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IF:第十二話 ユージと掲示板住人たち、ワイバーンと交戦する 後編


 30人のトリッパーを迎えて開拓を進めていたユージたちは、春に飛来するワイバーンに見つかった。

 時間が許す限りの準備を終えて、交戦するユージたち。


 ドングリ博士の銃で、ユージの目つぶし魔法で、この日のために用意した網状のロープで。

 ワイバーンは、地に墜ちた。


 ユージの家の門の前、外側で翼と後脚、尻尾をジタバタと動かすワイバーン。

 網が絡まっているのか、飛び立つ様子はない。

 時おり尻尾がユージの家の敷地に届くが、謎バリアがバシッと防いでいた。



「よし! 弓隊、放て! 場所に注意して、特別班以外は攻撃!」


 ワイバーン対策本部、クールなニートから幾度目かの指示が飛ぶ。


 ユージはこれまでと変わらず、最前線で大盾を構えてワイバーンを注視する。

 コタローもその足下で、じっとワイバーンの様子を見守っていた。隙あらば飛び出そうとでもするかのように。勇敢な女である。犬だけど。


 ユージの隣にいたドングリ博士が銃を持って下がり、家の庭からワイバーンに向けて、攻撃が飛ぶ。



「俺が弓……いやこれだけ近ければ普通外さないでしょ」


 ボソボソ言いながらM字型の短弓から矢を放つ男。

 弓担当に抜擢された洋服組Aである。


 目印に張られた黄色いロープから門の前で倒れるワイバーンまでは、およそ10メートル。

 距離は近く、的はデカい。

 たしかに外しそうにないが「矢をまっすぐ放つ」のは初心者にとっては難しい。

 バランスが取れている分、夜店の的当てよりは簡単だが、それでも。

 洋服組A、意外な才能である。


 行商人のケビンが持ってきた矢が尽きるまで、洋服組Aは矢を放ち続けるのだった。



「セットOK」

「ありがとうミスターグンジ! ……よし、次!」

「いいなあジョージ。ボクも射つ方にまわりたかったよ! ステイツで銃を撃っておけばよかった!」


「ジョージさんは問題なしか。ほら、こっちも負けずに射ち続けるぞ! 次!」

「おうおう、調子に乗っちゃって。はいよ」

「そう言うな。物語によっては、ワイバーンはあの尻尾を女性に刺すことがあるんだ。つまり俺の敵だ」


 洋服組Aに並んで、ジョージと元敏腕営業マンがワイバーンを攻撃する。

 ワイバーン対策に作られた、弩で。


 木材と金属を切断できる丸ノコはある。

 木材も金属も、買ってきた材料が存在する。

 ネットが使える以上、構造は調べられる。

 カットして調整した金属を弓に、ワイヤーを弦に、超大型ホームセンターで買ってきた金具を引き金とその機構に。

 完成したのは、足を使って引く手持ちタイプの弩である。


 時間の関係上、出来上がったのは四丁だけ。

 射つのはジョージと元敏腕営業マンの二人、弦を引く・ボルトをセットするのは郡司、ルイス、エルフスキー、ニートなユニコーンの四人だ。


 完全分業制である。

 弩が四丁あるからと言って、射手を四人にはしなかったらしい。

 いざという時に動けるか、動揺しないで引き金を引けるか。

 烏合の衆っぷりを考えると賢明な判断である。

 誰もがクールなニートのように戦いに順応できるわけではないのだ。


 射手の二人と装填役の四人は、射程よりも威力を優先した太目のボルトを放ち続けるのだった。



 敵意をむき出しにした翼長10メートルのワイバーン。

 怪物を目の前にして、冷静でいられるのは一握りだ。


 弓隊の後ろには動揺している者たちもいた。

 投槍・投石班である。

 けっきょく、掲示板でアイデアが出た投石機は作らなかった。

 設置場所はなんとか確保できるものの、練習段階で石が家の方に飛んでいっていろいろ壊すかもしれない。

