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注)前作(願い星・白い部屋の少女)の設定を引き継いだ形になっています。

これだけでも読めるように書いているつもりですが、多少設定が隠れてしまって、違和感が残ってしまうかもしれません;;
願い星・そこにいない少年の檻
作:霜月ひろ



 その子はいつも二人でした。
 瓜二つな二人。
 一緒に生まれてきた二人。
 でもまったく違う二人でもありました。
 その子は生まれた時間のほんの少しの差で、弟になりました。
 その子の兄は、生まれた時間のほんの少しの差で、兄になりました。
 そのほんの少しはとても大きいものだったのでしょうか。
 その子の兄はとても優れていました。
 その子の兄は、姿こそ瓜二つなのに、その子より、そして誰よりも何でもできます。
 勉強もできます。運動もできます。音楽も、絵を描くことだってできるのです。
 その子はなにもできません。すべてが人並み。何をやっても、人と同じぐらいのことしかできません。
 その子の親は、とても兄をほめます。
 『良く頑張ったね』『すごいじゃないか』
 その子は親に褒められた事がありません。
 怒られたことはたくさんあるのに。
 『どうして兄にできて、お前にできないんだ』『これぐらい、兄はできているでしょ』
 その子はなぜこんなに怒られるのか分かりません。
 だってその子は、何事も人並み。人と同じぐらいのことはできるのですから。

 その子は、全てが兄に劣っている事をわかっています。
 自分が兄のようにできていないことは、わかっています。
 でも、自分が人並みにはできていることもわかっています。
 どうして。どうして。どうして。
 兄は周りの人以上になんでもできて。
 どうして僕は兄のようには何もできないんだろう。
 どうして兄は褒められるのに。
 どうして僕は褒められたことがないんだろう。
 ずっと悩んでいます。
 ずっと考えています。
 それは全部、僕が悪いのかな・・・・・・
 いつも自分を責める言葉だけは、頭の中を回っています。


 ある時。その子が大きな失敗をしてしまったときに。
 その子の親はいいました。
 『このできそこないめ。やはり、お前は何もできないんだな。』
 その時。その子は気がつきました。
 同じ姿をしていても。
 片方は必要な人間で。
 片方は必要の無い人間なんだ。
 必要が無い僕だから、こんなにも怒られなきゃいけないんだ。
 例え物事を人並みにこなせても、僕を見てくれることは無いんだ。
 もうどうでもいい。
 僕は必要の無い人間なんだから。
 あぁ、だから僕は褒められない。
 だから怒られてばかりで。
 何をやっても認めてもらえないのも、僕がいらない子だったからなんだ。


 それから、その子は何事にも感情を動かさなくなりました。
 自分は必要の無い子だから。
 自分は、ただ言われたことをこなすだけの、失敗作。
 兄と同じ姿をした模造品。
 まるで人形であるかのように、ただその子は生きていました。


 「君の本当の願いは、なんだい?」
 あるとき、優しげな声と共に、一人の青年が彼の前に訪れました。
 その子は親に言いつけられた仕事をこなす手を止めないままに、答えました。
 「そんなものはないよ。僕は必要のない人間で、ただの人形なんだから。」
 思ったままにその子は言いました。
 すると青年は少し驚いた風にその子を見つめた後、言いました。
 「こんなに悲しいことは無いね。」
 少年はその言葉に首を傾げます。
 「僕には、何が悲しいのか分からないよ。」
 青年は悲しげな表情のままに答えました。
 「何が悲しいか、分からないことはとても悲しくて、寂しい事だよ。自分を持っていないことは、とても悲しいことだ」
 青年が何を言っているのか、その子には分かりません。
 ただ、青年はさびしそうに微笑んだまま、言いました。
 「君が自分をここに見つけて、本当の願いを見つけたら、また聞きにこよう」
 そういって、青年はその子の前から姿を消しました。
 自分を持っていない。その言葉は確かにぴったりだと、漠然とその子は考えました。
 だからといって、自分が見つかるわけもありません。
 その子はまだ、いらない子のままだったのです。


