IF:第十三話 ユージと掲示板住人たち、ワイバーン戦の後片付けをする
「うおおおお! グロいなおい!」
「みんな、あとは任せた……」
「ミート、なんで近づいたし! こうなるのわかってただろ!」
「これはトカゲ、これはトカゲ、これはトカゲ」
ユージたちと30人のトリッパーがワイバーンを倒した翌日。
家の前は大騒ぎだった。
この世界で倒したモンスターは、ドロップアイテムを残して消えることはない。
モンスターを倒した後は、常に戦後処理が必要になるのだ。
解体である。
いま、トリッパーたちはワイバーンの皮をはごうとしていた。
ワニ革って高級素材だし、ワイバーンの皮も使えるんじゃない? もし買い取ってもらえなくてもほら、ウロコとか牙とか俺たちが倒した記念になるし! だそうだ。
刺さった矢や投槍を抜いて、深く刺さったものは折って、突っ込んだミニバンを数人がかりで動かして。
ナイフを皮に突き立てて、皮はぎである。
戦闘中はあれほど勇敢だったくせに、イチ抜けしたのはグロ耐性が低い名無しのミートだった。
皮をはぐのが主題であり、腹を割いて内臓が見えるわけでもない。
だが、肉が露出した、巨大生物の死骸である。
ミート、それだけでアウトだったようだ。
「ちょっと肉は青みがかってる気がするけど……やっぱりトカゲとかワニっぽいかなあ」
「青みがかっているのは血のせいだろうか。筋肉よりも内臓や骨の構造の方が気になるのだが」
「そこ二人! せめて燃やして骨を観察するだけね! 生のうちはこれ以上やらねえからな!」
「では翼の構造を見てみるか。この翼では明らかに飛べなさそうなのだが……」
露出した肉を観察するのは、爬虫類バンザイ!と物知りなニートであった。
皮はぎを手伝いつつむき出しになった筋肉を触って、好きなことを言い合っている。
物騒な発言に名無しが突っ込んで、二人は残念そうな表情を浮かべていた。
グロさよりも知識欲が優先されたらしい。
これはこれで業が深い。
「よいしょっと! よっしゃ、やっぱり力が強くなった気がする!」
「やはり昨夜のアレは位階が上がった者がいたのか。どうだ? 誰かこれまでの自分の身体能力の数値を把握している者はいないか? ジムで記録していた者は?」
「ムリ言うなってクールなニート! 俺たちがジムなんて行ってたと思う?」
「あ、ジョージさんなら!」
「アメリカ人のビジネスマンがみんなジム好きだって思わないでほしいな。ボクもルイスも通ってないよ!」
翼長で10メートル超もあるワイバーンは、大人数で解体している。
頭と脚、尻尾を切り落として、胴体部分の皮をはぐ者、爪や牙をキレイに確保しようと作業する者など分担して取りかかっている。
いま盛り上がったのは、頭を担当するチームだった。
モンスターを倒すと位階が上がって、身体能力が上がる。
この世界にはレベルアップのような現象が存在する。
昨夜痛みを覚えた者たちは、力が上がった気がしているようだ。
もっとも、トリッパーたちは比較対象できる元の数字を知らなかった。
元ニートの悲しい現実である。
「一度位階が上がるだけで感覚的にわかるほど身体能力が上がるのか。やはり位階上げは急務だな。ここはゴブリンを捕まえて……」
「おいクールなニート! さすがに牧場は止めておこうって話になったでしょ!」
「しかしだなトニー。強くなるのに有効なことは間違いなく」
「来てすぐワイバーンを倒せたんだからムリしなきゃ大丈夫だって! ほら、弩だってもうちょっと増産できるんだし」
身体能力が上がったというトリッパーを見て考え込むクールなニート。
物騒な発言に名無しのトニーが突っ込んで、クールなニートは残念そうな表情を浮かべていた。
ゴブリン牧場はすでに却下されたのだ。
あいかわらず戦闘と、強くなることには反応がおかしい男である。
「土さん、ちょっと下にいってー!」
「おお、さすがアリス! また魔法の威力が上がったんじゃない?」
「ほんとすごいわアリスちゃん。はあ、私も魔法を使えるようにならないかなー」
「うーん、俺が使えるんだし、サクラもできるようになるんじゃない?」
「そうかも! よし、今度は私もモンスターを倒そうっと!」
ユージの家の門の前からやや離れた場所には、アリスとユージ、ユージの妹のサクラがいた。
アリスの土魔法で、ワイバーンを燃やして埋める穴を作っているところだ。
アリスもユージも昨晩、というか今日の早朝まで、位階が上がる痛みにうめいていた。
その結果か、アリスは魔法の威力が上がったようだ。
ワイバーンに大ダメージを与えた魔法幼女はさらに強くなったらしい。
あまり実感はないようだがユージもわずかながら力が上がっていた。
一方でアリスの護衛として攻撃に参加しなかったサクラは変化なし。
サクラのほかにも攻撃に参加せずに指揮をとっていたクールなニート、撮影班などは位階が上がらなかったようだ。
「ユージ兄、アリスもういっかいまほーつかう?」
「うーん、これぐらいでいいんじゃないかな。後は向こうが終わってからにしようか」
「はーい!」
