06 覚醒
「あの……天使さん?」
俺は素直に手を挙げる。
「火昏でいいさ。なんだ? なんか、わからないことでもあった?」
「すべてがわからないんですが」
「…………」
あの、そんな哀れみの視線を向けないで。
「……具体的に、なにが?」
引きつった笑いを作って、火昏さんがこちらを向く。
俺はきっぱり、
「すべて。全部。オール」
いい放ってやった。
「…………」
あからさまにいやそうな顔をする火昏さん。天使って、もっと親切だと思ってた。
「だいたい、そっちがおかしいだろ」
口を挟んだのは瀬奈。こっちも、明らかに不機嫌だ。
「突然なんの断りもなしに俺たちを拉致ってさ。俺たちが文句をいわれるのは、筋違いじゃないの?」
「……それで?」
不敵な笑みを浮かべた火昏さん。
天使って、こんなにも人をゾッとさせることができるのか……。
俺の中の天使像が、爆撃を受けて崩れていく。(ドガァン、ガラガラガラ……)
「君たちはどうするつもりだい? このままお帰りになるかい? もっとも、帰り道を知っていれば……だけど」
「ぐ……っ」
瀬奈が言葉につまる。
「テメー、汚えぞ!」
「なんとでもいいな」
俺の暴言にも、天使は涼しい顔をくずさない。
「そう難しいことじゃないんだ。君たちへのお願いっていうのは」
「だからなんだ」
冷たく跳ね除ける瀬奈。それを聞いて、対峙する火昏さんの表情が変わった。
ひょうひょうとした雰囲気は消え、その顔は真剣そのもの。何人たりともその集中を乱せはしないとまで思わせる。
火昏さんは、その顔のまま俺たちにいう。
「それに……これは、この世では君たちにしかできない事だ」
「…………」
「君たちには、それを成し遂げる超能力がある」
超能力……?
「そう。超能力」
「待って」
瀬奈が、火昏さんの言葉を遮る。
「その……俺たちにしかできないことだってのは、わかった。でも、目的は何? あなたの話では、それがわからない」
真剣な顔が、また崩れた。
「失礼。重要なことは最後に言おうと思っていたんだが。さすがに、頭のキレる瀬奈クンは欺けないようだ。いや、たいしたもんだ」
「おだてても何もでないぞ」
「いやはや、手厳しいな、瀬奈クンは」
苦笑する火昏さん。その途端、再び無表情になる。
「簡潔に言おう」
キッと見据えられた。
「もう、まもなく、この世は滅ぶ」
「……は?」
「……いや、だからね、この世は、壊滅するの」
「……ふぇ?」
「それを防ぐために、君たちの超能力が必要なんだ」
「ほぇ?」
「……それ、ワザと?」
「うん」
「――そんなあっさり認めるなよ。虚しいから」
「知らんがな」
瀬奈と同時にツッコむ。
火昏さんが、引きつった笑いを浮かべて聞いてきた。
「信じる気、ナイよな?」
「うん!」
元気よく返事する。いきなり信じろというほうが、間違ってるだろう。常人じゃないぜ。(あ、まず人じゃなかった)
「そっかそっか、そうだよな……!」
その刹那――
「じゃ、信じさせてあげるよ――嫌でもね」
火昏さんが、怪しく、そして爽やかに笑って、浮き上がった。
「……っ!!」
紅い風が俺たちを揺さぶる。火昏さんの背中には、いつの間にか煌く紅葉色の翼。羽ばたくたびに黄金の粒子が舞い上がる。
「なっ……なにを」
涼やかな風は快く感じるはずなのに、今の俺らには不快感の根源以外の何者でもない。
いや、違う。不快感じゃない。違和感。胸の奥の、頭の奥底に潜む、異物が蠢いている……そんな感覚。
たった今まで、白と俺と瀬奈と火昏さんの色彩しか感じなかった部屋に突然、紅、オレンジ、山吹色が吹き流される。
「……っ、瀬奈! これっ……な、なんなんだよっ!」
「俺がっ、知るわけ、ない……だろっ!」
火昏さんの翼が放つ茜色の光が、眼に刺さるほど強くなっていく。
「教えてあげよう。――これはキミたちの超能力の、開放。や、正確にいうなら、覚醒、かもな?」
代わりにこたえた火昏さんの台詞が終わった瞬間に、俺の中の違和感はついに弾け飛んだ。
「くっ……ぐあぁあぁ!!」
奥底から飛びでる叫び。隣の瀬奈も叫んだらしいが、俺の耳には入ってこない。瀬奈の叫びを、掻き消すぐらいの声だった。
金風颯颯。ヤツの通り名は、間違っていなかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
緩やかな微風が通り過ぎていく。
「悪かったな……手荒な真似をして」
地に手をつけ荒い息をつく俺たちを見下ろして、バツの悪そうな火昏が翼を優しくひらめかせている。
俺は思った。ヤツの風は、人を翻弄する。
「てめ……なんの……」
かすれた声がのどを通る。罵ってやろうかと思ったけど、のどの状態を考えて止めにした。
「ほんとに、悪い。これは、お詫びだ」
ヤツは茜色に光らせた翼で、俺たちの背中を撫でた。
途端に、息苦しさが消えていく。翼に拭い取られたかのように。
復活した俺は立ち上がって、火昏と対峙する。
「何をした」
「超能力の覚醒。キミたちはもう、超能力が使える。その証拠に、手を見てみな」
俺の視線を真っ向から受け止めて、火昏は真剣な顔でいった。
いわれて見ると、確かに、右手が薄く発光している。いや、発光ていうより、オーラみたいなものがほとばしってる感じだ。
瀬奈の手も、薄く輝いている。
視線を戻すと、火昏は真剣な顔を崩さず、静かに口を開いた。
「さっきは、本当に悪いことをした。手荒な真似はしたくなかったんだが、俺のいうこと、信じてもらうにはああするしかないと思った」
……俺の心の中で、天使と悪魔が言い争っている。
天使『幸光! もういいよ。これだけいってるんだから、許してあげよう?』
悪魔『幸光! まだまだ生温いだろうが。土下座くらいさせなきゃ、気が済まないよな?』
……俺は、天使の案を採用した。
「もういいよ。もう平気だから」
それを聞いた火昏は、ニマリと笑う。(背中が、ぞくりとした……)
同じく復活した瀬奈が、火昏に聞く。
「……で、その、超能力って、なんなんだ?」
「……それは、実際に試してみるといい」
ニヤリと笑ったまま、火昏が羽ばたく。両手を高く掲げて。
俺が天使案を採用したことを後悔した刹那、火昏は声高らかに言い放った。
「さぁ、実技試験だ! 俺を屈服させて、評価『A』もらってみせろよ!」
火昏の掲げた手に、光が集まる。その茜色の光は輪郭を描き、実体の無い物を創りあげた。
火昏の左右の手の中それぞれに、無実体の発光物がおさまる。
「俺は本気の30%でいくからな。 なぁに、死にやしないって。銃弾だって光なんだから。人間には効かないさ」
光る二丁の機関銃の銃口は、俺たちをじっと睨んでいる。
火昏のダークレッドの迷彩服と、やけに似合うと思った。
「……瀬奈? ――生きてる?」
「……何とかね」
――俺は、心の中の悪魔がせせら笑う声を、確かに聞いた。
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