IF:第四話 ユージと掲示板住人たち、それぞれの行動:探索班
まずは探索班から。
「ドングリ博士、ガチな人だったんだ……」
「いまさら何を言っている。虫を食べるだけじゃなくて、自分で調理すると言ってただろう? それに、すがり追いの話も興味深かった」
「え、ちょっと待って、みんなご存じみたいな感じで言ってるけど『すがり追い』って何? 物知りなニートもおかしくない?」
「地方によって呼ばれ方は違うが、夏や秋に、目印をつけたジバチを追う。巣を見つけて掘り出して庭で養殖して、秋に調理して食べるんだ。信州あたりの伝統だな」
「おっ、よく知ってるね。さすが物知りなニート! 地元出身の爺ちゃんとか、すごい勢いで山を走ってたなあ」
キャンプオフに参加したメンバーが、ユージがいる異世界にトリップした初日。
昼食を終えて午後からは、さっそく班ごとに行動がはじまっていた。
異世界の森を歩くのは、ドングリ博士と物知りなニート、名無しが二人、撮影係としてカメラおっさん。
合計五人だ。
それと、しんぱいだもの、わたしがしっかりしなきゃね、と言わんばかりに先導するコタローである。頼れる女である。犬だけど。
探索班は、ドングリ博士と物知りなニートの知識で食べられる物を探しつつ、モンスターが近づいていないか見まわりしているらしい。
郡司やほかの掲示板住人たち、ルイスやジョージといったアメリカ組、班分けの時に一番希望者が多かったグループである。
名無し二人の選出基準は運動経験の有無らしい。
ニートでも日常的に運動している者はいるのだ。ちょっとは。
だがコタローに続いて先頭を歩くのは、購入した長いタイプのバールと、持参した金属バットを振り回す二人の名無しではない。
人間の先頭はドングリ博士だ。
当然である。
この班のキーマンはドングリ博士なのだ。
なにしろ猟銃を持ち込んでいるので。
「くっ、俺も銃の免許とっておけばよかった! けっこう簡単なんでしょ?」
「手続きがややこしいし、試験もある。それに内偵調査が問題かもしれないな」
「内偵調査? え? どういうこと?」
「通常、職場や近所で聞き込みされるらしい。俺は農業もやってたし、ご近所さんにも自給自足を目指してる変わり者って知られてたから問題なかったけど」
「あ、うん、ニートはムリね。くっそ、でも働きたくねえ!」
ドングリ博士が持つ猟銃に憧れの目を向ける名無しのニート二人。
物知りなニートはすでにその辺の木やら草やらに目を向けて、カメラおっさんは撮影に集中している。
全員マイペースすぎである。
コタローがついて来たのは賢明な判断であるようだ。
「まあほら、今からじゃどっちにしろ持ち込めないし! 諦めようぜ!」
「待て、この世界の人に作ってもらうって手が!」
「俺にその気はないぞ。モンスターがいるって言うし、安全のために持ち込んだけど……この世界で発明されてないなら、広げていいものじゃないだろ。それに、再現するには難易度が高いと思うし」
「うーん、そっかあ」
「それに、正直どこまで有効かはわからない。ユージの動画を見る限り、ゴブリンやオークには効くと思うんだけど、ワイバーンは難しいかもしれないなあ」
「え? そんなものなの?」
「ライフルではなく散弾銃だからね。シカやイノシシはイケるけど、クマはキツイ程度だぞ? この猟銃でクマを撃ったら、仕留めるのに何発かかるか……」
「え? こっちの世界のクマの話だよね?」
「そんなわけないだろ。それだってツキノワグマの話で、ヒグマはムリだろうなあ」
「クマやべえ!」
くだらない話を続けながら、ドングリ博士と物知りなニートは気になる植物や木の実をひょいひょい採取している。
もちろんドングリも。
ちなみに二人とも、キノコを拾う気はないようだ。
よっぽどの食料不足にならない限り、野生の、しかも異世界のキノコに手を出すのは自殺行為である。
ユージとは違うのだ。かつてノリで真っ赤なキノコを食べたユージとは。
ふと、先頭を歩いていたコタローが足を止める。
ピクピクと耳を動かして、なにかきこえたわ、とばかりに。
