16◇英雄へ至る者、黙考ス
幸助は大変驚いたが、ダルトラの御役所仕事は迅速だった。
まず、魔法具『クレセンメメオスの指輪』奉上に関する続報。
これが、朝起きた時にはグラス――コンタクトレンズと決定的に異なり、目が乾燥することも、継続使用による劣化も、衝撃による脱離も無い優れものだった――に来ていた。
幸助が思っているよりも、大ごとらしい。
魔法具魔法具というが、当然、価値や分類には差がある。
言ってしまえば、人工魔法具と、神創魔法具だ。
名の通り、人工魔法具は、人間が作ったもの。
大半の臣民や来訪者が着用するグラス、簡易魔法習得に役立つシート、昨日まで羽織っていたコートに編み込まれていた対魔法繊維などだ。
これらは、魔女と呼ばれる研究者達によって開発され、魔術師と呼ばれる者達によって作られる。
その大元、あるいは発想の出発点となるのが、神創魔法具だ。
神話時代、神によって創られた数々の宝具。
ちなみに、神域で入手したものは神創魔法具でいいが、悪領で手に入れたものは原則、悪神創魔法具と言い分けた方がいいらしい。
『クレセンメメオスの指輪』は、悪神創魔法具となる。
人間がやっているのはつまり、神の創造物を研究し、幾らか自分たちに都合のいい模造品を作る行為、ということになる。
ここまで言えば、もう神創魔法具の価値は分かるだろう。
新たなオリジナルの奇跡は、幾千幾万もの模造奇跡の元となるのだ。
つまり、『クレセンメメオスの魔力再生』『クレセンメメオスの対自然属性』『クレセンメメオスの対衝撃』『クレセンメメオスの対貫通』というステータス補正を、本家から大分劣化した形ではあるが、誰でも金銭と引き換えに手に入れられるということだ。
これは、冷静に考えれば大変なことである。
人間誰しも魔力は持っているわけだから、小さな切り傷程度なら自前の魔力で再生可能に。
川で溺れる、暴風に見舞われる、雷が落ちる、火災に遭う、土砂崩れに巻き込まれるなどした場合も、対自然属性の加護によって被害は抑えられる。
対衝撃や対貫通なんて、荒事に携わる人間は誰しも欲しがるだろう。
臣民を救い、国家に莫大な富をもたらすのが、神創魔法具なのだ。
そこに、神と悪神の差は無い。
だからこそ、というのは違うかもしれないが、神創魔法具の入手は困難を極める。
確かにこれは、英雄と呼ばれるに相応しい偉業と言えるかもしれない。
あの青年貴族が、一発逆転の手段として選んだのも頷ける。
『クレセンメメオスの指輪』模造品が上げる利益を考えれば、シロが昨日言っていたように、小さな家の一つや二つ、安いものだろう。
だからこそ、懸念すべきこともあるのだが……。
ともかく、魔法具回収を記念して、一週間後に式典が開かれるとのこと。
スケジュールを開けて捻じ込むくらい価値があると判断されたのか、無いとは思うが暇なのか。
おそらく前者だろう。
国王は多忙のため、第三王女が代わりに参加するとも書かれていた。
望むことがあれば可能な限り叶えるとも。
少し考えてから、幸助は酒場の天井を見上げた。
朝である。
九時。
敢えてこの世界っぽく言うのなら、九つ時。
一日が二十四時間で、一年が三百六十五日。
さすがに日本と気候が同じとまではいかないが、ささやかな四季はあるという。
今は、初めて来た時に幸助が感じた、秋というのが正解。
もちろん翻訳された結果なので、アークレア本来の違う呼び方があるだろうが。
起床してから、マスターの作る朝食をつつき、その後はミルクをちびちび飲んでいた。
昨日の迷宮攻略で手に入れた金は、慎ましやかに暮らせば二年近く保つ程の大金らしい。
だから、一週間後まで遊び呆ける、という手もある。
というより、戦うことばかりでまだこの世界の事情に疎いので、その辺の知識を深めるのは絶対に必要だ。
しかし、幸助は、男の子として、冒険したかった。
中途半端が嫌いな幸助にとって、迷宮攻略を途中で切り上げるというのは、結構な心的負担となっている。
クリア寸前で、ご飯だと言われてゲームを一時停止にした子供の心境である。
はやく続きを進めたい。
ゼストの守護者と戦いたい。
ゼスト以外の迷宮に挑みたい。
富?
名声?
あぁ、大事だ。
それにこそ価値を見出す者がいるのは当然で、馬鹿にしようなんて思わない。
でも、幸助にとっては違う。
妹の復讐を考える前の幸助は、ただ、楽しく生きたかった。
勉強は、したい奴がすればいい。
お金は、欲しい奴が稼げばいい。
だから、遊びたい奴は、遊んだっていいじゃないか。
それで他者に迷惑が掛かるなら、悪のレッテルも貼られるだろうが、この世界は違う。
誰が困る?
魔物を倒して、魔法具を回収して、誰かが困るか?
否、むしろ逆だ。
やりたいことをやって、世界が潤う。
あぁ、確かに、アークレアは幸せになれる世界だよ、シロ。
元の世界で、幸助は殺人者に過ぎなかった。
罰を受け、出所した後で、幸せになることが出来たかはわからない。
けれど、この世界程、誰かの役に立つ幸福を、噛み締めることは出来なかった。
この世界は、自分に合っている。
それだけは、確かだ。
「ご主人様っ」
名前ではないが、幸助はそれが自分を呼ぶものと判断して、視線を向ける。
さて、今日は、何をしようか。