48◇黒の英雄、決闘ス
英雄会議は終わった。
つつがなく、と言ってもいいだろう。
終わるまでは、言ってよかった。
「ところでリガル殿、クロに対しても、やるおつもりですか?」
ルキウスが苦笑交じりに尋ねる。
困ったように笑っても美青年は美青年なのだな、と幸助は思った。
美青年の問いに対し、リガルは「無論!」と答えて豪快に笑う。
「やるって何を? 歓迎会でもしてくれるのか?」
幸助は首を傾げて、周囲の面々を見渡した。
トワは呆れたような顔をしている。
エルフィは「男ってそういうの、ほんと好きよね~」と愉快げに微笑んでいた。
クウィンは乗り気ではなさそうで、茫洋とした視線を中空に飛ばしている。
パルフェが立ち上がり、瞳を輝かせながら幸助を見た。
「おにいさま! 今こそおにいさまの強さを見せつける時ですわ!」
そのセリフで、続く展開がなんとなく読めてしまう幸助だった。
「あー、つまりリガルと新入りの俺が模擬戦でもするってわけか」
なるほど、確かに催しとしては面白い。
新入りが先輩に揉まれるというのは、形は違えどどこにでもある通過儀礼だろう。
学生時代帰宅部だったこともあって体育会系のノリは比較的苦手な幸助だが、元より体を動かすのは好きな方だ。
迷宮攻略においては、魔法具持ちでも無ければ全力を出す機会に恵まれないこともあって、先日のパルフェとの戦いは大いに滾った。
リガルとの戦いで再びあの高揚が得られると考えると、それだけで興奮してくる。
「ほほぉ……! パルフェとの件は聞いていたが、戦いと聞くやその目、おんし中々分かっておるのぉ。ルキウスにもこれぐらいの気概があるといいんだが」
「争いは避けるに越したことはない、というのが僕の持論です。そこは変わりません」
些かも崩れぬ微笑に、揺らぐことのない意思を込めてルキウスは言う。
まぁ、人それぞれタイプがあってもいいだろう。
戦いを好まないと言いながら、ルキウスにはライクの戦略級魔術を一瞬で消滅させる力がある。
責務を果たす力を持つのならば、主義主張くらいは自由でいいと幸助は思った。
「軍の闘技場を借りてある。ただちに行くぞ、皆の者! がっはっは!」
パルフェを除く女性陣とルキウスは気乗りしないようだが、抗いもしなかった。
幸助も皆に続く。
左腕にパルフェが絡まってきて、右腕にクウィンがしがみついて来た。
面白がったエルフィが背後から幸助の首に腕を巻き付ける。
三種類の薫香が幸助の吸う空気に混じる。
右腕と背中にあたる、ふよんっという感触が意識が集中してしまいそうだった。
悲しきかな、左腕は特にそういったものを感じられない。
「ふむ……。クロ、おんしはシロとかいう女子と恋仲と聞いたが? いやいい、みなまで言うな。要するに乃公と同じということだろう」
「違うからな? 勘違いしないでくれ……」
皆で進む中、すれ違う者達から奇異の目で見られる。
「なにを恥じることがある。ダルトラは一夫多妻制を採用しておる、罪ではない。金銭的な問題で多くの家庭を養う力に不足する為、一般には浸透しておらんが、おんしなら十二十妻を娶ろうとなんとかなるだろうて。おんしの世界にもなかったか? あぁー、英雄……」
「……あぁ、英雄色を好む?」
「そうだ! そもそもオスなんてものはメスに己が子を生ませたくて仕方ないものなのだ。それを理性や決まり事で御しているというだけでの。複数の女を幸せにすることが出来るというのなら、して何が悪い! 過去の世界のルールに引き摺られているというのなら、くだらんぞクロ! 己の本能に従い女を愛せ!」
彼の言っていることは、別段間違っていないように感じられた。
「リガルは良いことを言いましたわ! おにいさま程の方が一人の女に収まるなど、それこそ冒涜的というもの! 器に見合った人付き合いをなさってくださいまし?」
ただ、間違っていなくても、正しくても、幸助が受け入れるかはまた別の話である。
「リガルの言ってることの方がこの世界的に正しいんだとしても、今、俺は一人の女の子が好きなんだ。理性じゃなくて、ちゃんと心が、本能が、一人を選んでいるよ」
リガルは一瞬きょとんとした後、呵呵と笑う。
「そうかそうか! シロという女子は幸せ者だのう! ほら女英雄共、クロから離れよ、無益故!」
結局、誰も離れなかった。
「……それでも、わたし、クロ、好き」
「わたくしもお慕いしておりますわ!」
「アタシは、興味津々って感じかしらね~」
それを、ルキウスは涼しげな顔で、トワはモヤモヤしたような顔で見ている。
