IF:第九話 ユージと掲示板住人たち、ワイバーンに備える
「サクラ、ボクも手伝おうか?」
「ううん、大丈夫だよ。ジョージは自分の仕事をしっかりね!」
「サクラおねーちゃん! これでいいかなあ?」
キャンプオフメンバーがユージのいる世界にトリップしてから二日目。
ユージの妹のサクラは、庭で洗濯物を干していた。
昨晩の話し合いで必要だと提言した家事班に立候補したのだ。
今日は仕事量の確認も含めて、アリスと二人で家事班である。
「うん、アリスちゃん、いい感じ! アリスちゃんはお手伝いできて偉いねえ」
「えへへー」
頭を撫でられてご機嫌に笑うアリス。
アリス、二日目にしてすっかりサクラに懐いている。
サクラは男たちのシャツをハンガーにかけて物干し竿に並べていき、アリスは小物干しに靴下を挟んでいった。
一回目の洗濯にして、すでにユージの家の物干しはいっぱいである。
着替えを持ち込まなかった男たちには、ユージが服を貸していた。
ユージの父親とユージの分を合わせれば、それなりの数にはなったようだ。見た目はヒドいが。
着替えを持ち込まなかった男たちも、ユージ提供の服をまわして三日に一回は洗濯できるようになったらしい。
一日あたり10数人分の洗濯である。
「うん、ロープを張っておいてもらってよかった! 次はこっちに干していけばいいね」
「サクラおねーちゃん、アリス、つぎはなんのおてつだいする? あっ! これもほすやつ?」
褒められてうれしかったのか、アリスはさらなるお手伝いに取りかかろうとキョロキョロしていた。
目にとまったのは洗濯カゴだ。
中には洗濯済みだがまだ干されていない衣類が入っている。
だが。
「あっ、アリスちゃん、それはいいの! それは私がやるから、アリスちゃんはちょっと待っててね!」
「ええー? アリスおてつだいできるよ?」
慌てた様子で洗濯カゴを取り上げるサクラ。
アリスは理解できないようで、コテンと首を傾げている。
「うーん、じゃあ魔法の使い方を私にお話してくれないかな? 私、干しながら聞いてるから!」
「うん、わかった!」
元気よく返事するアリス、ほっと胸を撫で下ろすサクラ。
サクラはチラッと洗濯カゴの衣類を見下ろす。
それは、パンツであった。
男たちの、パンツであった。
「なんだろ、別にいいと思うんだけど、アリスちゃんに触らせるのはちょっと抵抗あるっていうか……うん」
「サクラおねーちゃん、聞いてる?」
「あ、うんアリスちゃん。魔法ってすごいのね!」
言いながら手は止めないサクラ。
昨晩、一度全員の前でアリスが説明したこともあり、サクラは集中して聞いていない。
なにしろアリスに魔法を教えてもらうのは、パンツを触らせないための作戦なので。
サクラ、ファインプレーである。
班分け時点で「ア、アリスちゃんが私のパンツを……洗う? あの、撮影してもいいですか?」などとのたまう人物がいたので。
ちなみに。
32人が集まっているとあって、男たちは自分の衣類のすべてに名前を書かされている。
書きやすかったのは白ブリーフ派であるようだ。絶滅危惧種であるが、いまだ存在するらしい。
ところで、さすがにユージも下着は貸し出していない。
着替えを持ち込んでいない男たちは、下着を洗ったいま何を履いているのか。何も履いていないのか。ノーパンか。知りたくない情報である。
「うわ、すっげえ。よくこんな短時間で……」
「ああ、こっちで作ったわけじゃないよ! アメリカにいる時に遊びで作ってたんだ! 簡単なものだからちょっと恥ずかしいんだけど、でもこれがあれば大きさはわかりやすいと思ってね!」
「ありがとうルイスさん。確かにこれならよくわかる。……デカいな」
「この大きさで飛行するのか。翼竜では同程度、これ以上のサイズもいるが……飛べなかった、あるいは滑空しかできなかったという説もある。やはり魔法的な要因で飛んでいると見るべきだろう」
