IF:第六話 ユージと掲示板住人たち、冒険者ギルドのギルドマスターと話をする
ユージとアリス、コタローに加えて30人のトリッパーたち。
それに案内役のケビンと、同行していた代官は冒険者ギルドの訓練所にいた。
34人と一匹が入れる部屋はなかったらしい。
いま、三人の男が訓練所で土下座していた。
むきだしの土に額をこすりつける大柄な男、猿人族の男。
未遂だったが、ユージたちにからもうとした二人の冒険者である。
「この世界にも土下座ってあるんだなー」
「おおっ、これがドゲザ! ボクは初めて見たよ! 写真撮ってもいいかなあ」
「やめて、ルイスくん。そういうのは死者にむち打つって言うのよ」
「つまりサクラ、これからこの三人は……ゾンビになるのか?」
アメリカ組のリアクションが謎である。
ユージやほとんどのトリッパーは、土下座されてどうしたらいいかわからず戸惑っている。
謝り倒して引かせるのが狙いだとしたら、そこそこ成功している。
「この度は、ウチの冒険者どもがご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!」
微妙な空気の中で、中央で土下座していた男が謝罪の言葉を張り上げる。
年配の男は元冒険者なのだろう、服の上からでもわかるほど筋肉質な体を、小さく縮めていた。
いわゆるクルーカットで白髪まじりの短髪をユージたちに見せ、額をぐりぐり地面にこすりつけている。この世界の土下座は、じゃっかん流儀が違うのか。
謝罪の際に見せた顔は傷跡だらけで、特に片側の口の端から頬にかけて大きなものが残っていた。
歴戦の勇士。
プルミエの街の冒険者ギルドマスターその人である。
ちょっと涙目で見る影もない。
「いえいえそんな、顔を上げてくださいギルドマスター。ねえ代官様?」
「このままでは話もできぬ。顔を上げよ、サロモン」
ギルドマスターにそんな声をかけるケビンと代官。ああ、ケビンさんも強く責める気はないんだな、そうだよな、被害があったわけじゃないんだし、などと暢気な考えのユージ。
「サロモン……鍵?」
「古いぞトニー。あとそれはソロモンだな」
「郡司先生、この場合は?」
「日本では罪に問うのは難しいでしょうね」
「なんかこっちの罪悪感がヤバい。ちょっとキツくても話しかけてきただけなのに」
「封建制だからなあ。人妻を口説いたら打ち首らしいし」
「領主夫人だからだろ。というか日本でもアウトだろ」
外野は他人事である。
からまれたのはユージとトリッパーの集団で、外野でも他人事でもないのだが。
「依頼に来たらからまれるなんて驚きましたけれども、未遂でしたし被害はありませんでしたから。あまり大事にしないでくださいね、ギルドマスター。私も商人ギルドや友人に気をつけるよう言うつもりはありませんし」
ニコニコと笑って告げるケビン。
罪に問う気はない意志を見せて代官を牽制し、しかもギルドマスターへプレッシャーをかける。鬼か。
「代官様が同行されて依頼……あの、それは、どのような依頼でしょうか?」
ケビンの言葉を聞いても、ギルドマスターはうろたえている。
両横の二人の男は土下座したまま顔をあげようともしない。
「開拓地に移住して、開拓民へ戦闘を教える教官役の冒険者を探しているのです。少々特殊なもので、口が堅くて信頼できる冒険者を」
「ここに領主様より書状を預かっている。対モンスターが中心になること、交代できず永住となることを考えると、領軍から出すのは難しいのだ」
「ああ、言い忘れました。場所はまだ言えませんが、できたばかりの開拓団で、新しい開拓地ですよ」
「な、なんと! 新しい開拓団! その教官役ですと!」
ずずいっとにじり寄るギルドマスター。
冒険者はいつか引退する。もちろんそれまでに命を落とすことも多いが。
引退までに貯めたお金で何もせず暮らす人もいる。ときどき簡単な警備などを請け負いながら暮らす者も多い。元いた街や村に戻る人もいる。
だがそれは、お金を持って引退できた冒険者である。
年齢や怪我で戦えなくなるまで冒険者を続けても、たいしてお金を貯めていない者も多い。
元々が一攫千金を夢見た者か、命を張って戦うことしかできない無頼者の集団なのだ。
戦いしかしてこなかった人間など、街ではなかなか定職を見つけられない。
かといって農村に移り住んでも、慣れない農作業、最初の年からかかる税、既存の村社会が待っている。越えるべきハードルは高い。
だが。
新規の開拓団なら。
三年は税を優遇される。開拓団にもよるが、しがらみも少ない。
そして開拓は力を頼りにされることが多く、自尊心もそれなりに満たされる。
いかに元冒険者とはいえ個人や数人での開拓は厳しいが、開拓団であれば。
そんな理由で、開拓団、それも新規の開拓団は引退する冒険者には人気があるのだ。
