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短編集

気付き

作者:太ましき猫
挿絵(By みてみん)

 今まで意識しなかった事に気付くとき、それは偶然なのだろうか ?
 例えば、毎日の様に前を通る雑貨店があったとして、日頃気にも留めずに通り過ぎていたとしよう。あるとき、貴女はその雑貨店のショーウィンドウに、とても可愛らしい小物入れを見つける。

(こんな可愛い小物入れがあったんだ)

 すっかり気に入った貴女は、雑貨店でその商品を購入しながら、いつからコレはありましたかと聞いてみた。すると、店のスタッフはにこやかに答えた。

「2年以上前からありましたよ」

 店側は売れる様にとショーウィンドウに飾り続けていたが、貴女は2年間それに気付かなかった。
 それは、何故だろうか ?

 私がアレに気付いてしまったことと、似ているかもしれない。

**********

 あれは、私が高校生の頃だったと記憶している。
 照り付ける日差しから逃れる様に、某駅構内に流れ込む人の波。そのまま波は階段をつたい地下へと流れ、それぞれの行き先に続く路線の改札へと向かう。

(はぁ……蒸し暑い)

 駅地下の壁に背を預け、人混みにウンザリしながら携帯電話で時間を確認するも、由梨絵ゆりえとの待ち合わせ時間より10分ほど早かった。

(早く着き過ぎちゃったなぁ)

 どこかで時間を潰すにしても、中途半端な時間である。既に到着していることはメールで由梨絵に伝えてあるため、私はボンヤリと人混みを眺めていた。

(夏休みだからなぁ、そりゃ人も多いよね)

 上着を脱ぎ、暑苦しさにネクタイを緩めるサラリーマンが忙しなく行き交う一方で、楽しげに話しながらゆっくりと通り過ぎていくのは私服の若者たち。

(学生かな ? まぁ、私もその一人だけれどね)

 そんな事を考えていると、カバンの中に入れた携帯電話がブルブルと振動し始めた。取り出して画面を確認すると、由梨絵からのメールであった。

<もうすぐ着く !>

 その内容に安堵し携帯電話をしまっていた時、大声で話す1組のカップルが私の前を通り過ぎようとしていた。

「くすぐったい話しかけ方しないでよ」
「はぁ ? そんな事、してねぇよ」
「嘘ばっかり ! さっき、ねぇって言ったじゃない」
「俺がお前にねぇ何て言うかよ」

 そう言いながら腕を絡め合うカップルに少し暑苦しさを覚えていると、視界の先に手を振る由梨絵の姿を見つけた。

「ゴメン、智香ちか。待たせちゃった ?」
「私が早く着いただけだよ」

 そう言って笑う由梨絵は、早速とばかりに駅地下に直結する百貨店を指差す。

「取りあえずお腹空いたし、食堂街に行こう !」

 由梨絵に促されるまま百貨店へと向かう私は、何故かあのカップルの会話が気にかかっていた。

**********

 百貨店8階の食堂街、チェーン店にてランチセットを平らげ、一息ついた私と由梨絵はゆっくりとアイスティーを飲みながら話していた。

「昨日の衝撃映像見た ?」
「見た見た ! 誰もいないはずの細い木の陰から、スゥッと白い手が出ていてさ、怖かったよね」

 昨日、某チャンネルで放送されたオカルト系番組の話である。所謂オカルトやスピリチュアルなど、どこか現実離れした話に興味を持ち始めた時期で、その不思議さとちょっとした恐怖感を楽しんでいた。

「でもさ、実際にはそんなの見える人って少ないよね」

 私の言葉に、由梨絵は頷きながらも付け加える。

「気付かないだけってこともあるよ」
「気付かないだけって、見えない・聞こえないじゃ気付きようがないじゃない」
「それがさ、そうでもないんだって」

 由梨絵は少し間を取ると、ここだけの話とばかりに言ってきた。

「私の親戚に霊感が強い人がいるんだけど、気付こうとしないから気付かないんだってさ」
「えっ、どういうこと ?」
「無意識だと思うけど、気付く必要が無いって判断しているから、気付かないんだって」
「こんなに由梨絵とはオカルト話しているのにね」
「にわかファンみたいなもんだからかな」