 また少し年月がたちました。
 遠くの国と大きな戦争が起こりました。
 その子の家からも、戦争に人を送らなくてはいけません。
 親は言います。
 『兄の変わりに、お前が戦争にいけ』
 その子は自分がいらない子であることを知ってしまっていたから、ただ無気力に戦場に向かいました。
 親に必要なのは、自分ではなく、兄なのですから。


 戦場はすごくきびしいところでした。
 少しでも判断を誤ればすぐに死んでしまいます。
 自分が相手を鉄砲で撃たなければ、自分が撃たれてしまいます。
 たくさんの血が流れました。
 仲間も敵も、たくさんの人が死にました。
 地面も手も。赤の色に染まりました。


 一日の終わり、夜の空を見上げながらその子はたたずんでいました。
 唯一、血に染まっていない、空。
 後ろのキャンプは光を抑え、しかし彼らは今日を生き残れたことに感謝をしていました。
 その子は生き残れたことを感謝したりはしていませんでした。
 自分は要らない子だから。
 死ぬのは嫌だけど、でも死んでしまっても変わらないから。
 今日を生き残れたことを感謝することに何の意味があるのか。
 少年にはわかりません。
 キャンプの彼らは少年にとっては仲間です。だから助け合ったりもします。
 しかし、それは生き残るためであって、生き残ったことを感謝するためではありません。
 少年にはわかりません。感謝する神様など、どこにいるというのか。
 目に見える天に在りしものは、この星々だけだというのに。
 どのくらい空を見上げていたのでしょうか。
 後ろから一人の少女が声をかけてきます。どうやら、キャンプでの些細な祝い事は、すでに終わったようです。
 「どうしてあなたは毎日、そんなにさびしそうな顔をしているの?」
 「さびしそう?」
 その子は答えます。
 「さびしいことはないよ。だって僕は要らない子なんだから」
 誰にとってもいらない子だから。生まれてきたことが間違いだと言われたから。
 少女は泣きそうな表情をして、その子に言いました。
 「どうして、そんなに悲しいことを言うの?」
 少女は問いかけます。
 その子は、思わずいつかの言葉を思い出しました。そう、いつかに不思議な青年が自分に投げかけた言葉を。
 「同じようなことを僕に聞いた人がいたよ。僕は人形。僕は兄の代わりであって、自分はここに無いんだ」
 少女がどこまで意味を取ってくれたのか、その子には分かりません。でも、少女は真剣な顔をしたまま、答えました。
 「自分が無いなんてことはないわ。だってあなたはここに生きているじゃない」
 少女は知らないから、こんなことが言えるんだ。
 その子はそう思いました。
 「少し、昔話をしようか」
 どうしてそう思ったのか分かりません。気の迷いかもしれません。
 過去の記憶で同情してほしいなんて思ったことはありません。それが自分だとその子にはわかっていたから。
 でも、その子は少女に昔話を語ったのです。

 「生きていればそこに自分があるというわけじゃないんだよ。だれも僕を見てはくれないんだから」
 すべてを語り終えた後に、その子はそう付け加えました。
 「そんなことはないわ」
 すべてを静かに聞いてくれていた少女は言いました。
 「ここにはあなたのお兄さんはいないわ。あなたは代わりじゃない」
 少女は強く言いました。
 「あなたはここにいて、生きている。そしてたくさんの仲間を救ってくれたわ」
 「救った?それは違うよ。言われたとおりに敵を撃っただけさ」
 その子は少女を否定します。しかし少女は強く言います。
 「あなたが救ったのよ。私を。今日の戦場で死にそうだった私を助けてくれたのは、紛れもなくあなただったわ」
 「それはあくまで結果だ」
 「でも、それはお兄さんの代わりじゃなく、あなたがやったことよ」
 少女はいいます。
 「ここにお兄さんはいないの。あなたが私を助けてくれた。たとえ結果であっても、私はあなたがあなたである事を知っているわ」
 少女は強く、その子を抱きしめました。
 「自分が無い、なんていわないで。死んでもいいなんて思わないで。あなたが私を救ってくれた。あなたが死んでしまったら、きっと私は生きていなかった。それはこれからも」
 その時、その子は自分が自分であることを思いました。
 まだ良くは分かっていません。
 でも、自分は兄じゃないから。
 何をうまくできなくてもいい。でも一つを守れたのだから。
 「私は、あなたがそのお兄さんでないことを知っているわ。あなたがあなたであることを。あなたが自分がわからないと言うなら、私はあなたがあなたでいられる場所になる」
 そのとき、その子は『その子』じゃなくなったのです。