「ねえアリスちゃん、今度また私に魔法を教えてね!」
「サクラおねーちゃん? わかった!」
義兄と義姉と手を繋いで、三人は門の前に向かう。
穴の準備はできたようだ。
あとは、ワイバーンの皮をはぎ終わるのを待つばかりである。
「なあ、これ食えるかな?」
「味はともかく、肉なら焼いて食えないってことはないよ。ちょっと焼いてみるか」
「焼くな! ワイバーンなんて何食ってるかわかんねえんだし!」
「味はともかくって、それもおかしいんですけど……だいたいドングリ博士に聞くなよ……」
「待て待て。コタロー、どう思う? 食べられそう? 食べたい?」
「コタローに近寄るなケモナー!」
ワイバーンの皮はぎは終盤に差し掛かっていた。
露出した肉を見て、食えるのかと質問が出るほどに。
ドングリ博士、とうぜん乗り気である。
味はともかく、焼けばだいたいの肉は食べられるらしい。極端すぎる。チャイニーズジョーク、ではなく、至極まじめな顔つきであった。そもそもドングリ博士は現代日本人である。
まわりを警戒するように森の近くにいたコタローは、ワイバーンに近づいてワンワン! と吠え、ぷいっと離れていった。
コタロー、ワイバーンの肉には食指を動かされなかったようだ。
そんなコタローの反応を見て、トリッパーたちは食べずに処理することを決めるのだった。
ドングリ博士以外は。
ワイバーンの解体作業はトリッパー総出だったが、グロ耐性がない者たちとともに、早々に席を外した男たちがいた。
もちろん作業する男たちは了承済みで。
むしろ、作業する男たちに「そっちに取りかかってくれ」「カッコよく頼む!」などと言われて。
「やっぱり動画は慣れないな」
「そう言うなよカメラおっさん。充分うまく撮れてるって!」
「おおおおお! すごい、すごいよ! やっぱりリアルってすごいね! 勉強になるなあ!」
カメラおっさん、検証スレの動画担当、ルイスの三人である。
いま三人は、ユージの家の庭でノートパソコンを広げていた。
検証スレの動画担当が持ち込んだ、○acBook Proである。
スタ○でドヤ顔するためのものではなく、動画加工のためのガチ仕様である。
正面に座るのは動画担当で、カメラおっさんとルイスは後ろから覗き込んでいる。
ワイバーン戦は、検証スレの動画担当とカメラおっさんによって撮影された。
二人のカメラマンは手持ち二台のほか、三脚を使った固定カメラで撮影していたのだ。
いまは検証スレの動画担当によって、編集作業が行われているところである。
いままで誰も撮影したことがない、本物のモンスターとの戦闘。
二人のカメラマンもCGクリエイターも、昨日からずっと興奮しっぱなしである。
昨日から、というかワイバーンが飛来してから興奮しっぱなしである。
「一瞬と、連続の違い。俺はやっぱり写真の方がいいなあ」
「まあその辺は好きずきだよな。動画は編集のおもしろさもあるし」
「すごいすごい! ねえ、あとで元データをもらっていいかな? ボクもいろいろイジってみたいんだ! それに、あっちの友達にも見せてあげたいし!」
「ルイスさんがイジる分には問題ないと思うけど……向こうに流すのはどうだろう。その辺はまたあとで話し合いかな?」
「それもそうか! この映像を見せたら、ボクの友達なんてみんな黙ってられないだろうし! ふふ、それはそれでおもしろくなりそうだけど!」
「まあその辺はクールなニートがコントロールするんじゃないか? 日本で揉めるより、海外で広めちゃった方がいいかもしれないしな。ほら、日本って海外の言い分に弱いから」
ガヤガヤ騒ぎながらも、検証スレの動画担当の手は止まらない。
どうやらこの男、話しながら、あるいは独り言を言いながら作業するタイプらしい。
「そうだね、この映像が向こうに渡ったら大きなセンセーションになりそうだ! うん、大喜びしそうな人たちも知ってるし! ふふ、ボクとジョージのことを、ボクらのことをうらやましがるだろうなあ」
これまで誰も撮影したことがない、本物のモンスターとの戦闘。
分野が違う三人のプロたちはにやけっぱなしである。
ユージの家にやってきた、30人のトリッパーたち。
この世界で初めての難関であるワイバーンとの戦闘は、物資の消耗はあったものの犠牲なしで終えた。
ワイバーン戦を越えて得たものは皮とウロコと爪と牙、攻撃に参加した大半の位階アップ、だけではない。
本物のモンスターとの戦闘を撮影した動画。
どう扱うかはまだ決まっていない。
だが、もし元の世界で公開されれば。
真偽も含めて、一大センセーションを巻き起こすことになるだろう。
日本でも、あるいはルイスの伝手で、アメリカで公開されたとしても。
ワイバーンを倒して、ユージの家のまわりはひとまず平穏を取り戻した。
後片付けを終えたら、ふたたび開拓がはじまるのだろう。
強敵との戦闘経験を得て、わずかに自信をつけた男たちによって。
次話、12/17(土)18時アップ予定です!
IFルートでは「位階が上がる」→「レベルアップ」の表現も使うことにしました。
どんどん掲示板住人に侵食されていく……w