01 機械の色とコーヒー
時は、現代よりはるか未来。
大都市には百メートル超の高層ビルが立ち並び、その間を縫うようにして、小型飛空挺が飛ぶ。
郊外には、生き物の住処となる原生林と、豊かな水を湛える河川が流れる。
砂漠、火山、湿地、山林。この地球ならではの多種多様な自然は、未来人の高度な科学によって、護られ、バランスをとられていた。
昔とはうってかわって、能力のあるものは、性別、身分、そして年齢すらも関係なく働ける。
犯罪こそ断絶されないものの、全体的に平和で、穏やかな時代だ。
――なんて、いつまでも詩的には書いてられません。
「あ〜、肩こるっ!」
俺は、ゴーグルをはずし背もたれにもたれて、思いっきり背筋のストレッチをする。
明るい照明に照らされた、プログラミングルーム。たくさんのディスプレイが、ちかちか光を放って、眼にはあまり優しくない。
その刺激から眼を守るのが、このゴーグル。これだけで、眼への負担を七十パーセントも軽くできる、超優れもの!
今ならなんと、二点セットで五千九百八十円! この機会に、どうぞお買い求めください! 電話番号は、フリーダイヤル0120−444――。
――いや、ちがうちがう。何いってんだ俺は……。パソコンの画面に向かいすぎて、ちょっとテンションが変になってるな……。だいたい、フリーダイヤル自体もう存在しないし。俺のじいちゃんがいってたことだからなぁ。
俺はこのプログラミングルームにこもって、大手企業から受けたRPGのプログラミングをしている。
冷暖房完備で、なかなかに快適な部屋。
――なんだけど、ここ、窓がないんだよね。太陽の光が浴びたくても、人工太陽灯ぐらいしかないから、そりゃ、青白い肌にもなるっちゅうの。
それに食べ物も飲み物もないから、じぶんで取りに行かなくちゃなんないし……めんどくさいよね。
俺はため息をつく。
「ふう〜……」
でも、こんな部屋まで用意されといて、あんま贅沢いっちゃいけないよね。でも、今が満たされると、人間、欲が出るもんさ。
「せめて、窓は作っといてください……」
ひとことつぶやいて、またディスプレイに向かう。
俺の、今の切なる希望だ。
空が見えないと、いかんせん不安になる。
この空間には、もう慣れた。でも、太陽の光と空の蒼がないのには、いまだに慣れない。
そびえたつビルに切り取られて、本来の姿を隠された空は、悲しんでいるのかな。
それとも……。
そこまで考えたとき、ドアの開閉音が、誰かが入ってきたことを伝えた。
「誰ですか〜」
俺は、形だけ聞く。こんなとこに入ってくるのは、たいてい業者のかたか、そうじゃなきゃ、ひとりしかいない。
「やっほ、幸光! コーヒーもって来たよ」
やっぱりね。俺は笑顔で振り向く。
「おぅ、サンキュ、春日。いつもわるいね」
俺がコーヒーを受け取ると、春日は幸せそうに笑う。
「いいんだって、あたしが勝手に持ってきてるだけなんだから」
そして、コーヒーをすする。オマエ、よくブラックで飲めるよな。俺、まだちょっと砂糖がないと苦しいぞ。
「まあ、慣れだよ、慣れ。幸光もそのうち、飲めるようになるって」
「……だといいけどな」
砂糖をコーヒーにさらさら入れる。
「今日のブレンドは、モカマタリと、ブラジルブルボン、ホンジュラス。香りがよくでてるでしょ」
得意げにいう春日。確かに、そういうだけのことはあって、かなりいい香りがする。
春日の淹れるコーヒーは、それこそもう「グルメも唸るほど」おいしい。
何でかって聞いたら、照れたように「幸光のおかげ」ってこたえたけど、何のことだろう。初めて持ってきてくれたコーヒーをおいしいっていってから、毎日持ってきてくれてるし……。
もしかして、それから毎日淹れる羽目になったこと、怒ってんのかな……。
「幸光、まだ飲まないの?」
