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廃業寸前の少女、黒竜を拾う 作者:椋本梨戸

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06 黒竜の花嫁

 それから数日経ち、村へ薬を配りに行く日になった。
 ニコラはマナに抱き上げられながら、一週間ぶりに村へ降りた。

 ぜんそくの薬をフレッドに渡しに行くと、フレッドは意外そうな顔をして、ニコラとマナを見比べた。

「この前あった時よりも落ち着いたな。ちゃんと夫婦に見える」

「なーにそれ、今までなんだと思ってたの。あっわかった、きょうだいとか親子とかに見えてたんでしょ」

 フレッドは呆れたように、しかしどこか寂しそうに笑う。

「はは、さすがに親子はないけどさ。まあいい傾向なんじゃないか? なにかきっかけでもあった?」

「マナの愛人とバトルした」

「愛人?!」

 フレッドは目を()いた。
 マナがニコラの肩にポンと手を置く。

「ニコラ。ややこしい誤解を生むから、その単語を使うのを控えてもらってもいいかな」

「その単語って愛人のこと? それともバトル?」

「だからね、ニコラ」

「おいマナ。おまえ、浮遊大陸でいったいなにをしでかしてるんだ?」

 うなるようにフレッドが言った。普段から温厚な彼のはずなのに、今はマナをにらみつけている。
 ニコラは、

(親友のあたしが愛人問題に傷ついたと思ってくれてるんだ)

 と、フレッドの友情に感動した。

「ありがとうフレッド! フレッドは最高の友達だよ!」

 ニコラは目をキラキラさせて、大好きな幼なじみに抱きついた。

「えっ、ニ、ニコラ、」

「あたしは大丈夫! 愛人の鈴ちゃんとは友達になったし、鈴ちゃんはマナの寝所に突撃しないって約束してくれてたし」

「し、寝所? 突撃?!」

 フレッドはなぜか、とても衝撃を受けたような顔をしている。

「おいマナ。オレはおまえを信じてたのに、実はそういうヤツだったのか」

「誤解だよフレッド」

「ニコラがウソをついてるっていうのか?」

 マナは肩をすくめて、ニコラを見た。

「ほらニコラ、こういう事態になるから言葉選びには気をつけないと」

「うーん、考えながら話すってムズかしいよ」

「誤解? 誤解なんだなニコラ。マナにもてあそばれたりしてないんだな?」

「どっちかっていうと、愛人の方にもてあそばれてる。すっごい可愛い上目遣いで『……ニコラちゃん……好き……』って言われるから」

「っな、まさか、ユ……?!」

「だからニコラ、言葉選び」






 残りの薬を配り終わって、村外れの家に戻って来たら、もう夕方だった。
 室内のランプに明かりを灯す。

「いつも遅い時間になっちゃうね。あたし、お客さんとつい話し込んじゃうからなぁ」

「ポンポン話題が変わるからすごいよね。あれを女子トークっていうの?」

「中身がないようであるんだよ。喋ってるだけで楽しいってのもあるけど」

 他愛ない会話を交わしながら、一週間ぶりの室内を掃除する。ニコラは窓を拭き、マナは床を雑巾で磨いていた。どちらも、浮遊大陸でやろうものなら女官たちに卒倒される作業だ。

「よーしピカピカ!」

「気持ちいいね」

 ふたりで室内を眺める。浮遊大陸の大きくてきれいな屋敷があっても、やっぱりこの家は特別なのだ。

(ここでマナとふたりで暮らしてたんだもん)

 ここには胸が切なくなるほど大切な思い出が、たくさん詰まっている。

「ニコラ、今夜は晴れるみたいだね」

 マナが窓から空を見上げて言った。

「嵐の季節も、もうすぐ終わる」

「あたし結局、雷克服できなかったなぁ」

「いいよ、ニコラは。そのままで」

 マナの優しい言葉に、ニコラの胸が甘く締めつけられた。
 しかし、次に続いた言葉が不穏だった。

「僕が植え付けたトラウマだと思うと」

 紺碧の空に欠けた月がかかり、金や銀の星が散りばめられている。
 その星の中に、マナの瞳と似た色をニコラは見つけた。

「見て、マナ。あの星、すごく綺麗な金色。マナの目みたーー」

 ニコラの声は、そこで途切れた。
 マナの唇がニコラのそれを塞いだからだ。
 熱を帯びたやわらかさ。

「マ、ナ……?」

「やっぱりイヤだな」

 ゆるく微笑んで、マナはニコラを抱き寄せる。

「フレッドが、ニコラのことについてあれこれ詮索してくるのもイヤだし、この前みたいに桔梗がきみを抱き上げて飛ぶのも気に入らない。鈴懸の熱っぽい視線は論外だよ」

「マナ、またやきもちやいてるの?」

 けれど、今のマナは可愛いという表現が似合わない。
 白くて綺麗な、大きな手が、ニコラの片頬を包む。
 ニコラの胸が、痛いくらい高鳴った。

 星細工(ほしざいく)を溶かしたような、マナの瞳。

「や……やきもちなんて、やかなくていいよ。あたしはマナが一番好きなんだから」

 しどろもどろにニコラが言うと、マナがふと口もとをゆるめた。

「どうかな」

「ほんとだよ! あたしは昔からマナがものすごーく大好きだもん」

「そう、昔から?」

「うん! あっ、じゃあ今夜は昔みたいにここのベッドで一緒に寝る? あたしはマナが可愛くて大好きだったから、一晩中マナを抱きしめて眠ってーー」

 その瞬間、とん、と胸のあたりを優しく突かれた。だからニコラは、すぐ後ろにあったベッドにぽすんと収まってしまう。

 突然回転した視界に、ニコラはまばたきした。

「ニコラが言ったんだよ」

 自身の袍の胸元に手を掛けながら、マナが笑った。

「一晩中、抱いてくれるんだよね」

「へっ? あっ、でもあの、ちょっとなんか、雰囲気がおかしいような気が」

 マナがベッドに乗り上げたから、古びたベッドが軋んだ。
 ニコラに覆いかぶさるようにして、マナの秀麗な面に笑みが浮かぶ。ニコラは思わずそれに惹き込まれて、そしてハッと我に返った。

(は、ハメられた気がする……!)

「僕は以前ちゃんと言ったよ。注意して、って」

 注意一秒ケガ一生とはこのことだ。
 ゆっくりと優しいキスを受けながら、ニコラはたくましい両腕に抱きしめられる。

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