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【IFルート】10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた【集団トリップ】  作者: 坂東太郎
『IF:第七章 ユージと掲示板住人たちは異世界人に出会う』
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IF:第二話 ユージと掲示板住人たち、住人と認められる方法を話し合う


 春になって、ユージが暮らす森は雪解けを迎えた。

 雪が解ければ、人の移動が可能になる。

 ユージがこの世界に来てから二年目だった去年の秋と同様に、商人のケビンがこの地を訪れる。

 30人のトリッパーが現れて、すっかり様変わりしたこの地に。


「ほんと、どうしましょうかねえ。……ああ、キレイな空だ」


 ケビンは遠い目で空を見つめて現実逃避している。


 かつてこの世界にやってきた稀人は、さまざまなことを為したのだという。

 ある者は剣の一振りで巨大なドラゴンを一刀両断した。

 ある者は魔法で一軍をまるごと消し飛ばした。

 またある者は新たな料理を広め、飢饉をしのぎ、その後は食生活を豊かにした。

 ある者はその知識で莫大な財を成した。


 その稀人が、30人追加である。

 しかもケビンが見慣れぬ服を着て、ケビンが見たこともない道具を持って。

 それどころかユージとトリッパーたちは元の世界と連絡が取れるし、元の世界の知識を引っ張ってこられる。

 いまのところケビンはそれを知らない。

 もしいま知ったら、ずっと空を眺めることになるだろう。


「ユージさん一人でしたら隠しきれると思いますし、利益になるからと領主様もお目こぼししてくれた可能性が高いんですけど、ねえ……」


 空を見つめながらぼんやりと呟くケビン。

 もし稀人がユージ一人だけだったら、などとあり得ないことを考えているようだ。

 ここにはもう合わせて31人の稀人がいるのに。


「ケビンさん、俺たちが、俺たちの存在が認められる方法はありませんか? 敵対はしたくないんです」


 ケビンの頭がまわりはじめたのを見て取ったのか、クールなニートが声をかける。

 小声で付け足された「いまはまだ勝算がありませんし」という言葉は他の人には聞こえなかったようだ。

 耳がいいコタローだけは、じっとりした目でクールなニートを見つめている。しょうさんがあったらどうするつもりだったのよ、とばかりに。コタローは弱肉強食な獣だが、もっと物騒な男がいたらしい。


「そうですねえ、いま思いつく方法は三つです」


「あ、三つもあるんですね! さすがケビンさん!」


「ちょっとお兄ちゃん! 二人とも、話を続けてください」


 見つかれば犯罪奴隷、最悪縛り首もあり得ると聞いてビビっていたのか、ケビンの発言に飛びつくユージ。

 横にいた妹のサクラに止められている。この家の主なのに。


「一つ目は簡単です。私が行き来するのは最低限にして、みなさんはこの地に隠れて暮らす」


「見つからなければどうということはない、ですか。ですがケビンさんと、三人の冒険者はすでにこの場所のことを知っているのでは?」


「私については信じてもらうしかありませんが……まあこれはあまりオススメできませんね。見つかったら犯罪奴隷か縛り首か、という状況は変わりませんから」


「隠れて暮らす、つまり街に行けないわけですしね。アイツらも無理だろうな」


 家のまわりで開拓・建築・家事に励むトリッパーたちにチラッと目を向けるクールなニート。

 サクラの夫のジョージとルイスは隠れて暮らすなんてとんでもない、とばかりにうんうん頷いている。

 ここにいるのは剣と魔法のファンタジー世界に行くことを希望したトリッパーたちなのだ。

 森でひっそりと暮らすことを嫌がる者も多いだろう。

 アメリカ組は外を見てみたいらしい。たとえゾンビはいなくても。


「二つ目は、開拓団として登録することです。もし認められれば畑を作っても問題ありません。これまで住人証明がなかったとしても認められます。ですが……」


「おおっ、なんかよさそうですね!」


「もうお兄ちゃん……説明は最後まで聞かないと」


「ケビンさん、何か問題が?」


「住人証明がない開拓団員は、申請時の面接が必須です。アリスちゃんとコタローさんはいいとして、31人のみなさん全員が役所、あるいは代官様か領主様に顔を合わせる必要があります。果たして稀人だとバレずにすむか」


「……難しいでしょう。髪を染めることは可能ですし、ケビンさんに服をお願いしたとしても」


「クールなニートさんは客観的に見られているようですね。ええ、こちらのお二方を除いて29人が似た顔立ちで、全員住人証明がない。これまで何をしていたか、どこにいたか、どこから来たか聞かれることになるでしょう。みなさま同じ答えができるかというと……」