 それと狙いが定めにくいだろう、という予想もあったので。


 弓隊、ユージとドングリ博士、クールなニート、サクラとアリスのほかに、残る20人のトリッパーたち。

 彼らはせっせと、ワイバーンに向けて槍と石を投げていた。

 投槍・投石班である。

 原始的な方法で攻撃するその他大勢である。


 投げた槍や石が時々あさっての方向に飛んでいくのは、デカいモンスターを見た動揺なのか緊張なのか。

 特に、威力を上げようと投擲具を使っている者たちの外しっぷりがヒドい。

 さすが烏合の衆である。

 ダメージを与えているかどうかは不明である。



 ひとしきり、ワイバーンに矢とボルトが刺さり、投槍と石もたぶん多少はダメージを与えたのを見て。

 クールなニートが指示を出す。


「射ち方やめ! アリスちゃん!」


 魔法幼女の出番である。


「さあアリスちゃん、出番だって!」


「うん! アリス、おもいっきりばーんってやるね!」


「そうだねアリス。今日は思いっきりやっていいぞ!」


 サクラに促されてユージの元に近づくアリス。

 アリスを迎えたユージは、殺る気満々のアリスにさらに火を注ぐ。

 ワンワンワン! と足下で吠えるコタローも、ありす、やっちゃいなさい! とでも言っているのだろう。


 ハリネズミ状態になって地に伏せるワイバーンだが、いまもジタバタと翼や尻尾を動かしている。

 ダメージは与えているものの、まだ死んではいないらしい。


 何かあったらすぐ守れるようにと、んんーっと力むアリスの横で大盾を構えるユージ。

 ワイバーンが飛び立つ様子はない。

 謎バリアはいまも健在だ。


 先ほどまで攻撃していた弓隊も投槍・投石班も、いまは静かにアリスを見守っている。

 期待と、撮り逃すまいとする集中と、あと一部は興奮で。


「いくよー! あつくておっきいほのお、出ろー!」


 ぐっと手を握って両腕を上げ、えいっとばかりに両手を開いて体の前に持ってくるアリス。

 アリスの魔法が発動する。


 赤々と燃え、熱を発する炎が生まれた。

 いけーっとばかりに投げられた炎の球が、ワイバーンに炸裂する。


 一瞬で広がる炎。

 ワイバーンは炎に包まれた。


「アリスちゃん、もう一回だ!」


「アリス、もう一発同じ魔法を使えるかな?」


「うん、アリスできるよ! あつくておっきいほのお、出ろー!」


 続けてもう一発。

 矢を受けても動いていたワイバーンの動きは、次第に緩慢なものになっていく。


 二連続の魔法の火が消えた時には、ワイバーンはわずかに尻尾を動かすのみになっていた。

 瀕死である。


「よし! 予想よりも効いてるぞ!」


「さすがアリス! 俺の光魔法よりすごいなあ……」


「えへへー。ユージ兄、アリスすごい? アリスえらい?」


 隣にいるユージにアピールするアリス。褒められたい系幼女である。

 すごいすごいと褒めて、頭を撫でるユージの後ろに。

 悔しそうに歯を食いしばる、一人の男がいた。ロリ野郎である。アリスを撫でたかったらしい。NOタッチである。



「よーし、じゃあいよいよ俺の出番だね!」


「待て、ミート。このまま弓矢と弩で殺れそうだ。危険を冒すことはないだろう」


「ええー? せっかく準備したんだし、俺はやるよ!」


「あ、おい、待て! ……仕方ないか。全員、道を開けろ! ワイバーン討伐作戦、最終段階に入る!」


 ワイバーンの状態を見て、安全策で仕留めようと考えたクールなニート。

 クールなニートの慎重な判断を聞かずに、名無しのミートは当初の作戦通り動くつもりのようだ。

 仕切っているのはクールなニートだが、命令権はない。

 作戦は数名で立てたが、内容も配置も承認したのは全員だ。

 名無しのミートが指示を聞かなかったのは確かだが、作戦通りであることもまた確かである。


