IF:第十一話 ユージと掲示板住人たち、ワイバーンと交戦する 前編
ワイバーン戦、前・後編の二話分割になります。
「いよいよか……」
「ユージ兄、だいじょーぶ! アリスが、ばーんってやるんだから!」
「ふふ、そうねアリスちゃん。でも準備ができるまで、ちゃんと私と一緒に待つんだよ?」
「はーい!」
ユージの家の玄関前。
そこにユージとアリス、妹のサクラ、サクラの夫のジョージの姿があった。
ユージの家で生活している面々である。
ジョージの友人枠で、ルイスも家での生活に誘われていたが、ルイスはけっきょくほかのトリッパーたちと交流する方を選んでいた。
言葉が通じるようになって、同類との会話が楽しくてしょうがないらしい。
緊張した様子のユージを励ますアリス。
ユージは、昨年行商人のケビンが持ってきてくれた皮鎧をつけて、大盾と短槍を手にしている。
アリスは日本から持ち込まれたユニク○の子供服で、上からローブを羽織っていた。
ジョージは長尺のバールのようなものを手に、サクラはユージが使っていなかった円盾を手にしている。
ユージが何を武器にするかわからなかったため、昨年のうちに行商人のケビンはいろいろ持ってきていたのだ。
円盾のほかにも、剣とメイス、弓矢、短剣等の武器もユージの家に置いていかれていた。
いま、それらの武器は30人のトリッパーに配布されている。
少しでも戦力になるように。
「ユージさん、いつもの通りならそろそろ時間だね! ほら、みんなもう待ってるよ!」
サクラの夫・ジョージの声を聞いて自宅の庭に目を向けるユージ。
そこには30人の男たちが並んでいた。むさい。
ケビンが持ってきた武器を持つ者。
体育の授業で剣道をやったことがある名無しは剣を、なんとなくガタイがよかった名無しはメイスを。
みんなでM字型の短弓を試してみたところ、一番まっすぐ飛んだ洋服組Aが短弓を手にしている。
洋服組A、意外な才能である。
キャンプ用のテーブルの上にノートパソコンを広げて画面を注視する者。
ワイバーン対策本部・クールなニートをはじめとする面々である。
カメラを手に目を輝かせる者。
カメラおっさんと検証スレの動画担当は、ついに念願叶って張り切っている。
こんな事態にも関わらず。
こんな事態。
そう。
やはりユージの家と森を伐り拓いたこの場所は、32人と一匹が暮らすこの場所は、空中から見つけられたのだ。
春の風物詩・ワイバーンに。
当初は様子を見るように近くを飛んでいたワイバーン。
発見されてから二日、午前中のほぼ同じ時間にワイバーンは飛んできていた。
ぐるぐると周囲をまわり、初日よりも二日目の方が近く。
そして、今日。
ついにユージたちは、ワイバーンと交戦する予定となっていた。
作戦はある。
トリッパーがこの地に来てから一週間、対ワイバーン用に作られた武器もある。
ユージとアリス、コタロー、二人と一匹で対峙するより状況ははるかにいい。
だが、やはりユージは緊張を隠せないようだ。
「ユージも来たか。よしみんな、作戦通り配置につこう。庭に張ったロープの色を確認して、立ち入り禁止エリアには近づかないように」
「了解、クールなニート。ってかアレな、こんな時もクールなんだな! おまえホントに現代日本人?」
「あ、ついに聞いたか名無しのトニー! それは言わない約束じゃないの?」
「二人とも、雑談は後にしよう。ここからは真剣に! ユージ、最初は俺とコンビだけど……大丈夫?」
「あ、はい、ドングリ博士。よろしくお願いします」
「よーし、ワイバーンを倒すぞ! みんな、散開!」
「クールなニートが冷静な理由か。やはり血なのだろうか。聞いても武家の出ではないと言うが……育った場所によって考え方は左右されるということか。『血筋』『家系』の一言では、薩摩も三河も片付けられないだろう」
「……え? 物知りなニート、クールなニートって鹿児島出身なの? まさかの薩摩武士?」
「いや、三河だそうだ。いまは豊田市になっている山の方の集落で、武家ではなく農家だったようだが……」
