19◇英雄へ至る者、出立ス
低難度『火』属性迷宮・ゼスト。
全十一層から成り、『火』耐性を持ち、『火』属性魔法を用いる魔物が徘徊する。
その守護者、名をソグルス・ドゥエ・ヌメオラルート。
アークレアでは、『天より灼熱を招き、都市を焦土と化した者』という意味らしい。
そう翻訳されなかったのは、古代語に相当するからだそうだ。
そういえば、魔法名や魔物の名も独特の音の羅列として捉えられていたから、あれも古代語なのかもしれない。
元いた世界に該当する言葉が存在しない時や、アークレアで古代語に分類される言語は、翻訳機能は作用しないのだ。
ソグルス・ドゥエ・ヌメオラルート――長いので以後ソグルスと略す――は、人型の魔物だという。
人型というより、人間大という方が正確か。
火で出来た、人間。
そして、人語を解し、口にする。
対話が可能ということだ。
その性格は、戦闘狂。
命乞いも無視して、命を狩ることに快楽を感じるということで、殺人狂の方が実態に即していた。
タイガが、実体験と情報収集によって得た特性は以下の通り。
・自然属性無効
・事象属性耐性極大
・殺した者の傀儡化(というより、人間一人殺すごとに、分身らしき人型が一匹ずつ増える)
・ゼスト内の魔物が使う魔法全種の行使
・異常に高い生命力
確かにこれは、他の者には頼めない。
ゼストは、一度守護者を討伐されている。
そして、三ヶ月前に、構造変化が起こったことで、新たにソグルスが出現した。
以前の守護者は、話に聞く限りソグルスよりも大分格落ちする魔物だったらしい。
だから、タイガのパーティは、その時あまり情報の無かったソグルスに挑んだ。
元々、守護者や魔法具持ちに挑むものは少ないので、出現から二ヶ月が経ってもそう情報は出回らなかった。
意地の悪いこと言ってしまえば、敗因は慢心だ。
自業自得と、突き放すことも出来る。
しかし、理由はどうあれ、大切な者を失う苦しみは幸助にも分かる。
更に言えば、個人的にソグルスへの怒りが高まる話を聞いたことが、闘争心を燻らせるきっかけとなった。
死んだ三人の仲間の内、ミオという女と、クルスという男は、付き合っていた。
クルスは、ミオを庇って、最初の犠牲者となった。
クルスだった遺体は炎に包まれ、傀儡となる。
そしてソグルスは、クルスにミオを犯させたのだ。
ミオは、燃え上がりながら陵辱され、死んだ。
ソグルスは、それを楽しみすらしなかった。
ハナを捕まえ、炙りながら犯した。
死なない程度に、加減しながら。
タイガとクララが逃げ遂せたのは、そんな、ふざけた残虐行為のおかげだ。
胸に、ざらりとしたものを、感じる。
無理やりに女性を犯すという行為そのものに、幸助は制御出来ない怒りを感じる。
クレセンメメオスを殺す時、幸助は謝罪した。
奴らはただ、栄養価の高いものを、食しただけだからだ。
それを殺すことは、奴らにとっての、理不尽である。
だから、謝った。
だが、ソグルスに対しては、そんな気遣い、無用だろう。
ただただ、敵として、殺してやる。
「クロ、お前は良い奴だ」
タイガが、話を聞いた幸助の表情を見て、溢した。
「それ、もう言うな。照れるから」
「オレの仲間、お前にとって他人だ。なのに、その死に、お前、傷ついた。良い奴だ」
「友達の友達は友達だから、その死を悲しんでも、何もおかしくない」
「…………フッ、そうだな。感謝する、友よ」
会計を済ませ、二人は立ち上がる。
ヴィーネと目が合ったので、軽く手を挙げると、嫣然と微笑まれた。
シロが近くを通ったので、尻を触る。
「なにその脈絡のないセクハラ!?」
と怒られたので、笑う。
シロが、エコナを連れてきた。
その顔は、とても不安げだ。
頭を撫でる。
絹のような手触りだ。
「行ってくる」
「……はい、行ってらっしゃいませ、ご主人様。どうか、お気をつけて」
「あぁ、晩飯は、お前が作ったものが食ってみたい。頼めるか?」
「は、はい! ご主人様に喜んで頂けるよう、誠心誠意、作ります!」
もう一度、頭を撫でる。
くすぐったそうに笑うエコナを見ていると、ささくれだっていた心が、癒えていくようだった。
二人して、生命の雫亭を後にする。
「死ねない理由が出来たな、クロ」
「あぁ。お前も一緒に食うんだぞ」
その言葉に、タイガは面食らったような顔をして、それから、やはりフッと笑った。
「死のうと、思っていたわけではない」
「でも、死んでも構わないと思ってる」
「…………見抜かれていたか、お前には」
「お前の仲間の魂は、絶対に解放する。ソグルスも、絶対に殺す。んでもってタイガ、絶対にお前を死なせない。死にたいと思っても死ぬな。俺に、友を失う苦しみを与えたいなら別だが?」
「……そう、だな。楽になるために、残された者へ重荷を投げることは、許されない。済まなかった、クロ。お前と共に帰還する、必ず」
「それでいい。俺の装備を整えたら、行こう――ソグルスを殺しに」