49◇英雄、激闘ス
パルフェ戦での策は使えない。
幸助は最初から『黒士無双』を抜き、そこに『黒』を纏わせる。
【黒纏】と【黒葬】を展開。同時に【黒喰】で半月状の『黒』を飛ばす。
幸助の全身が黒甲冑に包まれ、夜の闇より深き『黒』がフィールドに広がった。
「ほっほぉ、それが『黒』か。どれ、併呑とやら、見せてみよ――【雷鳴】」
弾け飛んだ。
歓声があがる。
電光の閃きが地面を駆け巡り、それだけでフィールドの『黒』が許容量オーバーで消滅してしまったのだ。
その威力たるや、ライクやパルフェの比ではない。
「ふむ。この程度か、クロよ」
声のした方向に、既に彼はいなかった。
「【雷轟】」
背後だ。
背中に衝撃を受け、幸助の身体が吹き飛ばされる。
坂道を転がる球体が如く地面を転がる幸助。
途中で手の力で強引に地面を弾き、それを繰り返すことで威力を殺す。
リガルは顎を撫でながら、人好きのする笑顔を浮かべている。
単純な魔法攻撃力だけではない。
彼は『雷』属性によって、おそらく肉体を動かす生体電流に干渉している。
英雄である幸助の目にすら留まらぬ動きは、そうやって生み出しているのだろう。
「降参か?」
安い挑発だ。乗せるつもりすらないだろう。
幸助は兜の下で微笑むだけに留め、行動で答えを示す。
「【剣群投射・暁拵え】」
幸助の背後、その中空に無数の黒剣が出現。
全ての刀身が灼熱したそれらが、一斉にリガルへと向かう。
「くくっ、いいぞ、面白い!」
リガルはその全てを、雷撃を纏った両拳だけで全て叩き折っていく。
「【剣群投射・白拵え】」
次の攻撃も拳で迎え撃ったリガルだが、それは失敗に終わる。
彼の雷撃が『無かったこと』になり、その拳が薄く斬り裂かれた。
すぐさま彼は回避行動を取り「【雷爪】」閃光弾ける鉤爪によって剣に対応。
何度か【雷爪】を『無かったこと』にされながらもすぐに展開し直し、結局全て防いでしまう。
その時既に、幸助は彼に斬りかかっていた。
「むっ――!? おんし、その速度は!」
彼の攻撃は一撃一撃が重い。
つまり、幸助はそれだけ『雷』を捕食したというわけだ。
既に『雷』の適性と幾らかの魔法は得た。
【雷爪】でしっかりと受けつつ、リガルは嬉しそうに相好を崩す。
「よい、よいぞクロ! その成長速度! 強かさ! おんしはダルトラ史上最も強き英雄として後世に名を残すだろう! 乃公が保証する!」
「ごちゃごちゃうるさいよリガル。喧嘩で何か語りたいなら、動かすべきは口じゃないだろ」
「がっはっは! もっともだ! 【雷槍招来】!」
彼の背後から雷槍が幾本も出現し、発射される。
幸助は大きく後退。何重もの『黒』き防壁により捕食する。
会場は大盛り上がりだった。
リガルの考えを、幸助は既に理解していた。
これは何も、新人いびりではない。
むしろ逆。
新たな英雄を、少しでも早く馴染ませようという配慮だ。
リガルと戦い、その力を示すことで観客として来ている武官文官は新たな英雄の力を実感として知る。
これが新しく自分達の仲間になってくれた者かと把握し、同時に高揚する。
いつかプラスが言っていたではないか。
英雄とは兵を鼓舞し、民を安堵させる者なのだと。
その両方を、まず最も身近な王宮内の人間と軍人を対象に行おうというわけだ。
そして英雄本人には、大多数の者に認められるという結果を、一夜で与えようとしている。
偉大なる英雄リガルに善戦することで。
そう、彼は手を抜いていた。
一度目は許容量オーバーで弾けた『黒』が、雷槍の方は防げるなんて妙だ。
幸助は甲冑を解除し、リガルを睨む。
「手を抜くのがあんたの決闘か。失望させないでくれよ、『霹靂の英雄』」
その視線を受け、リガルから表情が消える。
たった一瞬のことだったが、幸助は彼が想いを汲んでくれたのだと分かった。
次の瞬間に彼が浮かべた笑みは、ガキ大将を思わせる稚気に満ちたものだったから。
「ルキウス!」
リガルの叫びに、ルキウスは苦笑しながら頷く。
フィールドと観客席の境目に、氷の壁が出来上がる。
「よいだろうクロ。その好ましき傲慢を尊重し、乃公を『霹靂の英雄』たらしめる魔法を喰らわせてやる。頼むから、死ぬでないぞ――【霹靂】」
何も起こらない――否ッ!!