 それからも戦争は続きます。
 たくさんの血が流れました。
 少年は、ただ自分のために戦いました。
 人形じゃない。兄の代わりでもない。
 自分のために。


 また夜が来れば、少女と会話を交します。
 自分であることの確認。
 少女は星を眺めながら、ぽつりと呟きます。
 「星が輝いているわ。どんなに地面の上が赤色に染まっても、この星空の光だけは変わらずにきれいで」
 夜空には満天の星が、微かな光を湛えています。
 「そうだね、こんなに小さく見える星なのに、その光はここまで届く。」
 微かな光であって、それは決して消えないのです。とても強く、美しく輝き続けるのです。
 「星ってなんなんだろうね。」
 少年は言いました。自分には兄と違って学もありません。その届かない光を、とても不思議だと感じたのです。
 「人は星に願えば、願いが叶うと言っているけれど」
 少女は答え、立ち上がりました。
 「私は、星は願いを叶えるんじゃなくて、ただ見守っているものだと思うの。願いを叶えるのは、いつでも私たちなんだって」
 少女は星に手を伸ばして、握りこみました。
 「私も星がどんなものであるのか分からないけれど、それでも星は何か役目を持っていて、空にあるのだと思うわ」
 「その役割が・・・・・・見守ること?」
 少年は少女の一言一言を噛み締めるようにじっくりと聞いて、そして聞き返しました。
 「私はそう思うわ。星を見れば勇気が出て、そしてまた頑張れるから」
 少女が笑いました。夜だけは、この時間だけは、少女が笑えることを少年は知っています。
 毎夜、星を眺め、少女は笑顔を浮かべます。
 少年は、この時間がとても好きになりました。
 「そうだね。星が見守ってくれているから、今があるのかもしれないね」
 少年は答えました。
 空を見上げます。どこまでも続く星空は、いつもそこにあります。
 毎日夜がくるたびに、少年自身も元気になるのです。
 少女が生きていることが、とても嬉しく感じられるのです。
 星は、二人を見守り、そして繋ぐものになりました。
 少女は、少年が彼でいられる場所になりました。
 少年は、少女が笑っていられる場所になりました。


 また日が昇れば戦場に。
 少年はまた戦います。
 戦争がはやく終わることを願って、戦います。
 少女との場所が永遠であることを願って戦います。
 自分のために。
 しかしその日はいつもと違ったのです。
 敵の人数はとても多く、たくさんの仲間が撃たれました。
 まるで雨のような弾丸の中、それでも彼は戦います。


 彼は疲れ、木にもたれかかりました。
 敵は準備を整えているのか、攻撃も止みました。
 「君の本当の願いは、なんだい?」
 まるで戦場にそぐわない、優しげな声が彼に掛けられました。
 服も顔も、あの時とは変わらない青年がそこにいました。
 しかし、不思議と疑問は沸いてこなかったのです。ただ少年は、青年がそこにいることを当然のように受け止めました。
 「君は自分を手に入れたようだね。だから、君の本当の願いを聞きに来たんだ」
 青年は言います。それが当たり前のように、彼の前に立って。
 「早く戦争が終わって欲しい。それが願いだ」
 少年は答えます。しかし、青年は言いました。
 「それが本当の願いじゃないだろう」
 しかし、少年は本当の願いが何であるのか、自分でさえ良く分からなくなってしまいました。
 一発の銃声が聞こえました。
 それを皮切りにするように、連続した戦闘音が響きます。
 『別部隊のほうが、攻撃されているんだ』
 上官の言葉が聞こえ、少年は驚きました。
 すぐさま身を起こし、走り出します。別部隊は少女がいるところだったのです。
 上官の命令があったわけではありません。
 どうして自分が少女のところに向かおうと思っているのか分かりません。
 それでも少年は走りました。


