IF:第三話 ユージと掲示板住人たち、大騒ぎしながら話し合って今後の方針を決める
ユージの家にやってきたケビンとの話し合いを終えたユージたち。
30人のトリッパーを迎えたいま、この地に人がいることは隠せなさそうだとケビンに言われた。
徴税逃れと見られて、犯罪奴隷に落とされたり、最悪縛り首になる可能性もあると。
ケビンからそんな話を聞いたユージたちは、開拓や建築作業を止めて32人と一匹で集まるのだった。
今後の方針を話し合うために。
ちなみに、ケビンは斧を借りてふらっと森に消えていった。
カーン、カーンと音がするあたり、近くで伐採に励んでいるようだ。
雑念を木に叩き付けて、頭をすっきりさせようとしているのだろう。
「…………という話だ。基本はそれぞれの意志に任せたいと思っていたが、今回はそういうわけにはいかなくてな。最終的には全員で結論を出したい」
「俺はこっちに来て三年目だけど、ケビンさんは今までそんなこと言わなかったのになー」
「しょうがないよお兄ちゃん。アリスちゃんとコタロー、二人と一匹が生きていくのに必要な荷物と、私たち30人分の荷物ってなったらぜんぜん違うもの。バレないようにってムリだと思う」
「ユージ、サクラさんの言う通りだ。ただ、隠れて暮らすという方法が取れないわけじゃない。俺たちが持ち込んだ物資と、森での狩りと採取、近くはじまる農業。なんとか生きていけるだろう」
「大丈夫大丈夫、いざとなったらドングリでも虫でも食べればいいんだから!」
「一緒にしないでくれドングリ博士……いやドングリなら加工すればイケるけどさあ」
ケビンから聞いた話をまとめて伝えるクールなニート。
ユージもトリッパーたちも、さっそく思い思いに発言をはじめている。
「隠れて暮らすのは絶対反対! なんのために俺が異世界に来たと思ってるんだ! 森でひっそり暮らすぐらいなら、元の世界で海外に旅行したって!」
勢いよく発言したのはエルフスキーである。
海外旅行先は東欧か北欧か。
海外で何をするつもりだったのか。
異世界行きが叶って幸いである。
「俺も反対! わざわざ宇都宮まで行って、せっかく、せっかく異世界に来たんだ! コタローには会えたけど……この世界には獣人さんがいるんだろ? 何でもいいから街に行かせてくれ!」
「俺は、うん、俺も反対。いくら爬虫類が好きだって言っても、ワイバーンじゃテンション上がらないし。リザードマンとかドラゴンとか見たいよね」
ケモナーLv.MAX、爬虫類バンザイ!がエルフスキーに続く。
日本では叶えられない歪んだ性癖を抱える業の深い連中である。
いや、爬虫類バンザイ!は単に愛でたいだけのようだ。
業の深さはケモナーに惨敗である。
「変態どもは黙ってろ! どうせアレだろ、おまえらエルフと獣人とイチャイチャできればその後どうなってもいいんだろ?」
名無しの発言に、何を当たり前なことを、と頷くエルフスキーとケモナー。
あっぱれな心意気である。
が、参考にはならない。
「あれ? もう一人の変態は?」
「アリスちゃんがいるから満足なんじゃない?」
名無しのトニーとミートのコンビが見つめる先にいるのは、YESロリータNOタッチである。
自分で付けたコテハンの通り、ロリ野郎はこの世界に来てもアリスには触れないでいた。
セーフなタイプの変態である。
いまのところ。
「私も反対ですよ? なにしろ、この世界のどこかにアリスちゃんを泣かせた盗賊がいます。幼女を泣かせる者には罰を! それに……」
「それに?」
「物騒な世界です。きっと街や農村には、恵まれない幼女たちもいることでしょう。私がなんとかしなければ! 孤児になった幼女も恵まれない幼女も、そのままではいさせません! すべての幼女に笑顔を!」
立ち上がって宣言するYESロリータNOタッチ。
この男、孤児院か学校でも作るつもりなのか。
何にせよ先の変態チームより立派な決意である。
一見は。
「なあ、それ幼女だけ? 男の子は?」
「……困っているなら、助けてあげなくもないです」
幼い男の子にも手を差し出すつもりらしい。
幼女ハーレムを望んでいるわけではないあたり、ギリギリセーフである。
たぶんセーフである。
少なくとも、性癖オンリーで判断したエルフスキーとケモナーよりは。
「ボクも隠れて暮らすのは反対かなあ。何かあったらすぐ全滅しちゃうわけだし!」
「そうだなルイス。サクラ、ユージさん。ボクとルイスもこのまま森で暮らすのは反対だ」
ロリ野郎からの流れをぶった切ったのはアメリカ組である。
二人のアメリカ人は、隠れて暮らすのは反対らしい。
アメリカ人らしいフロンティア・スピリットか。先住民族の危機か。
「だって森で集団生活って、裏切りとか出て揉めるパターンじゃないか! ボクは詳しいんだ!」
「ルイス、それは映画やドラマの話だからな。現実でそんなことはないぞ。まあそれはそれとして、せっかくのファンタジー世界なんだ。いろいろ見てみたいじゃないか! …………ゾンビとか」
フロンティア・スピリットではなかったらしい。
ルイスはフィクションのお約束が心配で、ジョージは単に好奇心のようだ。
ぼそっとささやかれたゾンビ発言はスルーである。
なぜか隣でサクラが頷いている。