幸助はすぐさま意識を天空へと向けた。
「遅すぎるわ小童!」
夜空を引き裂いて、一匹の龍が墜ちてくる。
正真正銘の、雷だ。
彼は自分の魔法の効果を受けない。
観客はルキウスが守っている。他の英雄も同様だろう。
防ぎ損なえば幸助だけが――死ぬ。
幸助の判断は迅速だった。
雷の軌道上に数百の『黒』き膜を展開。
その間と間の空気を『風』魔法で圧縮することで雷の障害とする。
更には『白』によって僅かずつ『無かったこと』にすることで威力を減衰させる。
それでも、不足するものがあった。
魔力だ。
どうあっても防ぐ手立てはない。
普通なら。
『ソグルス・ドゥエ・ヌメオラルートの自食』――生命力を魔力に、魔力を生命力に変換可能になる。変換レートは、双方永久に1=1。
幸助は一瞬未満の時間で最低限の生命力以外を魔力に変換。
即座に『黒』を全力で展開。
星空の嘶きは、幸助の身に降りかかる寸前になってようやく、掻き消えた。
数を数えることも出来ない程の短い静寂を経て、会場が爆発するように沸いた。
誰もが、雷すらも捕食した幸助を褒め称えていた。
英雄達以外の、誰もが。
リガルが眼前に迫るのを、幸助は感じていた。
というより、読んでいた。
自分がリガルでもそうするから。
防ぐと信じて、攻撃しただろうから。
だから、幸助の勝ちだった。
「【我が掌が黒を生む】」
自分の掌が触れた部分から、『黒』き柱を立ち上らせる魔法。
彼に背を攻撃されて吹っ飛んだ時、幸助は既にマーキングしていた。
そして彼と剣戟を繰り広げた直後、マーキング位置に合わせて後退。
それは、幸助にしか見えない罠。
彼は焦る筈だ。それでも避けるだろう。
だが、そこで出来た隙を見逃す幸助ではない。
雷を捕食したことにより、魔力は得ている。
――勝てる!
「甘いのぉ」
リガルの動きは、幸助の予想を超えた。
彼は【我が掌が黒を生む】を、避けなかった。
リガルは首を傾げつつ、そのまま前進。
右半身が『黒』に呑まれ、消滅。
血と臓物が急速に零れ落ち、彼を死へと誘う。
そんな中、彼の瞳には闘志だけが充満していた。
死に向かいながら、その身には生気が横溢していた。
【雷爪】を纏った左腕が振るわれる。
予測を超える行動と速度に、幸助は反応出来ない。
それが幸助の首を刎ねる直前で、止まった。
「――【白】」
リガルの重傷が、一瞬で『無かった』ことになる。
幸助ではない。
クウィンの魔法だ。
「この喧嘩、乃公の勝ちだの?」
場内は静まり返っていた。
それだけ今の攻防は常軌を逸していたのだ。
リガルの表情は、とても真剣なものに変わっていた。
「クロ、おんしは強い。ステータスや使用魔法もそうだが、それを持て余さず使いこなす頭を持っておる。だがの、故におんしは今、負けたのだ」
「…………あぁ、分かるよ。俺はあんたが避けると思った。でもあんたは避けなかった。つまり、俺の思考は現実を狭めてしまったんだ。死さえ覚悟すれば、俺の攻撃を避けないという選択だってとれる筈なのに、それを見落とした」
「よぉわかっておるようだの。死と引き換えにおんしを殺そうとする者は、これから幾らでも現れよう。その時、つまらぬミスで命を落としてもらっては困る」
そう言って、彼は幸助の肩をバンバンと叩いた。
「いやぁしかし、クウィンがいたからこそ無茶が出来たが、そうでなければ相打ちとなっていただろう。来訪して一月足らずの若造にここまでしてやられるとは! 乃公も引退が見えてきたということかの! 見ておったか皆の衆! これが当代の『黒の英雄』だ! 見ての通り、既に乃公をも倒しかねない力を有しておる! 安堵せよ! 『黒の英雄』あるところに敗北は無く、『白の英雄』あるところに死は無い! 我が国は必勝の加護を得た! 外敵アークスバオナの討ち滅ぼす日も近いだろう!」
最初は小さく、次第に言葉を理解していくように、歓声は大きくなっていった。
フィールド入り口から、サービスワゴンらしき台車が何台もやってくる。
ウェイターやウェイトレスが押すそれの上には、酒が乗っている。
続々と、観客たちがフィールドに降りてきた。
「さぁ皆の者、新たな英雄の登場に祝杯をあげようぞ! 今宵の美酒は、引き分けという醜態を晒した乃公が奢ろう!」
そう言えば、最初は負けた方の奢りという話だったか。
彼のことだから、そうは言っても新人に金を要求したりはしなかっただろうが。
実際、近づいてきたルキウスが「僕らは誰一人勝ったことがありませんが、同じく誰一人酒代を要求されたことがありません」と耳打ちしてきた。
まったく恐れ入る。
ともすれば恐怖の対象ともなりかねない程の力を持つのが、英雄という存在だ。
それをリガルは、既に国に認められている自分との戦いを皆に見せ、その後で自分自身が皆の目の前で認めるという場面を見せることで、受け入れさせたのだ。
当然だが、幸助自身が「認めてください」と言って回るのでは、効果が桁違い。
此処にいない者達に関しても、噂が広がるなり、以降の功績なりで認められていくだろう。
最初のハードルを、一度の決闘で突破させたのだ。
パルフェが「子供扱いしてくる」と言ったのも当然だ。
自分達は彼に比べれば、本当に子供に過ぎない。
「リガル」
既に顔をアルコールで赤らめている彼に、幸助は言った。
「次は勝つ」
リガルはその言葉に、心底嬉しそうに笑った。
「乃公が死ぬまでに追い越してくれ。おんしなら出来るだろうて」