ユージの家の庭には、家事班のサクラとアリスのほかにも人の姿があった。
情報収集班とワイバーン対策本部である。
なぜ一つだけ班ではなく「対策本部」なのか。そこに理由はない。なんかそれっぽいから、である。
昨晩、検証スレの動画担当が問題提起した春の風物詩・ワイバーンの飛来。
今回ユージの家には30人がトリップしてきて、持ち込んだ機材で開拓を進めている。
もしかしたらワイバーンに見つかるかもしれない。
その可能性を受けて設立されたのがワイバーン対策本部だ。
本部長はクールなニートが務め、メンバーはジョージ、ルイスのアメリカ組、物知りなニート、検証スレの動画担当、爬虫類バンザイ! の計6人だ。
結果、情報収集班は郡司一人である。
その郡司は「先生」と呼ぶ自身の師匠とやり取りしていた。
インフラ屋とサクラの友達・恵美に何かあった時のために。
それと。
情報統制は行わず、各自の判断に任せることになった元の世界の家族や保護者への連絡のために。
メールするという掲示板住人は直接、手紙を送るという者は内容を郡司に託して向こうの世界で代筆させる。
信じるか信じないかは、相手に任せる。
情報収集班は結局そうすることに決めたようだ。
なるようになれ、である。
いや違う。
変に介入して、インフラ屋やサクラの友達のように疑われる人が増えるのを避けたのである。
たとえ騒ぎになったとしても。
ワイバーン対策本部の下には、武器開発班も設立されている。
といっても現在、武器開発班所属は名無しのミートだけ。
猟銃持ちでコンポジットボウの製作を考えているドングリ博士の所属も検討されたが、現段階では探索班となった。
ゴブリンにビビりまくりだった他のメンバーを考えてのことである。
モンスターがはびこるこの世界において、現代の飛び道具はそれほど有用であるらしい。
いまワイバーン対策本部は、ルイスが作ったCGを眺めていた。
本人いわく「簡単なもの」だが、内容はざっくり3DモデリングされたCGだ。
表示されているのはユージの家の外観と敷地、人間、ゴブリン、オーク、ワイバーンである。
ユージのことを知ったルイスは、こちらの世界に来る前から作業していたらしい。趣味で。
遊びで作ったものとはいえ、ルイスの本職はハリウッドで活躍するCGクリエイターだ。
大きさを比較する、配置を考えるには充分な精度である。
「やはり飛行能力を制限しないと勝負にならないだろう。極端な話、上空から一撃離脱されただけで俺たちは何もできない」
「あ、クールなニート、定点カメラを空向きに設置し直してきたぞ。画角はこれからチェック……なんだこれすげえ! ルイスさんハンパねえな!」
ルイスのMa○Book Proに表示された画面に反応する検証スレの動画担当。
彼は彼で、一度設置した定点カメラに空が映るように調整したらしい。
リアルタイムで空を監視する。
森に現れるゴブリンやオークよりも、ワイバーンを脅威と考えての対策である。
「地に墜とせれば戦いようはある。例えば車で突っ込めばダメージを与えられると思うんだが……どう思う爬虫類バンザイ?」
「どうかなあ、爬虫類のウロコってモノによってはけっこう硬いから。ワイバーンでも、車で突っ込んだらさすがにダメージあると思うけど……」
爬虫類バンザイ!は、ワイバーンはなんか爬虫類っぽいからという理由で対策本部に呼ばれたらしい。テキトーか。
その爬虫類バンザイ!は、庭で作業中の武器開発班・名無しのミートの作業風景に目を向けていた。作業に期待するかのように。
ふんふーん、と鼻歌まじりで作業する名無しのミート。
ユージの家にあった水泳ゴーグルを目に付けて、ユージから提供されたタオルを口元に巻いている。
変態である。