「…………パルフェさぁ、クロのことおにいさまって呼ぶのやめてくれないかな? トワ、なんだかむかむかするよ」
それは多分、兄を取られてしまうような危惧を、記憶を失いながらにして感じているからだろう。
無意識だからこそ、彼女もその感情に理由を見い出せないのだ。
「おほほ、ではあなたもそうお呼びすればよろしいのではなくて? ほら、言ってみなさいな、クロおにいさま、と」
自慢気な顔と共に挑発的なことを言うパルフェ。
「は、はぁ? 別にトワはそんなんじゃないし。そもそもトワとクロ同い年だし。っていうかそもそもパルフェは年上じゃん! いろいろおかしいじゃん!」
トワは僅かに頬を赤く染め、焦るように言い返した。
「ふっ、愚かですわトワ。兄妹や姉妹という表現は何も血縁に限定されるものではなくてよ? 歳の差に関係なく、世界には兄弟子、姉弟子という言葉もあるのですから」
少し感心する幸助だった。
例えば同じ人間に二人の人間が師事した時。
教えを請うのが遅かった方が弟弟子、妹弟子となる。そこに年齢は関係ない。
年下の兄弟子、というのは現実として成立するのだ。
自分より上の英雄という意味合いで、おねえさまおにいさまと呼んでいるのだと言われれば、なるほどなぁと思ってしまう。
人間を年齢ではなく実力のみで見ているというのも、単純で清々しい。
「じゃあなんでクロとクウィンだけなのさ。エルフィとリガルなんか先輩英雄じゃん」
転生した順番はよくわからないが、その口振りからリガル・エルフィ・パルフェ・ルキウス・トワ・幸助という順番らしいことが窺える。
クウィンは来訪者ではないが、果たして幾つの時点で英雄となったのだろうか。
幸助の疑問をよそに、二人の会話は続く。
「エルフィは戦闘能力を持ちませんもの。リガルは強さこそ認めるに値しますが、不遜にもわたくしを子供扱いするあたりが非常に気に食いませんの。ルキウスはそもそも戦いに応じませんし、トワ、あなたに至っては純粋に――弱くてお話になりませんわ」
「…………プチっと来ちゃったなぁ。今はそうかもしれないけど、すぐに追いついてあっと言わせてやるんだから」
「期待せずに待っていますわ」
王城の外に出て、幾らか歩く。
軍の施設は王城に隣接していた。
闘技場というより、演習場か。
校庭程の広さに、見物も可能とする観客席が配備された施設だった。
天井は無い。
満天の星空と月が照らしてくれるため暗闇ではないが、やや心許ない。
と、瞬間、壁面に取り付けられた器具に一斉に燈が灯る。
魔動式の篝火のようだ。
そして、人の気配が一気に膨れ上がった。
「……なるほど、英雄が来る度にやる恒例行事だから、人も集まるわけか」
事前に告知でもしたのかもしれない。
観客席を埋め尽くす勢いで、見物客が詰めていた。
とはいっても、基本的には軍人ばかりだ。
後は貴族の文官か。やはり不仲なのか、武官と文官でそれぞれ固まっている。
「ちなみに、負けた方が皆に一杯奢るというルールだ。断ってくれても構わん」
「あはは、ここまで来て断ったら、客が暴動を起こすだろ。いいさ、受けるよ」
「ちなみに手は抜かん。故に記録は今まで乃公の全勝となっている」
「面白いじゃん。その記録も今日までだぞリガル」
「がっはっは! よい、よいぞクロ! 若者はそうでなくてはなぁ! そうだ! 老いぼれなど追い抜いていけ! その気概や良し! だがジジイもただでは負けんぞ!」
歓声が飛び交う。
五人の英雄は観客席ではなく、少し離れたところにいる。
ルキウスが審判をしてくれるらしい。
「公平を期すために乃公が国王陛下より賜りし聖装について語ろう」
聖装というのは、御業によって超常の力を宿した国家の宝のことだ。
幸助の宝剣『黒士無双』は不壊、つまり『絶対に傷つかない』という破格の能力を持つ。
リガルは自分の左腕に付けられた円環を見せた。黒い腕輪だ。
「名を『一騎統閃』。これにより、乃公は乃公の魔法によって傷つかぬ!」
幸助は一瞬、怪訝そうな顔をしたと思う。
しかしすぐに理解する。
自分の魔法の影響を受けないというのならば、例えば自分ごと周囲を爆発させるような自爆行為を敢行しても無傷で済むということだ。
それを英雄レベルの者が行うとなれば、なるほど恐ろしい聖装と言えた。
「俺のは腰に下げてるこれだ。銘は『黒士無双』、能力は不壊」
互いにフィールドの中央まで歩いて行き、やがて少し距離を開けながら相対する。
「リガルグレイル・ブロシウスアンリース=ドンアウレリアヌス、推して参る」
「クロス・クロノス=ナノランスロット、我が力の限りを尽くし、お相手仕る」