 そんな話をしていると、覚えのある声が近付いてきた。

「あぁ、腹減った~」

 声の方を見ると、先程駅地下で見かけたカップルであった。外を歩いて来たのか、2人とも顔が少し紅潮し、額には汗が滲んでいる。

「私はこの涼しさだけで天国だわ」
「違いないな」

 遠慮のない声に、前に座る由梨絵は少し迷惑そうに顔をしかめた。

「食べ終わったことだし、お店出ようか ?」
「そうだね」

 席を立とうとした時、あのカップルの会話が私の耳に届いた。

「それにしても、アンタって結構可愛いところあるわよね」
「可愛い ? お前、まだその事言ってるのかよ。俺は言ってない !」
「照れなくてもいいじゃない。私が何って答えたら、聞こえてるんだって小さく笑ったじゃない。あんな煩い駅地下だもの、耳元で話しかけたんでしょ ?」
「話しかけるくらいなら――」

 その声の後、「キャッ」と女性のワザとらしい声が聞こえた事に、私は振り返ることなくレジへと向かった。

**********

 思う存分買い物を楽しんだ私達は、大きな袋を揺らしながら駅地下を歩いていた。幾分気温が下がってはいるものの、こもった熱気は地下に溜まり続けている。

「これで今月の小遣い、スッカラカンだよ」
「同じく」

 歩き疲れた事もあり、どこか喫茶店に入ろうと話し始めていた時、疲労感を増す様な声が耳に響いてきた。

「ねぇ、ちょっと変よ、変なのよ !」

 これで三度目となる遭遇にウンザリする私に、由梨絵は苦笑しながら言った。

「奇遇って言うべきかな ?」
「勘弁して欲しいよ」
「それって、リア充爆破せよって感じ ?」
「……言い返せないのが、ちょっと悔しい」

 私の答えにケタケタ笑う由梨絵だったが、急に顔色を変えたかと思うと、一点を見つめたまま私に言った。

「智香」
「急にどうしたの ?」
「あれ……ちょっとおかしいよ」

 由梨絵の視線をたどると、その先にはカップルの2人と、その2人を遠巻きに野次馬が囲み始めていた。女性はその場にうずくまり耳を両手で押さえ、男性はオロオロと戸惑っている。周囲は何事だと好奇の目で見ていたが、女性の声で一転した。

「イヤアアァアアァァッ !!」

 叫び声を上げた女性は、バタリと倒れる。その様子にガヤガヤと煩かった駅地下は一瞬静まり、次に男性の声が響き渡る。

「だ、誰か、誰か救急車を !」

 女性を抱きかかえる様にしながら叫ぶ男性、足早にその場から去っていく野次馬達。しかし、野次馬の数人は駅員へと駆けていき、状況を説明している。すぐに駅員が2人の元に行き、状況を確認し男性と共に女性を何処かへと連れて行った。
 その様子を呆然と見ていた私の耳に、ソレは囁きかけてきた。

『ねぇ』

 私はてっきり由梨絵が話しかけてきたと思い、振り返りながら答える。

「何 ?」

 振り返っても、そこに由梨絵はいない。虚を突かれた私は、すぐに由梨絵の姿を探すと後ろではなく、隣にいた。

「由梨絵」
「何 ?」
「さっきまで私の後ろにいた ?」
「何言ってんのさ、ずっと隣にいたよ」

 言い知れぬ予感に鳥肌が立ち始めた私に、追い打ちをかける様に囁きが届いた。

『貴女にも聞こえてるんだ』

 それはとても小さな声で、耳元で囁かない限り聞こえない事は容易に想像出来た。しかし、私は今、隣にいる由梨絵を見ている。そして、由梨絵は私を見ている。

「由梨絵、私の隣に誰かいる ?」
「えっ、私しかいないよ」

 怖い、その言葉が頭を埋め尽くした。熱気のこもる駅地下でありながら、私は恐怖に凍え震えながら、鳥肌の立つ肌を両手でさする。その様子に、由梨絵が心配そうに話しかけてきた。

「智香、どうしたの ?」
「さっきのカップルの女性、叫ぶ前に何かしていた ?」
「智香も見てたじゃん」
「野次馬が邪魔で見えなかったの」

 訝しげに私を見ながら、由梨絵は思い出そうと視線を宙に漂わせたかと思うと、何かを思い出したようで私を見ながら言った。

「そう言えば、目の前に彼氏がいるのに、確か振り返っていたような」

 私の勘が告げていた、それが引き金だと。

「由梨絵、すぐに外に出よう !」
「えっ、どうかしたの ?」
「いいから早く !」

 そう言って由梨絵の手首を掴んだとき、私を見ていたはずの由梨絵が急に振り返った。

「どうかしたの ?」

 私の言葉に、由梨絵が答える。

「何かね、話しかけられたの。ねぇって」

 私の身体は、凍りついたかのように固まった。私は由梨絵をずっと見ていた、けれど由梨絵の後ろに何も見えなかった。なら、由梨絵に話しかけてきたのは、一体何だと言うのだ !

