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廃業寸前の少女、黒竜を拾う 作者:椋本梨戸

II

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08 卑怯者?

「でも、ニコラに憧れてるなんて、本人には恥ずかしくて言えなかった。この前店に行ったときに、ニコラが引き出しに本をしまうのを見たんだ。そのままニコラが出掛けていっちゃったから、つい、オレ……」

 マナはふと、背後に意識を向けた。目は少年に向けたままだ。
 少年は顔を上げた。今にも泣き出しそうな表情をしている。

「すぐに返すつもりだったんだ。でも、中を読んでみたら分からないことばっかで、全然理解できなくて。それで悔しくなって、部屋にこもってずっとレシピ帳を読み込んでた。まさかその間に、お店が閉店状態になってるだなんて、思いもしなかったんだ」

「少し考えれば分かることだよ。薬を作るうえで必要不可欠な資料がなかったら、そうなるのも当然だろう」

 マナは再び少年に意識を戻す。少年はがっくりと肩を落とした。

「オレ、考えなしだった。それで慌てて返しに来たんだ」

「こんな夜中にこっそりと? 庭の壁を乗り越えて、入ってくるつもりだったのか?」

 マナの口調が厳しくなる。少年は怯えたような目になった。

「そ、それは……なんだか返しづらくて。ニコラが怒ってたらって思うと……それで嫌われたらって思うと、行きづらかったんだ」

 このバカ、とはたいてやりたい衝動を、マナは抑えこんだ。

「まったく、とんでもない卑怯者だな。黄竜は問題児ばかりだが勇猛果敢であるという認識を、改めなければならないな」

「そ、そんなことない。黄竜は卑怯者なんかじゃない!」

「じゃあ自分でそれを証明するといい」

 マナは奥の調合室げ顔を向けた。
 少年はパニックになっていて気づかなかったようだが、そこから人の気配が流れている。

 マナは優しく呼んだ。

「ニコラ、出ておいで」

 調合室の気配が、わずかに揺らいだ。
 小さな手燭てしょくを手に、ニコラはおずおずとした様子で、店内に歩み出る。





 ニコラを起こしに来たのは、侍女たちだった。
 「マナのところで寝ます」という置き手紙を読んだ彼女らは、愕然としたのだそうだ。
 その後の状況は、彼女らいわく、以下の通りである。

「奥方様は、また色気もへったくれもない格好で王子殿下の寝所へ……?!」

 矢も楯もたまらず、寝所の方へ急いだ。さすがに中へ入ることはできないが、そうでもしなければ落ち着かなかった。

 回廊を進むと、寝所から黒竜王子だけが出てくるのが見えた。ニコラの姿はない。彼はそのまま中庭へ出て行ってしまう。

 侍女らは顔を見合わせたあと、寝所の中をそっと覗いた。すると、寝台でひとり眠りこけているニコラを発見した。

「ニコラ様、起きてくださいっ!」

「なぜお一人で寝ているんですかっ。あーっよだれまで垂らして!」

「うーん、もっと肉まんください……」

「な、なんということ! 奥方様、起きてくださいっ!」

 大きな声で叱られて、ニコラはびっくりして起き上がった。

「えっ、なに? もう朝? 仕込み仕込み」

「まだ夜です、奥方様」

「なんと嘆かわしい」

「王子殿下の寝台でひとり寝、それもよだれを垂らし、肉まんの夢を」

「殿下の寝所では殿下の夢を見るのが、妻女のたしなみだというのに」

 侍女らは本当にシクシク嘆き始めた。ニコラは状況がつかめないまま、慌ててしまう。

「な、なんで泣いてるの? あれ、ここマナの部屋だよね。マナはどこにいったの?」

 ニコラの問いに、侍女らはキッと顔を上げた。ニコラはヒッとのけぞった。

「殿下は先ほど、中庭の方へ行かれました」

「ニコラ様のあまりの色気のなさに、呆れられたのでは?」

「ええー今さら? マナはあたしに色気なんか期待してないって」

「鈴懸様がお妾候補から外れたからといって、油断してはなりません! またいつどこで色気たっぷりの候補が姿を現すか!」

 侍女たちはキイイと発狂している。ニコラは困ったなぁと思いながら、寝台から降りた。

「じゃああたし、ちょっと行ってくるから」

「どこへ行かれるおつもりですか?!」

「殿下が戻ってくるまでに、肌をみがいて お衣装を着付けなければ!」

「調合室行ってくる。なんだか目が冴えちゃったから、掃除でもしてこようかと思って」

 マナが中庭へ行ったのなら、会えるかもしれないし。

 丈の長いさんを羽織って、ニコラは寝所の扉に手を掛ける。
 侍女らはため息をついた。

「奥方様は、本当に困ったお方ですわ」

「殿下にどう思われているのか、確認されたことはありますか? 綺麗だとか、麗しいだとか、そういったお言葉を掛けられたことは?」

「……ええと」

 寝る直前のことを思い出して、ニコラは頬を火照らせた。
 ぽつりと答える。

「好きだよ、って」

「……」

「……」

「……」

 侍女らはなぜか、ぽかんと黙ってしまった。どうしたんだろうと思っていると、やがて彼女らは大きくため息をつく。

「あーあ、やってられないですわ」

「色気より食い気の奥方様に、殿下はベタ惚れ」

「喜ぶべきことなんでしょうけれど、必死に右往左往しているわたくしたちが、阿呆みたいですわ」

 それから侍女らは「やってられないわよネー」などと言い合いながら、ぞろぞろと寝所を出て行ってしまった。
 ひとり残されたニコラは、なんとなく寂しい気持ちになったのであった。





 手蜀を持って、中庭に出る。満月のおかげで思ったより視界は利いた。けれど、庭にマナの姿はない。

 トイレにでも行ったのかな、とニコラは離れの店舗兼調合室へ向かった。
 店の入り口は路上と中庭、二か所ある。しかし調合室へも直接入ることのできる扉があった。ニコラはそこから調合室へ入った。

「あれ? 誰かいる?」

 店の方から声が聞こえる。マナとそして、少年らしき声だ。

「でも、ニコラに憧れてるなんて、本人には恥ずかしくて言えなかった。この前店に行ったときに、ニコラが引き出しに本をしまうのを見たんだ」

 少年の言葉に、ニコラは目を見開いた。
 立ち聞きするつもりはなかった。
 けれど、足の裏が床に縫い止められたように、動けなかった。
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