五人を振り返って、ワン! と一吠え。
「どうしたのコタロー?」
「みんな、下がって。コタローの優秀さは知ってるだろ? モンスターとか獣だったら、最初に俺が撃つから」
「ま、まじかよ初日からいきなり……」
コタローが吠えたのは警告だと判断したのは、この班のリーダーのドングリ博士である。
名無しのニートの二人は震えながらバールと金属バットを握りしめて一歩下がる。かつてのユージのようなへっぴり腰で。
物知りなニートは、背後から前方を覗き込んでいた。好奇心はニートを殺すか。
一方で、一気に興奮した様子を見せるのはカメラおっさんである。
「ついに、ついにこの時が来た! よし、迫力ある写真を……」
「落ち着けカメラおっさん。安全第一だから。あと動画で頼まれてただろ」
前に出ようとしたカメラおっさんを止める名無しのニート。
意外にできる男だったらしい。
まあ運動経験があってコミュ力が高く、ソツがないから初回の探索班になったのだ。ニートだけど。
コタローと五人が見守る中、森の前方の薮が揺れる。
現れたのは、三匹のゴブリンだった。
「おおっ、マジでゴブリンだ……」
「え、こんな近くでモンスターが出るの?」
「それはそうだろう。ユージは家の前で撃退しているし、掲示板では近くに巣があるんじゃないかという話になっていたはずだ。ドングリ博士、作戦は?」
「射程圏に入ったら、俺が一発撃つよ。弾が限られてるから、あとは様子を見てから。コタローは飛び出さないように気をつけて。もし全部倒せなくても、ケガさせられればあとは……」
ドングリ博士が持ってきたのは猟銃だけではない。
大型獣の場合、猟銃だけで死ぬことは稀だ。
とうぜんドングリ博士は、トドメをさすために使う刃物も持参している。
薮こぎにも使える剣鉈を。
ドングリ博士が言うように、持ち込んだ弾は限られている。
危険がなければ節約するつもりなのだろう。
「みんな発砲音は経験ないだろうし、耳をふさいで。撃ちます!」
ゲギャゲギャと近づくゴブリンたちに向けて、ドングリ博士が銃を構える。
宣言の後に、森にドンという音が響く。
この世界で、初めて銃が撃たれた音である。
ドングリ博士が撃ったのは散弾だ。
小さな粒がいくつも飛び散るアレである。
中央を走っていたゴブリンは倒れ、向かって左のゴブリンにも弾が当たったらしく、何歩か進んでその後うずくまっている。
元気に棍棒を振り回しているのは一匹だけ。
その一匹も音に驚いたのか、立ち止まっている。
「す、すげえ! 俺、銃を撃ったとこなんて初めて見た!」
「カメラおっさん!」
「ああ、ちゃんと撮影した。不本意だが動画でな」
「一匹は無傷か……もう一発撃つかなあ。うん? コタロー?」
結果を冷静に見極めるドングリ博士を置いて走り出すコタロー。
この中でダントツの異世界歴を誇るコタローが駆けて、無傷のゴブリンの足下を通り過ぎる。
唯一立っていたゴブリンは、地面に倒れた。
「わかってた、わかってたけど……優秀すぎませんかねえ……」
「さっすがコタロー! カメラおっさん!」
「ああ、撮ってるぞ! ちなみにこの声も入ってる。よかったな、音声が通じなくて」
「おい、まだ気を抜くな。トドメをさしに行かないと」
「あ、ああ、そうか。……ユージって実はすごかったんだな」
「ドングリ博士は仕事したし、物知りなニートは知識担当。カメラおっさんが撮影で……俺たちの番か。よし」
長いバールと金属バット。
それぞれを手に、倒れたゴブリンたちに近づく二人の男。
名無し、男を見せる時である。
あまりのビビリっぷりに、戦闘で情けない姿を見せたユージのことを笑えなくなっているようだが。
二人の名無しが近づいたところ、一匹のゴブリンはすでに事切れていた。
生きているのは弾が当たった一匹と、コタローに攻撃された一匹である。
そのコタローは、はやくとどめをさすのよ、わたしがみはってるから、とでも言いたげな様子だった。スパルタである。群れの新参には厳しい女であるようだ。
