No3 情報屋
森夜と白雪は家族を再会させ、食料を買ってその足で《情報屋》の元へ向かった。
薄汚れた裏道、迷路の様に入り組んだ道を迷わず進む。ここ『無人の街』に人の気配は無い。都市伝説の様な噂がたくさん飛び交っているので殆ど人が来ないのだ。
その奥の奥。道が無くなり建物の中を経由して辿り着いた先に、その《情報屋》の家があった。
「相変わらずすごいところに住んでるよねー」
白雪が笑って言う。森夜も頷いた。
「仕事柄仕方無いけどな」
「この辺は政府も追ってこないんでしょ?」
「らしい」
そんな会話を交わして隠し扉のナンバーを合わせる。ゆっくり扉が開く。
廃墟なのかなんなのか分からない空間が続く。その先にもう一つ扉があり、『知恵の輪』の様になっている鍵を解く。ドアの向こうは、廃れた外の景色とは似ても似つかない、整然とした部屋があった。
そこに、彼が居た。
「ディーン」
森夜がその名を呼ぶと、彼は振り向いた。二人を確認して碧色の目を笑ませる。
「久し振り。来るなら連絡してくれたら良かったのに。コーヒー淹れようか」
「ありがとう。あ、これ食料」
「ありがとう」
ディーンは立ち上がり、パソコンの前から離れた。キッチンに向かいコーヒーメーカーのスイッチを入れる。
「よく電気が使えるよな………」
周りは廃墟なのに、と森夜は尤もな溜め息をつく。前にも同じ疑問を持ったが、そんなことは《情報屋》ディーンにとって問題にはならないらしい。どこからか電気を引っ張って仕事も生活もこなしている。
「みんな元気そうだね」
「うん、元気だよ。でもね、尊ちゃんが怪我しちゃったの。今日」
「そうなの?」
「うん。足ね。命に別状無いけど、歩きにくそう」
「そっか」
そこでコーヒーのいい薫りが部屋に広がった。ディーンは淹れたてのコーヒーを二人に渡した。
「ありがとう。………一葉の情報は掴めたか」
その森夜の問いに、ディーンは表情に哀しみを滲ませて首を横に振った。
「そうか」
森夜も視線を落とす。
一葉。ディーンの恋人で《漆黒の民》の一人だ。六年前の《大虐殺》の時行方不明になって消息が途絶えた。ディーンはあれからずっと彼女を探し続けている。
「そうだ、新しい情報が入ったよ」
その空気を払拭しようとディーンは明るく言い、パソコンの前に座った。森夜と白雪も立ち上がりパソコンを覗き込む。
ディーンはキーボードを素早く叩き、裏サイトの奥へ進む。
「あった。政府の《民狩り》が隣街に向かうって。明日から。それから……『エーテ』がリンザに刺客を送ったって」
「しつこいな………」
『エーテ』の名前を聞いた瞬間森夜の表情が不機嫌そのものになった。
エーテは、森夜が一年前まで居た裏組織だ。脱退した森夜を追っている。
「今回はあんまり良くない情報ばっかりなんだけど……雹君達は『クーザ』に追われてる。この前クーザがちょっかい出してた《漆黒の民》を助けたからじゃないかな」
「クーザか。あまり脅威ではないが……追っ手ばかりだな。追われるのには慣れてるけどな」
ふぅ、と息を吐く。
こんな生活にも慣れた。
「ねぇディーン。ディーンは大丈夫なの?ここ、勘付かれたりしてない?」
「俺は全然大丈夫。ここは政府に嫌われてるみたいだ」
白雪の問いにふざけて笑うディーン。金色の髪がさらりと揺れた。
「あ、そうだ。ディーン。お風呂借りていい?」
「いいよ。でも白雪、尊とは入らないの?」
「尊ちゃん、傷大きいから今日はおあずけなの。帰ったら乾布摩擦してあげるの。洋服も借りるよー」
そう言うと白雪はパタパタとシャワールームに向かった。
その後ろ姿を見送る二人。ディーンは溜め息をついた。
「ねぇ、森夜。《地獄の白女王》は《漆黒の民》の中でも君達《闇の使者》を、そして特に君を狙ってる。多分君を捕らえたら君をいたぶり続ける。生かさず殺さずに」
「そうだろうな。俺が黒織森介の息子で親父の遺志を継いでるからな」
「だから心配なんだ」
ディーンは森夜の偽りの無い瞳を見つめる。
かつて《地獄の白女王》に勇敢に立ち向かい、自分の民を救う為に全力で闘った、反乱軍のリーダーをしていた彼にそっくりの瞳を。
「大丈夫だ、ディーン」
そんなディーンの言葉に、森夜は力強く返した。
「大丈夫だ」
「…………」
ディーンは森夜を見つめた。
根拠の無い自信の言葉も、森夜の口から出れば力を帯びる。そうなんだと強く信じられる。
信じようと思える。
森夜は腰帯に刺さる刀に手を添えた。
「この《黒風》を親父から託されたんだ。あの女を倒すまでは死なない」
勿論倒してもな、と森夜は唇を歪ませた。
「お前も死ぬなよ」
「予定はないよ」
シビアなジョークにディーンは笑って答った。
こういうやり取りを森介ともやったな、と思いながら。それは森介と交わした、最期の言葉と同じだった。
そしてそれが、あの時の映像とかぶる。
黒々と空を覆う煙。手を高く広げる炎。その中に立つ、一本の杭。その杭に―
「なんて顔してんだよ」
森夜の声で、ディーンは我に帰った。目の前に不敵な無表情がじっと自分を見つめている。
「ディーンって、親みたいだな。心配ばかりで」
「そりゃ心配するよ。………でもせめて兄貴にしてくれよ。まだ二十八なんだから」
「確かに十しか離れてない親は嫌だな。兄貴にしておくか」
そして二人は笑った。
こうして笑みを交わすのが最後にならない様に―そう願いながら。
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