 ワイバーン討伐作戦、その最終段階。

 名無しのミートは、運転席の窓を閉めた。


 作戦の最終段階はシンプルだ。

 加工した鋼材を衝角(ラム)にして、検証スレの動画担当のミニバンで突っ込む。

 ベタ踏みすれば30km/hは出るだろうと踏んでの突撃である。


 ちなみに踏破性能は名無しが持ち込んだSUVに負け、積載量はハイエー○に負けている。

 ここ数日の開拓では、検証スレの動画担当のミニバンは他の二台よりも役立たずだった。

 そのうえ燃料は量も保存期間も限られていて、持ち込んだ消耗品も限られている。

 ここで使い潰してもいいだろう、という判断である。


「準備よし! シートベルトよし! エンジンよし! さあ行きますか!」


 止めるクールなニートを押し切って作戦を実行するのは、名無しのミートの意地か。

 そういえばこの男、一度決めたら頑固で妥協しない気性で有名な土地の出身だ。

 肥後もっこす。

 新しいもの好きも意地を通す頑固さも、名無しのミートの気質なのかもしれない。


「うーん、こういう時はなんだろ。ちょっと古いけど……ミート、行きまーす!」


 道が開けたのを見て。

 名無しのミートが、アクセルを踏む。

 トリッパーたちの「アイツまじでやるのかよ」という驚きと声援に見送られて、車は徐々に加速していく。


「手負いの獣は危ないって言うしね! せっかく有利なんだから、ちゃんと仕留めないと!」


 あるいはそれは、名無しのミートなりの決意だったのかもしれない。

 相手はモンスター。

 瀕死なように見えるが、戦闘時間が長ければ思わぬ反撃を食らうかもしれない。

 クールなニートは慎重にいこうとしたが、それが正解とは限らないのだ。

 ワイバーンの能力は、アリスがちょっと聞いたことがあるレベルでしか判断できないので。

 名無しのミートは、作戦通り動く。


 まっすぐ、アクセルをベタ踏みで、ワイバーンに突っ込む。


 やる内容はシンプルで簡単だが、誰にでもできることではない。

 名無しのミートの意地である。

 常に薩摩と相対してきた肥後もっこすの意地である。



 ガシャン! と、衝突音が響く。

 ユージとアリス、トリッパーたちのどよめきも響く。


「やったかっ!? ってね!」


 ミート、フラグである。

 意外に冷静だ。


「ミート、車は動くか? バックはどうだ?」


 交通事故並の音がしたのに、クールなニートもあいかわらずである。

 この男も、どこか頭のネジが飛んでいるのだろう。


「ちょっと待ってね! ……ムリみたい!」


 ミート、クラッシュしたが無事であるようだ。

 フロントガラスにヒビが入っているし車は動かないが。

 それでも、やったか、と自ら言うほど余裕があった。


「車は動かないか。ドングリ博士、弓隊、狙えるか?」


「んんー、散弾じゃなくてスラグで狙うか? やれなくはないけど、避けたいかなあ」


 ドングリ博士は猟でしか銃を扱ったことがない。

 安全第一である。

 射線近くに人間がいるのに撃つなど考えられないらしい。


「ごめん、矢はさっきので終わってるんだ。みんなが作った矢はあるけど……」


「洋服組A、それは止めておこう。弩隊はどうだ?」


「こっちはイケるよクールなニート。でもさ、これ……もう死んでるんじゃないかな? ビクリとも動かないけど?」


 ワイバーンの体に深く刺さった衝角。

 車と衝突して以降、ワイバーンはただ血を流すだけで動きはない。


 ユージたちとトリッパーの勝利と言いたいところだが、死んだかどうか誰も確認していない。


「コレ……どうするの? ミートだってずっとあのまま外にいるってわけにもいかないだろうし」


「そうだなあ……」


 作戦の最終段階は、ミートが車で突っ込むこと。

