IF:第六章 プロローグ
※前話に設定や状況説明、注意点をアップしています。
そちらをご覧いただいてから、今話をお読みください。
※話中中盤の★以降が、本編から分岐したIFルートのスタートです。
ユージの家の庭で、桜の木が満開の花を見せている。
春。
ユージが異世界に来てからちょうど2年が経った。
3年目の春である。
今日、日本ではユージの家の跡地でオフ会キャンプが開催されているらしい。
ユージが異世界に来たのとおそらくは同じ日。
そのタイミングで元の家の敷地に人がいるのははじめてのこと。
ひょっとしたら、みんなも同じように来るかもしれない。
それは希望か、不安か。
複雑な表情で、夕日が照らす桜の花を見つめるユージ。
「ユージ兄、さくらはきれーだね!」
縁側に座るユージの横には、ニコニコと満面の笑みを浮かべるアリスがいた。
その横にはコタロー。わっさわっさと大きく尻尾を振って、なぜだかご機嫌のようである。
「ユージ兄、どうしたの? かなしいお顔してるよ? だいじょうぶ?」
アリスが撫でてあげると言ってユージに近づき、小さな手でユージの頭を撫でる。
秋に7歳の誕生日を迎えて以降、アリスはときどきこうしてお姉さんぶっている。
なんだか寂しそうなユージを、コタローは見守るだけにしたようだ。優しげな眼差しで見つめるのみである。
「アリス、ありがとう。今日はご飯食べてお風呂入ったら、コタローと一緒に寝てくれるかな? 俺はちょっと用事があって、今日は外で寝るから」
「うん、わかった! コタロー、今日は一緒だね」
どこか納得いっていない表情のまま、それでも頷いてコタローに挨拶するアリス。いい子である。
コタローは、ワンッ、ワンッと声色を変えてユージとアリスに一つずつ吠える。
アリスにはよろしくねと、ユージには、しんぱいだけどあしたにするわ、と言いたいようだ。引くときは引く。できた女である。犬だけど。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
夏に行商人のケビンに保存食の知識を伝えた後、ケビンは秋にもう一度やって来ていた。ユージへの物資の提供と、途中報告である。
教えた知識のうち、オーツや小麦、塩、水やハチミツを加えて練り、棒状に焼き上げたものは完成したようである。思ったよりも日持ちはしないが、味はよくて携行性に優れており、行商人や冒険者に売れますよ! と鼻息荒くケビンが張り切っていた。
薫製はそれより手間取っているようだ。半生の薫製はうまくいくものの、保存性も味もまだまだ。木材の選択が必要なため、ユージや掲示板の住人もアドバイスできなかったのである。
当たり前だ。誰もこの世界の木の特性など知らないのだ。ともあれ、ケビンは割り切って小さな試作用のスモーカーを作らせたようだ。
温燻、熱燻に挑戦しており、こちらは商品化にはまだ時間がかかるようである。
もっとも試作品はワインとともにケビンが消費しているそうで、腹まわりの肉を気にしていたが。
そこそこ順調な2種に比べ、缶詰と瓶詰めは思わしくないようである。やはり容器の作成難易度が高いようだ。
ケビンによると、薄い鉄板は存在するし曲げることも可能なのだが、安いコストで接着する方法を考える必要があるらしい。ひとつひとつ熱して叩けばいいんですが、それだと手間賃がいくらになることやら……というのがケビンの弁であった。
瓶詰め用のガラス瓶も、瓶自体は作れるが大きさはまちまちで、値段も高い。ユージや掲示板の住人も想定していた通り、やはりこちらはハードルが高いようである。
一方で秋から冬にかけて、ユージの家周辺の開拓は順調に進んだ。
南側は、目印としていた敷地からおよそ10メートルの範囲はすべて伐採を終え、東側も多くの木が伐り倒されている。もっとも地面は雪に覆われていたため、東側の切り株はそのまま残っているが。
南側に植えられたジャガイモに似た芋は、秋の終わりに無事収穫された。
顔に土を付け、きゃっきゃと喜ぶアリスより、めずらしくコタローの方がはしゃいでいた。
後脚で得意気に土をはねのける姿は、手伝いというより我を忘れて楽しんでいるようであった。ときおり土と一緒に芋も飛び、ユージに直撃していたが。悪気はなかったのだろう。おそらく。
稀人として知識を渡し、対価に食糧や物資を得る。
開拓者として農地にできる場所を伐り拓き、収穫を得る。
働きはじめたユージにとって、穏やかで充実した秋と冬だったと言えるかもしれない。
