14◇奴隷、服従ス
「助けていただき、ありがとうございました」
奴隷ちゃん(仮称)は、土下座した。
そう躾けられていたのだろう。
迷いのない仕草だった。
「取り敢えず、立て」
すぐさま、奴隷は立つ。
氷のような色合いの髪と、瞳。
七、八歳程だろう。
見た目は、綺麗か可愛いどちらかと言われれば、綺麗と答える方向性で、整っている。
表情は、特にない。
身体中ボロボロで、ボロ布も裂けかけている。
幸助はコートを脱いで、シロからダガーを借り、切り取って丈を短くした。
そしてそれを、奴隷の肩に掛ける。
「それを着てろ」
奴隷が恐縮するように、また土下座の体勢をとったので、止める。
魔法具持ちは、迷宮内の勢力図を単体で塗り替える。
つまりクレセンメメオスの所為で、九層から魔物がいなくなったらしい。
取り敢えず、休憩も兼ねて奴隷の話を聞くことにした。
「名前は?」
「三十八番、です」
「……違う。祖国にいた頃の、親に貰った名前だ」
「す、すみません……。以前は、エコナ・ノイズィ=ウィルエレインと、呼ばれていました」
「なら、これからもそう名乗れ。エコナ」
「で、ですが、わたしは、奴隷で……」
シロを見る。
「今、エコナの所有権ってどうなってるんだ?」
「持ち主が死んだ落し物、って扱い難しいな。貴族様だから、本家の方に届け出るのが筋なのかな? ただ売買契約は個人で行うものだし……。あぁ、エコナちゃん、ステータス視ていい?」
何故かエコナは、クロを見た。
「……見せてやれ」
と言ってみると、頷く。
「あー、うん。所有者の欄が無しになってる。こういう場合は、例えばあたしかクロが所有者申請をこの子にして、受諾されれば、新しい所有者になれるよ」
「奴隷は、解放とか、出来ないのか」
「グラスは国家によってカスタマイズされてて、ダルトラ製のものは、ダルトラのルールを反映した情報を映すようになってるの。それで、エコナちゃんはダルトラでは奴隷と登録されているから、解放というか、完全な自由の身にするなら、国外に連れださなきゃいけない」
「不可能ではないんだな?」
「いや、敵国の民を奴隷にしてるって話、言ったでしょ? 戦争地帯を抜けて、敵国までエコナちゃんを届けるのは、現実的じゃないよ」
「なら、どうすればいい」
「うーん、クロがクズなら、転売が第一候補になるんだろうけど」
「すると思うか?」
「あ、あの!」
叫んだのは、エコナだ。
「なんだ?」
「わ、わたし、掃除、出来ます」
「…………」
「厩の掃除、家畜の世話、りょ、料理も少しなら、け、計算も、得意と言えるほどではありませんが……あ、あと! 一応は、女なので、その、……初潮も、来ていませんし」
「……おい」
「そ、それと、痛いのも、ご主人様の命令なら、我慢出来ます。魔法も! 『水』、『火』、『風』、『光』、『雷』と、沢山、使えます! ほ、他にも、ご主人様がやれと仰ることは、なんでも、なんでもやります!」
縋るように。
そういうふうにしか、生きられないとばかりに。
エコナは、媚びる。
「で、ですから、わたしを、ご主人様の奴隷にしてください」
そういって、土下座する。
幸助は、何故だか、泣きたくなった。
「奴隷には、しない」
きっぱりと、言う。
それに、エコナは、とても、傷ついたような、顔をした。
「奴隷にはしない。代わりに、仲間になってほしい」
「…………え」
「来訪者、って分かるか」
「……あ、え、は、はい。わかります。わたしのいた国では、漂流者と呼ばれていました」
この国の、あの神殿だけに現れるような存在が神話に載るとも思えない。
きっと、アークレア全土にそういった箇所があるのだろ。
国によって呼び名が変わるのも、特に不思議ではない。
「俺は、今日、この世界に来た。こいつ、シロって言うんだが、シロに案内されて、此処に来て、戦ってはみたが、それ以外は、今のところ何も出来ない。泊まるところも決まってないし、無一文だ。この世界に対する知識も、浅い。不便を掛けることも、多いだろう」
そこで一区切りし、膝をつく。
彼女の肩に、手を置く。
「でも、お前を傷つけない。お前を軽んじない。一人の、対等な、仲間として扱う。それだけは、誓う。誓うことが出来る。だから、よければ、仲間になってくれないか」
と、頭を上げる。
何秒か待って、顔を上げると、エコナは泣いていた。
「……わたし、奴隷です」
「あぁ」
「ダルトラの敵国・ギボルネの民です」
「あぁ」
「両親は、目の前で殺されました」
「…………あぁ」
「もう、どうすれば、いいか、わからなくて」
「これから、一緒に考えていこう」
「どうして、そこまで、してくれるのですか?」
どうして、だろうか。
こんなものは、偽善だ。
キリがない。
他人は他人、命を救うことをしても、後は放っておいたところで、罰はあたらないだろう。
それでも、そうやって、割り切れないから。
成立する限りは、偽善を続けていたいのかもしれない。
一人救ったところで、何も変わらない。
それでも、本当は、一人分、些細だとしても、変えることが出来る。
そこに、意味を見いだせる人間にとっては。
「責任が持てないなら、あの時見捨てればよかったんだ。そうしなかった以上、俺はお前の命に責任を持たなきゃいけない。自分でそう思うから、そうするんだ」
エコナは、まるで、天使か神にでも出会ったかのような顔をした。
「で、どうなんだ。媚び諂わなくていい。お前自身の判断を、聞かせてくれ」
そして彼女は、涙を止めることなく、花が咲くように、微笑む。
「よろしくお願いします」
それは、土下座ではなく。
幸助がしたように、頭を下げたものだった。
「あぁ、こちらこそ、よろしく頼む」
幸助は、彼女の頭を撫でる。
一瞬、幼い頃の妹の姿が脳裏にちらついた。
…………違う。
代わりにしようなんて、思ってない。