不安に駆られたそのとき、春日が、いたずらっぽい笑顔で聞いてきた。コイツ、俺が猫舌だってわかっていってるし……。
「あ? も、もう飲むって」
ふん、負けてらんないもんな。俺だって飲めるから。
ホカホカ湯気の立つコーヒーが、とぷとぷゆれている。
あ、熱そう……;
俺は、そ〜っと、そ〜っとコーヒーカップを口に近づけ、コーヒーをすすr
「ああっちっっ!?」
「あー、ほら〜、いわんこっちゃない」
床にこぼれたコーヒーを指先で浮かばして、春日はそのままダストシュートにインさせた。
この時代では、こぼれた液体は布で拭くなんて野暮なことはしない。指先につけた特殊な装置で、液体を浮かばせて捨てる。
ほら、宇宙飛行士がよくやってるでしょ。オレンジジュースやらなんやらを浮かして、丸くなったジュースをそのまま飲むってやつ。原理は、アレといっしょ。
これ、ここ最近で最高の発明品だっていわれてる。なんたって、重力をコントロールしてるんだから。さまざまなものに応用できる!って、科学学会は大騒ぎしてる。
話がそれました……。科学学会なんてどうでもいいんです。
「あー、せっかくのモカマタリとブラジルブルボンとホンジュラスが」
「長いわ。それに心配するものが違う」
「え? コーヒーカップのふちがかけたこと?」
春日サン、ソレハいぢめデスカ?
「あはは、冗談冗談。ほら、いまとるから」
春日は悪びれた様子もなく笑って、俺のシャツについた染みを、指先で浮かして捨てた。
「お、さんky……」
俺は、春日にお礼をいおうとして、やめた。
大体、こんな惨事になったのは、ヤツの挑発のせいなんだ。後始末するのは、当然のことだろうが。
「それで? プログラミング、進んでんの?」
また、唐突に……。俺の不満はカンペキに無視ですか。でも、聞かれたことは、こたえなきゃね。
「ああ、今日は、ラスボス戦のシステムとグラフィックと音楽を入れて、いっかいシュミレートさせてみようかとおもtt――っておーい、情報量過多で脳がフリーズ(こお)ったか〜?」
俺の説明の途中で、春日は耳から煙を吐き出し始めた。あの〜、今私そんなに難しい話しましたか〜?
「お、おおう、も、もうだいじょぶ……」
ぷすっぷすいいながら、春日は再起動した。
「ったく、そんなになるなら、最初からそんな話振るなよ、まったく」
「だって、聞きたかったんだもん」
「結局聞けてねえじゃん」
「……えへ」
「えへじゃねえよ」
今日も平和に、プログラムルームの夜は更けていく。
――さて、ちょっと紹介させてもらおう。
コーヒーを持ってきてくれてるのは、俺の幼馴染で、同い年の本篠 春日。
さっぱりした性格で、多少のことは気にしない。コーヒーを淹れるうでまえは、一流。
学校じゃ、いつも赤点。だけど、所属してる武道部では、かなりの成績を上げている。
だから、春日に好意を寄せている男は、ヤツの尻にしかれる傾向がある。でも、俺は対等なんだよな。幼馴染だから。
――それで、恥ずかしながら、俺が想う唯一のひと。(いや、いうのが恥ずかしい……)
そして、俺、兼田 幸光。
学校に一応籍と席はあるけど、もっぱらいつもはこのプログラミングルームで、仕事にいそしんでます。
それから、極度の猫舌。
――これくらいにしておこう。あんまり自分の自己紹介が長いと、自意識っていわれそうだ。
ほかにも、学校にたくさん友達はいるけど、そいつらの紹介は、出てきたときにしよう。
俺と春日と俺らの友達は、いつも平和な世界で暮らしていた。
それが、いつまでも続くと想ってた。
そんな平和な日常に、一筋の黒い闇がさし始めたことなんて、露ほどにも想ってなかった。
自分達がまさか、その厄災の渦に巻き込まれて、渦の核になるなんて、これっぽっちも想ってなかった――。
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