あるいは今日異世界に来た男たちに、モンスターを倒して位階を上げさせようとしているのかもしれない。
手と足を震わせながら。
二人の名無しは、バールと金属バットでゴブリンを殺すのだった。
銃、バールのようなもの、金属バット。
この世界で初めてのゴブリンの死因である。
コタローと五人の男たちは、ゴブリンの死体を片付けるために一度ユージの家に戻って、ほかの仲間に報告して。
その後も、探索を続けていた。
案外タフなチームである。
「これ思ったよりキツイな。そのうち慣れるのかなあ」
「日本での狩猟でも慣れない人はいるよ。農家さんとか、好きで狩猟免許取ったわけじゃないって人もいるから。銃では殺れるけど、刃物でトドメはさせないって人もいるし」
「あ、そうなんだ。うーん、やっぱり遠距離武器はあった方がいいかなあ。実際、近接戦闘とかしんどいかも」
「だなあ。俺、まだ殴った感触が残ってるもん。もちろん接近戦は鍛えないとだけど、メインはみんな遠距離の何かでいいんじゃないかなあ」
「確かに! 情けねえなユージィ! とか言ってたけど、いざ来てみるとね……リアルだし」
「近づかれる前に無力化するか。ありかもしれないな。だがやはり銃は難しいだろう。となると無難なのは弓矢か。クロスボウはあるんだろうか」
「おっ、物知りなニートもアレを知らないかな? こっちに来て鍛冶師を確保できたら、弓矢の一種を作ってもらおうって考えてたんだけど」
「弓矢の一種? ドングリ博士、それって?」
「日本では狩猟に使うのは認められてないんだけど……コンパウンドボウっていうのがあってね。ほら、弓道で使う和弓じゃなくて、アーチェリーで使ってるタイプの」
「ああ、なるほど。あれなら一般的な弓矢より使いやすいし威力も高いか。だが作れるのか?」
「なんで物知りなニートはコレだけで通じてるんですかねえ……」
「おい、ほっとけって。ほら、俺たちはまわりを警戒しておこう? な?」
「まったく同じにする必要はないから、基本的な考え方を教えればイケると思うんだよね。もちろん合金とか炭素繊維なんかはないから、素材選びからなんだけどさ。その辺は本職と相談できれば」
「ありえなくはないか。荷車や馬車があるなら滑車もあるだろう。であれば、素材は違っても問題ないか……ああ、作れるだろう」
「あの、二人とも盛り上がってるけど、そんなにすごいの? そのなんちゃらボウって」
「アーチェリー競技しか見てないとわからないと思うけど……あれ、射程が200メートルぐらいあるんだ。引く力は弱くてもイケる作りになってるし、安定性も高い。あ、ちなみに200メートルってあの木ぐらいね」
「それやべえ! 作ろう、すぐ作ろう!」
「おまえ接近戦イヤがりすぎだろ! そりゃ俺もできればやりたくないけど!」
異世界トリップした掲示板住人たちのうち、探索班はすでにリアルな現実に直面したようだ。
少なくとも名無し二人は、ユージのことを見直したらしい。
ゴブリンにトドメをさすのが思ったよりキツかったのだろう。
ユージも通った道である。
けっきょくこの日。
探索班がモンスターに出会ったのは、一度だけ。
撮影チャンスが一度だけで残念がるカメラおっさんをよそに、名無しのニート二人はほっと胸を撫で下ろすのだった。
収穫は、食べられるかもとドングリ博士が判断したドングリやら木の実。
地球にはないかもと物知りなニートが判断した植物のサンプルと、カメラおっさんが撮影した動画と画像データだけ。
だが。
ユージ以外が撮影したデータで、ユージ以外が体験した異世界である。
活動を終えて、ユージの家の敷地に集まれば。
異世界トリップしたキャンプオフ参加メンバーと、元の世界の掲示板住人たちは、それだけで充分盛り上がることになるだろう。
ということで、浮かれつつ異世界のリアルを知った探索班でした。
次話、11/15(火)18時に投稿します!
次は「主人公」ユージが率いる開拓班!
今後、IFルートは火・土で投稿することにします。
週1は逆に間が空きすぎて書きづらかったもので…。
新作は月・水・金に投稿しているので、その合間に!