「ああ、それは無理でしょう。専門家がいるから対策は立てられますが……郡司先生?」


「難しいですね。これだけの人数で全員同じ話でなければなりません。これより少ない人数でも、偽証した場合はすぐに矛盾してわかるものです」


「考えるまでもないよ、ぜったいムリだって! だいたいボクら二人だって、日本人のみんなと話を合わせられないと思うし!」


 クールなニートとケビンの会話を聞いていた弁護士の郡司、アメリカ組のルイスからあっさりギブアップ宣言である。

 だいたいみんなで口裏を合わせるとして、そのストーリーを話す人たちがニートや引きこもりや元ニートたちなのだ。

 ボロが出ないわけがない。


「では三つ目です。領主様に稀人だと明かして利益を提示し、お好きな道を勝ち取る」


「……やはりそれしかない、ですか。交渉か」


「こ、ここ、交渉!? お、俺はちょっと……」


「お兄ちゃん……大丈夫、きっとお兄ちゃん以外の人がメインでやるから。ね?」


 ユージ、動揺しすぎである。

 どうやら冒険者三人組とのポンコツ交渉が深い傷になってるらしい。


「ケビンさん、現実的に三つ目の手段の成功率はどう考えてますか?」


「分は悪くないと思います。領主様は騎士団にも所属する真っ当な方だという評判です。それに、ユージさんから教わった保存食ですが……一番に商品化できた()()()()()()スティックはすでに利益が出ています。そうだユージさん、こちらがお約束していた取り分です」


 そう言って行商人のケビンは、ユージに一枚の羊皮紙と小さな袋を手渡す。


 何気なく受け取り、袋の口を開けて中を覗くユージ。

 キラリと光る数枚の銀貨と、銅貨。


「おお、おお、おおおおおお……」


 ユージは何やら奇声を発したまま固まっている。


 そう。

 ユージは生まれて初めて、自分でお金を稼いだのだ。

 他所から持ってきた知識を売っただけであり、自分で働いて稼いだお金かと言われると疑問だが。


「すごい、すごいよお兄ちゃん! 初任給ってヤツだね!」


 言葉にならない様子のユージを褒めたたえるサクラ。

 10年引きこもっていたユージが初めて稼いだお金だが、初任給とは言わないだろう。

 とりあえずユージを褒めるハードルが低すぎである。


「ユージさんに聞いた保存食の一つで、現段階ですでに利益が出るほどです。他の保存食も商品化できればどんどん売れるでしょう。30人いらっしゃったということは、他にも提供できる知識はありますよね?」


「それは間違いなく」


 はっきりと肯定するクールなニート。

 当然である。

 そもそもユージが提供した保存食の知識と作り方は、ユージのものではない。

 元の世界で知られていた知識であり、ユージに提供したのは掲示板住人である。あとインターネット。


 いまこの場所には、大学中退で高卒のユージよりも学歴が上で頭が良い人間が何人もいて、専門分野で仕事した経験を持つ社会人が何人もいて、ネットも繋がるのだ。

 例えばカメラおっさんなら元の知識プラスネット上の知識で、ガラス乾板と湿板あたりは作れるかもしれない。

 郡司なら元の知識プラス知人への質問で、時代に即した法律知識を為政者にアドバイスすることも可能だろう。

 そもそもそんな特殊分野でなくとも、料理のレシピや服の知識、持ち込んだ道具の作り方、その気になれば武器の知識さえ提供できる。


「では、三つ目の方法がいいかと思います。みなさんが何を望むかですが……例えば利益になる知識を提供して、納税もするから普通に暮らしたい、ということであれば分は良いと思いますよ」


「おおっ! さすがケビンさん!」


「ケビンさん、逆に知識をすべて提供させるために、監禁、軟禁される可能性はありませんか? あるいはこの地が接収される、といったことは?」


「領主様の噂を聞くに可能性は低いとは思いますが、なんとも言えません。正直、領主様がどう出るかは……」


「ふむ……」


「クールなニート?」


 申し訳なさそうに首を振るケビン、アゴに手を当てて考え込むクールなニート。

 いや、クールなニートだけではなく、郡司やアメリカ組も同様にいろいろ考えているようだ。

 ユージとアリスとコタロー以外。


「いずれにせよ、この場では決められないな。あとで全員と話し合おう」


「そっか、そうだね、うん」


「クールなニートさん、ユージさん、私から一つだけ。私は王都の大店で修行してきました。時間さえもらえれば、その時の伝手を活かして領主様にお会いする場を設けられるでしょう。あるいは、信頼できそうな貴族を紹介してもらうことも」


「ありがとうございます」


「えっと、ケビンさんはなんでそこまでしてくれるんですか?」


「お兄ちゃん……すいませんケビンさん、お兄ちゃんが失礼なことを」


「はは、いいんですよ。ユージさん、すでに利益を得ている私も、乗りかかった船ですからね。それに……みなさんがいい方向に進めば、もっといろいろ商品化して儲けられるかもしれませんし!」


「あ、なるほど」


「ケビンさん……ありがとうございます。心強いです。ではいったん俺たちだけで話し合っていいですか?」


「ええ、もちろんです。私は野営の準備をしてますから」


 にこやかに立ち上がるケビン。

 最初の動揺はどこへやら、立ち直りが早い男である。

 あるいはこの厳しい世界では、行商人は切り替えが早くなければ生きていけないのかもしれない。

 続けてユージたち8人と一匹も立ち上がる。


 ユージ家の門の前で開かれたケビンとの情報交換は、ひとまず終わりになるようだ。

 どんな方法を取るのか、何を望むのか。

 これからはユージとトリッパーたちの話し合いの時間である。

 烏合の衆がまとまるかどうかは不明である。



次話、12/31(金)18時アップです。


……大変申し訳ありませんが、年明けから

週一更新(土曜)を基本に、イケる時だけ週二更新(火・土)とします。

けっこう厳しくなってきまして、よく本編は一年以上毎日更新続けたなあ、とw

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