駄作
これはフリーライターである私が、ある陶芸家“A”を取材しに行った時の体験談だ。
そのAというのは、山奥にあるアトリエ兼自宅で、一人で暮らしていた。陶芸家としてはまだ若い、当時四十代の男だった。
その山奥のアトリエというのは、その前の年までは高名な陶芸家である、Aの師匠の自宅だった。――私は元々、その師匠にあたる人物を長年取材してきたのだ。――Aはその陶芸家の最後の弟子であり、身の回りの世話をしながら一緒に暮らしていた。……しかし、その師匠が去年亡くなり、Aは一人でその山小屋に残った。 私は取材を兼ねて彼を激励する為に、山へと向かったのだった。
早朝。日の出前に車に乗り込んで、六時間後。目的地であるAのアトリエに到着した。
「遠い所からどうも」
彼は持ち前の人懐っこい笑顔を見せて、歓迎してくれた。私は早速、アトリエに案内される。
それはかつて、Aの師が生きていた頃と全く変わらない光景だった。――というのも、彼らのアトリエには、ある特徴があった。
――アトリエの床一面に、破壊された作品の破片が散らばっているのである。
Aの師は生前、毎日欠かすことなく大量の作品を作った。それを一度に焼き上げると、出来上がった作品を窯の前に用意された三列の長机の上に、敷き詰めるように並べてゆく。――そしてそのままその日の作業を終え、次の日の朝。アトリエに向かうと、その作品たちを一つづつ観察し、気に入らない作品――“駄作”を叩き割るのである。……よって、アトリエの床は破片だらけになる。その破片を片付けてから、また新たな作品作りが始まるのだ。
師は、こだわりの強い人物だった。作品を三十焼き上げたなら、最終的に残るのは一、ないし二。……全て叩き割ってしまうことだってあった。
どうやらAも師匠に習って、同じ風に毎日作業を続けているらしかった。
「……うん。やっぱこれがいいと思ったんだよなぁ」
三列ある長机の右側。たった一つ残った作品をしげしげと眺めながら、Aは言った。
確かに、素晴らしい出来の大皿だった。
――その日一日、彼に密着して作業を見させてもらった。その日出来上がった作品は、師匠がそうしていたように長机に並べられた。
「私の場合残るのは、百焼いたらようやく一作、ってとこですね。やはり、まだまだ師匠には及びません。私はまだまだですから、とにかく量作るしかないんです」
Aは言った。百作品作って、完成品として世に出るのは一作……。“こだわり”はやはり、師匠譲りだなぁと実感した。
「これなんかいいと思うんですけどね」
Aは真ん中の机、一番手前の大皿を持ち上げると、上から下から、舐め回すように見た。……長年取材を続けている私ではあるが、私には机に並べられた作品たち、どれもが上出来に見えた。……やはり、作ったものにしかわからない世界があるのだなぁ、と思う。
“作品を見定めるのは、翌日の朝”。これはAの師が生前よく言っていた言葉だ。朝日の下で見ると、出来がよくわかるらしい。――私とAはアトリエを後にし、少し離れた母屋にむかった。そこでは山の幸や酒を振舞われ、私は旅の疲れもあってか、すぐに眠ってしまった。
*
翌日の朝。
――ガシャァーン。……バシャァーン。
陶器を叩き割る音で目を覚ました。窓の外を見ると、ちょうど日の出が山の木々を照らしていた。(……しまった! 寝過ごしてしまったか。……Aはどうして起こしてくれなかったんだ!)。私はそう思い、部屋を飛び出た。
「おはようございます」
……リビングには、Aがいた。食卓には、立派な食器に乗った朝食が湯気を立てて並べられている。
あの音はなんだったのか……。ここには、Aと私しかいないはずだ……。私は混乱し、口をパクパク開けながら窓の外を指した。
――ガシャァーン……。
あの音は、その時になっても鳴り響いている。
Aは笑顔のまま言った。
「あぁ、行けばわかりますから。とにかく、食べちゃいましょう。冷めないうちに」
――ふと、壁に掛けられた時計を見る。……それは、かつての師であればとっくに朝食を済ませ、作業に移っている時間だった。
(……まさか……!)
私の脳裏に、信じられない仮定が浮かぶ。
……私は黙って、頷くしかなかった。
食後、着替えを済ませてアトリエに向かうと――長机に並べられていた作品たちは地面に叩きつけられたかのように、破壊されていた。
――たった一つを除いて。
それは、昨日Aが唯一手に取っていたものだった。
「……うん。やっぱこれがいいと思った」
嬉しそうに笑って、そう言った。