いや違う、必要にかられてのことである。
名無しのミートは、宇都宮の大型ホームセンターで購入した工具を扱っていた。
木材を購入した際、普通のノコギリだけでなくこれも必要だろうと考え、あわせて購入していたのだ。
丸ノコである。
電動である。
3万円オーバーの家庭用にしてはお高いシロモノである。
いま名無しのミートは、買ってきた木材を丸ノコでカットしていた。
武器としてではない。
本題の前の準備段階、作業用テーブル作りである。
「よし、カットオッケー! うん、買ってきて正解だったね! ただのノコギリじゃ大変だし!」
独り言である。
いまのところ作業者は名無しのミート一人なのだ。
まあここには独り言を気にする者はいない。
みんなだいたい同じようなものなので。
「次は組み立てて、やっと本番かー。木材は経験あるけど、さすがに金属は初めてだからなあ」
いま名無しのミートが使っているのは作業用テーブルである。
頑丈で、あえて重い作業台を作ろうとしているのは本番のためだ。
本番。
丸ノコの歯を替えて、金属を切断する。
対ワイバーン用の武器のために。
「まあ焦らずのんびり、安全第一でやりましょーか! 槍だけに!」
ツッコミはない。
30人のキャンプオフ参加者がトリップしたのに、あいかわらずツッコミ役は不足気味である。
宇都宮郊外の超大型ホームセンターで購入したのは木材だけではない。
鋼材や鉄パイプ、塩ビ管も購入している。
空を飛ぶ敵、大型のモンスターに対抗するには持ち込んだ武器では心もとない。
チェーンソーもバールもスコップもピッチフォークも木槌も、あくまで近接用の武器である。
例外はドングリ博士が持ち込んだ猟銃だけ。
ワイバーン対策本部・武器開発班の名無しのミートは、金属で槍を作るつもりらしい。
投げたり謎バリアの中から突き刺したり、衝角として車に取り付けるために。
竹槍で戦闘機は墜とせるか。
槍でワイバーンは墜とせるか。
異世界トリップした掲示板住人たちは、無謀な戦いを繰り広げることになるようだ。
いやまあ金属の槍だけで戦うわけではないだろう。たぶん。
「うーん、弓矢って自作できないのかなあ。竹は持ってきてるからイケるか? 竹槍にするよりそっちの方がいいでしょたぶん! よし、槍の次は弓矢だな! あ、なんか塩ビ管から自作できるってのも聞いた気がする!」
ちなみに。
今日も開拓班のリーダーはユージである。
ユージをサポートするはずの名無しのミートは別の班になって、サクラとアリスは家事班、コタローは探索班。
ユージはリーダーとして、一人で開拓班を仕切っていた。
作業自体は昨日と同じため、ユージがあらためて教える必要はない。
むしろユージ最大の役割は、モンスターが現れた時の戦闘である。
開拓班と建築班は、ユージのほかにモンスターと戦ったことがある者はいない。
ユージ、その一点だけでもみんなの尊敬を集めているようだ。
一度戦った探索班はともかくとして、戦闘未経験なメンバーはちょっと怯え気味なので。
あるいはさっさとゴブリンあたりと戦わせた方が過剰に怯えなくなるかもしれない。
ユージの家に30人がトリップしてから二日目。
初日の興奮は落ち着いたものの、開拓地は今日も喧噪に包まれるのだった。
電動工具も混合燃料タイプのチェーンソーや刈り払い機も大活躍である。
これまでがウソのように開拓が進む。
そしてそれは、ワイバーンから見つかりやすくなることも意味するのだった。
ユージの家と庭に滞在する32人と一匹。
まもなく、試練の時である。
次話、12/3(土)18時投稿予定です!
※10年ニート本編に投稿している三話分のIFルートに関しまして※
重複投稿となっている本編側の三話分は削除しました。
本編は完結済みとして、今後、IFルートはこちらのみにアップします。
ご注意ください。