IF:第一話 ユージと掲示板住人たち、行商人ケビンと会話をする
「ユ、ユージさん? こ、こんにちは?」
「えっと……こ、こんにちは?」
雪が融けた森の中を歩いて、ユージの家にやってきたケビン。
去年の秋までとまったく違う周囲の様子に、ケビンは驚き戸惑っている。
それにしても、なぜユージまで挨拶が疑問系なのか。
あいかわらずアドリブに弱い男である。
10年間引きこもっていた男のコミュニケーション能力の低さよ。
「ユージ兄、どうしたの? ケビンおじちゃんも、へんだよ?」
小首を傾げるアリス。
足下では、コタローがワフッとばかりに首を振っている。ありす、これはしょうがないわ、こんらんしてとうぜんよ、とばかりに。
「ケビンさん、はじめまして。クールなニートと申し……いえ、自己紹介は事情をお話しする時にまとめましょうか。長い話になりますし、相談したいこともあります。ユージもそれでいいか?」
「あ、うん。でもみんなはどうしよう? あんまり人数が多いと大変だよね?」
「そうだなユージ、よく気がついた。ひとまず情報収集班とサクラさん、あと数名で話し合おう。みんな、すまんがいまは作業を続けてくれ!」
「りょーかい!」
「まあおっさんとしゃべっててもしょうがないからな」
「待て待て待て、ケビンさんの護衛は? あの新人冒険者三人組は?」
「見当たらなくね? ケビンさん一人?」
「ケビンさんがエルフだったら譲らなかったけどな!」
「それかリザードマンね!」
「お前ら相変わらずだな……もう出会った時がこええよ」
「ほらほら、話は後にして、作業再開するよー!」
ケビンの登場で一度止まっていた作業音がふたたび響き出す。
ギュイーンと響くチェーンソーも刈り払い機も、ガリガリと木材を加工する丸ノコも。
ユージとクールなニートたちがキャンプ用のテーブルとチェアを家の前に並べるまで、ケビンは目を丸くしてその様子を眺めていた。
呆然と立ち尽くしていた、とも言う。
大店で修行して行商人として経験を積んで自分の商会を立ち上げた商人でも、フリーズすることはあるらしい。
謎バリアに守られたユージの家は、敷地内で寝泊まりすれば入れるようになる。
これが、30人のトリッパーたちが試した結果から導き出された仮説だった。
つまり、ケビンはいまも入れない。
ユージたちは家の門の前にキャンプ用チェアを並べて、そこで話をするようだ。
集まったのはユージとアリス、コタロー、ユージの妹のサクラと夫のジョージ、友人のルイス。
クールなニート、郡司、物知りなニート。
ユージたちは8人と一匹である。アリスとコタローが役に立つかどうかは別として。まあそれを言ったらユージもだが。
それと、撮影する検証スレの動画担当がノリノリでこの様子を撮影していた。あいかわらず音声は通じないのに。
キャンプ用のチェアに座ったケビンは、チェアを撫でまわしてその材質を確かめている。
去年の秋まで見かけなかった物の数々、見かけなかった人たち。
ケビン、動揺することしきりである。
「ケビンおじちゃん? どうしたの?」
「アリスちゃん……アリスちゃんはそのままだねえ。服以外は」
先ほどから様子がおかしいケビンを心配するアリス。
変わらないアリスを見て、ほっと息をつくケビン。
ユージとアリスとコタローという見慣れた二人と一匹に、ケビンは落ち着きを取り戻したようだ。
「今回、私は護衛を連れてきませんでした。虫の知らせというんですかね、なんとなくだったんですが……そう決めた自分を褒めてやりたいです。ええ、本当に」
しみじみ言うケビン。
どうやらこの男、モンスターがいる森の中を一人で抜けてきたらしい。
「え? ケビンさん一人で来たんですか? ゴブリンとかオークとか、森はいま危ないって……その、ウチだってワイバーンに襲われましたし」
「ユージさん、私、こう見えて強いんですよ? ……いまなんて言いました?」
「ゴブリンとかオークとか、森はいま危ない」
「その後ですユージさん」
「ウチだってワイバーンに襲われましたし?」
「ワイバーンに? ……まさか、そのネックレス」
「あ、はい! ワイバーンの牙です! みんなお揃いで作ってもらったんです!」
「アリス、アリスももらったんだよ! みんなといっしょ!」
笑顔で言うユージに続けて、アリスがほらほら、とばかりにネックレスをアピールする。
アリスの足下にいたコタローも、わたしもあるのよ、いいでしょ、とばかりに自慢げに。
二人と一匹以外は、全員が頭を抱えていた。
サクラもジョージもクールなニートもケビンも、そういう話じゃねえよ、とばかりに。
ユージのコミュ力がひどい。
「ユージ、すまんが俺に話をさせてくれ。いいか?」
「あ、うん」
「お兄ちゃん……お願いしますクールなニートさん」