あいかわらず訓練しても明かりの魔法しか使えないようだが。
そして迎えた3年目の春。
オフ会の情報を知り、ユージは庭で夜を明かすのであった。
★ ★ ★
「ああ、いつの間にか寝ちゃってたか……え?」
ちょうど二年前のこの日。
それが、ユージが家ごとこの世界にやってきた日だと考えられている。
そしてこの日、妹のサクラや掲示板住人が集まって、初めてのキャンプオフが開かれていた。
ユージの家があった、跡地で。
同じ日、同じ場所なら、ユージが行った異世界に行けるのではないかと。
それを聞いたユージは、外で寝ることを選択していた。
可能性はないかもしれない。
原因も理由もわからないのだ。
それでも、ひょっとしたら。
ユージは、そんな気持ちを抱えて外で夜を過ごしていた。
そして。
いつの間にか寝てしまっていたユージの前に、ユージの家の庭に。
いくつかの、テントがあった。
眠る前にはなかったはずのテントが。
「ウソだろ……まさか、まさか!」
寝袋を脱ぎ捨てて立ち上がるユージ。
パンッと自分の頬を叩くが、目の前の光景は変わらない。
「だ、だれか! だれかいませんか!」
テントは目の前にある。
中をあらためるのではなく声を上げたのは、自分で確かめるのが怖いからだろうか。
何度も大声を張り上げるユージ。
一つ一つ、テントに目を向ける。
やがて。
いくつも並んだテントの奥。
満開の桜の下に。
ユージは人影を見つけた。
キャンプ用のチェアに座る人影を。
「ふああ、いつの間にか寝ちゃって…………え? 森? そ、それじゃ!」
目にした景色に驚いて、キョロキョロと周囲を見渡して、ユージと目が合ったのは。
「お、お兄ちゃん! ユージお兄ちゃん!」
「サクラ? 本当に? え、それじゃあコレは!?」
「お兄ちゃん!」
駆け出して、ユージに抱きつく一人の女性。
サクラであった。
ユージが元いた世界にいたはずの、ユージの妹の、サクラである。
ユージが引きこもる前はブラコン気味だった、サクラである。
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!」
ユージに抱きついて、ユージの存在を確かめるように頭をこすりつけるサクラ。
ユージが呆然としているうちに。
テントから、何人もの人が出てきた。
「おおおおおおおおおお!」
「起きろ! 起きろおまえら!」
「マジか、マジか、マジか! ありがとう神様!」
「メシ食ってる場合じゃねえ!」
「これは……本当に、このようなことがあるのですね」
「サクラ? 誰に……おおっ、ホンモノのユージさんだ!」
周囲を見て、拳を突き上げて叫ぶ男たち。
ある者は飛び跳ねて、ある者は神に祈りを捧げて、ある者はさっそくカメラを取り出して。
それぞれが興奮をあらわにしていた。
「サクラ、この人たちは……? あ、そっか、キャンプオフだったから!」
「そう、そうだよお兄ちゃん!」
勢いに押されて、ユージはちょっと引き気味である。
「みんな、気持ちはわかるがいったん落ち着け。点呼と荷物のチェックをはじめよう」
騒ぐ人々をなだめるひとりの声。
それもそうだと、はやる心を押し殺して静かになる男たち。
だが、その言葉で落ち着いたのは一瞬だった。
和室の窓がガラガラと開いて。
一人と一匹が、顔を出したのだ。
「おはよーユージ兄。あれ? ユージ兄、このひとたちはだあれ?」
アリスである。
7才の幼女である。
あとワンワンワンッ! と興奮したように鳴いて、サクラに駆け寄る17才のコタローである。
「おおおおお! アリスちゃん、やっとアリスちゃんに会えました! ちょっと待ってください、私、アリスちゃんにプレゼントを買ってきたのです!」
「確保、そのロリ野郎を確保しろ! アリスちゃんに近づけるな!」
「コタロー! コタローかわいいよコタロー!」
「おい、ソイツも止めろ! ガチのケモナーだッ!」
集団を落ち着けようとした、クールなニートの言葉も虚しく。
ユージの家の庭には、カオスが広がるのだった。
「えっと……サクラ、なにこれ。どうしよう……」
「み、みんな悪い人じゃないから、うん、悪い人じゃないんだ、たぶん……」
十数年ぶりに、外で会話する兄妹を差し置いて。
ユージがこの世界に来てから三年目の春。
ユージ家跡地で初めてキャンプオフが開かれた翌朝。
キャンプオフに集まった30人は。
ユージがいる、異世界にやってきたようだ。
これは、その日からはじまる物語である。