precious time
たまにあたしは一人でボーっと考えます。車に乗ってるとき、家にいるとき。
最近ではひとりの時間を大切に使うことを覚えました。勉強をしたり、旅行先を調べたり、大好きなブラックミュージックを聴きながら音楽雑誌やファッション雑誌を読んだり、絵を描いたり。
それはひとりで過ごす有意義な時間です。この時間を誰かに潰されるのは絶対にごめんです。
一人は寂しくて苦手、という人はたくさんいるでしょう。
あたしも数年前まではそうでした。とにかく、人波にもまれ、誰かといなけりゃ壊れてしまいそうな心の持ち主でした。それでも今は違います。
今は人混みが苦手です。
息が詰まって叫びだしたくなります。
だから電車には必要最低限しか乗りません。最寄りの駅までは家から徒歩10分ほどの距離です。現在、駅前には大きいファッションビルなどが建ち並び、昼夜問わず賑やかです。学生時代は、毎晩人を探して歩き回った場所です。そこにはいつも誰かがいて、そこからあたしの放課後が始まっていたのです。
今は人混みを避けるように買い物を済ませて家に帰ります。
大人になった証でしょうか。いや、そんな単純なものでないことは確かです。
自分を見つめることができるようになりました。一人の時間『も』、大切にするようになったのです。
他の誰かを、他人としか見てなかった時代もありました。あたしのすぐ傍にいる人以外は、あたし達の背景にしか考えていなかったあの頃は、周りの背景があってこそ、自分達の世界を独占することができました。まるで地球の中心は自分達だと言うように、その背景の中で、風を切って歩き回ることが日常でした。
背景はなくてはならないものであっても、耳を貸すことはなく、目を向けることもない。ただの壁紙とBGMでしかありませんでした。
どのくらいの時間を費やして、周りを見つめるようになったのでしょうか。
あたしには、はっきりとしたいくつかの記憶があります。
車を運転していました。周りの車内の声や音は何も聞こえません。何故か涙がとまらなくなったのです。運転しながら泣きました。
自分が辛い時、苦しい時、人は周りが『見えなくなる』と言いますが、そんなの嘘です。比べてしまうのです。自分と周りを。
比べることなんてしなくてもとにかくガムシャラに楽しんでいた時には見向きもしなかった自分の背景。
その瞬間、あたしはただの他人の背景でしかありませんでした。
この記憶は忘れることのない記憶です。
目に見えない誰かと比べることはありました。
新車を買ったとき、『みんなだってもう持ってる』
音楽を聴くとき、『N.Y.にいる人はいいな』
そして、二十歳でローンを組んで新車を買いました。
N.Y.へ留学する夢に向かいました。
いつもそうです。目の前にいる誰かでなく、頭の中の誰かと比べていたのです。
それが、この時に初めて隣の車の‥、通り過ぎる車の‥、後ろの車の‥ あの人と自分を比べてしまったのです。
みんながとても幸せそうに見えました。声の聞こえない車内の中で、行き交う人はみんな楽しそうに笑っていました。あたしのことなんて、誰も気にしない。みんなの空間には幸せが広がっていました。あたしは何も聞こえない空間でひとり取り残された気持ちになりました。
あれから何度も、この記憶が蘇ります。今は切ない位がちょうどいい。あたしは今、幸せな中にいます。そして時々思い出すのです。
ごくたまにです。
普段は、やっぱり音楽を聴いたり、勉強をしたり、絵を描いたりしています。
それでも、あの時と比べて今のあたしがどれだけ幸せなのかを噛みしめる時間でもあります。 |