サクラ、すっかりアメリカ人である。サメも好きかもしれない。
「隠れて暮らすのはおおむね反対ということでいいか? ……まあ俺も、リスクが高いとは思っている。見つかったら犯罪奴隷や縛り首の可能性があるそうだし、セイフティネットは何一つないからな」
一通りの発言が出たと見て、ざっとまとめるクールなニート。
ユージは横でぼーっと座って、コタローにグイグイ足を押されている。ちょっとゆーじ、ゆーじがりーだーじゃないの、とばかりに。
そんなコタローの思いに気づかずに、ユージは「コタロー、かまってほしいのかな? ちょっと待ってね、いま大事な話し合いしてるから」などと言っていた。
10年間引きこもっていた男に31人をまとめる能力はない。
「ケビンさんの案の二つ目は、開拓団として登録することだが……問題は面接だ。郡司先生」
「どのように話を聞かれるかにもよります。もし個別なら、嘘は通じないでしょう。たがいの話を突き合わせるための個別面接でしょうから」
「でも郡司先生、時間はあるんだし、練習すれば俺たちだってなんとかなるんじゃないですか? ほら、道が繋がってないっていう、あの北の山脈を越えてきたとか言えばバレなさそうだし」
郡司に反論したのは、元敏腕営業マンであった。
実際に敏腕だったかどうかは別としても、元営業マンとしては口に自信があるのかもしれない。エロい意味ではなく。
「無理ムリ。みんな、自分の手を見てみてくれ」
ドングリ博士が口を挟む。
いっせいに手を見るトリッパーたち。
釣られてアリスも自分のちっちゃな手を見つめている。素直な幼女である。
「どうだ、山越えできそうな手か? 武器を振るって獣やモンスターを撃退してそうか? 山越えするまでは農作業してそうな手か? この歳まで、農民か職人か冒険者でもしてそうな手か?」
31人の手はキレイなものである。
言い出したドングリ博士でさえ、根っからの農家ではなく脱サラ組である。
やっと手がソレっぽくなってきた程度の。
「しょ、商人とか! あとは、あとは……そう、貴族とか!」
「ああ、商人と言い張るのもムリだな。俺たちは字が読めないし。貴族もムリなんじゃないか?」
何をするにしても手作業な世界において、ユージとトリッパーたちのようにキレイな手をしているのは、貴族ぐらいのものである。
あとは家事の手伝いさえできないほど小さな子供か。
「……意外な視点だったが、確かに。コレを隠すのは無理だろう。全員貴族だとしたら、どうやってここまで来たのかという話になる。口裏を合わせる以前に、設定となる物語さえ作れないか」
開拓団の申請をした場合、住人証明がない者は全員面接することになる。
違う世界から来た稀人だとバレないようにするのは難しそうだ。
それならばよっぽど「隠れて暮らす」方が現実的である。
「ということは、やはり三つ目。稀人だと明かしてメリットを提示し、認めてもらうしかないか」
「それしかないよね! 大丈夫、クールなニートも物知りなニートもいるんだし、ネットが繋がるんだし! なんだって教えられるじゃん!」
「ミート、買いかぶりすぎだ。机上の空論、実践していない知識しかない」
「まあまあ、そう言うなって物知りなニート! 期待してるよ!」
「なあ、交渉役はどうするの?」
「心配するなって洋服組A。俺たちが行くことはないだろ。洋服組はABともスルーってことで」
「そりゃクールなニートで決まりでしょ。あとは……あとできそうなヤツいたっけ……」
「交渉か。提示するメリット以前に、俺たちが何を望むかまとめる必要があるな。あとは決裂した時のために事前に軍備を整えて……」
「おい、クールなニートで大丈夫か? 軍備とか言い出してるぞ?」
「……そういえばアイツ戦闘狂でした」
「ひ、必要なことだし。きっとモンスター対策だし」
「待て待て、頼れるオトナが! 郡司先生が!」
「異世界の街ですか……どのような場所なのか。さて、誰の物語が最も近いのか」
「トリップしてんじゃん! トリッパーなのにトリップしてんじゃん!」
「郡司先生……そういえばファンタジー好きだったわ。行きたいからってずっとスーツにリュックだったわ」
「おいいいい! 交渉人、交渉人は!」
「元敏腕営業マンもポンコツっぽかったからなあ……」
この地を治める領主に稀人だと明かして、何らかの利益を提供する代わりに好きな道を勝ち取る。
とりあえず、32人と一匹の方針は固まったようだ。
方針だけは。
他の選択肢は現実的ではなく、選ぶ余地がなかったという状況はともかくとして。
「何が利益となるか判断するためにも、一度は街に行きたいんだが……」
「ケビンさんの言葉がその通りなのか確かめるためにもね!」
「え? 俺はこれだけお世話になってきたし、ケビンさんは信頼できると思うけど……」
「お兄ちゃん、みんなが心配するのはしょうがないよ。黙っておこう?」
結局今日は、方針しか決まらなかったようだ。
誰が交渉するかも、何をメリットとして提示するかも、結果何を勝ち取りたいかも未定である。
烏合の衆の話し合いは、まだ続くようだ。
次話、一週間後の1/7(土)18時更新予定です!
以降、週一で土曜日更新の予定です。
その分ちょっと文字量を増やせる、といいなあ。