 本来はその後、銃や弓、弩での攻撃が予定されていた。

 だが、ワイバーンはすでに死んだように動かない。


 作戦の最後、どうやって死亡確認をするかは考えられていなかったようだ。

 誰がワイバーンの死を確認するか。

 つまり、誰がワイバーンに近づくか、である。


「俺が行くよ。ほら、盾も持ってるし、俺が一番、うん、慣れてるし」


 静まり返るトリッパーたちに、わずかに震える声で立候補した男。

 ユージである。

 元引きニートである。

 あるいは、二年早くこの世界にやってきた先輩である。


「……わかった。だが、念のため弩隊と投槍班でしばらく攻撃させよう。ユージはその後に確認を」


「了解!」


「聞いたかみんな! 車に当てずにワイバーンを攻撃できる自信があるヤツだけでいい! 弩、投槍で攻撃してくれ! 立ち位置は、赤いロープのみ守ること!」


 クールなニートから指示が飛ぶ。

 それは、対ワイバーン戦最後の指示だった。

 トリッパーたちがしばらく遠距離攻撃を続けたが、ワイバーンはやはり動かない。


「よし、じゃあ行ってくる!」


「お兄ちゃん……気をつけて」


「ユージ兄! ゆだんしちゃだめだよ!」


「はは、ありがとうアリス。お? コタロー? どうした?」


 門を出るユージに、サクラとアリスが声をかけて。

 ユージは、コタローと一緒に外に出るのだった。

 謎バリアの、外に。

 トリッパーたちの「アイツまじかよ」というささやきと視線を一身に浴びて。



「うん、死んでると思……コタロー? あ、うん、念のためね。じゃあ俺も」


 盾を構えて槍で突ついても、ワイバーンは反応がなかった。

 死んでると伝えようとしたユージをよそに、コタローは爪でワイバーンの首を攻撃する。ねんのためよ、しんだふりかもしれないもの、とばかりに。容赦ない女である。犬なのに。

 つられてユージも、上がった身体能力でワイバーンの頭に短槍を突き刺して。


「よし! 頭を刺したから、問題ないと思う! ワイバーンは死んでるよ!」


 ユージの一声で、戦闘は終わるのだった。



 翼長10メートルを超え、空を飛ぶモンスター・ワイバーン。

 強敵との総力戦は、ユージとトリッパーたちの勝利で終わったようだ。

 烏合の衆でも、作戦と武器があればなんとかなるものである。

 まあ一番の勝因は、ユージの家の謎バリアの存在で間違いないのだが。

 もし謎バリアがなければ、そもそも戦うことさえ無謀だっただろう。



 烏合の衆。

 実際、ワイバーンを攻撃したうちの何人かはムダだったかもしれない。

 投槍や投石は小さなダメージしか与えられず、これならばドングリ博士にもっと銃を撃たせたり、アリスの魔法に頼ればよかったかもしれない。

 いちおう最終手段として、アリスの火魔法&貴重な燃料を使った攻撃も考えられていた。


 だが、銃弾や燃料を節約するだけでなく、ほぼ全員が攻撃に参加したことは作戦の一つだった。

 「トドメをささなくても、攻撃すれば位階が上がる可能性もある」ことを考えて、である。



 そして、その夜、勝利の宴を終えて。

 ユージの家と庭のテントには、明け方までうめき声が響くのだった。

 位階が上がる痛みにうめく声である。


 あるいはそれは、この世界にやってきたトリッパーたちの、産声なのかもしれない。




次話、12/13(火)18時投稿予定です!

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― 新着の感想 ―
[一言] 作中で肥後もっこすの生態(笑)について触れられてますが、あくまで昭和生まれ且つ田舎育ちの方々に限ります。
[良い点] 今更だけど勝鬨をあげろ三河武士!!
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