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冬過春来
作:都神紗茅


 冬は、もう去ろうとしている。普段と変わりなく毎日を過ごしている人々は、はっきりとその前触れを感じるようになっていた。
 今、とある公園内にある木製の長椅子に座っている少女も、春の訪れを全身で感じているうちの一人である。彼女は微動だにせず、視界に映る景色を眺めていた。


「早く咲けばいいのに」


 彼女は、柔らかな微笑みを浮かべながらそれだけつぶやいた。
 そんな彼女の視線の先には、春になれば薄紅色の衣装をまとう一本の木がある。それはその公園内に植えられている同じものの中でも、一番控えめに存在を主張していた。特にこの木の数メートル先には公園内で最も有名な大木(たいぼく)があるために、余計に目立たなかった。
 それでもその目立たない木は、彼女にとって大切なものの一つであった。


「蘭」


 後ろから声をかけられて、彼女――蘭は、勿体(もったい)ぶるようにゆっくりと振り返った。ずっと聞きたかった声であり、思考に浸っていたところで急に話しかけられたこともあったからだ。声の主の姿を実際に目にすると、蘭の微笑みはいっそう柔らかくなった。


「新一」

(わり)ぃ! ちょっと昨日は」

「遅くまで推理小説を読んでて寝坊した、とか? 待ち合わせの時間から一時間半も経ってるわよ?」


 両手を合わせて本当に申し訳なさそうに謝る新一に、蘭はすぐにそう言った。彼女にとって彼と会いたかったと言うのは紛れもない真実である。そのこともあって、最初に彼女は遅刻の理由を(たず)ねる言葉を口にしたのだ。
 思いもがけず急に現れた言葉に一瞬ひるんだ新一の元へ、蘭は長椅子から立ち上がって向かう。


「ま、まぁな」


 彼は合わせていた両手のうち右手だけを頬にやって、ぽりぽりと()きながらためらいがちにそう言った。別に開き直っていると言うわけではない。そのことを知ってか知らずか、蘭は歩みを止めないまますぐに反応をした。


「もう、新一はどれだけわたしを待たせれば済むの?」

「……ごめん」


 蘭のとどめの一言に、新一はついに黙り込んだ。
 彼は今まで、幾度となく彼女を待たせていた。しかし、つい最近にそれはやっと終わりを告げた。もう二度とそんなことをしないと彼女に誓ったばかりでもあった。そんな矢先のことであるから、彼は何も言わずただその場に立っていることしかできなかった。
 そんな新一まで一メートル弱まで近づいてきて、蘭はぴたりと歩みを止めた。それからしばらく間を置いて、また笑顔に戻った。


「ちょっとしたクイズみたいなものなんだけど、当ててみてくれる? 探偵さん。どうして、わたしがあえてここを待ち合わせ場所にしたか」

「え? ここって、公園のことか?」

「ううん。分かりやすいあっちの大きな木じゃなくて、どうしてそこの小さい木の近くに待ち合わせることにしたかってこと」


 遅刻から話題が急に転換したことにまだ驚きつつも、新一はすぐその質問の答えを考え始めた。この切り替えが素早いのはやはり日頃の訓練の賜物(たまもの)だった。それでも、さすがに肝心の解答まではすぐにはたどり着けなかった。


「ブッブー。時間切れ」

「あのなぁ。んな(みじけ)ぇ時間じゃ分かんねぇって」


 そんな新一に、蘭はなぞなぞ遊びをしている子供のように笑う。そんな彼女に悔しがりつつも、彼はその感情を越えて思わず笑みをこぼした。


「正解は、ここがわたしの思い出の場所だから」

「思い出の場所?」


 そうだよと言った蘭に、新一は自らの記憶をたどっていった。この木ではないといけなかった理由に繋がる、思い出を探すために。しかし、案外それは簡単に見つかった。


「それって、オレと蘭が初めて二人でここに来た時のことか?」

「うん。でも、あの時はここを目指してたんじゃなくて、偶然見つけたって感じだったよね」



 それは約十年前、新一と蘭が小学校に入学して間もないある休日のことであった。
 その頃から好奇心旺盛(おうせい)だった新一に連れられ、蘭は彼と一緒に町内を探検したのだ。幼い頃の彼らにとって、町内はとても広いまだまだ知らないことだらけの世界であった。
 結局、途中で道が分からなくなってしまい、どうしようと悩んでいたところに着いたのがこの公園だった。今度はこの中を探検しようと言い出した新一に蘭は泣き出したいのをおさえつつ、ついていった。



「そうやって公園の中をうろうろしてる時に、この木を新一が見つけたんだよね」


 目の前に立っている木を見ながら、蘭は懐かしげにそう言った。
 二人は十年前の話をしながら、どちらともなく自然と長椅子へと向かっていた。そして、そこに隣同士で座った。実はその十年前にも、同じ並び方で座っていた。二人は何気なく行動したため、そのことには気づいていない。


「そうだったな。でも、なんでそんぐらいのことが思い出なんだ?」

「……覚えてないの? 新一、わたしに言ったじゃない」

「?」


 蘭は一呼吸置くと、静かに言った。


「あっちのでかいきよりもこっちのほうがいいよな。だってさ、いつかあのでかいきにおいついてやるってがんばってるみてぇだもん。らんもそうおもうよな? って感じだったと思う。はっきりとは覚えてないけど」

「そう、か」


 新一は自分のことにも関わらず、まるで他人の話に相づちを打つかのようにそれだけ言った。そして蘭と同じく、その木に焦点を合わせた。
 ずっと見ていると言えども、その木に何か変化が現れるわけではない。一時の沈黙が流れたあと、新一が先に口を開いた。


「今度、桜が咲いた時にまたここに来ようぜ。絶対、あっちのでかい木より綺麗に咲いてるはずだから」

「うん。新一が、待ち合わせの時間を守ってくれればね」

「ああ。もう二度とオメーを待たせないって言ったからな。今度こそ――これからも、ちゃんと守る」


 その言葉を聞いて、蘭は思わず顔ごと言葉の主に向けた。その視線に気づき、彼もゆっくりと横を向いた。
 蘭は今もまた、笑っていた。さっきよりも幸せそうな表情だと、一目見ただけで新一は分かった。自分が全くうぬぼれていると言うわけでもないと。これからもずっと、こんな彼女を近くで見ていたい。そんな思いも生まれた。
 二人はお互いに顔を近づけ、そして――その影が重なった時、今年初めての春一番が吹いた。







この作品、実は今日思いついて一気に書き上げました。
今日がまさに『全身で春を感じた日』だったことと、それに加えてニュースで『春一番』と言う単語を聞いたからでした。そして、最近は主題+恋愛と言う傾向の作品ばかり書いているつもりだったので、たまには恋愛オンリーで書いてみようとも決めました。
そのためかどうかは分かりませんが、短編にしてはやたらと長くなってしまい……突っ込みどころ等々あると思います。

あと一つ。

私はやはり、直接的な恋愛描写が関わってくる作品を書くのは苦手だと分かりました(^^;)













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