「由梨絵、さっきのカップルがランチの時話していた会話覚えている ?」
「えっと、彼女に彼氏が話しかけてきたとかいうやつ ? で、彼氏は言ってないって言ってたよね」
「私もね、さっき声を聞いたの。ねぇって」
「えっ、それって私が今聞いたのと同じ……ちょっと待って、それって……」

 話が見え始めたのか、由梨絵の顔から血の気が引いていき、私を見る目が揺れ始める。

「これって、ヤバイ……よね」
「ヤバいってもんじゃないよ !」
「でも、どうしたらいいの ?」
「兎に角、外に出よう !」

 何でと問う由梨絵の手首を掴むと、強引に引っ張り外に続く階段に向かって私は走り始めた。
 外に出れば安全などと言う確証はない、けれどカップルも私達も囁きが聞こえたのは煩い駅地下で、それ以外では聞こえなかった。なら、駅地下から離れれば、もしかしたら逃げ切れるかもしれない。

「兎に角、外に出るの !」

 私の必死さに、由梨絵も引っ張られるのではなく一緒に走り始める。そのとき、耳元で声がした。

『ねぇ』

 掴んでいた手首から、由梨絵が大きく震えた事が伝わってきた。

「智香 !」
「由梨絵もなのね、絶対振り返っちゃ駄目だよ !」

 振り返ることなく走り続け、ようやく階段を上り始めたとき――

『ねぇ、助けてよ』

 まるで冷たい手が首を絞めるかのように触れる恐怖、見てもいないのに浮かぶおぞましい笑い顔。
 私と由梨絵は全速力で階段を上りきると、日差しに照らされている場所まで走り、そこで立ち尽くした。心臓は恐怖と運動量によって跳ね上がり、つたう汗は日差しに照らされながらも妙に冷たく気持ち悪い。

「もう、大丈夫かな」

 由梨絵の声に、私は一度深呼吸をすると、意を決して周囲を見渡した。そこには慌ただしく行き交う人ばかりで、怪しいものなどない。それに、さっきまで感じていた恐怖は日差しに溶ける様に消え、ただただ照り付ける日差しがジリジリと痛かった。

「そう……みたい」

 ホッとした私達は、しばらく日差しの強いその場に留まっていた。あれだけ避けていた日差しが、今はありがたいものに思えてならないのである。

「アレってさ、何だったんだろうね ?」

 由梨絵の言葉に、私は少し考えた後答えた。

「何なのかは分からないけど、きっと気付いちゃったからだろうね」
「気付いちゃったって……あっちから話しかけてきたんじゃない」
「きっとさ、アレはいつだって囁いているんだよ。でも、誰も気付かない、だから必死に囁き続ける。そんな中で気付く人がいたら」

 ようやっと気付いた相手の存在に、アレは歓喜するのではないか。そして、確認するかのようにさらに囁き、振り返った者を……その先は、考えない様にしよう。

「あの後、カップルの彼女はどうなったんだろうね」
「……もう考えない方が良いよ、きっと」

 気付かないためには、関心を持たない事だ。それに関して考えれば、自然とソレに関わる情報を得ようとしてしまうだろう。私はもう、関わるのは御免だ。

「それもそうだね」
「ねっ ! だから、とっとと喫茶店見つけよう !」

 私と由梨絵は、駅前にある信号を渡り、その先にあるお気に入りの喫茶店へと向かった。

**********

 関心のないものには気付かない、それが答えだと私は考えている。
 冒頭の小物入れに気付いたのは、丁度その頃アクセサリー入れを探していたため、無意識にも周囲に関心を向けていたからだろう。

 なら、今回の事はどうだろうか ?
 それはきっと興味を抱き始め、カップルの会話が気になった挙句、その結末を見てしまったことで関心を持ってしまったからではないか。

 アレはいつだって囁いている、気付いてくれる者がいないか探し回っている。だからこそ、私達は気付いてはいけないのだ、関心を向けてはいけないのだ。

 もし、それでも関心があると言うのなら、その場所に行く事を止めはしない。そこは、大型百貨店2つを駅地下で繋ぎ、広大な地下街はとある大学付近にまで続いている。夜目のきく鳥の像が待ち合わせ場所となり、比較的若者に人気の町である。そこの駅地下、更に言えば中央東口近くの階段を下りてすぐの地下鉄改札付近である。

 ただし、私は避けることは勧めても、行くことは勧めない。さらに言えば、行ったとしても囁きに絶対に振り向かない事を約束して欲しい。

 アレは気付いた者を、もう逃す気はないだろうから。
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