「わかった。ただし、みんな思いついたことがあったら口を挟んでくれ。あらためて、はじめましてケビンさん。俺はクールなニートと名乗っています。本名とは違うんですが……通称、のようなものです」
「はじめまして、クールなニートさん。すでにご存じのようですが、私はケビンです。ユージさんにはお世話になってまして、その、この地にも来たことがあるんですが……」
「はい、こちらも知っています。それに……ケビンさんはもう、俺たちが何なのかわかってるのでは?」
「……森にポツンと現れた屋敷。そこで暮らすユージさんは、稀人でした。そのユージさんと似た顔立ちで、あの頃のユージさんと同じような服を着て、ユージさんとは古くからの知り合いのような話し方をしています」
クールなニートに問われて、ケビンはゆっくりと言葉を発する。
8人の目を順番に見つめながら。
「見たこともない服。見たこともない道具で上級冒険者のような速度で切り倒されていく木。一冬で変わったユージさんの家のまわり」
一つ一つに視線を移しながら口にするケビン。
まるで、状況から明らかなのに、あまり言いたくないかのように。
8人と一匹は、そんなケビンをじっと見つめている。
アリスもコタローも、いまは大人しく。
「ここには、どこからも道が通じていません。私が来た最寄りの街では変わったことはありませんでした。二十人以上の見慣れぬ集団が森に入ったという話も、もちろん聞きません」
もはやもったいぶっているレベルでなかなか答えを口にしないケビン。
ちょっとイライラしてきたのか、コタローがケビンの足に近づいて前脚でたしたし叩いている。
諦めたかのように一つ大きなため息を吐いて、ケビンがまた口を開く。
「みなさんは……稀人、ですね? 顔つきが違うそちらのお二人も含めて」
ついにケビンは、その言葉を口にした。
アメリカ人のジョージとルイスも含めて、全員稀人だろうと。
「その通りです、ケビンさん。俺たちは、ユージと同じ世界から来ました。ユージのことも知っています。直接会ったことがある人は少ないですけど」
ケビンの問いを肯定するクールなニート。
その答えを聞いて、ケビンは困ったように空を見上げる。
「やはりですか。そうですよね、みなさん稀人ですよねえ……ああ、空がキレイだ」
現実逃避である。
経験豊富な商人としては珍しいことに。
「さて、逃げてる場合じゃありませんね」
「えっと、ご迷惑をおかけします?」
「ユージ、その辺も後でな。ケビンさん、新たにここに来たのは30名です。どうでしょうか?」
「30人。ユージさんとアリスちゃんと合わせて32人ですね? ああ、はい、コタローさんがいますから32人と一匹ですね。隠しきれない、でしょうねえ」
「やはりそうですか」
「ええ。みなさんが生活するための荷を用意するには、私が何度も往復することになります。ええ、隠しきれないでしょう。それに、この開拓の速度も問題です」
「それはどういった問題が?」
「この様子だと間もなく畑を作れるほどですね? 一冬で小さな畑となれば」
「ケビンさん、途中で遮って申し訳ないんですが……俺たちが来てからまだ七日ほどです」
「はっ!? 七日!? ……みなさんの存在を隠した場合、大問題になるでしょう。誰の隠し畑で、いつから税を逃れていたんだと。季節一つ分もあれば、立派な畑ができそうですから」
「そうか、徴税が」
「ええ。隠そうとして見つかった場合、私もみなさんも良くて犯罪奴隷、最悪は縛り首でしょうねえ」
この国では住人は登録されており、小さな村では村長が、街では行政機関が管理している。
徴税のために。
基本は人頭税で、農家は小麦であれば現物での納税も可能、商会には売上への税がかかる。
税を納められなければ一時的に奴隷になることもあるし、悪質な徴税逃れは犯罪奴隷に落とされることも、死刑になることもあるようだ。
「えっ!? ど、どど、どうしようクールなニート、ど、どうしたらいいですかケビンさん!」
ユージ、慌てすぎである。
だが。
「ほんと、どうしましょうかねえ。……ああ、キレイな空だ」
ケビンは、遠い目で空を見つめるのだった。
現実逃避である。
ケビンもまた、答えは持っていないようだ。
ユージの家にやってきた30人のトリッパーたち。
気づけばユージとアリスとコタローと、あわせて32人と一匹の大所帯である。
この世界では、稀人はさまざまなことを為してきた。
それが、31人である。
開拓は順調で、間もなく畑を作れるほどだ。
このペースであれば、今年からそれなりの収穫が見込めるだろう。
通常であれば、税を納めなければならないほどの。
ユージと掲示板住人たちの異世界生活は、すんなりとはいかないようだ。
次話、12/27(火)18時投稿予定です!
……ほんとどうしようw