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鏡に問いかける

 自己同一性の確立ってあるでしょう? ほら、自分とは何かを構築する作業っていうのかな。その自己同一性の確立は、青年期が有名だけど、中年期や老年期にもあって、生涯に渡って付き纏うものらしいわよ。職業的自己同一性とか、親としての自分とか、先輩としての自分とか、色々あるみたいだし。

 私はね、実はその自己同一性の確立に失敗しかけたんだ。今、私は社会人で、会社でOLをやっている訳だけど、そこで変化する自分を受け止め切れずに、見失いかけたのね。

 もちろん、今は克服しているわよ。どうやって克服したかって? 簡単よ。鏡に問いかけたの。そのお蔭で私は、自分自身を客観的に認識できて、自己同一性の確立になんとか成功したのだと思う。

 あ、一応、断っておくけど、“鏡に問いかける”って鏡に映した自分の姿を見るとかって意味じゃないわよ。自分を客観視するってそういう物理的な意味じゃないしね。それに、そもそもあの時の鏡に映っていた私は、思いっ切り化粧をしていたし。素のままの自分じゃなかった。

 私はね、今の職場に入ってから、ずっとアイドルだったの。自分で言うのもアレだけど、綺麗で可愛かったから。それに若かったし。何年かが過ぎても私くらいの容姿をした女は職場に入って来なかったわ。つまり、長い間、私はずっとチヤホヤされていたのね。正直に言うのなら、それをプライドにしていたわ。私はこの職場で一番可愛いって。

 ところが、ある年になって遂に私と同じくらい可愛い娘が入社して来てしまったの。長谷川って女の子。しかも向こうの方が若いし。当然、アイドルの座を奪われたわ。

 だけど私にはそれが許せなかった。いずれは、そんなチヤホヤされる立場でいられなくなるのは分かっていたはずなのに、やっぱり諦めきれなかったのね。

 対抗意識を燃やした私は、気合いを入れたメイクをして出社したわ。朝早くに起きて、長い時間をかけて鏡の前で一番可愛い自分の顔を探してから、会社に向かったの。

 その日のメイクは素晴らしくて、自分でも満足のいく出来だった。とても可愛く綺麗に見える。年齢だって感じさせない。だけど私は、一応、皆に顔を見せる前に、もう一度、会社の化粧室にある鏡で自分のそのメイクを確認したの。やっぱりいい出来だった。自信を持った私は、そこで鏡に向かってこう言った。

 「果たして、この職場で一番綺麗で可愛い女は、誰かしら?」

 すると、その途端に鏡は曇ったわ。煙が渦巻いて、その中から青白い光が。“なに?なに?”って私は思った。そして、なんと、次には鏡の中からこんな声が。

 『それは、一課の長谷川さんです』

 ……まさか、会社の化粧室にある鏡が、魔法の鏡だとは思わなかったわ。

 

 で、その時に私は自覚したの。

 「えっ 今の私、魔女ポジション?」って。

 それで私は、職場のナンバーワンアイドルの自分を諦めたのよ。だって、ほら、まさか毒リンゴ売りになる訳にもいかないし、ね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後、そうくるとは思いませんでした。 「魔女ポジション」って、どんな立ち位置?無敵感漂ってます。でも、確かにアイドルではないですね。
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