作戦開始の声がかかったのに、ダラダラと会話を続けるニートたち。
ぐちゃぐちゃである。
スタート前からぐちゃぐちゃである。
だが、問題はない。
こうなっても作戦通りの動きができるように、せめて作戦を阻害しないように、ユージの家の庭には何本も色をつけられたロープが張ってあった。
赤色で膝の高さに張られたロープから先は進入禁止。
黄色で地面ぴったりに張られたロープは、あるグループの立ち位置、といったように。
業界風に言うと、バミってあるのだ。
いざ戦いとなって、烏合の衆がビビったり混乱しても、どこに行けばいいかすぐわかるように。
「定点カメラに映ったぞ! いままでと同じ、北からだ!」
「全員、焦らず冷静に。作戦通りにやれば勝てる! 謎バリアを信じろ!」
「信じろって言われてもなあ……」
「おっ、現実主義者。ファンタジー世界で何言ってんだ!」
「言われなくても信じるしかないんだけどね! なかったらどうしようもないから!」
「アリスちゃん! アリスちゃんのためなら私はがんばれます!」
「ワイバーンは爬虫類なのか確かめる機会がやっときた!」
「変態ども、ちゃんと働け!」
言いたいことを言いながら、トリッパーたちが散開する。
こうなるとユージの家の庭が広いのは幸いである。
ユージの家の庭は、桜の木を植えられるほど、車が二台入る車庫とプレハブ物置を外に置けるほど広いのだ。
「アリス、ちゃんとサクラの言うことを聞くんだよ! 一人で動かないように!」
「はーい、ユージ兄!」
「ユージ、行こう。俺たちが一番槍だ。槍じゃないけどな」
アリスに言い残して。
ユージは、家の門の前に向かうのだった。
猟銃を手にした、ドングリ博士とともに。
とうぜん門の内側、謎バリアに守られた敷地内である。
定点カメラの映像を見ていた検証スレの動画担当が言う通り、ワイバーンは北から飛来した。
飛んできたワイバーンは、ユージの家の上空をゆっくり旋回している。
まるで獲物を見定めているかのように。
「チッ、引っかからないか」
「スケアクロウはダメか! ナイスアイデアだと思ったんだけどなあ。目で見て判断してるわけじゃないのかもね! クールなニート、次はどうする?」
ユージとドングリ博士が向かった門の外側には、木で作って、服を着せられた案山子が並んでいた。
ワイバーンが案山子に反応すれば、そこを撃つ手はずになっていたのだ。
だが、ワイバーンは案山子をスルーした。
生き物じゃないと見抜いたのかもしれない。
「ルイスさん。多少距離はあるが、ドングリ博士に撃ちはじめてもらおうかと……コタロー!」
ユージの家の庭にクールなニートの叫びが響く。
クールなニートだけでなく、ケモナーLv.MAXも、ユージも、名無したちも。
コタローが、門から飛び出した。
案山子の足下をうろちょろと駆けまわって、まるでワイバーンを挑発するかのように。
「コタロー、危ないよ、戻って!」
「ユージ、焦るな。きっとコタローは、俺たちのために動いてくれたんだ。獲物を追い込むために」
門の内側。
ユージはしゃがんで大盾を立てていた。
ドングリ博士は立った姿勢で、大盾に体を隠してワイバーンに銃を向けている。
32人の最前線。
味方に被害を出さないために、ワイバーンに弾の威力を伝えるために。
二人は、そこにいた。
もし謎バリアを貫通して反撃されたら守れるように、ユージは盾役である。
最前線である。
いや、いまとなっては最前線は一匹がいる門の外なのだが。
上空を旋回していたワイバーンが急降下する。
コタローに狙いを定めて。
「コタロー! 逃げて!」
ユージの声が聞こえたのか、あるいはワイバーンが降下をはじめたことに気づいていたのか。
コタローはさっと駆け出して、生垣を飛び越えて戻ってきた。
謎バリアの中へ、そのままユージの横を抜けて後ろへ。
「よし、撃つぞ!」
ドングリ博士が声をかける。
自らを鼓舞するためではなく、発砲音の警告のために。
