと笑みを浮かべるケビン。
口では否定しているが、満足げな表情である。
「なんか通じ合ってる……」
「お兄ちゃん、後で説明するから。たぶんケビンさんは、それにクールなニートさんも『死の商人』になるのがイヤなんだと思う」
見つめ合う男二人をよそに、小声でささやくユージとサクラ。
サクラはすんなり理解できるあたり、アメリカ生活が長いためだろうか。軍需産業は日本よりおおっぴらなので。
「では、本日はここで野営させていただいて、明日には街に帰ることにしましょう。ああ、荷は置いていきますね。ユージさんとアリスちゃん用ですから、この人数ではとても足りないでしょうが……」
「ありがとうございます、ケビンさん!」
ユージ、初めての稼ぎである貨幣に続いての報酬である。
ユージの妹のサクラは、いわば『初任給』を得てはしゃぐユージをニコニコと見守るのだった。
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夕方。
ユージたちは、門の前にキャンプ用チェアやテーブル、グリルを持ち出していた。
BBQである。
まあBBQ用の食材は尽きているため、気分程度のものだが。
客人であるケビンと幼女のアリスには、ドングリ博士が撃ち落とした鳥の肉が振る舞われていた。
探索班として森を見まわりしていたドングリ博士が、鳴き声に気づいて仕留めた鳥の肉である。
肉の量が少ないため、ユージとトリッパーたちの食事は味噌仕立ての鍋とおにぎりだった。
とりあえず濃いめの味付けで煮込めばなんでも食えるだろ、である。
「ケビンさん、味付けはどうですか? キジっぽい鳥だったので、せっかくだからキジ焼きにしてみたんですけど」
「おいしいですよ、ドングリ博士さん。ちょっと変わった風味ですが、これほど香辛料を使うことはめったにありませんからね。ご馳走をありがとうございます」
「おにく、おいしーよ!」
もしゃもしゃと鳥の肉をほおばるケビン。
醤油も使った味付けだが、ケビンもアリスも口に合ったようだ。
ケビンを囲んだBBQ。
ユージはマイペースで食事しているが、トリッパーたちは目で牽制し合っている。
お前がいけよ、いやお前が聞いてみろよ、とばかりに。
それぞれ気になることは多いが、なかなか話しかけられないらしい。
30人のトリッパーのうち、コミュ力が高い人間は稀少であるようだ。
だがその時。
ガリッという音が響く。
ケビンの口から。
「石でも入ってましたかね……おや? なんでしょうこれは。……金属?」
ケビンが口から手に出したのは、小さな金属の玉。
散弾の粒である。
「鳥の体から金属……? 投擲でしょうか、それとも」
「おっと、失礼しました!」
「ケビンさん、忘れてください。いいですね?」
指でつまんで、まじまじと小さな金属の粒を見つめるケビン。
さっと奪い取ったのはクールなニートである。
「……わかりました、深くは聞かないことにしましょう。なに、冒険者だって秘匿する攻撃方法がありますしね」
頷くケビンを見て、クールなニートとドングリ博士がホッと安堵の息を吐く。
ケビン、スルーしてくれるらしい。
おたがいにとって幸いなことに。
深入りは不幸な結果しか生まないだろう。
雉子も鳴かずば撃たれまいに、である。
キジっぽい鳥の肉であることだし。
「はいはい! ケビンさん、質問してもいいですか!」
「俺も俺も! ユージは街にも行ってないし、聞きたいことがいろいろあるんですよ!」
微妙な空気を壊すように声をかけたのは名無しのミートとトニーのコンビだ。
空気を読めないのではなく、空気を読んだ上で空気を壊しに行った二人のファインプレーである。
「ええ、私に答えられることでしたら。ですが、みなさんの話もぜひ聞かせてくださいね! 大丈夫です、私の胸の内に留めて秘密にしておきますから」
「よっしゃ!」
「よしよしよし! さーて、何から聞いていくかな!」
「そんなの決まってるだろ! ケビンさん、この世界にエルフはいるんですか!?」
「あ、ずりーぞエルフスキー! 獣人、獣人は!? レベルいくつですか!ってケモナーレベルで聞いてもわかるわけねえし! 耳のみですか? ま、まま、まさか、フサフサ?」
「ケビンさん、森にある野草や茸、木の実、食べられる物を教えてください。ご存じなら調理法も!」
「待て待て、落ち着け。一般的な武器の情報を確認するのが先だ」
堰を切ったように思い思いの質問が飛ぶ。
当然である。
トリッパーたちはこれまでユージからの情報しかなく、そのユージはこの世界の街に行ったことさえないのだ。
いつもは落ち着ける役のクールなニートさえ便乗している。
「みなさん落ち着いてください。一度には答えられませんから!」
ケビン、たじたじである。
一足先にこの世界に来ていたユージも。
アリスは勢いに驚いたようで目を丸くして、コタローはユージの足下で頭を振っている。こいつらほんと、しょちなしね、とばかりに。
商人ケビンを迎えたユージとアリス、30人のトリッパーたち。
この日ケビンは、夜遅くまで質問攻めに合うのだった。
この世界にある物、ない物を確認するために。
領主にどんな利益を提示するか、前提となる文明度を測るために。
きっとそれを知るために、トリッパーたちはケビンを質問攻めにしたのだ。きっと。
決して興味本位でも、趣味嗜好でも、性癖のせいでもないだろう。たぶん、きっと。
次話、1/14(土)18時更新予定です。
次は掲示板回にします!
カオスすぎて第三者視点では収拾つかず……