 そこは激しい戦闘が行われていました。
 敵の数はやはり多く、仲間がたくさん死んでいるのを、少年は見ました。
 キャンプで見た顔が地面に倒れています。
 何人も、何人も。
 少年は歯を食いしばって、彼らだったものを超え、走り続けます。
 少年は少女を探して、ただ走ります。
 銃声は止みません。
 悲鳴は止みません。
 少年は耳をふさがずに全てを聞きました。
 目を閉じずに全てを見ました。
 それでも、少年は走り続けます。
 銃弾が肩に当たりました。
 血が流れます。
 でも足は決して止めず、少女を探すために走ったのです。

 いったいどれだけの距離を走ったのでしょうか。どれだけの仲間を越えて来たのでしょうか。
 すでに銃声は止んでいました。
 すこし行ったところに、少女はいました。
 地面に倒れていました。
 少女の下には血がたくさん流れていました。
 「そんな、なんで、」
 少年は少女に縋り付きました。
 自分の居場所となってくれた少女。自分に居場所をくれた少女。
 少年は強く、少女の手を握りました。すると、少女のまぶたが薄く開きました。
 まだかろうじて、息があったのです。
 「来てくれたんだね」
 少年は自分を取り戻していました。だから、涙が流れました。
 一滴、また一滴と、少女の頬に降り注ぎます。
 「助けると言ったのに」
 少年は嗚咽を漏らします。
 少女は残り少ない力で笑いました。
 「来てくれて、ありがとう。」
 「お願いだ、もう喋らないでくれ。君か死んでしまう」
 少年は必死に少女に願います。
 それでも少女は、小さく首を振ります。
 「あなたに伝えたいことがあるんです」
 ただぎりぎり残った力を振り絞るように、少女は儚い今にも消えてしまいそうな声で、少年に伝えようとします。
 「ごめんね、私は永遠にあなたがあなたでいられる場所になってあげるといったのに。」
 少女の口から、言葉と一緒に血が流れます。生きる力が漏れ出ていきます。
 「ずっと、あなたの場所でありたかったのに」
 そう、それでも少女は少年に笑いかけたのです。
 少女のごめんねの言葉が。
 少年にはとても痛くて。
 どうして少女は笑えるんだろう。どうして僕は泣いているんだろう。
 どうして。どうして。どうして……
 そして、少年は気がつきました。
 自分の本当の願いがここにあったことを。
 「君の本当の願いは、なんだい?」
 三度、どこからか青年の声が少年に響きました。
 「僕が僕である場所を。やっと見つけた場所を。戦争じゃなくて、彼女がずっと僕の側で、僕の居場所であって欲しかったんだ。彼女と共に、生きていたかったんだ!!」
 迷いなく、少年は叫びました。
 暖かさを今、失おうとしている少女を抱きしめて。
 やっと見つけた大切なものを失いたくなくて。
 ただ、強く。
 「そう、それが本当の願いだよ」
 青年は、変わらぬその姿のままに、少年の前に立ちました。
 青年は優しく微笑み、少年の額の上に手のひらを当てて、言いました。
 「君の願いを、叶えよう」
 暖かな光が、少年と少女を包み込みました。


 戦争は終わりました。
 どのように終わったのか、どうして終わったのか。
 そもそもなぜ始まったのか。
 多くの人は分かりませんでした。
 多くの人は覚えていませんでした。
 ただ、戦争があった記憶だけが、そこに残ったのです。
 ただ、戦争の爪痕だけがそこに刻まれたのです。


 戦争の傷跡は大きいものでした。
 少年は、もう青年と呼ばれるほどに大きく、強く、たくましくなりました。
 小さな村で、破壊されたそれらを直しつつ、彼は空を見上げました。
 空は薄い夕焼け。東の空は、すでに夜の闇が迫っていました。
 そろそろ切り上げの時間です。
 村の人々が、それぞれに挨拶を交し、自らの家へと帰っていきます。
 少年も、作業を切り上げて、家へと足を向けました。
 まっている人がいる家へ。
 自分が自分でいられる場所へ。
 大切な人のもとへ。
 大切なものがそこにあるから。
 守りたい人がそこにいるから。
 帰り道に再び見上げた空は満天の星空に変わり。
 いくつかの星が、空を流れていました。
 ひときわ大きく輝く星は、ただ少年と少女を。
 彼と彼女を見守るように、天に輝いていました。

 それは━━━━
 輝く星の下の、心優しい少女と自分を見失っていた少年の物語。














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