とはいっても開拓団などそうそうあるものではなく、あったとしても自己資金が少ない元冒険者の参加など狭き門だ。
職人や農業知識のある者が優先され、それに見合った労働力として入り込めるかどうかである。
資金が潤沢な開拓団など、傭兵団をまるごと抱え込んだり、金にあかせて奴隷を大量に連れて行くケースもあるのだ。
「ですが、開拓団のみなさまにからむ冒険者しかいないようですからねえ……どうしましょうか、代官様、開拓団長のユージさん」
「ふむ……」
「え? 俺? えっと……」
「代官様、コヤツらはこちらで処分を下しますので! 冒険者には信頼できる者もいますとも! こちらが開拓団長、ユージ殿とおっしゃいましたか! ワシが厳選して、おおそうだ、小額ではありますが冒険者ギルドからそれぞれに支度金をお付けしましょう! む、みれば開拓団は男性が多いご様子! ご希望なら女性冒険者を探しますので! いえ何もいかがわしいことをさせるためではなく自由恋愛でしたらそれはそれで、ね? ですから開拓団の教官役は冒険者を募集しましょう、ね?」
ギルドマスター、ユージの腰にすがりついて怒濤のセールストークである。
冒険者に人気の引退先、新規の開拓団。しかも冒険者のプライドも満たされるだろう教官役。
もし領軍や別の街の冒険者に決まろうものなら、プルミエの街の冒険者ギルドは冒険者から信用を失うだろう。
数少ない優良な引退先を他所にかっさらわれたとなれば、冒険者が違う街に拠点を変えてもおかしくない。
領主夫人や代官、商人から信用を失う可能性。さらに冒険者から信用を失う可能性。
プルミエの街の冒険者ギルドマスター、サロモンにとって人生で二番目のピンチである。
ちなみに一番は、口から頬まで引き裂かれ、九死に一生を得たドラゴンとの死闘であった。
「う、うわあ、大人の必死ってすごい」
「女性の……冒険者……?」
「年齢は何歳ぐらいなのでしょうか? いえ、引退される方でしたね……お子さんはいらっしゃいませんか?」
「女性冒険者じゃなくていいから獣人さんの冒険者パーティはいません?」
「装備を確認させてください。ビキニアーマーってありますか?」
「黙れお前ら! いまちょっとマジメな話だから!」
「離せミート! 俺を、俺たちの夢を!」
「引退を考えるってことはそこそこ歳がいくのかな? 歳上の女性冒険者に手取り足取り……」
「OKしろユージ! 条件は応相談、いや面接必須で!」
「落ち着けトニー。みんなも冷静になれ」
大混乱である。
「サクラおねーちゃん? アリス、きこえないよ?」
「いいのいいの、アリスちゃんが男たちの汚さを知るのはまだはやいから」
騒ぐトリッパーたちを横目に、ユージの妹のサクラはアリスの耳をしっかり押さえていた。大人の対応である。
コタローはユージの足元で後ろのトリッパーたちを振り返り、わふぅっとため息を漏らしている。だめね、こいつら、とでも言いたげに。
「えっと、どうしようクールなニート?」
ギルドマスターに縋り付かれたユージは、クールなニートに助けを求める。
大人に懇願されて動揺して、まわりが盛り上がりすぎて、いまいち状況を理解できなかったらしい。
10年引きこもっていた男の判断力のなさよ。まあ仕方あるまい。引きニートでなくとも、大人が腰にすがりつく事態などそうそうない。混乱するのも当然だろう。
「ユージ、冒険者を紹介してもらおう。その上で代官様やケビンさんとともに調査、面接して、信頼できると思ったら採用すればいい。男女関係なく」
「じゃあそれで。そんな感じでいいですかね、ギルドマスター?」
「おお、おお、ありがとうございますユージ殿!」
ギルドマスター、安心したのかちょっと涙目である。
傷だらけの歴戦の勇士は、この戦いもなんとか勝ち抜いたようだ。プライドに傷がつこうが、勝てばよかろうなのだ。
「では、信頼できる冒険者を紹介してもらうことにしましょうか。よろしいですか、代官様?」
「うむ。こちらとしても関心事なのだ、人物調査には協力しよう。台帳と記録、それに警備兵に当たる程度だが」
「充分です、代官様。ありがとうございます」
交渉成立である。
クールなニートやケビン、代官の協力を得つつも、最後に決断を下したのはユージである。いちおう。
ユージ、少しずつ開拓団長、トリッパーたちのリーダーとしての自覚が出てきたのかもしれない。
あるいは単に、ケビンやクールなニートや郡司や、まわりがユージを守り立てようとしているだけかもしれないが。
次話、8/12(土)18時投稿予定です!
※8/12追記 次話更新、遅れます。週明けになるかもしれません……
※8/17追記 大変申し訳ありません、諸々ありまして、
今話・8/19(土)・8/26(土)・おそらく9/2(土)の更新もお休みします。
遅くとも9/9(土)には再開します!