05 降臨
「Q.さて、ここはどこでしょう?」
答えてくれる者はいない。
「Q.これからどうしましょう?」
当然、誰もこたえない。
「Q.誰かいますか?」
「A.いませーん」
「いるじゃねえか」
「なんかさ、みんなとはぐれちゃってさ、出店のほううろうろしてたら、変な声がして落ちた」
「落ちた」の部分をやたら早口でいう瀬奈。俺的には、「堕ちる」のほうが正確なんじゃないかって思った。
でもまぁとりあえず事情はわかったのでうなずく。
「なるほど。俺と一緒だな」
「え? 幸光も?」
驚いたように、瀬奈が声を上げた。リスのような目が、クリッと動く。でもすぐ、空気を抜かれた風船のように、シナシナ崩れ落ちた。
「じゃ……ここにどうやってきたか、わかんないんだ……」
瀬奈のつぶやきを聞いて、俺は彼の考えていたことを理解した。
俺が、自分とは違う方法でここに来たのなら、その道を通って帰ればいい。路頭に迷う心配もなくなる。瀬奈は、これを期待していたんだ。
瀬奈って、なにげにキレもんなんだよな。中学の卒業アルバムに書いてあった、「将来の夢」の欄の「美容師」を消して、「探偵」にしたらイイのに。
静寂が訪れる。白以外色彩の皆無なこの空間に粛清されたかのように、俺らは黙る。
「ここ……どこなんだろうな……」
突然つぶやいてみる。もちろん、こたえてはくれない。
白。
この空間を一言で表すなら、その言葉が一番相応しい。
白。雪白。穢れなき純白。
不純物など、ないに等しい――というか、無い。皆無。
影も無い。部屋の構造も不明。そもそも、部屋かどうかもわからない。
眼がちかちかする様なこの純白は、天使の翼を思わせる。
そう、天使。沈黙する俺たちの目前に、降り立つ天使。
白の空間に僅かながら色彩を生み出す、その身体。
それは、俺の思う「天使」にはとても似つかわしくないものだった。
全身を固める、橙、グレー、そして紅を基調にした迷彩服。その赤は、深紅というより臙脂に近い。
頭にはゴーグル。足には、膝下までの編み上げブーツ。
そして、その足は浮いていた。そもそも地面がどこだかもわからないが、とにかく、地に足をつけていないことはわかった。
それもそうだ。この迷彩服の男は、その背に純白の翼をひらめかせていたのだから。
口が渇く。足がすくむ。天使って、もっと柔らかい印象があったんだけど、この男からは何も感じない。
何も感じないのが、怖い。殺気を感じないのが、せめてもの救いか。
「はじめまして」
地上(?)に降り立った男。子供のような無邪気な笑顔を浮かべ、右手を差し出した。
その微笑も、所詮は演技か。
「…………」
物言わぬ俺たちを見て、天使は困ったような顔になる。
「やっぱり、いきなりじゃ驚かせてばかりだよな〜。失礼いたしました」
一礼。俺は天使に、かろうじて残る声を振り絞って聞く。
「……あなたは……?」
それを聞いて、微笑する天使。
「おお、再び失敬失敬。確かに、人に名を聞くときはまず自分から、だしな。俺から名乗ろう」
天使の指先が空を撫でると、二枚の紙が現れる。
「我は第壱天弐天使、名を 『金風颯颯』 火昏 岱也と申す――ああ、肩こるんだよな、こういうかたっくるしいの……。あ、最初の四字熟語は、俺の通り名ね。意味は、『秋風が爽やかに吹き抜けているさま』」
細長い紙を俺たちに渡すと、天使は恭しくお辞儀した。でもすぐ、くるっと元に戻って肩を揉む。
その瞬間、天使は地上に降り立ち、背中の翼がシュワッと煌いて消えた。
再び何もいえなくなる俺たち。目線を手に移す。
受け取った薄紅色の名刺には、今の台詞と同じことが書いてあった。
『第壱天弐天使
“金風颯颯”
火昏 岱也』
まさか、生きてるうちに天使から名刺をもらうなんて思わなかった。
「さて、兼田幸光クン、辻倉瀬奈クン。実は、お願いしたいことがあるんだよな」
いまだ凍結中の俺たちを無視して、自分勝手に喋る天使。
「引き受けて……くれるよな?」
その声は、悪魔の囁きか。
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