急降下したワイバーンは、コタローに逃げられても急には止まれなかったらしい。
ダーン、ダーンと、二発の銃声が響く。
目標まで5メートルちょっと。
ドングリ博士が放った弾は、ワイバーンにヒットした。
狙いは翼である。
ゲギャーッ! と悲鳴らしきものをあげて翼を広げるワイバーン。
攻撃されて憤っているのか、ワイバーンはドングリ博士とユージを睨みつけている。
睨んでいるだけではない。
ガツンガツンと、謎バリアに何かが当たる音。
ワイバーンは、ユージたちを尻尾で攻撃しようとしていた。
謎バリアがなければ大惨事である。
「ドングリ博士、続けて撃て! ユージ、次の発砲が終わったら例の魔法を!」
「了解!」
「了解! ……クールなニート、落ち着きすぎだろ……俺なんてはじめてゴブリンと戦った時……」
ボヤくユージをよそにドングリ博士の装填が終わる。
上下二連銃への装填を終えて、ガチャリと音を立てて銃身を戻す。
ワイバーンはいまだ門の前で空中に浮いていた。
「二射目、撃つぞ!」
ふたたび銃声が二度。
合わせて四度の発砲で、空中にいるワイバーンの体がわずかに傾く。
忌々しげに、ユージとドングリ博士を睨んだまま。
「よし、やれユージ!」
ユージが使える光魔法は明かりの魔法一つだけ、ではない。
冬の間に練習して、ワイバーンの飛来が予想されることから練習を重ね、身につけた魔法がある。
今日、この日のために。
「光よ光、輝きを放て。でも俺は禿げてないよ」
ユージの額のあたりから、指向性を持った光が放たれた。
目の前のワイバーンに向けて、強い光が。
ふざけた詠唱はともかくとして、効果はあったようだ。
ユージとドングリ博士を睨んでいたワイバーンは、ふらふらと高度を落としていった。
固唾を呑んで見守っていた30人のトリッパーから歓声が上がる。
いや。
29人のトリッパーから歓声が上がる。
一人だけは、ただ冷静であった。
その名の通り。
「よし! 投網隊、投げ!」
ワイバーン対策班本部・クールなニートである。
この状況で冷静とは本当に現代日本人か。
普段はクールだけど、戦闘についてはちょっとおかしい。
掲示板住人の評は、実際の戦闘を前にしても正しかったようだ。
クールなニートの指示で、思い出したように動く四人の男たち。
ドングリ博士の射線からは外れているものの、二人の次に門の近くにいた四人の男たちである。
「いくぞ! いっせーのっ、せっ!」
二人一組で男たちがロープを投げる。
何かと使えるだろうと、けっこうな長さで持ち込まれたロープ。
トリッパーたちはワイバーン対策にロープをせっせと編んで、ネット状にしていたのだ。
ワイバーンの飛行を阻害できるように。
右から名無しのトニー、ケモナーLv.MAX。
左から洋服組B、ユージの同志・巨乳が好きです。
二方向から投げられたネットがワイバーンに届く。
飛行が阻害されるかどうかは置いておいて、いずれもワイバーンの体にかかったようだ。
翼へのダメージ、目つぶし、ネット。
ワイバーンは地面に転がってもがいている。
「ユージ、俺はちょっと下がるよ。守ってくれてありがとう」
「あ、うん」
同時に、ユージが大盾で守っていたドングリ博士が下がっていく。
猟銃でどれほど効果があるかわからなかった。
実際、ワイバーンは飛べなくなっているようだが、ダメージは少ないようで体を動かしている。
もしワイバーンを猟銃で、目つぶしで、ネットで墜とせたなら。
ここからが、ダメージを与えるための本番である。
赤いラインに数人が、黄色いラインに残りのトリッパーが並ぶ。
ほかの場所にいるのはカメラ班とクールなニート、サクラとアリスぐらいだ。
それぞれが、与えられた役割を果たしていた。
ここまでは。
ドングリ博士が持ち込んだ銃と、ユージの光魔法。
持ち込んだロープを利用したネットの効果もあって。
ワイバーンは、地に墜ちた。
ここからは総力戦。
烏合の衆の出番である。
次話、12/10(土)18時アップ予定です!